第八話 喪失世紀
毎日誤字脱字、文法の誤りの指摘など本当にありがとうございます。
それにしてもホント間違いが多くてすみませんm(。≧Д≦。)m
「遺失硬貨――か」
もともとはどこぞの貴族の屋敷だったというこのホテル『オリアナ・パレス・ホテル』のテラスから、夜の闇に沈む街を眺めつつ(もっとも吸血姫の目には昼間と変わりなく見えるんだけど)、ボクは先ほどコラードギルド長から聞いた単語を口の中で転がした。
あの後、なぜかカオスな場と化したギルド長室――茫然自失のまま帰ってこないギルド長と、娘の不貞を知った父親のような顔で自分の殻に引き篭もっている副ギルド長、あまりのしつこさに根負けして、ついつい教えた質問の内容「どっちも現在付き合ってる男がいると思うよ」に泣き崩れる護衛二人――の連中を落ち着かせるため、最終的には魔眼まで使い直前の記憶を操作して、どうにか場を元に戻したんだ。
で、正気に戻ったギルド長に、ボクは気になった点を尋ねてみた。
なんか見た時の反応がみょんだったので、ボクの持っていたゲーム内硬貨について、なにか知っているんじゃないか?と言ったらその答えが返ってきた。
なんでも記録に残っていない通称『喪失世紀』の遺産として、ごくたまに発見されるもので、特にオリハルコンでできている虹貨に関しては、そもそもオリハルコン自体の製造方法が不明なため、ほとんど出回ることはなく、どこぞの王国の宝物庫に1枚、どこぞの帝国の銀行に1枚という具合で、確認されているだけでも世界に5枚とないそうだ。
・・・まあ、ボクは虹貨500枚くらい持ってるし、城にはギルメンの錬金術師が趣味で揃えた最高級の精錬施設があるのでオリハルコンなんて幾らでもできるし、実際に山になって野積みになっているわけなんだけど。
「・・・どうにもわからないなぁ、まったく『E・H・O』の影響が無い世界でもないみたいだし」
「いかがなさいます姫。この街のギルドの上層部はすでに姫の魔眼で操り人形も同然でございましょう。ならば、このような粗末なあばら家で一夜を過ごされるよりも、ここはいったん城へお戻りになられては?」
従魔合身を解いた人間形態の天涯が、いつものタキシード姿でそう進言してくる。
・・・いや、あそこで魔眼を使ったのは、別にコラードギルド長やガルテ副ギルド長を操り人形にして、取り込むつもりとかじゃないんだけどねぇ。
と言うか逆の目的だったんだけど、そう言ってもどうせ曲解するんだろうなぁ――てか『あばら家』って、いちおうこのホテルって王族も定宿にするようなアーラ市最高ランクらしいんだけど――おっと、王族で思い出した。なら、ここは適当に話を合わせておこう。
「確かに当初の目的は果たせたといえる。しかし『喪失世紀』とやらどうにも気になる」
「左様でございますか? 取るに足らぬ伝説の類いかと思われますが」
「しかし実際に虹貨の実物があるというのであれば、なんらかのつながりがあるか。或いは私たち同様にこの地にたどり着いた同郷の者が過去に居たか」
「なるほど、そうであれば我らにとって最大の障害となる可能性が高うございますな」
旧交を温めあおうという発想はないらしい。
「とはいえ『喪失世紀』の記述については、各地の王族や神殿にしか断片的にないらしい。やはり予定通り、次は王族と接触してみるとするか」
「・・・わかりました、姫の仰せのままに。――ところで、先ほどの宿の食事は、やはりお口に召さなかったご様子。ギルド長の言質も取りましたし、今宵あたり姫のご要望の品を調達して参りましょう」
あー、確かにソースがくどいし、香辛料が効き過ぎてる割に素材の火の通し方がイマイチで、半分も食べられなかったなここの食事。普通にとんこつラーメンでも食べたかったよ。
「そうか。では、明日の朝までに用意を頼む――が、くれぐれもやり過ぎぬよう加減するように」
正直、アレを口にするのは若干ためらいはあるけど、どーにも生理的欲求が収まらないので、直接首筋に齧り付くより、天涯に調達してもらって飲むことで折り合いをつけることにした。
「――無論、承知しております」
その言葉と共に、天涯の姿がその場から消えた。
「さて、と。そういえばジョーイは元気にしてるかな?」
吸血姫の本領発揮となるこの時間帯、ふとボクはジョーイの別れ際の泣きそうな顔を思い出した。
◆◇◆◇
粗末な夕食の乗った使い込まれた木のトレーを両手で持ち、ため息をつきながらジョーイは、宿の2階にある自分の部屋へ戻るため、階段を上がっていた。
思い出すのは今日の夕方のギルドでの出来事である。
自分の世間知らずのせいで迷惑をかけた女の子のことを考えて、またため息をつく。
「軽蔑されたろうなぁ・・・」
終わったことだとは思うが、思い出すと自分で自分のことを思いっきり殴りたくなる。
何度目になるかわからないため息をつきながら、ろくに鍵の掛からない部屋のドアを足で開けて、部屋の中へと入った。
「やあ、おかえりジョーイ」
ベッドを椅子代わりに座った緋雪にそう挨拶されても、ジョーイは最初それが現実とは思えなかった。
月の光が見せる幻影か、妖精の悪戯か、それともいよいよ自分の頭がおかしくなったのか。
「約束の朝には早いけど、気になったので勝手に上がらせてもらったよ」
にこやかに微笑む緋雪の声に、やっとこれが現実だと理解したジョーイは、大慌てで夕食の乗ったトレーを緋雪の隣のベッドの上に置き(机なんてものはない)、部屋のドアを閉めてチャチな鍵をかけた。
「お、お前、どうやってここに?!」
上ずった声で訊くものの、当の緋雪はジョーイの夕食のほうに興味津々の様子で、
「ああ、窓が開いてたから勝手に入ってきたよ」
食器の中身を見ながら上の空で答える始末。
「窓ってここ2階だぞ? だいたいお前のその格好だって・・・」
部屋着らしい、オフブラックのくるぶし丈のドレスの上にアイボリーのナイトガウンを羽織っただけの緋雪の格好に困惑を隠せないジョーイだが、本人はどこ吹く風で夕食の一つを指し示した。
「ねえねえ、なにこれ?」
「なにって、オートミールだろう。・・・知らないのか?」
これ以上訊いても無駄だと悟ったジョーイは、ため息混じりに答えた。
「へぇ、これがそうなんだぁ。名前は聞いたことあるけど初めて見たよ。一口食べてもいいかい?」
「そりゃ構わないけど、お前ギルドで宿をとってもらったんだろう? そっちで晩飯食べなかったのか?」
「ん? ああ一応『オリアナ・パレス・ホテル』ってところの貴賓室に泊まってるんだけどねぇ、あまり食事は美味しくなくて、ほとんど食べなかったんだよ」
言いつつ早速、スプーンでオートミールを一口頬張る緋雪。
「――ちょ、ちょっと待て、『オリアナ・パレス・ホテル』って言ったら一泊するだけでも、市民の月給くらいするって聞いてるぞ!? その貴賓室の食事がマズイなんて・・・」
聞こえてるんだか聞こえてないんだか、スプーンを口に入れたまま、微妙な表情で固まっていた緋雪は、口の中でオートミールを噛んで、意を決した感じで飲み込んだ。
「・・・いや、城で食べる食事に比べて美味しくないというだけで、別にマズくはないさ。それに比べてこっちは、正直とんでもなくマズイねえ」
「――まあ、俺たちみたいな金の無い、だけど体が資本だから腹一杯食いたいって奴らの食事だからな」
説明しながら緋雪から返してもらったオートミールをすすり、パンにバターを付け、ほんの申し訳程度にベーコンが入った馬鈴薯と一緒に食べる。
「なるほど、見事に炭水化物ばかりだねえ。たまには野菜も食べないと体に悪いよ」
「いいんだよ、飯なんて腹一杯になれば!」
なんとなくイラついて叩きつけるように言った言葉に、緋雪は一瞬目を見開き、続いて申し訳なさそうにうなだれた。
「・・・そうだね、私のはただの我がままだね」
「あ、いや、別にお前が悪いんじゃ・・・」
ただでさえ小さな体をさらに小さくしている緋雪の姿に、ジョーイは食事を中断すると、大慌てで慰めの言葉を探した。
「――ごめん。いまのは八つ当たりだ、なんか俺とお前の間にすげーでかい壁があるような気がして、それが悔しくて」
その言葉にきょとんと首を捻る緋雪。
「別に壁なんてないよ。こうして触ろうと思えば触れるし」
そう言ってジョーイの頬にひんやりと冷たい掌を当て、すぐに離した。
そんな思いがけない少女の行動に、ジョーイの胸の鼓動が高鳴り、反射的に聞き返していた。
「・・・じゃあ、触ってもいいか?」
「――う、うん」
照れた様子で、それでも頷いてくれた緋雪の方へジョーイは手を伸ばし、ふと、どこを触っても壊れそうな気がしてためらったが、覚悟を決めて、なんとなく二の腕の辺りを握ってみた。
「お前・・・こんな細いのになんでこんなに柔らかいんだ?! 本当に骨入ってるのかこれ?」
「――君もつくづく情緒がないひとだねぇ」
呆れた顔と口調で言われて、
「いや、だって村の女とか冒険者の女とか皆、女でもけっこう固いぞ」
必死に弁解するのだが、ますます呆れたような顔をされ、ジョーイは気恥ずかしくなって手を離した。
「そういうのは農作業や労働で働いている女性の腕だよ、それはそれで尊いものだけど、普通の女性はだいたいこんなものさ。なんなら今度ミーアさんにでも頼んで触らせてもらえばわかるよ」
「・・・ミーアさんか。あの人、俺のことバカにしてる感じがするからなぁ」
「それは思い違いだよ、あれほどできた女性はなかなかいないよ。きついことや口うるさいことを言ってるように感じるかも知れないけど、それもすべて相手のためを思ってのことなんだから。恋人や連れ合いにするのならああいう女性を選ぶべきだね。特に君はどこか間が抜けているからピッタリだよ」
「余計なお世話だ! だいたいあんな年上の人が俺みたいなガキを相手にするわけないだろう」
「そうでもないと思うよ、そこらへんは君の頑張りしだいじゃないかな? ――これは勘だけど、彼女はたぶん何年か前に恋人と別れるか、ひょっとすると死別したのかも知れない。そうした心の傷を癒せるものを君の中に見ている気がするんだ」
「なんだそりゃ、オンナの勘って奴か?」
「う~~ん、そうだね。そういうことにしておこう。――おや、すっかり食事が冷めてしまったね。そろそろお暇するよ」
窓の外を見ながらそう言う緋雪。
「お暇って、まさか本当に窓から…」
刹那、緋雪の瞳が煌々と光った気がして、ジョーイの意識は急にぼんやりとしてきて――
「おやすみジョーイ、また明日」
ふと、そんな挨拶の声が聞こえた気がして顔を上げた時には、部屋の中のどこにも緋雪の姿はなく、鍵も内側から閉まっていた。
「・・・夢だったのかなぁ」
自分でも半信半疑のまま、ジョーイはすっかり冷たくなった夕食を平らげた。
それでもさっきまであった鬱屈した気分がすっかり晴れ、その晩は夢も見ないでぐっすり眠れたのだった。
もうちょっと甘酸っぱい展開になると思ってたのに
終わってみれば見事にヘタレなジョーイ君でした。
ミーアさんは裏設定で15才の時に同い年で冒険者だった恋人を亡くして、なるべく同じ悲劇を起こさないようがんばってるとか、間抜けさ加減がジョーイ君に似てるとか。
あとオートミールも具材とか上に載せるものでかなり美味しくなりますけど、ジョーイが食べているのは燕麦を水で煮ただけのポリッジ(粥)です。
食事のメニューは1840年のイギリスの下級労働者の食事を参考にしました(だいたい下から2番目くらい。当事はお肉がどれくらい食べられるかで稼ぎがわかる目安ですね)。
8/17 修正しました。
×お前のそこ格好→○お前のその格好