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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第八話 海賊憂愁

海賊編は一区切りですね。

 海面がもの凄い勢いで遠くなる。

 必死に手足をバタつかせるけど、まるっきり効果なく身体に(おもり)でも付いているかのように、どんどんと暗くて深い海底へと引き摺り込まれて行く。


「――くぁwせdrftgyふじこlp!?!」


 声にならない悲鳴は(あぶく)となり、塩辛い海水が口と鼻からどんどんと入って来て、それに比例するようにして意識が急速に遠くなってきた。


 **********


『……ぎゃははっ! なんだよ、まだ早いだろう。せっかく俺が親切にもお前のアタマ洗ってやろうってのに、なにもう顔を上げてるんだ。息止めて5分間は浸かってろよ。ホレ!』


 **********


 あ、なんか嫌な走馬灯(フラッシュバック)()ぎってる……。


 思えば水が嫌いになったのは、あの変態従兄のイジメが原因だったっけなぁ。

 てゆーか、そもそも伯父の家では水着を買ってもらえなかったから、小中学校の水泳はずっと見学でプールに入ったこともなかったし……で、そんなことしてたら、「あいつ本当は女なんじゃないのか?」とか変な噂が立って、学校でもいじられ対象になって嫌な思いをしたし。

 ……う~~む、やっぱり、水場は鬼門だったのか……も……。


 と、意識が途切れる寸前に、誰かがボクの身体をギュっと抱き締めて、そのまますごい勢いで海面目掛けて浮上していく気がした。


「――ぶはっ!! 大丈夫ですか、緋雪様!?」

 明るい日差しと頬に当たる風の感触、そしてなにより切迫したクリストフ君の叫びで、一気に意識が覚醒する。


「――ごほっ……ごほごほごほっ!! がは……」

 溜まっていた水を吐き出して、涙目で軽くうなずく。

 しばらく咳をして、ようやく呼吸が楽になったところで、自分の恰好――『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』を持ったまま(よく落とさなかったものだね)、無意識のうちにクリストフ君の首に両手を回して取りすがっている――のに気付いて、取り合えず『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』を収納スペース(インベントリ)にしまった。


「ありがとうございます、クリストフ君。お陰で助かりました」

 で、そのまま超至近距離で、お礼を言う。どうやらさっき、ももんがいさんと海へ落ちた直後、誰かが追いかけて飛び込んだのは気のせいではなかったらしい。


「どういたしまして。お役に立てたようでなによりです」

 クリストフ君が邪気のない笑みを浮かべた。


 むうう、なんてゆーか……ボクなんかの作り笑いとは違って、こういう天然の笑みは反則だねぇ。普通の女の子だったらフラグ立ちまくりじゃないだろうか?


「姫様! ご無事ですか!?」

 そこへ背中から三対六翼の羽根を広げた命都(みこと)と、白鳥の羽を生やした七夕(たなばた)が舞い降りてきた。


「ああ、うん、大丈夫。クリストフ君のお陰で……」

 そう口に出したところで、ふと、思い出した。こういうときの為に久遠(くおん)と従魔合身してたんじゃないかい。なにしてるわけ?!

『久遠! ちょっと、なんで黙ってるわけ!?』

『………………』

『……まさか、また寝てるんじゃないだろうね?!』

『………………』

『くーおーんーっ!!!』

『…………お?』

 やっぱ寝てたな、この反応は!!

『……海ですか。気持ちがいいですなあ、海は』

 うわっ、駄目だこいつ……。


 こんなことなら他の水棲従魔と合身しとけばよかった。いや、普段どおりの天涯(てんがい)か四凶天王の誰かでも問題なかったよねぇ……と激しく後悔したところで、もう一点、気になったことをクリストフ君に尋ねた。


「私と一緒に落ちたももんがい――あのターバンを被った海賊はどうなったかご存知ですか?」

「ああ、アレなら――」


 クリストフ君が答えるよりも早く、その当人の叫び声が離れたところから聞こえてきた。


「これで勝ったと思うなよ――――――――っっっ!!」


 見れば、角の生えたトドみたいな海獣に跨ったももんがいさんが、悔しげな顔で負け犬っぽい捨て台詞を残して、自分の船へと戻っていくところだった。


「……素であんなこと臆面もなく口に出せる人もいるんだねぇ」

 感心している間に、ももんがいさんは自分の船へと辿り着いて、大慌てで船内へと逃げ込んでいった。一瞬、バニーガールが出迎えたような気がしたけど、多分気のせいだろうね。




 ◆◇◆◇




「旦那様、お帰りなさいませ」

 どこの風俗だとツッコミを入れたくなるような挨拶と恰好をした、いつもの兎人族の少女が出迎えるが、ももんがいはそんな彼女を無視して、血相を変えて船室へと飛び込んで行った。


「? どうされました旦那様――って、背中がばっさり斬られてますけど。珍しいですね」

 追い駆けてきた少女が、ももんがいの背中に走った一条の刀傷を見て軽く目を瞠った。

「ご主人様にこれほどの深手を負わせるような、凄腕の敵がいたんですか?」


「ああ。とんでもない奴が紛れ込んでやがった! 別名『漆黒の一人最終戦争(ワンマンハルマゲドン)』『天使の皮を被った罠』『最終兵器姫君(リーサルプリンセス)』その他多数! 奴を形容する言葉は数知れないという、恐ろしい相手だ!」


 ゲーム時代、密かに流布されていた(本人の知らない)緋雪の形容詞を口に出して、ぶるりと身震いしながら恐怖と絶望とに染まった顔で振り返るももんがい。


「兎に角、奴が出てきた以上は、三十六計逃げるが勝ちだ! お前らはさっさとこの海域から逃げろ! 俺はすぐに『白鯨號(カイテイオー)』に転移して、帝国海軍の始末だけして後顧の憂いを取り除いてから行くんで、取りあえず……この先のルス岬の先で落ち合おう」


「はあ……結局、『白鯨號(カイテイオー)』を使うんですか?」

 言うことがコロコロ変わるなあ、という顔で少女が曖昧に頷く。


「状況が変わったんだ! 落ち合ったらすぐに全員、『白鯨號(カイテイオー)』に乗り移れ。『赤の一番号(テスタロッタ)』はその場で破棄する。時間がない、すぐにトンズラできる支度をしておけ!」


「――? 破棄するんですか? 帝国艦隊を叩き潰して行くんですよね?」


「ああそうだ! たとえ艦隊ごと沈めたところで、奴が死ぬわけがない! あの化物がっ!!」




 ◆◇◆◇




「――くしょん」

 むっ、着替えて身体も拭いた筈だけど、やはり北の海は冷たかったのか、不意にクシャミが出た。

 まあ風邪なんて引くことはないだろうし、引いたら引いたで自分で治せばいいので、どうでもいいんだけど。


「大丈夫ですか、緋雪様?」

 同じく着替えて――と言っても士官学校の制服の代えはなかったので、下士官用の制服を借りている――クリストフ君が心配そうに、ボクの顔を覗き込んできた。


 ちなみに現在はベルーガ号の甲板に戻って、負傷者の手当てをしている(ただし死者の蘇生は行っていない。それができると世に知られればこの世界のパワーバランスを崩す恐れがあるので、公表はしないことにしている)。

 そのお陰というわけでもないだろうけど、帝国軍の方はじりじりと戦況を押し返しているようで、艦隊も艦隊形態(フォーメーション)を変え、旗艦のベルーガ号を下げて全方位防御(オールレンジガード)の態勢を取った。

 要するに足をとめて周囲の有象無象を全て排除するつもりらしい。事実、目に見える範囲でも、次々と海賊船団の大型船や小型艇が海の藻屑と消えて行っている。


「ええ、ちょっとクシャミが出ただけで、特に身体に不都合はないですよ」

 そう言うとクリストフ君は、見るからにほっとした顔で胸を撫で下ろした。それにしても、彼には本当にいろいろとお世話になったねぇ。

「クリストフ君には、なにかお礼をしたいのですが、私にできることがあればなんなりとおっしゃってください」


 まあ相手は大国の大公の一子。大概の我儘は通せる身分だとは思うけど、いちおうこちらの方が出来ることの抽斗(ひきだし)は多いと思うので訊いてみた。


「お礼……ですか」

 虚を突かれたような顔で瞳を何度かまばたきするクリストフ君。

「そんなものは――あっ。

 ……。……あの、では厚かましいお願いですが、く、くち」


 最初は遠慮しようとして、すぐになにか思いついたようで、ボクの顔を見てなぜか頬を染めて、もごもごと何か言い掛けた――その時、

「なんだあれは!?」

 回復した海兵の一人が、前方の海域を指差して驚愕の声をあげた。


 反射的にそちらの方を向くと、海面がまるで火山の噴火のようにぶくぶくと激しく泡立ち、続いてなにか巨大で黒い影が下から見えたかと思った瞬間、海面を突き破って鋭角の塔のようなものが垂直に浮上してきた。


 その形状を目にしたボクの口から、自然とその単語が零れ落ちた。

「……ドリル?」




 ◆◇◆◇




「行くぞ『白鯨號(カイテイオー)』っ。メカ戦だ、全速前進!」

 機械類で埋め尽くされた操縦席(コントロールルーム)に陣取って、ももんがいが操縦桿を操作するのに併せて、彼のギルドホーム『海底軍艦・白鯨號(カイテイオー)』が白波を掻き分け、帝国艦隊へと突進して行く。


 ちなみに各ギルドホーム(GH)とも操作は基本コントロールルームに座って、目の前に表示されるタッチスクリーンで移動・外観内装変更などを行う仕様であり、基本操作はどれも一緒で余分なモノは一切ない。

 はっきりいってここにある機械群はまったく意味がなく、彼の趣味による単なる飾りである。


 ついでに付け加えるのなら、基本的にGHには武装は取り付けられないので、外観がどうであれ丸腰であり、白鯨號(カイテイオー)の船首部分に取り付けられた回転衝角(ドリル)も、一応回転するだけで地面に潜ったりはできない、床屋の看板みたいなものであった。


 とは言え全長390メートルの巨体はその質量そのものが充分な兵器であり、この世界の木造船などまさに木の葉のように蹂躙するであろう。


「目標は敵旗艦だ、さっさと斃してバックレるぞ!」

『アラホラサッサー!』

 自分自身と周囲に控える部下――タ○ノコ的なノリで掛け声を返す半魚人、河童、船幽霊などの従魔――を鼓舞しながら、最大速度で敵味方入り乱れる戦場へと乱入しようとする『白鯨號(カイテイオー)』。


 モニター越しでも相手方の激しい動揺が伝わってくるようだが、逃げられるわけがない。

 だが、勝利を確信したももんがいの顔――いや、身体が――いや、『白鯨號(カイテイオー)』全体――が、次の瞬間、下から猛烈な勢いで突き上げられ、風に舞う木の葉のように天高く舞い上がった。


「な――なんじゃこりゃああああああっ!?!」


 混乱のまま絶叫を放つももんがい。

 そして、放物線を描く『白鯨號(カイテイオー)』の巨体に向け、天空から雷撃の嵐がシャワーのように浴びせられ、一瞬にして黒焦げになった船体が力なく自由落下し、海面で待ち構えていた全長数キロメールの白金(プラチナ)色をした魚とも龍ともつかない怪物――十三魔将軍の【神魚(バハムート)】久遠の背中へと落ちた。


「――ふむ、天涯の坊主よ。この玩具壊さぬよう、ちゃんと加減したんじゃろうな? 儂が叩いた時に比べて、随分とみすぼらしくなっておるようじゃが」


 ちらりと背中の『白鯨號(カイテイオー)』を確認した久遠が、頭上を見上げて確認すると、蒼穹を割って降りてきた黄金色のドラゴン――天涯が不満そうな唸りを発した。


「無論だ。この私が仕損じることなどありはしない。それよりも、ご老人こそ少々仕掛けるのが遅かったようだが」

「お主がせっかち過ぎるのよ。どうにもお前さんには余裕が足りんのぉ」




 ◆◇◆◇




 水平線を挟んで口論するプラチナとゴールドのドラゴン。


 人知を超えた一連の出来事に唖然として、戦闘の手が収まった――と言うか、水中から久遠が『白鯨號(カイテイオー)』を跳ね飛ばした衝撃で発生した高波に飲まれて、海賊の船舶はほとんどが沈んでしまったため、自然消滅的に海戦は帝国艦隊の勝利で終わった――魔導帆船ベルーガ号の甲板で、騒ぎに驚いて出てきたエストラダ提督に向かって、ボクは頭を下げた。


「どうも申し訳ありません。身内の恥をこのような場で晒してしまい、お恥ずかしい限りです」


 狐に抓まれたような顔をしていたエストラダ提督だけど、ボクの言葉で正気に返ったらしい、相変わらず空中から小言を放っている天涯と、海面でのらりくらい躱している久遠、さらにその背中に焦げて落ちている『白鯨號(カイテイオー)』とを、交互に指差した。


「姫陛下……これは、すべて陛下の……?」

「ええ、無事に鹵獲できて幸いです」


 まあ、これからあっちに乗り移って完全に制圧して、転移門(テレポーター)を抑えないことには成功とはいえないけど。


「なんと、まあ……」

 言葉に出来ないという感じで、緩く首を横に振るエストラダ提督。


「それでは、私はあの船に用事があるので、申し訳ありませんがここでお暇させていただきます」

 そう提督に別れの挨拶をしたところで、クリストフ君が何か言いたげな顔をしているのに気が付いた。

「そういえば、クリストフ君には先ほどのお礼の件をまだ聞いていませんでしたね。ちょっといまは取り込む予定ですので、申し訳ありませんが後日、改めてお伺いしてお話を聞くということでよろしいでしょうか?」


「あ、はい! ぜひお待ちしています!」

 ぱっと顔を輝かせて何度も頷くクリストフ君。

 そんな息子の顔を見て、なぜかニヤニヤ笑いを浮かべながらエストラダ提督が一言言い添えてきた。

「私も妻もお待ちしていますので、いつでもおいでください。心から歓迎いたします。陛下」


「はあ? ありがとうございます」

 よくわからないまま一礼をして、ボクは七夕が変じた大白鳥に乗って、その場を後にした。

 隣には命都が追随して飛行している。


「さて、これでなんとかなればいいんだけど」

 独りごちながら、延々と不毛な口論をしている天涯たちの下へと向かうのだった。

次回からいよいよ蒼神戦本編か、もうワンクッション置く予定です。


あと、カイテイオーはドリルなしの方向だったのですが、なんかあっさり終了したので、見栄え優先でつけました(`・ω・´)

大きさについては某海底軍艦のアニメ版準拠です。

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