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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第六話 海賊戦法

 物々しい轟音を響かせて魔導機関を構成する、巨大なピストンがシリンダー内で回転している。

 案内役のクリストフ君の説明によれば、蓄えられた魔力を変換して、船体に取り付けられた外輪を回して加速を行う仕組みらしい。


 ちょっと驚いた。まだスクリュー・プロペラの発明までには至っていないけれど、初期の蒸気帆船並みの技術力があるってことだからね。正直、この世界の文明を中世~近世程度に見積もっていたボクとしては予想外の技術力だった。


「魔法を使って速度を加速させたり、攻撃したりするというお話なので、(わたくし)はてっきり船底にゴーレムの漕ぎ手でも配置して一斉にオールを漕ぐか、マストに向かって風の魔法でも放つのかと思っておりましたわ」


 そんなわけで、自慢の宝物を披露する男の子の顔をしているクリストフ君に向かって、ボクは苦笑しながら最初に『魔導帆船』って聞いたとき思い浮かんだ子供っぽい予想を言ってみた。


「さすがにそれはないですね。いえ、実際黎明期にはそういった試みもあったようですが、場所をとって非効率的だったり、魔術師の消耗が激しく早い段階で淘汰されたようです」

 澄んだ笑みを浮かべながら、こちらの無知を馬鹿にすることなく、丁寧に解説してくれるクリストフ君。ちなみに命都と七夕の二人は、ちょっと離れたところでこちらの様子を窺っている。


「そうなんですか。クリストフ君は博識なんですね。恥ずかしながら、私はこういったことには疎いもので……ご面倒をおかけして申し訳ありません」

「いえ、僕の知識は父や学校で教わった座学、それも通り一遍のものばかりですので、本当なら偉そうにどうこう言えるシロモノではありませんから」


 はにかんでそう答える仕草は、もとの美形と相まって非常に母性本能をくすぐるものがある。かといって軟弱な訳ではなく、男らしさも兼ね備えていて、エスコートもバッチリだし……いやいや、これは相当私生活でモテるんだろうねぇ。


 そんな内心が表情に出たのだろう、クリストフ君が怪訝そうに聞き返してきた。

「――あの、なにか?」

「いえいえ。クリストフ君がとても謙虚で紳士なので感心しておりました。さぞかしお国ではご令嬢方の注目の的なのでしょうね」


 なるべく嫌味にならないように、思ったままを口にする。


「……どうでしょうか。あまりそういうことは気にしたこともないですし、士官学校は男ばかりですが、友人達と馬鹿やっている方が僕としては気楽ですね」

「あら、もったいない……それとも、どなたか素敵な方がいらっしゃるの?」

「い、いえ、そんな女性はいません。本当です!」

 なぜか断固とした口調で強弁するクリストフ君。


「そうなんですか、意外ですね。てっきり――」

 その先は言葉にならなかった。なぜなら、いきなり足元から突き上げるような振動がきて、ベルーガ号の船体が大きく跳ね上がったからだ。


「きゃっ!」

 完全に油断していたせいで姿勢を崩し倒れそうになる。

「――っと?! 大丈夫ですか?」

 覚悟していた衝撃はなく、代わりに耳元でクリストフ君の声がした。


 倒れそうになったところを、咄嗟にクリストフ君が抱き止めらてくれたらしい。意外と広くて鍛えられた胸の感触にドギマギしながら、ボクは身を離して礼を言った。

「ありがとうございます。お陰で助かりました。――でも、いまの衝撃はいったい?」

「さ、さあ。この辺りは入り組んだ地形の海域ですので、岩礁にでも乗り上げたんでしょうか」


 お互いに照れて言葉を交わす。そんなボクらの疑問に答えるように、どこからともなく乗組員達の切迫した叫びが聞こえてきた。


「海賊だ! 海賊の襲撃だ! 各員配置につけっ!!」

「例の報告にあった『紅帆海賊団』だ! 魔導機関全力!」


 思わずクリストフ君と顔を見合わせた。




 ◆◇◆◇




「帝国海軍だかなんだか知らねえが、俺の海域(しま)ででかい面はさせねえぞ」


 にやりと獰猛な面構えで嗤う『紅帆海賊団』の暫定旗艦『赤の一番号(テスタロッタ)』船長――ももんがい。

 事実上、彼の傀儡と化しているグラウィオール帝国の植民国家インユリア。

 その総統府宛に届いた極秘文書の中身――緊急査察の名目で、帝国海軍の精鋭魔導艦隊が訪問予定との報を、ほぼトップアップで筒抜けに受け取った彼は、勇躍配下の海賊船団を引き連れて、複雑に岩礁と海流の交わるこの場所での奇襲を仕掛けたのだった。


「旦那様、疑問なのですが」

 甲板上の操舵輪を操作しながら上機嫌のももんがいに向かって、背後に立っている小間使い頭の兎人族の少女が尋ねた。

「わざわざ『赤の一番号(テスタロッタ)』や、旧式の船団を引き連れての奇襲を掛けなくても、『白鯨號(カイテイオー)』を使えば、いかに軍艦といえども一撃なのでは?」


 最強の剣と鎧を持っているのに、わざわざ相手の土俵に合わせて、素手で殴り合いをするが如き行動に、不可解な表情で首を捻る少女とは対照的に、ももんがいは苦虫をまとめて噛み潰したような顔で、激しく首を振った。


「かああ~~~っ! 嫌だねぇ、これだから女にゃ男の浪漫が理解できねえんだよ。そんな約束された出来レースみたいな勝利になんの意味がある!? お互いに五分と五分、知恵と勇気と根性で渡り合ってこそ、海の男ってもんじゃねえか!」

「はあ……相手の情報を掠め取って、前もって機雷を設置して奇襲を仕掛けた段階で、公平に欠ける気もしますけど……」


 少女のもっともな疑問に対して、ももんがいは悪びれた様子もなく胸を張る。

「いいんだよ、そりゃ。そこらへんも含めての駆け引きなんだから、条件は同じな。同じ。ナイフ一丁で渡り合う『海賊式決闘(パイレーツ・デュエル)』みたいなもんだ。知ってるか『海賊式決闘(パイレーツ・デュエル)』? 左手の手首同士を革紐で繋いで、右手に持ったナイフだけで戦う決闘だ。闘ってるどちらかが死ぬか、屈服するまで続ける――これぞ海賊! これぞ男の戦いだねえ」


 熱く語る主人を冷ややかに見詰める少女。んな阿呆なことは普通の海賊はしないわ、とその目が語っていた。


 その間にも接近した両艦隊の間で、戦いの火蓋が切って落とされていた。まずは飛び道具――石弓、弩、弓矢等――の応酬が行われる。

 火矢が飛び、火砲が唸り、魔術の炎や氷の塊が宙を駆ける。


「――味方『春一番』大破しました。乗組員は絶望と思われます。同じく『木枯らし一号』中破、乗組員の安否は不明です」


 次々に飛び込んでくる味方の不甲斐ない戦況に、ももんがいがターバン越しに収まりの悪い頭を掻き毟る。

「一方的じゃねえか。なにやってやがる、あいつ等!?」


「まあ、もともと旦那様の下で甘い汁を吸いに来た寄せ集めですから、正規軍相手ではこんなもんじゃないですか? 装備も士気も練度も段違いですので」


「……ま、そんなところか」

 身も蓋もない言い分だが、すべて事実なのでぶ然としながらも頷くももんがい。


「しゃあねえ、ちょっくら俺が敵の大将を取ってくるんで、後のことは副長に任せる。――つーか、どこにいるんだ他の連中は?」

「船内にいるに決まってますよ。こんないつ流れ弾が飛んで来るかわからない場所に、突っ立ってるわけないでしょう」


『阿呆ですか、あなたは』と言わんばかりの口調に、ももんがいは口を尖らせる。


「……お前はいるじゃねーか」

「ええ、目の前にちょうど良い弾除けがありますので。旦那様がいなくなれば、すぐに船内に戻りますよ」

「……お前、本当は俺のこと主人だと思ってないだろう?」

「まさか! それは下種の勘繰りですよ旦那様」


 その表現がどう考えても主人に対するものとは違うなぁ、と思うももんがいであった。


「まあ、なんでもいい。兎に角、敵さんの総大将は帝国の大公様らしいからな、こいつを人質に取れば身代金もたんまりだろう。上手くすればインユリアをそっくり、表立って俺のものに……いや、マズイか」


 そもそも裏から北部域を支配して、パワーバランスを取るのが彼に与えられた役割であり、現状でも逸脱気味なのは理解している。本来なら、帝国の正規軍と表立って事を構えるなどせず、さっさと逃げの一手を打つのが得策であり、この戦の勝敗に係わり合いなく、まず間違いなく自分はなんらかの制裁の対象となるだろう。


「だが、海の男がいちいち明日のことを考えてもしかたねえ!」

 海に向かって絶叫するももんがい。


「またいつもの発作ですか」

 慣れた様子でばっさり切り捨てながらも、甲板に準備しておいた彼の騎獣の手綱を解いて渡す。


「おうっ、わりーな。――んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ!」

 ももんがいは颯爽と騎獣に跨り、手綱を引いて一気に海面へとダイブした。

 一際大きな水飛沫が上がり、数秒間の潜行の後、海面に浮かび上がる。


 そのまま全速力で敵艦隊の旗艦らしき、一際大きな魔導帆船目掛けて突き進む。

「さてさて、帝国正規軍の腕前を見せてもらうぜ!」


 歓声を上げながら、ももんがいは片手に手綱、片手に抜き身の片手長剣(ハンガー)を構え、時折降って来る流れ弾や弓矢を払い除けながら、あっという間に旗艦の懐へと飛び込んで行った。

11/6 魔導帆船の構造について、ご指摘がありましたので修正しました。

×船尾に取り付けられた外輪→○船体に取り付けられた外輪

×巨大なピストンやシリンダーが回転している→○巨大なピストンがシリンダー内で回転している

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