第七話 海賊決闘
『海賊戦法』別名、移乗攻撃や接舷攻撃とも呼ばれるこれは、要するに敵の艦船に橋や鉤付きの綱で戦闘員を乗り移らせ、白兵戦を仕掛ける海戦術を指している。
海賊戦法と呼ばれる由縁は、海賊の襲撃目的は要するに、敵の撃沈ではなく略奪や敵艦船の鹵獲であるため、もっぱらこの攻撃方法が主流となっていたことからそう呼ばれたのであるが、実際には大砲の発達する近代近くまで、正規軍の主要な攻撃手段であったので、一概に海賊の専売特許というわけでもなかったりする(そもそも海兵隊というのが、そのための部隊であったので)。
とは言え通常であれば、艦船同士の接舷を経て、戦闘人員の移動を行うところを、ももんがいは単騎でもって一足飛びにそれを執り行おうとしていた。
「――よっと」
片手長剣を口に咥えて、何の道具も使わずに騎獣の鞍を足場にジャンプ。さらに船の外板の継ぎ目を足場に空中で二段階ジャンプを加えて、グラウィオール帝国の誇る大型魔導帆船ベルーガ号の喫水線の遥か上、フォアセイル上部に達しようかと言う大ジャンプを慣行する。
「おらおら! 邪魔だぁ!!」
水面からまるでロケットのように飛び上がってきた敵の姿に、唖然とする海兵たちの只中に、雄叫びと共に踊り込むももんがい。
虚を突かれた海兵たちだが、そこは痩せても枯れても帝国海軍。即座に抜剣をして、ももんがいを取り囲んで押し込もうとする。
だが勢いに乗ったももんがいは、目にも止まらぬ身のこなしで、手当たり次第にその包囲陣を突き破る。無論、海兵達も無抵抗でこれに応じていたわけでもないが、なにしろ相手は混戦の中、海面からの跳躍で楽々とこちらの旗艦へと突入してくる出鱈目な身体能力を持っている上、「面倒だ!“疾風怒濤”」腕の一振りで暴風を起こし、甲板上の海兵たちを薙ぎ倒すという規格外の怪物である。
「精霊使いか!?」
騒ぎを聞きつけ駆けつけた後続の兵士や魔術師が目を剥く。
慌てて距離を置いて、弓矢や魔術による攻撃で足を止めようとするが、片手長剣で薙ぎ払われ、強靭な手足で殴り飛ばされ、精霊魔術で蹂躙され、グラウィオール帝国の誇る海兵隊たちが、たちまちのうちに総崩れとなった。
ももんがいの突入で完全に機能不全に陥った旗艦を援護しようと、他の艦が救助に向かおうとするが、大穴の開いた戦列に海賊船団が入り込み、ものの見事に敵味方が入り混じる大混戦となった。こうなると連携も何もあったものではない。やむなく数で勝る海賊船団に対して、個々に対応せざるを得なくなり、他方に手を貸す余裕がなくなってしまった。
一方、実に楽しげに思う存分暴れていたももんがいだが、気が付けば甲板上に居た海兵をあらかた排除し終えたのに気が付いて、なんとなく物足りなさそうな顔で周囲を見渡した。
「なんでえ、もう終わりか。司令官格は……さすがにいねーか、ブルって隠れてやがるか。しゃあねえなぁ、こっちから行ってやるか」
面倒臭そうに独りごちながら、すっかり人気のなくなった甲板を悠々と歩きながら、船内に続く扉のところまでいくと、無造作に扉を開いた。
にっこり、と扉の向こうには12~13歳位と思われる、ショートラインの黒と薔薇をあしらったドレスを纏った、長い黒髪の少女が微笑んでいた。
御伽噺に出てくるお姫様か、物語の女神がそのまま現実に現れたような、愛らしさと神秘性を併せ持った美少女である。
夜の闇と星々の輝きを溶かし込んだかのような細く長い髪と、愛らしくも妖しい輝きを秘めた真紅の瞳。優しさと儚さとが同居したその容姿は、恐ろしいほど可憐で精巧な芸術品のようで、あまりにも浮世離れしているため、見ていて落ち着かない気分に陥るほどであった。
バタン!と勢い良く開けたばかりの扉を閉め、見なかったことにしてその場で回れ右するももんがい。
次の瞬間、扉が内側から蹴り開けられ、蝶番ごと吹っ飛んだ扉とともに、巻き込まれたももんがいの体も宙を飛ぶ。
「うわあああっ!?!」
甲板上で2~3度バウンドしながら、どうにか帆柱に掴まって体勢を立て直すももんがい。
扉の方はクルクルと回転しながら海へと落ちていった。
「――人の顔を見て、いきなり帰るなんて失礼じゃないかな」
笑顔はそのままに、扉を蹴り飛ばした姿勢から一歩、足を外に踏み出す緋雪。
その背後には命都と七夕がそれぞれ完全武装(七夕の場合は普段の露出過多の恰好に加えて、両手にタルワールと呼ばれる刀身が大きく反った片刃剣を握っているだけだが)で控えている。
さらにその後方で――危ないので待機しているようにと緋雪が注意したのだが、強引に付いて来た――クリストフが、軽く目を見開いて、装いも雰囲気も一変した緋雪を見ていた。
甲板へと出る直前、ちらりと彼に微笑を送る緋雪。
「はしたないところをお見せして失礼、クリストフ君。とは言え、これから私は修羅へと変じますので、これ以上、幻滅したくなければその場から動かないことをお勧めしますよ」
言い放つと、返事も聞かずに緋雪は飛び出していった。
命都と七夕も同時にダッシュする。
◆◇◆◇
「ちょっと待てえ?! なんでお前がここにいるんだ?」
驚愕の表情を浮かべるももんがいさんに向かって、問答無用で手にした『薔薇の罪人』を一閃する。プレーヤー相手に油断や無駄口など叩く暇はないのだ!
「ちっ――!?」
咄嗟に身体を投げ出すようにして、甲板を転がって避けるももんがいさん。
代わりに……というわけじゃないけど、ボクの斬撃は勢い余って、一瞬前まで彼が居た場所――フォアマストとか呼ばれる船首に近い帆柱――を一刀両断した。
そのまま倒れ掛かってくる帆柱に向かって、七夕が跳躍しつつ空中で踊るように二刀を乱舞させ、一瞬にしてそれを細い丸太へと変える。
「むう、やっぱり船の上だと足場が安定しない分、一拍遅れるねぇ」
いまの一撃は完全に捕らえたと思ったんだけど、常時船が揺れているのと、本気で踏み込んだら一発で床を踏み抜きそうな懸念があったので、無意識のうちに余分な動きが混じってしまったらしい。逆にももんがいさんの方は、船上の動きに迷いがなく無駄がない。
「ま、その分は手数で補えばいいか。いくよ命都、七夕。手足の5~6本吹き飛ばしても構わないから、ももんがいさんの動きを止めるよ」
「はい、姫様」
「お任せください、姫様」
「ちょっと待て、ちょっと待て!」
身を起こしたももんがいさんが、片手長剣を甲板に突き立て、広げた両手を盛んに振った。
「なに、降参?」
だったら話は早いんだけどねー。
「卑怯だろう! こっちは一人で、武器も出来合いの鋼鉄製、おまけに従魔合身もしてないんだぞ!」
「……いや、それ、君がプレーヤースキル使いまくって天下無双した、海兵の皆さんも同じこと思ったと思うよ?」
どの口が言うんだって感じだねぇ。
「だからこっちもハンディつけたじゃねえか! 相手がプレーヤーならプレーヤーの装備と準備して相手してる!」
「だから? 準備するまで待てとか、戦場でぬるま湯みたいなこと言い出すんじゃないだろうねぇ」
むっと一瞬黙り込んだところを見ると、どうやら本気の図星だったらしい。
阿呆かな、この人。ぶっちゃけ個人的に話したことはほとんどなかったけど、こんな香ばしい性格だったとは知らなかったよ。
「だったらここは正々堂々、お互い男と男の意地を賭けて『海賊式決闘』で勝負を決めようじゃないか!」
傲然と胸を張って、訳のわからない提案をするももんがいさん。
「は? オトコ……?」
「おう!」
「………?」
「……あの。お前、男だったよな?」
急に不安になったような顔で確認してくるももんがいさん。
「――あっ」
忘れてた。何ヶ月も24時間おにゃのこをやってたんで、最近はすっかり忘れてたけど、そーいやそーだったわ。それにしても、緋雪に転生だかしてからこっち、まともにオトコ扱いされたのって初めてかも。ちょっと感動。
「はいはい、オトコと男の意地ね。それで、その『海賊式決闘』ってなぁに?」
なんとなく新鮮な気持ちになったので、大いなる博愛の心でもって、ももんがいさんの言うことに耳を貸すことにした。
「そうこなくっちゃな!」
ももんがいさんが両手を叩いて喝采を叫んだ。
で、説明してくれた『海賊式決闘』のやり方だけど、お互いに左手首を革紐で繋いだ状態で、右手に持ったナイフだけで闘うという野蛮この上ないものだった。
「まあ、お互いにナイフじゃそうそう死ぬことはないだろうから、先に3撃入れた方が勝ちってことにしようぜ」
言いながら収納スペースからナイフを2本と革紐を取り出し、ナイフの一本を投げてよこした。
空中でこれをキャッチして、即座にそれをももんがいさん目掛けて投擲する。
「――なあ?!」
間一髪、手にしたナイフで捌かれた。やっぱボクの投擲スキルは低いから、この程度の威力しか出せないか……。
「なにしやがる、手前!? 決闘を反故にするつもりか?!」
「――いや、そもそも承諾したつもりはないんだけど?」
なんで圧倒的に有利な状況で、わざわざそんな阿呆なことしなきゃいけないのさ?
ももんがいさんの逃げ場を塞ぐ形で、命都と七夕が左右に分かれる。
「卑怯だぞ! 手前には男の誇りはないのか!!」
「もうないよ」
あったらミニスカート穿いて、こんなところで立ち回りしてられるかっての。
手にしたナイフで防御しようとするももんがいさんだけど、そんなもんでボクの『薔薇の罪人』が防げるわけがない。
上段からの一撃でバッサリ――と、決まりかけたその瞬間、猛烈な勢いで接近してきた赤い帆の大型魔導帆船が、こちらに向けて体当たりを敢行してきた。
接近に気付いたベルーガ号が舵を切り、直撃コースを外れようとする。
まさにその瞬間、ももんがいさんを斬りつけようとしたボクの体勢が崩れ、その一瞬の隙を見逃さず、体当たりしてきたももんがいさんの背中に、『薔薇の罪人』を叩き込んだけど、無理な体勢からだったために、背中の肉を一文字に斬っただけに留まった。
「「姫様!?」」
命都と七夕の悲鳴を聞きながら、そのまま揃って船縁を飛び出し、ももんがいさんともつれ合うようにして、海の中へと落下する。
落ちる瞬間、誰かが水に飛び込んだような気がしたけれど、ほぼ金槌のボクは成す術もなく、必死に手足をバタつかせるだけで精一杯だった。