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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第十一話 君主英断

 僅かに粘液質の音を奏でながら、金剛石(ダイヤモンド)を削り出して作られたワイングラスに真紅の液体が注がれる。


「地方貴族ですが17歳の貴族の長女、無論処女の血潮にございます」


 一滴もこぼすことなくボトルを手前に戻した天涯が、恭しく一礼をするのを横目に見ながら軽く一息でそれを飲み干す。


「やはり貴族でもある程度素食に慣れた田舎娘の方が味わいがあるね。中央貴族はどうも脂っ気が多くて大味だからねぇ。ま、別に貴族だから味が格別ってこともないけど」


「なるほど。そのお言葉を参考に致しまして、次回より品質により細心の注意を払います」


 鹿爪らしい顔で再度一礼する天涯の言葉に、そういえば今後は食料()の調達も大変になるんだなぁ、と思って陰鬱たる気持ちになった。

 それからふと気になった。いつの間にかこうして血の匂いを嗅いでも平気になり、主食としてああだこうだと割り切って見られるようになったのって何時からなんだろうねぇ。


 確か最初の頃は結構躊躇してたと思うんだけど、気が付いたら慣れていたって感じかな。多分人間ってのは、どんな嫌なことや辛い事があっても毎日ご飯を食べて日常を送っていれば、いつの間にかそれを忘れるものなんだろう。まぁ、これを強さと見るか弱さと見るかは人それぞれだけど。


「……どうかされましたか、姫? 心ここにあらずのご様子ですが?」


 いつの間にか手にしていたグラスに追加が入れられていたみたいで、脇息(きょうそく)に片肘を付いた姿勢のままぼーっと考え事をしていたボクの様子に、天涯が眉をひそめる。


「ああ、ごめん。今後のことを考えてね。地上が全滅するとなると、空中庭園内に避難させた住人から血の方も採取しないといけないので、あまり贅沢もいえないなと思ってさ」


「その程度の瑣事、姫がお心悩ませるほどのこともありません。人間など幾らでも増えますし、必要とあれば姫専用の食餌用として別途確保及び繁殖させますので、ご安心くださいませ」


 あー……やっぱ発想が鬼畜(モンスター)というか、とことんボク中心なんだねぇ。なんか空中庭園が、当初予定していた地上の人間の箱舟になるのか、単なるボクの家畜小屋なのかわかんなくなってきたよ。


「まあその辺はあまりやり過ぎないようにね。お互いに不自由のない生活が送れればいいんだから」

「承知しております」

 本当かなぁ……?


「あのぉ……お嬢さんが不自由ないのはいいんですけど。自分なんか、凄く肩身が狭いんですけど……」


 どことなく不満げな口調で、虚空紅玉城のボクの私室の一つ――広大な枯山水が広がる和風庭園に面した500畳くらいの和室――の一段低くなった下段の間の出入り口付近、座布団すら与えらずに、手酌で一升瓶みたいな入れ物から、畳の上に直接置いたドンブリに中身を注いで啜っていた影郎さんが、手にしたドンブリを軽く振った。


「なんかこれ妙に生臭いというか……いや、血なんですから当然っていえば当然なんですけど、妙にもったりとしてそれでいてしつこくですけど、どんな出自の血なんですかねえ?」


 勝手に顔を出して出された食餌に文句つける彼の態度に、天涯が無表情のまま……一応は慇懃な態度で説明をする。


「無論、この城にあるモノは厳選された処女・童貞の血液ばかりです」

「ふ~~ん?……」

 どことなく納得できない顔で、ドンブリを口に運ぶ影郎さん。


「ちなみにそれは38歳無職童貞、ハゲでデブで幼女趣味(ロリコン)の男から採集した血液です」

「――ぶっ!!」

 口に含んでいた血を思いっきり噴霧する影郎さん。


「なんちゅうもんを飲ませてくれたんや…なんちゅうもんを…」


 感極まって(?)涙を流す彼を冷ややかに見据えながら、「出されただけでもありがたいと思っていただきたいものですな」と吐き捨てつつ天涯が合図を送ると、どこからともなく現れたメイド部隊が、汚れた畳とかの掃除を始めた。


「姫様、御寛ぎのところ失礼致します」

 そこへ、相変わらず会議室で実務的な話し合いの音頭を取っていた命都が、一声掛けて部屋の中へと入ってきた。


 下座でのた打ち回っている影郎さんと、その周りでせっせと雑巾がけしているメイド達を目に留め、一瞬不審そうな顔になったけれど、平然としているボクと天涯を見て、特に留意すべき事柄でもないと判断したのか、一礼して一段高くなった上段の間へと足を運んだ。


「各国のおおよその方針が決定しました。それに伴いまして、オリアーナ皇女、コラード国王及びレヴァン代表らが個人的に姫様とお話したいとのことですが、いかがいたしますか?」


「そうだね、私も彼らとは個人的に話をしたいので、こちら――」

 と、思ったけど同席している影郎さんを思い出して――まあ彼なら気配を悟らせるようなヘマはしないだろうけど、万一のこともあるし、そもそも彼らは和室は慣れてないだろうから――場所を変えることにした。

「いや、別室に案内して。ばったり影郎さんに逢ったら卒倒するかもしれないから」


 思わずため息を漏らすと、縁側の方へ追いやられて口直しにお饅頭を食べていた影郎さんが、ぽりぽりと人差し指で頬を掻きながら軽く頭を下げた。

「お世話かけてすんません、お嬢さん」


「まあ、いいけどね。でも、この件が終わったらきちんと説明しなきゃいけないだろうねぇ」


 十二単みたいな着物のまま――実際にはなんちゃって五衣唐衣裳で、一番上は白無垢に薔薇の紋様と雪の模様が入っている――軽く肩をすくめて、ボクは出口へ向かった。


「……とはいえ、その機会があるかどうかが問題なんだけどね」


『虚霧』の件に関して、あの三人が口に出しそうな内容を予想して、ボクは思わずため息をついた。




 ◆◇◆◇




「結論から申しまして、13歳から20歳までの健康で健全…思想に偏りがなく、ある程度の身分のある男女を均等に選抜することで意見の一致を見ました」


『身分』の部分で申し訳なさそうにオリアーナが目を伏せた。


「不公平なことは重々承知していますが、圧倒的に…虚しくなるほど時間が足りません。いまから国民全員に周知することは不可能ですので、帝都に戻り次第、わたしの一存で使者を立て、首都近郊にいる該当者に密かに接触する予定です。勿論、本人の承諾なしに拉致するようなことはできませんので、反対された場合はしばし……と言っても1週間ほどで『虚霧』は帝国全てを覆うので、その期間、監禁もしくは監視状態に置く形ですけれど」

 どこか吹っ切った表情で、微笑を浮かべる彼女の隣には、クリストフ君がついていた。


「まあ、妥当な判断だろうね。そちらは国土が大きいから、どうしたって『虚霧』で避難民とか、流言飛語の類い、それに混乱に乗じての略奪や最悪武力蜂起の可能性もあるからね。秘密裏に事を進めるのは正解だと思うよ」

 それからなるべく自然な感じで尋ねた。

「で、鈴蘭――君はいつこっちに移動するわけ?」


 オリアーナの微笑が広がった。

「わたしは為政者として、最後までやるべきことを成し遂げたいと思います。わたしの分の席は必要ありません。その代わり――というわけでもありませんが、クリストフ大公子をこのまま残して去りますので、どうかよろしくお願いいたします」


 前もって話し合いをしていたのだろう。苦渋の表情で俯くクリストフ君の隣で、オリアーナが頭を下げた。

 

 彼女の話が一段落ついたと判断して、クロエを随伴してきたコラード国王が、こちらも透明な笑みを浮かべた。

アミティア(うち)の方は冒険者を主体にBランク以上の若手と、国家2級以上の魔術師で将来性のありそうなのを見繕って説得する予定です。幸いわが国は『虚霧』の到来まで若干余裕もありますし、人数制限もかなりの余裕がありますので、国民にはある程度の周知を行う方針です」

「かなりの騒ぎになると思うけど?」

「覚悟の上ですよ。それで罷免されるならされた時で……まあもともと腰掛けみたいなものでしたからね。国王なんて。陛下もまさか『虚霧』の中まで追い駆けてきて、国王の椅子に縛り付けるわけじゃないでしょうね」

 笑いながら妻の肩を寄せる――と言っても身長の関係で、クロエが逆に抱きかかえるみたいな形になったけど――コラード国王。


「……二人とも避難するつもりはないんだね?」

 わかっているけど一応確認する。


「すみませんね。お姫様の仕事をほっぽり出す形になっちまって。だけど亭主が戦ってるのに、獣人族の女がトンズラこくわけにはいかないんでね。親子3人、最後まで戦いますよ」

 クロエの言葉に「3人……?」と一瞬意味を掴めなかったけれど、軽く腹部を触る彼女の仕草でいっぺんに理解できた。


 はっとコラード国王を見ると、「いや~~っ、参りましたね」なんて言いながら幸せ一杯の笑みを浮かべている。


 ――出来婚かい!? 今度こそ正真正銘の!!


「だ、駄目ですよ! 赤ちゃんがいるのに犠牲になろうなんて! そんなの聖獣様もお許しになりませんよ、クロエさん!!」


 レヴァンに付いてきた彼の義妹(いもうと)のアスミナが血相を変えて詰め寄るけれど、クロエの方は困ったような笑みを浮かべて、ポンポンと軽く彼女の頭を叩いた。


「別に犠牲とかじゃないよ。あんたも獣人族の女なら大切な誰からを守るため、どんな相手だろうがどんな場所だろうが立ち向かうだろう? だから負けるつもりはないよ。勝つまで戦うだけさ」


 わかっちゃいるけど納得できない。

 理性と感情の狭間で板ばさみになって、「う~~~っ!」と涙目で唸っているアスミナの肩を、後ろからそっと叩いて引き寄せるレヴァン。


「もう止せ。相手の生き方を曲げることはできないし、やっちゃいけないだろう。第一、それを言うなら、お前こそオレの言うとおり、ここへ避難するべきだろう?」

「そんなことできるわけないでしょう、義兄(にい)さん! 義兄(にい)さんがいるところが、あたしの居場所なんだから、たとえ『虚霧』の中だろうと、地獄の果てだろうと付いていくに決まっているじゃない!」


 アスミナの威勢の良い啖呵に、クロエが満面の笑みを浮かべ、オリアーナ皇女が微笑ましいものを見た笑みを浮かべ、クリストフ君は何か言いたげな顔でボクを振り返り――はて?――言われた当の本人は、恥ずかしさ半分、もう半分はストーカーの恐怖に慄く……という複雑な顔になった。

 そのレヴァンの肩に、コラード国王が訳知り顔で手を置いた。


「……諦めたほうがいいですよ。どこまでいっても男は女性には勝てないんですから」

 その顔には同情と、どこかほの暗い――『ようこそ、この底なしの世界へ』とでも言いたげな――同病相哀れむ笑みが浮かんでいた。


「――つまり、二人とも同じく避難はしないってこと?」


 最終確認でレヴァンに尋ねると、真顔になって力強く頷いた。

「はい、オレも獣人族の男なので、最後まで部族を率いる責任があります」


 真っ直ぐなその瞳に、ボクには続ける言葉が見つからなかった。


「……ふん。馬鹿弟子が一端の口をききよる」

 と、いつの間にそこに来ていたのか、2メートルを越える白髪白髭のローブを着た老人――獣王が部屋の隅に立っていた。


「師匠?!」

「大叔父様!?」

 目を丸くするレヴァンとアスミナ、さらにその場で戦士の礼をするクロエを無視して、獣王はボクの前まで歩いてくると、深々と一礼をした。


「このような突然の申し出でまことに慙愧の念に堪えませぬが、本日、ただ今をもちまして武術指南役の任を降ろさせていただきとうございます」

「……理由は?」

「どうにもこやつ等半人前どもでは心もとないもので……仮にも“獣王”と名乗る者として、最後に獣人族の行く末を見届ける義務があると、愚考いたします故」


 多分、許可しなくても彼は行ってしまうのだろう。そう思えば許可する以外に選択はなかった。


「わかりました。貴方には本当にお世話になりました、どうぞお健やかで……というのも変ですね」

 ボクの別れの挨拶に、初めてみせる優しげな笑みで、一礼をして立ち上がると、レヴァン達の方へ踵を返す獣王。


「……師匠。オレ達を心配しいただけるのはありがたいのですが」


 半人前扱いされて不満げなレヴァンに向かって、獣王は意外なほど素直に頭を下げた。

「すまんな。本来であれば儂が負うべき労苦をお主等に負わせてしまった。だが、年寄りの我侭だ。最後は儂にその労苦を譲ってもらいたい」


「師匠……」

 毒気を抜かれた表情で、レヴァンがアスミナと顔を合わせた。

 瞬間――

(ふん)ッ!!」

 獣王の拳がレヴァンの鳩尾に吸い込まれ、一撃で意識を刈り取られた彼の体が崩れ落ちる。


「――に」

 咄嗟に駆け寄ろうとしたアスミナの首の後ろに、一見すると軽い手刀が入ったかと思うと、ほとんど同時に彼女も意識を失って倒れそうになる。


 ここまで1秒にも満たない早業だった。


 床に崩れる前に、素早く二人の身体を両手で抱き止めた獣王は、優しげな手つきで近くにあったソファーに二人を横たえると、再度ボクの方へと頭を下げた。


「申し訳ありませんが、この二人はしばらくどこかへ閉じ込めておいていただけますかな。我欲と言ってしまえばそれまでですが、こやつ等には未来を託したいので」

 おそらく気絶から覚めた時にこのことを知ったら、二人とも怒りと悲しみに暮れるだろう。けれど恨みも嘆きも甘んじて受ける、鋼鉄の意志がそこには込められていた。


「――空穂(うつほ)、この二人をお願いできるかな?」

 なのでボクは背後に控えていた神獣――白面金毛九尾の狐たる――空穂に声を掛けた。


「お任せくだされ。我からもよく言い聞かせましょう」

 いつもの巫女装束を着た空穂が前に進み出て、配下の聖獣・霊獣の化身たちに命じて、二人をどこかに運び出した。



「……結局、各国の王様は全員残るってことだね?」

 ボクは部屋に残った面々を見回して、我ながら女々しいと思うけどもう一度確認をした。


「そうなりますね。まあ、姫陛下に湿っぽいのは似合いませんので、別れの挨拶は止めておきます」

 コラード国王が相変わらず空気を呼んで、気軽な調子で合いの手を入れてくれる。

 彼はわかっているんだろうね。ボクがどれだけ弱いのかを。だから、こうしていつもの調子で言ってくれる。


「そうですな。慌しい別れになりましたが、まあ、馬鹿弟子連中が残っているので、退屈はせんでしょう」

 こちらもいつもの鉄面皮の獣王。


「わたしもお別れは言いませんよ。だいたい『虚霧』だかなんだかわかりませんけど、姫陛下がいらっしゃるなら、そのうちなんとかなりそうな気もしますし」

 微笑むオリアーナが気楽にそんなことを口に出すと、他の面々も口々に「そーいえばそうかも」なんて言い出した。


「……気のせいか、みんな世界の破滅だってのに妙に気楽だねぇ」

 そう言うと全員示し合わせたかのように顔を見合わせた。


「いゃあ、なんかもうここまで来ると開き直りといいますか」

 コラード国王が眼鏡の位置を直しながら、にこやかに答えた。

「あと姫陛下と知り合ったってことが大きいかな。あの一緒にいた巫女のお嬢さんは、付き合いが短いせいか青い顔して本国に戻って行ったけどね」

 苦笑しながらクロエが後に続ける。


 そっか、エレノアはもう帰ったのか。まあ、あそこはイーオンの隣だし、本当のカウントダウン寸前だからしょうがないね。


「確かにそれは言えますね」オリアーナも尻馬に乗る。「姫陛下と知り合う前なら重圧で押し潰されていたかも知れませんけど。なんていうんでしょうか……世界の破滅に際して、姫陛下がこの場にて、それでも及ばないというのでしたら、これはもう誰が何をしてもどうしようもない…といのがわかってますので、一周回って平静になれた感じですね」


「なるほど違いない」

 獣王の声にも笑いが含まれていた。


「それでは、いったん祖国へ戻ります。姫陛下、またお会いしましょう」

 その言葉を皮切りに、各々が簡単な挨拶をして部屋から出て行った。


 残されたボクは、急に広くなったような気がする部屋の中で、そっと唇を噛んだのだった。

クリストフ君もいったん親に別れを告げるため退室しました。


当初のプロットでは、影郎さんと合わせてしまむらさんも復活させて別働隊を結成させる予定でしたが、緋雪ちゃんの基準ではどー考えても、罪の重さが取り返しの付かないレベルなので、復活はなしになりました。


12/24 脱字を追加しました。

×恥ずかさ半分→○恥ずかしさ半分

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