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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第十話 聖都消失

 一見するとそれは白いドームのようだった。

 霧?雲?白煙?……とにかく正体不明の真っ白い蓋が、夢幻の聖都と謳われるイーオン聖王国の首都ファクシミレ全体を覆っているのだった。


「ざっと直径50~60キロメートルってところかな?」


 通常であればありえない高度まで空中庭園を下ろして――下手をすると風圧や気流の変化だけで地表を壊滅させる恐れがあるからなんだけど、今回は場合が場合なのである程度の被害覚悟で決行した――玉座の間(コントロール・ルーム)のモニター越しに地上の様子を確認する。


「あの白雲の直径は、現在52.654キロメートルですな。なおも拡大を続けております」

 玉座の間に集った魔将中、もっとも探索・分析能力に秀でた七禍星獣(しちかせいじゅう)筆頭の【観察者(ゲイザー)周参(すさ)が、淡々と状況を解説してくれる。


「今後の被害予測は?」

 ボクの問い掛けにも一瞬の遅滞なく、直ちに答えてくれる周参。

「現在と同じ速度で拡大すると仮定した場合、46時間52秒でほぼイーオン聖王国全土を呑み込み、約359時間後――およそ15日で惑星を覆い隠すことになります。この大陸のみに限定した場合は、8日と半日といったところですな。影響については内部の状況が不明なため判断不明です」


「内部の様子は透視できないの?」

「現段階では光学・魔術を問わず、私めの観測手段が全て表面で弾かれております」


 別名『見張る者』『ザ・覗き魔(ピーピングトム)』と呼ばれる周参の邪眼を持ってしても見通せないとはねぇ。


「むっ、現地で斑鳩(いかるが)様が能動的観測に踏み出たようですな」

 周参に促されて見てみれば、巨大な光り輝く多面結晶体――周参に匹敵或いは凌駕する観測能力を持つ、十三魔将軍筆頭【ヨグ=ソトース】斑鳩が、聖都を包む紗幕に向けて色とりどりの光線(ビーム)を照射し始めた。


「……赤外線、紫外線、可視光線、X線、高周波、電磁波、自由電子、全て反射――いえ、減衰のないままほぼ100パーセント上空に向けて放射されております。これは面白い、どの方向から放たれたエネルギーも全て同一方向へ収束させられるとは、ひょっとすると重力も遮断しているのか? だとすれば境界線上に滑車を置けば、自然に回ることになり永久機関の完成となるのだが」

 楽しそうに目を細める周参。

「通常の物理観測方法では不可能……となれば、いよいよ斑鳩様の奥の手でしょうか」

「奥の手?」


 つーか、皆さん主人のボクより強いのはともかくとして、なんで当たり前のように頭良くて、知らない引き出し持ってるんだろうねぇ?! 今更だけどさ!


「はい。次元波を使用した観測です。これであればいかなる存在であろうと、三次元世界にある限るその存在を偽ることは不可能――おっ、始まったようですな」


 見れば斑鳩の全身で蠢く触手の先端に光が燈り、一斉に白い幕に向けると同時に、斑鳩の裂帛の気合のこもった叫びが放たれた。

「次元波動爆縮放射超弦励起縮退振幅重力波――発射っ!」


「長い! てゆーか、なんてもったいぶった名前なの?!」

 思わずツッコミを入れると、周参がご丁寧に解説してくれた。

「マイクロブラックホールを形成して騾馬粒子が時間反転した存在である反粒子を瞬時に生成・加速し、空間そのものに干渉して次元を射線上に展開することで時間と空間を跳躍した観測が可能になります」

「なるほど」

 まったくわからん。言葉の意味は不明だけど、とにかく凄い技を使ったらしいことだけはわかった。


 放射された次元(中略)重力波は、もちろん肉眼で見えるものではないので、ぼけーっと結果を待つくらいしかできない。

 程なく、斑鳩の巨大な単眼がキラリと光った。

「徹った! これは――なんだと?! 三次元空間とは隔絶した虚数空間でコーティングだとぉ?!?」


 珍しく斑鳩の動揺しきった声が揺れていたけれど、この時点ではボクには理解不能だった。




 ◆◇◆◇




「――ということで、単刀直入に言いますがあと2週間ほどで世界は滅びます」


 聖王国の異変を観測した翌日。

 転移門(テレポーター)等を使用して、緊急の呼び出しに応じて参加してくれた真紅帝国インペリアル・クリムゾン傘下の国々と、個人的に親交のあった国の元首級の面々を前に、虚空紅玉城の会議室でボクは現在確認されているイーオン聖王国の異変について説明をした。


『はあ……???』


 途端に、属国である大陸西部域に位置するアミティア共和国のコラード国王や南部域をほぼ所有するクレス自由同盟国の盟主レヴァン代表、友好国である大陸最大国家東部域の覇者グラウィオール帝国の次期皇帝オリアーナ皇女、さらにほぼ小国がひしめく北部域から唯一参加したシレント国の姫巫女エレノアが一斉に顔一面に疑問符を浮かべた。まあ、当然といえば当然の反応だろうねぇ。


「これは誇張でも冗談でもありません。現在でも拡大中の謎の霧――私達は暫定的にこれに『虚霧(きょむ)』と名付けましたが――はその後も拡大を続け、すでに聖王国の半分に迫ろうかと言う勢いで範囲を広げています」


 それに併せて空中にリアルタイムでの鳥瞰図が表示された。


『――っっっ?!?!』

 さすがに自分の目で見ることで事態の大きさを実感できたのだろう。途端に色めき立つ各国の参加者達。


「この虚霧はあらゆる攻撃を防ぐ性質があります。物理攻撃、魔法攻撃、呪術攻撃あらゆる方法で確認を試みましたが、すべて失敗に終わっています」

 なにしろ生体爆弾武蔵(むさし)の陽子爆発や、天涯(てんがい)斑鳩(いかるが)出雲(いずも)の3強が放つ三身一体攻撃(後から周参に聞いたら、トータルのエネルギー量は木星級惑星でも破壊できるくらいの破壊力だったらしい)ですら受け付けない鉄壁の防御力だ(正確には受け流しているらしいけど)、ゆえに現状では打つ手なしというのがこちらの結論である。


 と、ボクの説明を聞いて恐る恐るイーオンに隣接する、シレント国のエレノアが挙手して立ち上がった。

「あのォ、姫陛下。“確認を試みた”というのは、もしや我が国の首都からも見えた、昨日の轟音と震動、天に立ち上る巨大な光の柱のことでしょうか……?」


 ちなみに彼女とは面識はあるけれど、正式に国主として逢ったのはこれが初めてだったりする。以前に逢った時には、ちょっとゴタゴタがあったせいで名乗り忘れていたんだけど、今回の招待と再会は彼女にとって晴天の霹靂だったみたいで、なんとなく態度が硬い。


 まあ、会議の前に真紅帝国インペリアル・クリムゾン・宰相を名乗った天涯(てんがい)が、元首級以外の有象無象に対して、

「よいか。貴様ら如き卑俗かつ凡愚の輩が、天上人たる姫様の玉顔を拝し、そのお声を耳にするなど言語道断、本来であればその場で目玉を抉り出し、耳を引き千切るところであるが、現在は火急の場合であり、また情け深い姫様のお志しにより、特別に列席を許すこと、努々忘れぬよう肝に銘じておけ!」

 と、なんか無茶苦茶言ってせいでプレッシャーを感じているのかも知れないけど……。


 というか、全体的に列席者が死人みたいな顔をしているのは、話の内容にショックを受けているのか、広大な会議室のあちこちに点在する死霊騎士(デス・ナイト)死神(グリム・リーパー)とかにビビってるのか、ちょっと判断につかないところだねぇ。


「……えーと、まあ、多少目立つ騒ぎを起こしたのは事実だけど、何事もトライ&エラーを繰り返さないと結果が出ないので、必要な行為と認識しています」

 まあ、一歩間違えると一発でこの世界が吹っ飛んだ可能性もあったけど。


 なにか言いたげなエレノアだったけれど、周囲を見回して――トバッチリを恐れて一斉に視線を逸らす各国代表者の姿に――ため息をついて、無言のまま腰を下ろした。


「問題はこの雲――『虚霧』でしたか?が及ぼす影響です。単に霧に覆われるというわけではないのでしょうね……世界の終わりと言うからには」

 普段は目や口元が常に微笑んでいて優しい感じと併せて、どこか余裕のある表情をしているオリアーナも、さすがに今日は差し迫った表情で口を開いた。

 その隣には後見人ということで、エストラダ大公。さらに背後には侍従に混じってクリストフ君も来ていた。


 視線に気付いたクリストフ君が、はにかみ笑いで軽く手を振ってきたので、なんとなくボクも小さく手を振った。


「――こほん! 姫陛下、それで実際のところどのような事態が想定されるのでしょうか?」

 わざとらしく咳払いをするオリアーナに促されて、姿勢を正したボクに代わって、命都(みこと)が前に進み出た。


「そのご質問にはわたくし、真紅帝国インペリアル・クリムゾン議長にして親衛隊総長たる命都が答えさせていただきます」

 超絶美青年だけど全身から尖ったナイフのような雰囲気を常時垂れ流している天涯に代わり、いかにも優しげで物腰も柔らかな(しかも熾天使(セラフィム)である)命都の登場に、会議室の雰囲気が目に見えてほっとしたものに変わった。

「まず、こちらの観測に寄れば、『虚霧』と名付けたこの雲の正体は物質ではなく、一種のシールド――魔術障壁のようなものと考えられます」


 参加者たちは各々訳知り顔で頷いたり、難しい顔で腕組みしたりする。


「このシールド内部は三次元空間とは隔絶した虚数空間に接続しているものと推測されます。時間は逆行しエントロピーも負の性質を持つため、現在・過去・未来どことも言えぬ領域と化しています」


 参加者全員が、『なるほど、わからん』という顔で眉を寄せた。


 命都の方もそれを感じ取ったのか、「簡単に『異世界』とか『冥界』とか考えていただいて結構です」とざっくりとした説明に変えた。


「つまり『虚霧』に取り込まれた人は死んでいるわけですか?」

 ますます表情を険しくしてのオリアーナの追求。


「観測できない以上、現段階では生きているとも死んでいるとも言えない状態です。不可逆的は死ではありませんが、生命体として活動できない状態であるので、死んでいると仮定しても間違いではありませんね」


 話している内容は多分、ボク同様半分も理解できないと思うけど、深刻な命都の表情と言葉から、最悪の状態に近いことを予想して、会議室全体にどよめきが広がる。


「……対策は。対策はないのですか?」

 コラード国王がボクの顔を見て、すがりつくような目で聞いてきた。

 その隣には、先日正式に挙式した新妻のクロエが、難しい顔で目を閉じて座っている。


 ボクは彼の目を見て、ゆっくりと口を開いた。

「現状では『虚霧』を止める方法はないよ。できることはただ一つ、幸い『虚霧』の高さは3000メートルほどで安定しているので、3000メートル以上の高さの場所に避難するか。あとはこの空中庭園を箱舟として、『虚霧』が晴れるまで大地を離れるか。――ただし、人数制限をさせてもらうよ。属国を優先して、最高でも10万人を目処に締め切らせてもらう」


 ボクの非情な決断に、参加者が強張った顔を見合わせる。


「国ごとの人数の割り当てはこちらで決めさせてもらうので、人選その他は各国に任せるよ。取りあえず広がる『虚霧』に併せて、周囲を旋回する形で空中庭園は移動するので、人選が終わり次第どんどん移動させるように」


 そう締めくくると、各国の参加者が慌しく立ち上がって、喧々囂々と質問やら非難やらの口火を切り始めた。


 そんな中、あてがわれた席に座ったまま、強張った顔で何か考え込んでいたオリアーナが、自分に言い聞かせるかのように小さく呟いたことに、その時のボクは気が付かなかった。


「喪失世紀…それは、世界が滅び。過去・現在・未来が入り混じった時間の概念が存在しなかった時代……まさか……!」

物理学なんてわからないのでインチキです(´・ω・`)

あと、3強が放つ三身一体攻撃は『ヒユキエクスクラメーション』といって基本惑星上で放つのは禁じ手ですが、使ったからといって別に魔将の資格が剥奪されたりはしません。

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