表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
122/164

第五話 魔導帆船

 白波をかき分けて白塗りの魔導帆船ベルーガ号が、勇躍進路を西にとり、グラウィオール帝国の大陸北西部域植民国家インユリアを目指して、ひた走っていた。

 周囲では屈強な海軍の兵士たちが、お互いに号令を掛け合いながら、キビキビと無駄なく動き回っている。


 素人が甲板(こんな)ところに立っていたら、邪魔になるんじゃないかな。

 そう不安に思っていたところへ、白いグラウィオール帝国海軍用の軍服を着た、切れ長の目に彫が深い顔立ちをした――若い頃はさぞかし社交界で浮名を流したろう(それとも現在進行形かも?)――気品のある壮年のオジサマと、彼を二回り若くした(つまりこちらもやたら美形の)15~16歳くらいの、軍服に似ているけどちょっと違う制服を着た少年が、連れ立ってやってきた。


「こちらにいらしたのですか、姫陛下。いかがですかな、我が帝国の誇る魔導帆船ベルーガ号の乗り心地は?」

 慣れた仕草でその場で胸に片手を当て、左膝をたて片膝をつけ一礼をするオジサマ。

 併せて少年の方は若干ぎこちないながらも、貴公子として充分に及第点を与えられる仕草で一礼をした。


「ええ、とても満喫していますわエストラダ大公」

 船に乗るんだから、いっそセーラー服でも着てこようかと思ったんだけど、周囲の反対が強かったため、普段着のビスチェドレスのシャーリングを絞り込んだデザインをしたスカートを抓んで、カーテシー(片足を後ろに引きもう片足の膝を曲げて行なう挨拶)を返した。


「それは重畳でございます。それと、できれば艦の上では『大公』ではなく『提督』とお呼びください」

 そう言って悪戯っぽくウインクをするグラウィオール帝国大公にして、帝位継承権3位という超VIP――フェルナンド・イザイア・ ゾフ・エストラダ(仰々しい名前だ。さすがは皇族)。


「『提督』……ですの。確か帝国元帥の位をお持ちと伺っておりますけれど?」

 ちなみに提督は艦隊の司令官や、海軍の将官一般を指すので、それより上の元帥号を持っているなら『元帥』と呼び習わすのが普通だと思うんだけど……。


「いやいや『元帥』なんて称号は七光りもいいところですよ。どうにも落ちかないもので、どういうわけか海軍士官学校時代からあだ名で呼ばれていた『提督』の方が、よほどしっくりくるもので、いまでも全員にそう呼ばせています」

 その身分にそぐわない気さくな調子で、朗らかに笑うエストラダ大公。


 この社交的な人格と海軍を後ろ盾にした軍事力から、兄である現皇帝よりもよほど皇位に向いているというのが、周囲のほぼ満場一致した意見らしく(呆れたことに現皇帝まで認めて、さっさと皇位を渡して隠遁したいと常々口に出しているいるとか……オリアーナがため息混じりに話していた)、ちょっと彼がその気になれば、血で血を洗うお家騒動もあり得たのだろうけど、賢明――もしくは、生まれながらに間近で権力に伴う裏表を見てきたため嫌気がさしていたのか、早々に旗幟を鮮明に兄を支持することを公言し、ごたごたの内紛を未然に防ぐばかりか、当時ほとんど陸軍を掌握していた宰相派に対抗して、大義名分、そして『武』という形で協力してくれた大恩人であるらしい。


「伯父上がその気であるなら、わたしは甘んじて次期帝位をお渡しする所存です」

 と、あの現実主義者のオリアーナをして言わしめる程の人物なので、よほどの奸物かと思ってたんだけど、なんかアレだね……単純に船が好きなだけで裏表のない人物に思えるね。


「ところで、こちらに控えるのは我が息子のクリストフと申します。ご紹介してもよろしいでしょうか?」

 ちらりと隣に控える命都(みこと)七夕(たなばた)を見る。


「よかしいでしょう。直奏並びに拝謁の許可を与えます」

 命都が鷹揚に頷いた。 


 その言葉で顔を上げたクリストフ公子が、ボクの顔を見てはっと息を呑み、それから夢から覚めたような顔で、もう一度一礼をした。

「お初におめもじ致します。姫陛下、フェルナンド・イザイア・ ゾフ・エストラダが一子、クリストフ・リントゼ・ジェム・エストラダと申します。このたびは拝謁の栄を賜り、身が引き締まり感激の極みでございます」

「初めまして、クリストフ公子。真紅帝国インペリアル・クリムゾンの国主、緋雪です。今回はあくまで非公式の訪問ですので、そんな形式ばらずに気軽に接してください」


 こっちが肩が凝るしね。……まあ、さすがに非公式とは言え第三者がばっちりいる場なので、普段の口調ではなくて、どこぞの令嬢みたいに振舞っちゃいるけどさ。


「はははっ、そう言っていただけると助かります。それなりの教育はしているつもりですが、息子はまだまだ若輩者ですので、いつメッキが剥がれるかとヒヤヒヤしておりました。まことにもって、陛下のご厚情に感謝いたします」

 莞爾と笑う父親を、困ったような、なにか反論したいような顔で睨むクリストフ公子。


「それと、息子は現在帝国士官学校に在籍中でして、親の欲目なしになかなか優秀ですので、この航海中は私の代わりに姫陛下の案内役を勤めさせたいのですが、よろしいでしょうか?」


 なぜか意味ありげな視線をこちらに向け、それから息子に目配せするエストラダ提督。


「――? ええ、私としては異論はありませんわ。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。クリストフ公子」

 握手しようと、そっと手を突き出す。

「ぉうぇ…はぃ、陛下」

 照れた様子で、壊れ物でも扱うようにソフトタッチしてくる。

「あ、私のことは普通に『緋雪』でいいですよ。その代わり、私も『クリストフ君』って呼びますから、お互い様ということにしましょう」


 初々しくて可愛いねぇ。

 笑顔を向けると真っ赤になった美少年の手を無理やり両手で握って、ボクはぶんぶん上下にシェイクした。


「いや、ありがとうございます。年も近いことですし、ぜひ末永くお付き合い願えれば幸いですな」

 そんなボクらの様子を微笑ましげに眺めながら、エストラダ提督が悪戯っぽく言葉を重ねた。


「そうですわね。お互いの(国益の)為にも、私からもお願いしたいですわ」

「あ、ありがとうございます。まだまだ未熟な僕ですが、必ずや緋雪様に相応しい人間になってみせます!」

 ボクの手をしっかり握り返して、きっぱり言い切るクリストフ君。

 いや、別に友人関係でそこまで気負いしなくても、良いかと思うんだけど、この辺りは軍人クオリティなんだろうか?


 ふと、気が付くと甲板上に結構な人数が集まって、妙に優しい視線でもってボクらを遠巻きに眺めていた。挙句、命都や七夕まで混じって、子供の成長を見るような、母性愛・父性愛を滲ませた生温かい視線でもって、口元を柔らかく曲げていた。


 ――はて? なにか間違っただろうか?


 そんな周りの好奇の視線にクリストフ君も気が付いたのだろう。あせった様子で、両手を放すと提督の脇に戻り、生真面目な顔を作って畏まった。

「いやいや、俺に似ないで堅物だと思っていたら、なかなかお前も言うじゃないか。まあ気持ちはわからんではないが……」

「ち、父上っ! 陛下の前であまりおかしな事をいわないでください。皇族として、軍人として、鼎の軽重が問われますよ!」


 にやにや笑う父親に食って掛かるクリストフ君だけど、これは完全に役者が違いすぎる。と同時に、遅ればせながら一連の遣り取りの意味が見当付いてきた。


「……ああ、なるほど、そういうことね」

 大陸最大国家の皇位継承権を持つ大公の一子と、それに次ぐ大国の国主である未婚のお姫様。お付き合いするとなれば、決して悪い話ではないだろう。

 まあ、普通は魔物の国の吸血姫なんぞという、得体の知れないものは敬遠するかと思うけど、幸か不幸かこの二人はそういうこと一切気にしないみたいだしねぇ。


 ま、初対面のいまの段階でそーいうことは、ボクとしてはまったくの埒外だけど、今後もこの世界で生きていくんだったら、将来的には考慮に入れないとマズイのかも知れないねぇ……。


「――か、姫陛下。どうかなされましたか?」


 おっと、いつの間にか考えに耽っていたみたいで、エストラダ提督とクリストフ君が、心配そうにこっちを見ていた。


「ああ。いえ、少々今後の予定――インユリア国での海賊対策について、思案しておりました」

 適当に答える。


「なるほど。ですがご安心ください。いかな相手といえど、我がグラウィオール帝国海軍の誇る魔導帆船艦隊8隻が、おめおめと遅れをとることなどございません。文字通り大船に乗った気で、この船旅をお楽しみください」

 自信満々に断言するエストラダ提督だけど、聖堂十字軍カテドラル・クルセイダーツもこんな感じで、全滅フラグを踏んだんだよねぇ。


 すっごい不安。まして、今回は海の上だし。落ちたら洒落抜きで死ぬかもしれない。

久遠(くおん)、いざとなったら救助お願いね!』

 ボクは従魔合身中の【神魚(バハムート)】久遠に念を押した。

 今回は海上(ひょっとして海中も)での戦が想定されるので、久遠に出陣してもらったんだけど。

『………………』

『久遠! ちょっと、聞いてるの、久遠ーっ!?』

『…………は?』

『……いま、寝てなかった?』

『いやいや、起きてましたぞ、姫様』

 ウソだ。絶対にウソだ。

『ご心配召されるな。この儂がついている限り、大船に乗った気で構えていてくだされ』


 こいつもか!


「それでは、私は職分に戻りますので。クリストフ、姫陛下のお相手をしっかりお勤めするんだぞ!」

「はいっ。わかりました!」

 お互いに敬礼を交わして、エストラダ提督が艦内に戻って行った。


 それを見送ったクリストフ君は、どことなく肩の力が抜けた笑みを浮かべて、こちらを振り返った。

「無作法な父で、すみません陛――いえ、緋雪様。取りあえず僕にわかることでしたら艦内をご案内しますが、どこか見たいところとかありますか?」


 その質問に、ボクはさっきから気になっていた場所を、真っ先に確認した。


「それでは、救命ボートの位置を教えていただけないでしょうか?」

「は、はあ? わかりました」

ちなみに魔導帆船は通常の風力の他に、魔具を使って速力を上げることが可能です(燃費と魔術師の負担が半端でないので、通常は普通の帆船同様ですけど)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ