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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第九話 蒼神無窮

「――よっ、と」


 最後に残った敵の残党――柄杓(ひしゃく)を持った船幽霊――を排除したところで、コントロールルーム内にいた従魔は、あらかたいなくなった。


「……こんなものかな。天涯、他の場所の制圧具合はどう?」


 ちょうど戻ってきた人間形態の天涯に確認してみる。


「はい。船内の各施設及び敵従魔の制圧は全て完了しております。念のために親衛隊と七禍星獣各員を、船内の主要なブロックに配置、また十三魔将軍を船外に待機させておりますので、万が一、造反や逃亡の恐れがあった場合には、即座に対応する手筈を整えてございます」

 一礼して、全ての対応がつつがなく終わった旨を報告してくれた。


「――と言うことらしいので、ももんがいさん。無駄な抵抗はやめて、いいかげん観念してこっちの言うことに従って欲しいんだけど」


 両手でスカートの後ろを押さえながら、膝を閉じたまま爪先立ちになり、踵の上にお尻を載せて腰をおろした姿勢で、オリハルコン製のチェーンで床の上に簀巻きにして、猿轡を被せてあるももんがいさんの顔を覗き込んで言い含めると、なぜか猛烈に怒った様子で、水揚げされた魚みたいに跳ね回った。


「ふるふぇえ! ふぁれふぁふぇふぇえふぉふーふおふふふぁ!!(うるせえっ! 誰が手前の言うことを聞くか!!)」


「……喜んで協力しますって雰囲気じゃないねぇ。まあ、別になにか協力してもらうとかは、端から思ってはいないんで、そこで黙って見ていてもらえばいいんだけどさ」

 ボクは軽く肩をすくめて、その視線を受け流す。猿轡を外して話をしたいところだけど、コマンド一つでスキルは発動するからねぇ。安全の為にも迂闊な真似はできないところだね。


「ふぁ? ふあふふふぉふふふおーふふあ?(なに? 何をするつもりだ?)」


「多分、「どうする気だ?」とか「何が目的だ?」とか聞いてるんだろうけど、別に大したことじゃないよ、この船にある『転移門(テレポーター)』を使わせてもらうだけだから」


 ちなみに『転移門(テレポーター)』は、ここコントロールルーム内の床の中央に、でんと配置されていた。

 見た感じ直径2メートルほどのマンホールの蓋みたいな感じで、中央に握り拳大の漆黒の珠 (これがスイッチになる)があり、表面には幾何学紋様のような溝が彫られている。


「ふぉらんふぉーふぁー?!(転移門(テレポーター)?!)」

 あ、これは何を言ったかわかった。「『転移門(テレポーター)』?!」だね。

 と、怪訝な表情を浮かべていたももんがいさんの目に理解の色が浮かび、同時にその目がこぼれんばかりに見開かれた。


 そのままフガフガ喚きながら、前にも増して水揚げされた海老みたいに大暴れで、床の上で跳ね回るのを、面倒臭げに天涯が押さえ付けた。やっと大人しくなったももんがいさんだけど、その瞳に浮かんだ感情の色は、果てしない恐怖と絶望だった。


「どうやら、この転移門(テレポーター)の行く先はデーブータさんのところで間違いないみたいだね。まあ、ここまで手筈整えてハズレとかだと洒落にならないからねぇ」


 実際、大変だったよ。オリアーナ皇女と協力して、表向きは帝国艦隊が査察するという名目でインユリアの総統府宛に文書を送って、実際に帝国の虎の子の魔導帆船団を出撃させる。

 でも、裏ではすでに帝国の情報部と監査部隊がインユリアに潜入して、どのルートで情報が漏れるかを確認して、『紅帆海賊団』をおびき寄せるのと同時に、海賊に取り込まれていた上層部をほぼ一網打尽にする二段構えの策だったりする。今頃は、インユリアの植民市全体に帝国の手が入っていることだろう。


 ということで、オリアーナはオリアーナで自分の仕事をきちんとやり遂げてくれたんだから、こちらも負けずに目的を果たさないとね。


「取りあえず余計なことされるとマズイので、ももんがいさんは別の場所に移しておいて、それが終わったら当初の予定通り、円卓の魔将を中心に突入班を編成。念のために『白鯨號(カイテイオー)』は動力部を破壊してから、空中庭園へ移送してそこで転移門(テレポーター)を使うことにするよ」

 立ち上がって指示を出す。


「この大きさですと、何名か転移できない者もおりますな……」

 ももんがいさんを押さえ付けたまま、天涯は2メートルほどの転移門(テレポーター)を睨んで難しい顔になった。


 まあ、確かに魔将には図体のでっかいのが多いからね。全員これで転移できるわけないけど、それは最初から織り込み済み。その代わり……と言うわけでもないけど、わざわざこれから白鯨號(カイテイオー)を空中庭園へ移動させるのには訳がある。

 要するに表立って動けない影郎さんを当て込んでいるからで、他にも希望者がいれば――多分、稀人(まろうど)とか九印(くいん)あたりは率先して参加するだろう――お願いする形で、使える戦力は出し惜しみしないで投入するためだ。


「まあ、最悪、空中庭園をイーオン聖王国の聖都ファクシミレ上空に待機させておいて、いざと言う時にはそこから追加要員を降ろすつもりだけど」


 ただそうなったらまず間違いなく真紅帝国インペリアル・クリムゾンとイーオン聖王国との全面戦争ということになるだろう。

 そしてそうなった時点でボクの負けは確定する。


 いや、その気になれば聖王国全てを灰燼に帰することも可能だろうけれど、そうなれば基本聖教が倫理や生活の基盤になっているこの世界。大陸に住む人々の怨嗟と憎悪は全て真紅帝国インペリアル・クリムゾン……いや、私・緋雪に向けられるだろう。

 無論、そうした人々を全て屠り、力による支配を行うことも可能だろう。だが、(ボク)はそんな血で血を洗う……犠牲と恐怖で人を支配するような蛮行を決して容認できない。(ボク)がなりたいのは、あくまでも良き隣人であるのだから。


 なので、勝利条件はただ一つ。神を名乗り、この世界をもてあそぶデーブータさんを排除すること。それだけだ。


「まあ、取りあえず実際に転移するのはそれらの準備が整ってから…かな。ぶっつけ本番だけど、事前に試すわけにもいかないからね。そんなわけで、見張りを残していったん――」


決意も新たに、いったんこの場から撤収しようと踵を返しかけたところで、天涯に押さえ付けられているももんがいさんの動きが妙なのに気が付いて首を捻った。

 さっきまで往生際悪く跳ね回っていた筈が、いまはまるで石像にでもなったようにピクリとも動かず、顔面を蒼白に変え一点を見詰めていた。そして、その瞳にある色は、ただ絶望の一文字だった。


 はっとしてその視線の先を見てみれば、転移門(テレポーター)の紋様が青い光を放っている!


「――しまった。先手を打たれた!」

 こちらからは操作していない。ならば、あちら側から誰かが転移してきたということだろう。


 偶然と言うにはあまりにもタイミングが良すぎる。おそらくあちら側でも状況を把握していたのだろう。誰が来る?! らぽっくさんか、タメゴローさんか、それとも亜茶子さんか?


 臍を噛むボクの視線の先――転移門(テレポーター)の発する青い光の中で、光の粒子が結合して人影のようなものの輪郭が徐々に鮮明になってきた。


 ――誰?!


 ボクは手をかざして眩しさに耐えながら目を凝らした。

 らぽっくさんではない、身長も肩幅も違いすぎる。かといって、タメゴローさんや亜茶子さんとも違う……。


 やがて明滅した光は、一際大きな閃光となり、そして光が消えたその場には、人間族ではない異形の種族である“彼”が立っていた。


「竜人族……?」

 天涯がぽつりと呟いた。

 そう、素肌の上に直接トーガを纏っているので、露出した肌や顔全体が青い鱗に覆われているのがわかる。2メートル近い長身に青い長髪を流し、傲然と周囲を睥睨する彼は、確かに竜人族ではあるが、正確にはその最上位種族である真竜神族であり、ボクと同格の存在で……そして、古い顔馴染みでもあった。


「……デーブータさん」

 思いがけない再会に、ほとんど囁き声に等しい声が漏れる。


『なっ――――!?!』

 色めき立つ周囲をまったく無視して、デーブータさんはにやりと――かつて『E・H・O』エターナル・ホライゾン・オンライン内では一度として見せたことのない、傲慢かつ冷酷な――笑みを浮かべた。


「久しぶりだな、緋雪。逢いたかったぞ。

 だが、もはや俺はかつての俺ではない。ゆえに俺のことは『蒼神』と呼んでもらおうか」


 一切の反論を許さない、それはまさに超越者の口調だった。


 混乱した。話には聞いていたし、想像もしていたけれど……けれど、これは本当に彼なんだろうか? デーブータさんのキャラクターを使って、まったく別人が喋っているのではないだろうか?

 あまりの変貌振りに、そう思ってボクは確認せざるを得なかった。


「あなたが、あなたがもしデーブータさん本人だと言うなら、私も参加したオフ会の会場の名前を覚えていますか?」


 影郎さんやしまさんたちは言っていた。彼らはゲーム内のデータや会話ログを参考に作られた、プレーヤーのデッドコピーに過ぎないと。

 ならば、ゲーム内では知りえない、リアルでの体験を確認するしかないだろう。


 ボクの問い掛けに、彼は一瞬、子供の我儘を聞く大人のような苦笑を浮かべた。

「本来であれば俺を試すようなそんな口を利くことは許されんが、まあ、お前なら特別に許してやろう。懐かしい話題でもあるしな。――確かあれは『薔薇園』という居酒屋だったな」


 うん確かにそこで間違いはない。けど、場所くらいはゲーム内で確認の為に口に出していた可能性が高いので、本番はこれからだ。

 そう思って重ねて質問をしようとしたところ、彼の方が続けて言葉を発した。


「お前は未成年だし、酒は呑めんというのでソフトドリンクだったが、悪乗りした参加者がこっそりとグラスに酒を混ぜて、知らずにそれを飲んで悪酔いしたお前を、俺が手洗いまで運んで戻させた。ハンカチが1枚では足りないので、俺のハンカチを貸したな。――後から洗ってアイロン掛けしたのを郵送で返してもらったが。

 で、俺の隣の席でまだしばらく調子が悪くぐったりしていたお前を、今度は女どもが寄ってたかってオモチャにして、俺はなんとか止めようとしたが、周りの勢いに押されている内に、お前はロングのウイッグを被せたり化粧をされたり……似合っていたぞ。そう言えば、そのまま一緒に記念撮影もしたな」


 こと細かに話す彼の口調にはありありとした臨場感があり、また当人でしか知り得ない情報が満載されている。正直、前半部分で確信した。彼は紛れもなくデーブータさん本人だということを。


「……と。こんなところで、俺がかつてデーブータ……北村秀樹(きたむらひでき)という、つまらん男だったことに納得できたかな、緋雪? それとも、綾瀬奏あやせかなでと呼んだほうがいいか?」


「――っ!?」

 かつての自分の名前を耳にして、自分でも意外なほどの動揺が全身を走った。

 そのせいで次のリアクションが大幅に遅れてしまった。


「まあ、積もる話もあるが、それよりも先に出来損ないの始末をつけねばならん」

 呟いた彼の掌の上に、水晶球のようなものが乗っていた。その中には赤い炎のような光が踊っている。


「!!!!」

 ももんがいさんが声にならない絶叫を放った瞬間、彼はその球をいとも容易く握り潰した。


 ビクン!と一度だけ全身を反らせたももんがいさんの身体が力を失い、たちまちその瞳から光が失われる。


「――むっ。絶命しております」


 天涯に言われるまでもない、生気の抜けたももんがいさんの遺骸に、咄嗟に完全蘇生(リザレクション)を掛ける。けど――


「な、なんで効かないの?!」

 何回掛けても効果がない。


「無駄だ。命珠を砕いた以上、そいつの存在自体が『無』と書き換えられた。故に蘇生は効かん」

 握り潰した『命珠』とやらの欠片を床に落として、軽く掌を叩きながら彼――蒼神が、事もなげに解説を加えて来る。


 不意に、以前に影郎さんから聞いた話が、脳裏に甦った。



 ――裏切り者には死、とかないわけ?

 ――ありますよー。『死』というか『存在』を消されるので、これやられると完全蘇生(リザレクション)を唱えようが、蘇生薬(エリクサー)を使おうが復活は無理ですなあ。



 ももんがいさんの死に連動して、彼のギルドホームであるこの『白鯨號(カイテイオー)』の存在感が、急激に薄れてきた。


「――さて、帰るとするか」

 踵を返す蒼神。


「逃がさないで! 全員全力で攻撃っ!!」

『はっ!』

 ボクの叫びに従って、室内に居た魔将全員――影移動で刻耀(こくよう)も躍り出てきた――が、一斉に蒼神目掛けて、一切の手加減のない攻撃を放った。


 その余波で、消えかけていた『白鯨號(カイテイオー)』の艦橋部分が消し飛ぶ。


 逃げ場のない密閉空間内で、大規模戦闘(レイド)級従魔が複数で攻撃したんだ。大抵のプレーヤーならこれで始末をつけられる筈だけど……。


「――ふむ。なかなかの攻撃力だ」

 吹き曝しとなった艦橋部分に、何事もなかったかのように佇む蒼神がいた。


 鱗に傷ひとつ付いてないその姿に、天涯たちの表情が険しくなる。


「……一撃では足りなかったか」

 そう呟いて龍人形態から、さらに本来の姿である黄金龍(ナーガ・ラージャ)の姿に変じる天涯。


 騒ぎに気が付いて集まってきた魔将たちが、蒼神を囲む形で十重二十重に周囲を固めるけど、当人はまったく動揺もなく、涼しげな顔で佇むばかりであった。


 ふと、嫌な予感を覚えたボクは、鑑定で彼のステータスを確認して見た。



 種族:真竜神族→創造神

 名前:デーブータ→蒼神(そうしん)

 称号:起死改正(きしかいせい)

 HP:Indestructible

 MP:Indestructible

 ▼



「なっ?! なに、この『Indestructible(破壊不能)』って表示は!?」


「そのままさ。俺にはあらゆる攻撃が通じん。天に唾を吐くようなものだ」

 軽く肩をすくめて答える蒼神。

「――では、な」


「逃がすか――っ!!!」


 再び天涯たちが一斉に攻撃を加える。凄まじい閃光や爆発、衝撃の向こうから、彼の平然とした声が聞こえてきた。


「そうそう、せっかくなのでこいつを渡しておく。この場で連れ去ってもいいが、それでは興が乗らんからな。せっかくなので、お前の方から俺を追い駆けてこい」


 その言葉と共に、キラリと光りながら四角い金属製のプレートのようなものが、足元へと飛んできた。


「聖都への通行証だ。そいつがあれば他国人だろうが魔族だろうが問題なく入国できる。ひょっとすると、聖都に来れば俺を斃す手段も見つかるかも知れんぞ」


 含み笑いとともにその気配が急に消えた。

 天涯たちもそれに気が付いて攻撃の手を止める。


「逃がしたか……」

 苦々しげに吐き捨てる天涯だけど、この場にいた全員が理解していた。

 ボクたちは蒼神に見逃された。負けたのだと。


『………』

 重い沈黙が落ちる。


 すっかり白鯨號(カイテイオー)も消え去り、海面に浮かぶ【神魚(バハムート)久遠(くおん)の背中の上で、ボクは転がったままの通行証を拾ってため息をついた。

「――聖都か」

次話の前に幕間が入る予定です。


11/21 誤字訂正いたしました。

×生気の受けたももんがいさん→○生気の抜けたももんがいさん

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