第四話 紅帆海賊
「――癒着ですか」
ボクの話を聞いたコラード国王が、苦々しい顔で呻き声をあげた。
「そっ。けっこう前からズブズブだったみたいだよ。海賊とキトーの役人の間では」
軽く肩をすくめてのボクの言葉に、コラード国王の眉間の皺が深くなる。
それからより詳細に、あの日、海賊の一味の男から聞き出した――別に拷問とかしたわけではなく、魔眼で聞き出しただけ。影郎さんや一部愛好者が嬉々として、『ファラリスの雄牛』とか『十露盤板』とか『鉄の処女』『頭蓋骨粉砕機』『苦悩の梨』『審問椅子』『ユダのゆりかご』『ワニのペンチ』などという、どこに用意してあったのそんな悪趣味な道具?! という拷問用具を取り揃えて待機してたけど――そのことを、改めて口に出した。
まず『海山猫団』とかいう珍妙な名前の海賊だけど、これはもともと西部域北部にあるコルヌ国を根城にしていた、大型船1隻を中核として、その他、船足の速い中小型船数隻からなる、けっこう大規模な海賊集団(ま、ボクが捕まえたのはその一番末端だったけど)だった。
で、こいつらのやり方が狡猾で、単純に商船や運搬船を襲うのではなく、地元のほとんどの役人に鼻薬を嗅がせ行動の自由を得ていた。要するに役人は被害者からの訴えを握り潰し、国に対して海賊の被害を過少申告することで、儲けに応じて海賊から定期的に高額な袖の下を貰い、懐に入れていたのだ。
さらに役人と海賊は、豪商や網元などに「決まった分の金額を納めれば、商船や村を襲わないでやる」と持ちかけて金品を供出させていたらしい。
そんな関係が長年続いていたそうだけれど、ここにきて風向きが変わってきたらしい。
第一に、アミティアとクレスがともに真紅帝国の傘下に収まったことで交易そのものが活発化したことで、旧来のキトー市に所属する船以外の外国船籍の船が増えてきたことで、隠蔽していた海賊被害が表沙汰になり出した。
第二に、例の『赤い帆を張った魔導船』に乗った海賊の台頭で、北部域の縄張りを追い出された海賊が流れてきて、飽和状態になり、統制が取れなくなったこと、この二点が原因らしい。
「それにしても許せませんね。率先して法を守るべき役人が、よりによって海賊と裏取引をして賄賂をもらってたなんて!」
レヴァンが右手の拳を、パシッと左掌に当てて憤慨した。
「まったくです。これもひとえにすべて私の不徳と致すところ。――陛下、誠に申し訳ございません」
苦渋の表情で立ち上がって、頭を下げるコラード国王。
「あ、いや! 別にオレはコラード国王の責任を言ったわけじゃ……」
慌てて両手を振るレヴァンに併せて、ボクも『気にしないで』という形にヒラヒラ手を振った。
「そうだね。誰が一番悪いかで言えば、海賊と現場の人間だし。大体、管理責任とかになれば、最終的には私のところまでブーメランが戻るわけだからねぇ」
「とは言え、至急、キトーには監査の手を入れ、徹底的に関係した者共を厳罰に処さねばなりません」
一礼したコラード国王が再び席について、断固たる口調で言い切った。
そうなるとかなりの大鉈を振るうことになるだろうけど、ぜひとも頑張ってもらいたいところだ。
「そうだね。ああ…あと、その夜のうちに『海山猫団』とかは潰しておいたし、連中が集めておいた財宝も没収したので、可能な限り被害者の補填に使ってね。
詳しくはキトーの別荘の地下に海賊の親玉とか幹部連中を捕まえて、ウチの好き者連中が趣味の実践中だと思うので、そっちに確認してもらうことにして。……まっ、死んだ人の命には代えられないけどさ」
喉の渇きを感じたので、グラスに注いであった鮮血を飲み干すと、すかさず天涯がお代わりを注ぎ足した。
「……姫陛下、いつになくお腹立ちのご様子に見受けられますが、なにかございましたか?」
事後報告会だというのに、またもや時間を作って顔を出したオリアーナ皇女が、今日のお茶菓子のシュトゥルーデルとザッハトルテをフォークで切り分けながら、こちらの目を覗き込むようにして尋ねてきた。
鋭いね、さすがに。
惚けようかとも思ったけれど、三人の視線に促されて、しぶしぶボクは口を開いた。
「腹立ちと言うか……自分の馬鹿さ加減、いや見通しの甘さにつくづく嫌気が差したってところかな」
「どういうことでしょう?」
ザッハトルテを一口食べて……途端、目を輝かせてパクパク口に運びながら、疑問を重ねるオリアーナ。
君は本気で聞く気があるのかね……?
「さっき話に出ていた食堂だけどね、有名無名の嫌がらせがあったみたいで、結局、お店は2~3日後に閉店して、経営者夫婦の行方は不明らしい。――ま、そこから今回の役人との癒着が芋づる式に判明したんだけどさ、保護を求める役人が海賊と同じ穴の狢だったんだから、そうなるよねぇ」
「……それはまた、なんとも遣り切れない話ですね」
と顔を曇らせたのはレヴァン。
「いや、まあ……又聞きだけど、女将さんが旦那さんと家財道具一切合財、荷物を引っ張って夜逃げするのを見たって人もいるみたいだから、最悪のケースではない――と信じたいところだけど」
「こちらでも捜索して、保護を行いますか?」
そういってくれるコラード国王の厚意はありがたいけど、ボクは首を横に振った。
「いや、確かに私の不手際もあったけど、他人の人生に無闇矢鱈と干渉するつもりはないよ。彼らには彼らの考えや生活があるんだしね」
「そうですわね。わたしたち為政者は国民の安寧と平和を庇護する責任がありますが、それは国家と言う枠組みで執り行うものですから。特定一個人のために権力を乱用すれば、それが例え善意からの行動であろうと、逆に差別と言うことになります。冷たいようですが、個人の人生は本来、その個人が責任を負うべきものです」
オリアーナらしい割り切った物言いに、レヴァンが噛み付く。
「そう一概に言ってのけられるのは、恵まれた暮らしをしている人間の傲慢に思えますけどね。地を這い明日の食べ物を案じて暮らす辛さがわからないから、そんな風に上から見下ろした視線でものが言えるんですよ」
「それこそ傲慢な考えでしょう」
オリアーナは食べ終えたフォークをケーキプレートに音を立てて置いた。
「あなたは自国の国民一人ひとりの人生に責任を持てるのですか? 市井の人々も、日々嘆いて人生を送っていても、それでも生きているではないですか!? それは、もしかしたらという希望を持っているからです、そうした希望の灯を消さないよう務めるのが、わたしたちの使命でしょう!」
この二人のいがみ合いに、なんとなく毒気を抜かれて、コラード国王の顔を見た。
彼も『やれやれ』という顔で苦笑いしていた。見解の相違はあるけれど、どちらも正論だけに、片一方の肩を持つわけにもいかないところだね。
「まあ、所詮は神ならぬ身だからね。全能にはなれないけど、それでも私達は無能というわけでもない。なら、多少なりともできることをするだけだね」
「その通りですね」
険悪になりかけた場の空気を換えるため、話を総括したボクの言葉に、コラード国王が同意してくれて、どうにか話はまとまった。
それにしても、どこの世界でも人間は変わらないものだねぇ。
デーブータさんもどうせ『神』を自称するなら、楽園のような世界を作ればいいものを……無能だなぁ。
と、しみじみ慨嘆していたそこへ、白髪でベールを被った黒人の美青年――十三魔将軍の斑鳩(人間形態)が、きびきびした足取りでやってきた。
「ご歓談中、失礼致します」
「どうした斑鳩、急ぎの用件か?」
天涯の問い掛けに、軽く頷く斑鳩。
「はい、例の海賊どもについてですが、影…もとい、担当官の指導の下に行われた拷も…いえ、我々の熱心な質問に答えて、連中は実に興味深い供述を行いました」
取りあえずツッコミは入れないことにして、報告の中身を聞くことにした。
「まず、官憲との癒着構造についてですが、これは例の『紅帆海賊団』――まあ、自称ではなく、他の海賊が呼ぶ他称のようですが――が行っている手口の模倣、それも質の悪い猿真似のようです」
「ということは、本家の『紅帆海賊団』とやらは、もっと大規模に行っているわけ?」
ボクの疑問に、「然り」と同意する斑鳩。
「ほとんど国家を丸ごと乗っ取って、さらに群小の周辺国を右から左へと売り払っている模様です」
さすがにそこまでスケールの大きな話になるとは思わずに、国家元首級4人が揃いも揃って、半信半疑と言う顔で斑鳩の妖艶とも言える整った顔をマジマジと凝視する。
「国ごととは、またずいぶんとスケールの大きな海賊だねぇ」
「それにしても、わざわざ手に入れた国家を、そのまま売り払うとか、ずいぶんともったいない話に思えますけど?」
首を捻るレヴァンに向かって、「いや」とコラード国王が推測を述べた。
「もともと海賊に国家経営の意欲はないのでしょう。買い手が居ればさっさと売ってしまう方が確実でしょう。……また、万一さらに好条件の買い手が居れば、そこを再度攻め落として売り払ってもいいでしょうしね」
「なるほど、基本的にわたしども国家が大義名分をつけて、他国を侵略するのを、非合法に行っているようなものですわね。つまり、国家並みの戦力があると仮定したほうが確実ですわ、その海賊は」
確かにね。やっぱり、その海賊って、ももんがいさんなのかな。
「ちなみに、その『紅帆海賊団』とやらが本拠地にしている傀儡国家ですが――」
斑鳩の視線が、ちらりとオリアーナに向けられた。
「グラウィオール帝国の北西部域植民国家インユリアとのことです」
期せずして息を呑んだ全員の視線が、オリアーナに集中した。
「……まさか、そんな馬鹿なことが……」
目を大きく見開いたオリアーナが呻いた。
◆◇◆◇
「旦那様、お帰りなさいませ」
扇情的な恰好をしたバニーガール――小間使い頭である兎人族の18歳前後のなかなかの美少女――が、騎獣(1トンを越えるトドに似た角の生えた海獣)に乗って船に戻ってきた、『紅帆海賊団』の船長に頭を下げる。
挨拶された彼――癖のある赤毛にターバンを巻き、銀色の刺青が彫られた褐色の肌の上半身に、赤いチョッキを着ただけの目付きの鋭い青年は、手に持っていた硬い樫の木の箱を床に置いた。
「ほらよ、欲しがっていた南方の香辛料だ。これだけでも船が1艘買える値段だって言うんだから、馬鹿みたいな話だ」
仏頂面の青年とは対照的に、少女は花がほころんだ様な笑みを浮かべた。
「まあっ、こんなに沢山の種類を用意していただけるなんて! ありがとうございます、旦那様っ!」
その声に誘われたのか、ぞろぞろと30人ほどの船員達が甲板に出てくる。
なぜか全員10代後半から20代半ば頃までの美女・美少女ばかりであった。
香辛料の他にも、貢物として献上された貴金属類や外国の衣装などを、中腰になって嬌声を上げ、目の色を変えて吟味し合っている仲間(?)達から、若干離れ――なんとなく娘達にリビングを占領されて、居場所のない父親のような哀愁を背中に背負ったまま――青年は船縁に腰を下ろして、遠い目で水平線の彼方を眺めた。
「なんで海賊の船員が、俺以外全員女なんだ。ありえねえだろう、普通」
呟いた自分の声に、苦味が混じるのを青年は抑えられなかった。
「それはやはり、『世界の海は俺の海。世界の女は全部俺のもの! 野郎はいらねえぜ!』と常日頃公言なされているのが原因なのでは?」
いつの間にか傍に来ていた小間使い頭の少女の言葉に、青年は頭を掻き毟った。
「そりゃそうだけど、そりゃプライベートの話だろうが! 仕事の時には片目にアイパッチを付けたハゲ頭の副官とか、片脚に義足を付けた好漢とかが脇を固めて、『よし! 野郎ども、出撃だ!』とかやるのが海賊だろうに! なんだこの女子高の担任ポジションは?!」
「またまた、そんな心にもないことを」
獣人族という属性なのか、やたら馴れ馴れしい口調で、青年の魂の叫びを一笑に付す少女。
「『ハーレムは男の夢! 今度こそ目指せリア充! ハーレム王に俺はなるっ!!』って、あたしを『海山猫団』から助けてくれた時に、絶叫してたじゃないですか」
「……若気の至りだ。いまは反省している」
「口ではなんとでも言っても、昨晩もベッドに機関長を――」
「なっ! なぜ知っている?!」
「そりゃ狭い船内ですからね」
がっくりうな垂れる青年に追い討ちを掛ける少女。
「ここのところ女難かも知れん。次に陸に上がったら、海神にでもお参りしてこよう……」
口では勝てないと悟って、話題を変えようとした青年だが、その言葉に少女はぽんと膝を叩いた。
「そうそう、占い師のドナが言ってましたけど、近々ご主人様は『月の女神様に刺される』から注意した方がいいそうですよ。行くなら月の女神様の方がいいですよ」
「なんじゃ、そりゃ?」
「さあ? どなたか騙された女に後ろから刺されるって隠喩じゃないですか?」
そう言われても心当たりが……ありすぎて後ろめたさ満載の青年は、思わず視線を逸らした。
「ま、せいぜいその時には誠心誠意謝罪することですね」
最後に一言念を押して、少女は仲間たちがたむろする集団へと戻って行った。
やっと開放された青年は、辟易した顔で再び水平線を眺めながら、ぶ然と呟く。
「――月の女神ねえ」
神を自称する男なら知っているけど……まあ、所詮は占いだろう。
気にしないことにして、船内へと戻って行った。
ももんがいさんは完璧なストレートなので、緋雪ちゃんはまったくの守備範囲外です。で、ある意味異世界最高、俺TUEEEな主人公体質ですね。




