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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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幕間 勇者無用

やっと勇者編終了です。

「はいチェンジ」

 姫巫女だというどこか冷たい雰囲気のある薄い金髪の少女が、碧眼でジョーイを一瞥した後、まばたきする間もなく一言吐き捨てた。


「ご苦労様でした。お帰りはこちらです」

 約束されていた流れ作業のように、中年の巫女頭が即座に出口を指す。


 翌朝、宿の主人に勇者教の神殿に行く場所を聞いて、早々に4人で街を散策しながら――目立つ目立つ。朝の買い物の時間帯のせいか、そこそこ人数がいたけれど全員が狸の群れに紛れ込んだレッサーパンダを見るような微妙な目で見るので、辟易して――早々に神殿に辿り着き(まぁ、見るべき観光地もなかったわけだけど)、胡散臭そうにこっちを警戒する受け付けに今回の招待状を渡し、お茶一つ出されないまま2時間近く立ちっ放しで待たされた挙句、出てきたのは先ほどのすげない一言だった。


「……え?!」

「そっか、じゃあ帰ろう」

「予想通り無駄足でしたね」

「まあ、あたしはこれも経験だと思えば」

 やれやれ終わった終わった解散~っ。という感じで、ゾロゾロと出口へ向かう、ボク、真珠(しず)、フィオレの3人。


 と、足音が3人分しかないのに気が付いて、振り返った。

「どうしたのジョーイ。いつまでもそこにいると邪魔だよ」


 なぜか呆然と突っ立っているジョーイに声を掛ける。

 姫巫女と巫女頭がウンウン頷いて同意して、見習いらしい巫女たちがワザとらしくジョーイの周りを掃除し始めた。


「いやいや! おかしいだろうっ。俺が神託を受けた勇者ってことで、わざわざアミティアからこんな僻地のド田舎神殿まで来たのに、そのわけわかんねぇ神様に確認もしないで、門前払いとかあり得ないだろう!」

 必死に食い下がるジョーイだけど、相変わらず空気の読めていない無神経発言の連発で、墓穴を掘り。様子を見ていた一部『いいのかなぁ?』と疑問・同情があった、何人かの良心的な神殿関係者の目から、見事にそうした感情を拭い去ることに成功していた。


「いや、どっちかというと君が『勇者』とか、どーかんがえても間違いだと思うし」

「そうですね『勇者(笑)』なら、まだ理解できますが」

「あ、いえ、あたしにとっては師匠は勇者ですよ!」

「まあ、身の程を弁えない態度は『勇者』と言えるかも知れませんが、たまには鏡を見てご自分を客観視されたほうがよろしいかと思います。これは本当に親切心から助言ですけど」

「無茶を言うなぁ、それができるくらいなら、『勇者』なんて甘い言葉に釣られてホイホイここまで来たりしないよ」

「百歩譲ってもこの場で『お呼びでない』『ただしイケメンに限る』と面と向かって言われた時点で、さっさと踵を返すのが賢明でしょうに」

「そ、それは確かに師匠は見た目はアレですけど、飽きの来ない味のあるタイプだと思いますよ」


「お前ら、どっちの味方なんだ!?」


 ボクたちの率直な意見に対して、ジョーイが理不尽な怒りを爆発させた。


 ぎゃーぎゃー喚いているジョーイを面倒臭そうに見ていた姫巫女だけど、疲れたような顔でため息をついた。

「……まあ、確かに神託を蔑ろにするのも問題でしょう。無駄だとは思いますが、『剣の試し』を受けさせますので、終わったらさっさとお帰りくださいね」


 そう言って神殿の奥へ続く扉を指し示した。




 ◆◇◆◇




 神殿の奥の院――ご神体様を奉るその場所は、この規模の土着宗教にしてはかなり豪壮な造りで、あっちこちに美術品やら宝物やらが飾られていた。


 姫巫女(名前はエレノアというらしい)に先導されて、奥に進むけどジョーイは周囲の宝物が気になるらしく、勝手にフラフラと寄り道しては物珍しげに近寄って見ていた。巫女頭さんも自慢の品々らしく、誇らしげに説明を加えている。

「この壷はいまから500年前に稀代の陶工が我が宗派の教えに感銘を受け絵付けを行った国宝級の逸品で……勝手に触らないでくださいませ! ひっくり返さないで! それと、その隣の皿は聖王国から下賜された、これまた国宝級――ですから片手で持たないで! ひっくり返すなと! そこのタペストリーは遥か南方のいまは滅んだ国の……ああああっ、なんで横糸引っ張って!? 違います! ほつれているわけでは――ぎゃあああ、古代遺跡の魔導器を分解するなんて!?! やめて! 古代武器エンシェント・ウエポン級の槍を振り回して――折れたってどーいうことよ!! その宝玉(オーブ)はドラゴンの……って落とすなっ。割るな!!!」


 絶叫して泡を吹いている巫女頭の女性を置いて、げんなりした顔のジョーイが戻ってきた。

「なんかいちいち煩いから、先に行こうぜ」

 背後の騒ぎをまったく意に介さない、いつもの平常運転で先を促す。


 そんなジョーイを見て、戦慄の表情でだらだらと冷や汗を流すエレノアさん。

 どうやら彼女にもようやく彼の恐ろしさが理解できたらしい。

 ボクも取り合えずジョーイをウチの城に連れて行くのは、絶対やめとこうと決意した瞬間だった。


 どんよりと背中に後悔と哀愁を乗せたエレノアさんに案内されて、神殿の最奥らしい扉を開けると、そこには、どうみても『邪神』という感じの触手の生えた羊の石像と、その胸に刺さった一本の古ぼけた剣が、祭壇の上に飾ってあった。


「これこそが我が教団の「これ引っこ抜けばいいんだろう?」」

 声のトーンを変え、芝居が掛かった仕草で説明を開始しようとした彼女をガン無視して、両手に唾をかけて剣を握るジョーイ。

 片脚を床に、もう片脚を石像に押し当てて、「せーの!」とやろうとしたところで、後ろからエレノアさんに蹴り倒された。

「ご神体に土足を掛けるなあ!!」


 蹴り飛ばされたジョーイが床の上から抗議する。

「いてーな! なにするんだ!?」

「それはこっちの台詞だわ! ご神体をなんだと思ってるのよ、このタコッ!」


 まあ、姫巫女として怒るのは当然かとも思うけど、いきなり蹴り入れたり同レベルで罵声を浴びせたりと、第一印象と違ってけっこうこの人も駄目駄目なのかも知れないねぇ。


「というか、単純な疑問なのですけれど『ご神体』というのはその剣の方で、石像ではないのでは?」


 真珠の疑問の声に、一瞬なぜか『しまった!』という顔をして、視線を浮かせたエレノアさん。


「えーと、その……勿論、勇者の剣がご神体ですが、この勇者が退治した邪神の像から引き抜くことが『剣の試し』ですので、これもワンセットでご神体と考えているのです」

 なんとなく後付け設定みたいに付け加える。


「じゃあ、やっぱ俺は間違ってないじゃねーか」

 懲りずに立ち上がって剣のところへ行こうとするジョーイを、必死に阻止する。


「ただ単に引っ張れば良いと言うものではありません。勇者と巫女が互いに手と手を合わせ、心を通い合わせてこそ、儀式として成り立ち、剣を引き抜くことが可能となるのです!」

「んじゃ、二人掛りで引っ張るのか。早速やろうぜ」

 軽く言ってエレノアさんの手を取って、剣の所に行くジョーイ。


 諦めたのか盛大にため息をついて、先に剣の柄に手を掛けたジョーイの手の上に自分の手を乗せようとする。

「なんか、ウエディングケーキを切る新郎新婦みたいな恰好ですね」

 フィオレの率直な感想に、ボクも同意する。

「そうだね。2人の初めての愛の共同作業って感じだねぇ」


 ピクリと直前でエレノアさんの手が止まった。

「どーした?」

 ジョーイの問いを無視して、ギリギリと錆びた歯車のような感じで、首を巡らせる彼女。

 その目がなぜかボクを捕らえた。

「貴女……見たところ聖職者のようですけれど、私の代わりに『剣の試し』をお願いできないかしら?」


「はあ? なんで?」

「考えてみれば、この儀式では勇者と巫女とが『互いに心を通わせる』ことが前提条件ですけれど、どう考えても私には無理だと思うので、お仲間の貴女の方がよろしいかと思いますの」


 いや、まあ、確かに彼女とジョーイでは、コーラとメントスくらい合わなさそうだけどさ、だからって大切な儀式を部外者に丸投げしていいのかな。


「……まあ、いいけどさ。でもいいわけ、余所の神官がご神体に触ったりして?」

「この際大目に見ましょう。それに初代巫女ももともとは単なる村娘でした……だったそうですから」

 最初から失敗するのを見越して、投げ遣りに答えるエレノアさん。


「なんでもいいから、さっさとやろうぜー」

 ジョーイがのほほーんと催促する。


「――ま。それで双方の気が済むのだったら構わないけどさ」

「誰でもいいのでしたら私もお手伝いいたしますが」

「せ、せっかくなので、あたしも参加します」

 ふと気が付けば、真珠とフィオレも参加しての共同作業となった。

 なんだろう、このカオスは……?


「じゃあいくぞーっ、1、2、3! そぉれっ! ――おっ。動いた!」

 じりじりと抜ける感触にジョーイが歓声をあげ、エレノアさんが「うそ?!」と愕然とする。


 まあ4人がかりで、うち2人が人外だからねぇ。実質、ボクと真珠の2人掛りで、力任せに引っ張ってるんだけどさ。

「もうちょっとだ。ぬ、ぬ、ぬ…………抜けたぁ!!」

 抜けた少年が間抜けな歓声を上げ、抜けた『勇者の剣』を高々と差し上げてガッツポーズを取った。


 歓んでるのはいいんだけどさ。いま鑑定で見たらその剣、『呪われた剣:耐久度0』って表示されてるんだけど……?


 と、剣が抜けた瞬間、凝然と目を見開いていたエレノアさんの肩が震えだした。


「………ついに………」


 歓喜とも嘲笑ともつかぬ表情を浮かべたエレノアさんの口から、妙にかすれた……別人のような声が漏れてきた。

 はて?


「ついに我の封印が解けたぞ! 礼を言うぞ人間どもよ!」


 狂ったかのような哄笑とともに、エレノアさんの口から発せられる、ひび割れた男とも女ともつかない声が奥の院全体に響き渡り。なんか展開についていけずにポカーンとするボクたちを、置いてけぼりにしていた。


「どういたしまして。じゃあ、これで俺は勇者ってことで、いいのかな?」

 ジョーイだけがマイペースに相手をしている。

 そんなジョーイをムシケラを見るような目で見据えるエレノアさん。

「くっくっくっ。そうだな、確かに貴様は勇者だな。あの『神』に斃されて800年、精神のみを巫女に代々憑依させてこの日を夢見ていたが、それを叶えてくれた貴様には礼をせねばな」

「いや、別に礼とかいらねーけど」

「そういうな。すでに我が新しい肉体は再生している。そこに我の魂を融合させれば、完全に復活できるであろう。貴様らには礼として、最初の獲物となる栄誉を与えてやろう。――来いっ。我が肉体よ!!」


 なんかフルスロットの連続に、完全に傍観者と化しているボクらの目の前でエレノアさん――というか、本人の弁によれば憑依している邪神らしい――が、空中に素早く印を切ると、床に複雑な魔法陣が浮かんだ。


「――っ!! 召喚の魔法陣です!」

 専門家のフィオレが警告をする。


 やがて魔法陣全体が光だし、そこから小山のような黒い獣の巨体が浮き上がってきた。

 もともとここにあった石像にそっくりな、全身を真っ黒な毛に覆われた偽黒羊(メラン・アリエス)に良く似た、だけど大きさが桁違いで背中から触手の生えた『邪神』――その生まれ変わった肉体と言うのが召喚されたのだ……が。

 満足げに己の新たな肉体を召喚したエレノアさんの顎が、かく――んと落ちた。


「……死んでるじゃねーか」

「死んでるねぇ」

「死体ですね」

「………」

 その偽黒羊(メラン・アリエス)の怪物は、見事に首が切断され、何か他の魔物にでも食べられたのか胴体の一部に、食べ残しの痕がついていた。


「な、な、な、なんだとぉ!?」

 目を剥いたエレノアさんが、ふらふらと化物の死体に取りすがって、叩いたり撫でたりしたけど、どーみても死後2~3日経っている死体は、ピクリとも動かなかった。


「まあ、取り合えず……なんか変なの取り憑いてるみたいなので、浄化してみようか」

 はっと振り返ったエレノアさんに向かって、ボクは全力の死霊浄化スキルを撃ち込んだ。




 ◆◇◆◇




 こうして、勇者の剣を巡る一連の騒動は収束した。

 勇者の伝説もどこまでが本当で、どこまでが創作だったのかはわからないけど、なにはともあれ無事にエレノアさんも正気に戻り、今回の騒動のお礼として(というか、邪神を崇めていた邪教と糾弾されるのを恐れた口止めの意味から)転送ポイントの設置に尽力してくれることを約束してくれた。


 なにはともあれ、実益は得られたので問題はないといったところだろう。


「でも、結局、勇者の剣でパワーアップとかはなかったなあ……」

「人間地道に修行するのが一番だということだね」


 帰り道、シレントには転移魔法陣がないということで、隣国まで国境線を越えて歩くことになった。その途上で、目論見が外れたジョーイががっくりと肩を落としていた。


「まあでも、邪神の復活を阻止できたんですから、まったくの骨折り損というわけではないですよ師匠」

「阻止って、別に俺がなんかしたわけじゃないし……魔物同士の縄張り争いかなんかで死んでたんだろう、アレ」

「そーいえばそうだねぇ。そう考えると、あの近辺には邪神より強力な魔物がいるということになるかな。大丈夫かな」

 そう懸念を口に出した瞬間、なぜか先頭を歩いていた真珠が、木の根にでも引っ掛かったのか姿勢を崩した。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫であります姫様。ま…まあ先のことなどわからないので、心配してもしかたありません。忘れましょう。そうしましょう。きっともう居なくなりました!」

 妙に力を込めて断言する真珠。


「まあ、確かに他国の問題だからねぇ。そうそう、ジョーイ。強くなりたいようなら、知り合いに何人かコーチできる人材がいるんで紹介できるけど?」

「ん~~。そうだなぁ、一度紹介してもらおうかな」

「わかった。じゃあ国に帰ったら、話を通しておくよ。剣士だから稀人(まろうど)かなぁ……」


 雑談をしながらボクらは一路、アミティア目指して帰り道を進むのだった。

ジョーイと稀人が逢ったら、当然お互いに気に食わないということで、ひと悶着ありましたw

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