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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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幕間 公子事情

クリストフ君の番外です。

 休暇から戻ったクリストフ大公子の様子がおかしい。


 その話は休暇開けの講義の合間に噂され、昼休みには学年全体に広がり、放課後には士官学校のみならず、隣接する魔術学校の女子生徒の間でも持ちきりとなった。


「なんか心ここにあらずって感じなんだよな」

「あいつが講義中や実技で上の空だったなんて初めて見た」

「教授陣も訝しがってたよな。――ま、質問には完璧に答えてたけど」

「ああ、でたまにニヤニヤ笑って……まあ、それでも美形に見えるんだから一種の超常現象だよ」

「心配して聞いてみても何も言わないし」

「つーか、全体的に妙に上機嫌なんだよな。浮かれているってゆーか」

「そうそう、話しかけると普段以上に気さくだし」


 様々な憶測を呼んだ彼の奇行だが、最終的に全員が一つの結論に達した。


『色ボ…もとい、あれは恋した男の目だ』


 その推測は一大旋風を巻き起こし、光の速さで全校及び周辺校へと流布して、彼のファンである多数の女子生徒を打ちのめし、また一部男子生徒をも悲嘆に暮れさせたのだった。




 ◆◇◆◇




「ということで、そろそろ真相を喋ってもらおうか」

「ええ。人々は真実を求めています。それに応えることこそ高貴なる義務ノブレス・オブリージュと言えるでしょう」


 突然、学生寮(と言ってもちょっとした貴族の別荘ほどの広さの屋敷だが)の私室に押しかけてきた友人……というよりも悪友とでも言うべき二人の同級生、エルマーとルーカスを前に、クリストフは面倒臭そうな顔で、秀麗な眉をひそめた。


「――藪から棒に、なんのことだい?」


「噂の真相ですよ」

 と訳知り顔で、どことなく軽い雰囲気のある赤毛の優男、ルーカスが追求の矢を続けざまに放つ。ちなみに彼は代々グラウィオール帝国本国の政策顧問をしているラーティネン侯爵家の直系親族に当たるため、クリストフとは士官学校に入学する以前から面識がある。


「噂……? なんのだそりゃ?」

 本気で当惑した顔で、クリストフは首を捻った。


「またまた! 士官学校は元より隣の魔法学園、さらには近隣の付属学校の女生徒、果ては神学校のシスターの卵までその噂で一喜一憂しているというのに、その当人が知らないってわけはないでしょう。この罪作りが!」


 まるでオペラの登場人物のように大仰な身振り手振りを交えて、『嘆かわしい』とばかりに悲嘆に暮れる猿芝居をするルーカス。


「……だから、噂とか何のことだよ?」

 いい加減面倒になってきたのか、対応がなおざりになってきた。

  

「噂と言うのは、お前がこの前の休暇にどこぞの御令嬢と逢引をして、恋仲になったという話だ。ぜんぜん耳に入らないわけじゃないだろう?」

 濃い金髪で知的な顔つきをしたエルマーが、ずばり直球で聞いてきた。

 彼の祖国であるヴィンダウス王国は帝国の属国にあたり、彼自身も現国王の孫に当たる紛れもない王族の一員であるが、お互いに学生と言う立場もあって立場や身分差などを超越した、気さくな関係を築いていた。


 ちなみに帝国の爵位は大まかに、皇帝>王≧大公>/>公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵>/準男爵>騎士 となる。実際には一代名誉職や、皇族などさらにややこしいのだが、基本的にはこの形になる。


 もっとも気にしないのは彼ら自身だけで、数多くの大貴族、貴族、諸侯の子息が在籍するこの帝国士官学校で、派閥や爵位の差に囚われず良好な人間関係を構築できているのは、非常に稀な例であったが。


「ああ、その噂か……」

 途端に辟易した顔でため息を漏らすクリストフ。


「流石に知っていたか」

「嫌でも耳に入ってくるよ」

『ご苦労様』『まったくだ』とばかり、お互いに苦笑するエルマーとクリストフの二人。


「おいおい、否定しないってことは本当なのか?!」

 自分から話を振っておいてはいたものの、実は単なる与太話だろうと高をくくっていたルーカスが、目を丸くして座っているソファーから半分腰を浮かせた。


「まさかっ。いちいち反論するのも面倒なので黙っているだけだよ」

 即座に否定の言葉が返ってきて、逆にほっとした顔で再びソファーに腰を下ろしたルーカスだが、

「だいたい半分も当たっちゃいないし」

 続くクリストフの台詞で、危うくソファーから転げ落ちそうになった。


「ちょっと待て! それはつまり一部は正解(、、、、、)があるってことだよな?!」

「ど、どこの部分ですか!?」

 聞き捨てならないとばかりに、いささか性急にクリストフに詰め寄る二人。


 クリストフは、口が滑った――という顔で、視線を逸らせる。

「別にどうでもいいだろう。僕が誰を好きになろうが関係ない話じゃないか!」


 投げ遣りなその返事に、呆然と顔を見合わせる学友二人。

「……それってつまり」

「……好きな人ができたってことですよね」

 一呼吸置いて、示し合わせたかのように同時に叫んだ。

「「誰が相手だ?!」」


 興奮する二人とは対照的に、ますます眉間の皺を深くするクリストフ。

「――だから、なんでそんなこと気にするんだよ。普通の貴族だったら、国許(くにもと)許嫁(いいなずけ)や意中の相手の一人くらいいるだろう?」


 さもありなんと頷くルーカス。

「普通ならそうでしょうね。ですが、貴方は帝国大公の一子でありながら、いまだに許嫁はおろか浮いた話一つ聞いた事のない朴念仁。その帝国の誇る不沈艦を仕留めた御令嬢がいるとなれば、これは誰だって気になるというものですよ!」

「どうもお前は自覚がないようだから言っておくが、そんなお前にどれだけの御令嬢や御婦人方が、秋波を送っているか……自覚がないわけじゃないだろう? ならばここは曖昧な情報で彼女達を混乱させるよりも、旗幟を明確にしてきちんと対応した方が誠実というものじゃないのか」

 エルマーも真剣な表情で、噛んで含めるように言い聞かせる。


 そんなものかな?と一瞬納得しかけたクリストフだが、よくよく考えてみると話の流れが妙なのに気付いて、二人の期待に満ちた顔を睨みつけた。


「別に不特定多数に公開しなけりゃいけない話でもないだろう。あくまで僕の個人的な事なんだから」

「――ちっ。慣れない状況に流されてポロっと喋るかと思ったのに」

 ルーカスは残念そうに唇を尖らせて、口直しに侍女が煎れてくれたお茶を口に運ぶ。


「まったく……。だいたい、そんなことをすれば相手に迷惑だろう?」

「そうか? 公然と天下のエストラダ大公家と縁を結べて喜ばん貴族はいないと思うが。ひょっとして、相手の女性はよほど身分的に釣り合いのとれない家柄なのか?」

「おいおい、まさかお相手は庶民とか言い出すんじゃないだろうな?! 別に悪いとは言わないけど、お伽噺と違って『王子様に見初められて、めでたしめでたし』で終わる話じゃないぞ」


 一転して真面目な顔になって、好奇心を上回る気遣いでもって、身を乗り出す二人の友人の態度に、クリストフは内心大いに感謝しながら、軽く片手を振った。


「そういう訳じゃないさ。どっちかというと僕の方が釣り合わないくらいで――」


 ぽかんとする二人の顔を見て、またもや失言したのに気付いて、クリストフは片手で額を押さえた。


 ――自分では気が付かなかったけど、相当浮かれてるんだな僕は。


「お前の身分で釣り合わないなんて、どこの王族のお姫様だ?!」

「いや、大陸中見渡したってエストラダ大公家に匹敵する家柄の王族なんていやしないぞ」

「つまり……」

「まさか……」

「「オリアーナ皇女が相手か?!」」


 色めき立つ二人を白けた目で見て、クリストフは端的に否定した。

「違うよ」

 

 実際、クリストフにとって従妹(いとこ)に当たるグラウィオール帝国第一皇女オリアーナ・アイネアス・ミルン・グラウィオールとの婚約話や風聞(ゴシップ)は随分と前から、耳にたこができるほど周辺で囁かれている状況だった。


 客観的に見てオリアーナは『鈴蘭の皇女』と呼ばれるに相応しい佳人であり、(よわい)13歳に過ぎないが、『栴檀(せんだん)は双葉より(かんば)し』のとおり、その才知・覇気ともにグラウィオール帝国の後継者に相応しい自慢の従妹である――が、彼自身にとってはあくまで身内であり、恋愛の対象として見た事は一度もない。


 確かに皇族の血統――クリストフは彼女と同じ自分の白銀色の髪をガシガシと掻いた――や、帝国内の力関係を考えれば、自分とオリアーナとが結びつくのが自然な流れなのであろうし、父や皇帝陛下がそれを望むのであればやぶさかではない。

 というか政略結婚で意に沿わぬ相手と一緒になることを考えれば、遥かに贅沢な話と言えるだろう。


 とは言え、なぜかいまのところそういう話は出ていないのは、父が皇族・貴族にしては珍しい恋愛結婚で、なおかつ側室の一人も置かない愛妻家なせいかも知れない。だとすれば父にはどれだけ感謝してもし足りない。


 ……なにしろ、そのお陰で彼女に出会うことができたのだから。


 物思いに耽るクリストフの脳裏を、長い黒髪がそよいだ。


 ――今度はいつ逢えるだろうか。


 なおもしつこく食い下がる友人に対して、その後は頑なに沈黙を守り、結果、翌日から派手な想像と憶測が関係者の間を席巻したのだが、幸いと言うべきか真相に辿り着いた者は誰一人としていなかった。 




 ◆◇◆◇




「お疲れ様でした叔父様。いえ、エストラダ大公閣下」


 姪に当たるオリアーナ皇女のソツのない挨拶に、こちらも堂の入った挨拶を返すエストラダ大公。


「レポートは読ませていただきました。素晴らしい成果で感服いたしましたわ」

「ははっ、私の手柄と言うよりも、大部分が姫陛下のおこぼれのようなものですが」


 苦笑する叔父の言葉を謙遜と受け取って、微笑を返すオリアーナ。それから、彼女にしては珍しい好奇心に満ちた子供っぽい仕草で、身を乗り出して尋ねてきた。


「そうそう姫陛下と言えば……どうでしたか、ご子息との相性は?」


 もっともらしく腕を組んだエストラダ大公が頷く。

「アレにしては頑張った方かと。正直、あそこまで夢中になるとは私も予想していませんでしたな」


 だが、オリアーナは心外だとばかり軽く肩をすくめた。

「あら、わたしは予想していましたわ。だって姫陛下ってあんなに可愛らしい女性(ひと)なんですもの。正直、わたしが男でなかったのをこれほど口惜しいと思ったことはございません。そうであれば、万難を排してでも華燭の典へ漕ぎつけますのに」


「なるほど。息子はさしずめ陛下の代理というわけですか」

 苦笑を深める大公。


「はっきり言ってしまえばそうですが、わたしの代わりが務まる器量があると思えばこそですわね」

 真顔でうそぶくオリアーナ。


「それは光栄です。それと肝心の姫陛下の方ですが……私の主観ですが、好感触だったと思いますよ。まあ、恋愛感情に発展するかどうかは、アレのがんばり次第でしょうが」


 微笑ましい少年少女の様子を思い出して、柔らかく微笑んだ大公だが、微笑みはそのままに探るような瞳で、ニコニコと上機嫌で話を聞いているオリアーナを見た。


「それにしても、今回の出兵はひょっとして海賊の殲滅と囮自体はもののついでで、主目的は姫陛下と息子とを引き合わせる方だったのではないですか?」


「そんなことはありませんわ。まあ、結果的にどちらも成功したのですから、わたしとしては大満足というところですけれど」


 本心を巧妙に隠した彼女の態度に、大公は直裁に切り出した。

「……ふむ。これは帝国大公でも軍人でもない、一人の父親としての質問ですが、国益の為にあの二人を結び付けようと考えていらっしゃるのかな?」


「国益とは違いますわね」

 オリアーナはゆっくりと口に出した。

「どちらかといえば、世界の平和の為ですわね」

 オリアーナの笑みは崩れない。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているエストラダ大公の顔を見て、くすりと微笑んで続けた。

「勿論、個人的にも姫陛下が大好きなのは間違いありませんけど」


「……少々私の理解を越えますが。つまり、息子の頑張りが世界平和に直結していると?」

 大公は当惑した表情でため息をついた。


「そういうことですわ。姫陛下の傍に居るべきは、ああいったまともな感性を持った人間であるべきだと、わたしは確信しております」

 なにしろあの方が本気で暴走したら、大仰でなしに全世界の終わりですからね。と、オリアーナは胸中で続けた。せめて健全な一般人の感覚を備えた、それも発言力のある人材が傍にいないと、危なっかしくてしかたがないですからね。


「期待していますわ、クリストフ大公子には」

 本心からオリアーナはそう口に出した。

一番黒いのはオリアーナ皇女だったりしますw

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