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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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幕間 妖鬼躍進

またも番外編のイチジク編です。

 ケルベロスとかいう三つ首を持つ巨大な犬が、その巨体からは想像できない素早い動きで、俺に向かってダッシュしてきた。


 ひと噛みで俺の胴体を喰い千切りそうな、鋭い牙の生えた顎が目前に迫る。

 その牙から滴る唾の臭いを嗅いで、本能的な危機感を感じた俺は、咄嗟に正面からの迎撃を放棄して、ピカピカに磨かれた石の床の上を転がって、間一髪その攻撃を躱した。


 ガギン!!という硬質な音がして、勢いあまった魔獣の牙が俺の背後にあった石柱――俺が3人掛かりでようやく手を回せるくらいの太さ――を、ひと噛みで粘土細工みたいに削り取った。


 さらによくよく目を凝らすと、奴の噛んだその部分の石が灰色から黒く変質してボロボロに崩れ去り、そこから鼻が曲がるような嫌な臭いが流れてきた。


 ――やはり、毒を持っていたか!


 それも途轍もない猛毒だ。掠るだけでもヤバイかも知れん。

 こいつ相手に接近戦は不利だと判断して、俺は牙の届かない側面に回りこもうとした。だが、なにしろ相手は三つ首。どこに行っても、どれかの首がこちらを見ていてほとんど死角がない。その上、即座に反応して姿勢を入れ替え、常に正面を向くように位置を入れ替えてくる。


 ――厄介な相手だな。


 歯噛みした俺は一旦距離を置くべく、相手に対して視線を外さないまま、後方へ向かって大きく跳躍した。しかし、この苦し紛れの行動から俺の内心の焦りを嗅ぎ取ったのか、同時にケルベロスも俺に向かって跳躍してきた。


「しまった!?」


 逃げ場のない空中で敵の攻撃を受ける形になってしまった!

 俺は咄嗟に右手に持っていた螺旋状の魔剣――『螺旋剣(カラドボルグ)』に魔力を流し込み、ケルベロスの一番近い右端の首目掛け剣を振るった。


 俺の意思に従い、一瞬にして形状を変えた『螺旋剣(カラドボルグ)』の刀身が解けて、リボンのようにうねりながら、大きく開いたその口に巻き付いて強引に顎を閉じさせる。


 さらに左手で練っていた爆炎の魔法を中央の首目掛けて放つ――直前に思い直して、自分の足元へ向けて放った。

 その反動と床に炸裂した爆発とで、俺の身体が浮き上がり、ギリギリ空中で軌道修正をして、残り2個の首の攻撃を避けることができた。


 足元を通過するケルベロスの頭を蹴って、その背中に着地すると同時に両足の指だけで、奴の背中の鬣を掴んで姿勢を確保し、そのまま『螺旋剣(カラドボルグ)』を両手で握って、全力の魔力を流す。


「「ぎゃん――っ!!!」」


 自由な2つの首が悲鳴をあげるが、構わずにそのまま回転する刃が右側の首の顔を両断。トドメに脳天に一撃を入れて、そのまま炎の魔法剣として内側から完全に焼き尽くした。


「「――がっ……がるるるうるるる!!?」」


 死に物狂いで暴れ、背中を床に擦り付けるケルベロス。さすがにその位置を確保できなくなり、足を放したところへ、左側の首が一瞬口内を膨らませたかかと思うと、勢いよく猛毒の唾液を水流のような勢いで放った。


「くっ――ちいいいいいっ!!」

 必死に躱すが、飛び散った飛沫が肌のあちこちに当たり、当たったところが火脹れのようになり、ちょっと触っただけで血が流れ出す。


「この、畜生が!」

 叫びながら再び『螺旋剣(カラドボルグ)』に魔力を通して、螺旋状に高速回転させて、続けざまに放たれる猛毒の唾を弾き飛ばす。


「喰らえ――っ!!」

 更に回転を早めて突き出した刃の渦が、一直線にケルベロスの口中へと吸い込まれ、一気に脳髄まで貫いた。


「ぎゃん!!」


 悲鳴をあげる残った中央の首目掛けて魔法を放とうとしたところで、ケルベロスの身体が光に包まれ消え去った。


「……?」


 突然のことに混乱している俺に向かって、ずっと傍観していたあの方が、なぜかため息をつきながら麗しい声を掛けてくださった。


「君の勝ちだよ。ヒットポイントが9割を切ったんで、あの子は城へ強制転移で戻されたんだ。いまごろは治療中だと思うけど、それにしても30階のボスをほとんど無傷で斃すなんて、どんだけ規格外なんだろうねぇ」


 いや、結構手こずりましたし、全身から血も出てるんですけど?


「五体満足ならほとんど無事も同然だよ」

 呆れたように付け加えられた返答に、さらに離れた場所で俺たちの様子を窺っていた仲間の一団――(ニノマエ)をはじめとする精鋭達――に混じっていたニャンコ導師(メンター)が、コクコク首を振って激しく同意していた。


「はあ、そういうものですか」

 取りあえず勝ったらしいので、俺は『螺旋剣(カラドボルグ)』を直剣に戻して鞘にしまい、勝利の雄叫びをあげる仲間の下に戻った。




 ◆◇◆◇




 ご無沙汰しております、イチジクです。

 先日、晴れて小鬼(ゴブリン)から妖鬼(オニ)にランクアップしたお陰で、狩場での獲物の確保も楽になりました。

 以前は手強かったリザードマンすら、ほとんど秒殺できるようになったほどです。


 そのお陰か仲間達もすくすくと育ち、気が付けば2000匹近い大集団となり、地下迷宮の3階層(フロア)をほぼ独占状態で占有して、仲間が『イチジク大帝国』という集団を作って俺を皇帝に祀り上げてくれました。


 ちなみに建国と国名を聞いたニャンコ導師は、なぜかその場で卒倒。目を覚ましても、「儂は知らん。儂は無関係じゃ。儂の知ったことではない」と集落の外れにあった巨木の洞に閉じこもって、出てこなくなってしまいました。まあ、猫は死期を悟ると姿を消すというので、その類いかも知れません。


 で、ニンゲンの冒険者集団が俺たちを排除するために、何度かかなりの数を動員してきましたが、地の利となにより俺と大鬼(オーガ)のニノマエ、さらに馬鬼、牛鬼を始め上位種族に進化したゴブリン達、さらには俺たちに従うようになった他種族のモンスターの力の前にはなす術もなく、ニンゲンどもをことごとく屠り、返り討ちにしてきました。


 ……そういえばその集団の中に、以前手合わせしたアホ面下げた若い雄がいましたね。

 まあ、いまではまったく問題としないほど力の差が開いたのですけれど、毎回、一緒に行動している魔法使いの雌のせいで、もう一歩でトドメというところで逃げられている状況です。それでも懲りずに、また次回も無謀に向かってくる……という感じで、毎回、結構な深手を負わせているはずなんですけどねぇ。どんな生命力してるんでしょうか、アレは? 今度は頭を潰すようにしてみます。


 そんな感じでブイブイ言わせていたのは良いのですが、どうやら建国となにより国名がまずかったらしく――やってきたこの迷宮(ダンジョン)のお偉いさんは、「魔を統べる帝はただお一人である!」とか言い放って――俺の国と部下の大半、ことごとくを消滅させてしまいました。


 いや、本当に一瞬で消滅です。

 世の中上には上がいるというか、所詮は井の中の蛙でしかなかったというか……。


 とにかく気が付いた時には、俺以外はほんの十数匹……それもほとんど半死半生で、辛うじて息をしているという状態でした。

 そんな俺たちの様子を見て、やってきたそのお偉いさん――全身に鈴の付いた飾りを付け、肩にフクロウを止まらせた翡翠の骸骨――十三魔将軍の【死神王(ア・プチ)鞍馬くらまとか名乗った方は、感心と歓喜がない交ぜになった哄笑を放って、どこからともなく先端に黒い石の穂先が付いた槍を取り出しました。


「かっかっかっか! 手加減したとはいえ、このワシの攻撃を受けてもまだ息があるとはのぉ。だが安心せい、このワシは慈悲深いのですぐさまトドメを刺してくれよう。それでは、まずは貴様からだな」


 槍の先が真っ先に俺の心臓に狙いを定めました。


 ――これで終わりか。あの方と交尾もできないで終わるのか!?


 そう思った瞬間、

「ちょっと待った! 鞍馬、ストッープ!」

 ついに幻聴と幻覚が見えたのかと思いました。


 あの方です! 天上の美貌を持つあの方が、どこからともなく風の様に現れたのです!


「これは姫様! このようなムサ苦しい場所で、姫様のご尊顔を拝す栄誉を賜るなど、この鞍馬望外の幸せにございます」

 すかさず武器を消し去り、その場に両膝を付いて平伏すお偉いさん。

 転がっている俺たちのことなんてまったく気にもかけません。どうにでもなると思っているのが透けて見えます。


「……まったく。知らせを聞いて来てみれば、なんでウチの身内は手加減とか知らないんだろうねぇ」

 困ったような顔でため息をつくあのお方。憂い顔も堪らなく魅力的で、このまま交尾をお願いしたいところですが、残念ながら俺の体も口もピクリとも動きません。


 それと『知らせを聞いて』の部分で、ちらりと視線を動かした先を見てみると、地面に這い蹲るようにして、ニャンコ導師が五体倒地で震えていました。


「はあ……これでもかなり手加減はしたのですが。それと、姫を差し置いて皇帝を僭称した馬鹿どもに制裁を加えたつもりですが、なにかこのワタシめが姫様の勘気に触れるような不始末をいたしのでしょうか?」

 不安げな様子で髑髏の顔を上げるお偉いさん。


「いや、君が自分の仕事をきちんと行ったのは良くわかるし、私から咎めるようなミスもないんだけど――」

 それから言葉を探すように、頬に指を当ててしばし思案するあの方。

「一応、前々から餌付けしたりして目を付けているので、さくっと殺すのはちょっと勿体ないかと思う…かな?」

 なぜか最後は疑問系でした。


「まあ、取りあえず生き残りは私の方で預かって、処分を決めたいんだけど?」


 あの方の言葉に、恭しく頭を下げる鞍馬とかいうお偉いさん。

「姫様のご決定とあれば、自分如きに否も応もございません」




 ◆◇◆◇




 と言うことで、その後、あの方に傷を治していただいた俺たちです。

 その際に今後の希望を聞かれたので、「無論、貴女様と交――」と言い掛けたところで、一瞬意識が途絶えました。

 なんか一撃で、あの方に首を刎ねられたらしいです。


 なので第二希望としまして、前々から思ってました人間の使う“武術”とか“体術”とかを学びたいと言ってみました。


 その為の準備として、まずは現在の俺の力を確認したいと言われ、ここ30層にあるボス部屋に連れて来られて、1対1でケルベロスと戦うことになったわけです。


 ふと気が付くと、いつの間にかあの方の背後に背の高い老人が立っていました。年寄りの癖にとんでもない迫力のある男です。


 ――強い。


 本能的に悟りました。


「どう、彼を鍛えることについては?」

「なかなか面白そうな小僧ですな。我流であれだけできれば大したものでしょう。また妖鬼(オニ)というのも大変結構。すでに一人手元にいますが、基本構造は人間と変わらない上に、頑丈さや生命力は桁違いですからな。遠慮なく殺人技を振るえるといるもので、楽しみで仕方ありません」


 そう言って含み笑いをする老人から、若干距離を置くあの方。


「――ま、まあ取りあえずOKってことだね。そ、そうえばソフィアも進化してそっちにいるんだったっけ。二人とも獣王の弟子になって、正式に本国で修行するんだったら、それらしい名前とかも考えたほうがいいかな……」

「ま、そこらへんはご随意に」


 軽く肩をすくめる老人から離れて、あの方は俺の方へとやって来られました。


「そんなわけで、君の身柄は私の預かりで本国へと向かうことにするよ。これからは、あの獣王を師匠として稽古を積んでもらうからよろしくね。それと、他の皆は私の知ってる大鬼(オーガ)部隊へ編入になるので、今日中に出発できるよう準備しておいてね」


 にこやかに伝えられた内容に、俺は頷きました。

 この方に見出され、この方に助けられたこの命、必ずやご期待に応えてみせます!


 全身全霊でもって俺は誓いの言葉を叫びました。


「そして、必ずや交尾を!!」

「……結局、それかい」


 そんなわけで、俺は生まれ育った迷宮(ダンジョン)と仲間に別れを告げ、そして後に新たな仲間と名前を授かることになったのでした。

琥珀ソフィアとの初対面とか、気に入られて逆貞操の危機(鬼は猫と同じで、雌に誘われたら雄に断る権利はない)とかまで考えてましたけど、それを描けるかは微妙ですねw


なお、宝箱は前回の騒動で上の知るところとなり、設定が変えられモンスターは取得禁止になりました。

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