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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第三話 海賊襲来

 アミティア共和国最大の貿易港である、港湾都市キトーは賑わっていた。


 大小様々な船――商船らしい大型帆船から、運搬用のガレー船、船体のあちこちを鉄板で補強してあるのは軍艦だろうか――がひしめき、出入りする船の立てる飛沫(しぶき)の音、飛び交う海鳥の鳴き声、帆を上げ下げするマストの軋みが、澄んだ青空に心地よくこだましている。

 着岸した中型船に板の渡しをかけ、その上を荷物運びの海の男達が行き交う。また、港に入りきれない大型船には、小型船が接舷して荷物や客の運搬を行っている。かわされる挨拶と威勢のいい掛け声。それら港の賑わいは海風に乗って、キトー市全体に伝わって生き生きとした鼓動を刻んでいるようだった。


 そんな港に程近い一角にある小さな食堂。

 そこはいま戦場だった。


「ヒユちゃん、3番さん平目の白ワイン蒸し追加ね!」

「はいはい、先にこの青魚のチーズ焼きが焼きあがったら調理にかかります」

 狭い店内を飛び回りながらの女将さんの注文(オーダー)の声に、使い込まれたフライパンを振り回しながら返事する。


「――あの、女将さん、まだまだ外に一杯並んでいて、材料が足りなくなりそうなんですけど」

 エプロンを掛けたジョーイが、恐る恐る女将さんの背中に声を掛けると、途端に不機嫌そうな顔で振り返った。 

「だったらさっさと市場に買いに行きな! まったく、男ってのは、うちの亭主と同じで気が利かないんだから」

「……えーと、なに買ってくればいいんでしょうか?」

「んなもんあたしがわかるわけないだろう! ヒユちゃんに聞きな、ヒユちゃんに」

 かなり理不尽な女将さんの要求に、ジョーイが雨に打たれた子犬みたいな目で、こっちに訴えかけてくる。


「じゃあ取りあえず、白身魚…えーと、平目とあと淡白な身の大型魚があればいいかな。あと季節柄、香草焼きにしてもいいと思うから香草を、あと種類は何でもいいから海老、それと貝類もお願い」

「わかった。何匹くらいあればいいんだ?」


「なんのためにアンタが人数確認したんだいスカポンタン?! それくらい自分で判断しな! あとワインと火酒も足りなくなりそうだし、そっちも追加だよ」

「いや…あの、市場はともかく、酒屋とかわかんないんですけど」

「あんたの頭は帽子の台かい?! その口は飾りかい!? わかんなきゃ聞きゃいいだろう!」

 持っていた木製のお盆で、ジョーイの頭をスパーンと叩く女将さん。

 それからポケットに手を入れて、ジャラジャラと何枚か硬貨を出して、ジョーイに握らせる。


「――あ痛っ。……わ、わかりました。じゃあ行ってきます!」

「はい、いってらっしゃい」

「道草喰うんじゃないよ。これから夕方の書き入れ時なんだからね!」

 小走りに走り出すジョーイの背中を見送って、料理の続きに取り掛かる。人数が人数なので、休む暇もない……けど、まだまだこれから夕食時の営業もあるので、頑張らないといけない。

 ボクは気合も新たに握った包丁で、下ごしらえの為に魚の鱗を黙々と取るのだった。

  ・

  ・

  ・

 フライパンにオリーブオイルを入れ、平目を焼く、さらに裏返して火から放して余熱で焼いて……。

「あれぇ? なんで私、ここで料理してるんだろう……?」

 ふと、正気に戻ったところで、今更ながら疑問を感じて、大きく首を捻る。


「ヒユちゃん! ホロロ貝のパスタ注文が入ったよ! あと、さっきの3番さん平目の白ワイン蒸しできてるかい?!」

「あ、はい。いまできました」

 勢いに押されて出来上がったばかりの料理をお皿に載せて、厨房から顔を出して女将さんに渡す。


『うおおおおおおおおおっ!!!!』

 顔を出した瞬間、なぜか店内及び出入り口に並んで様子を見ていた、いずれも日に焼けた男達が、なぜか一斉に歓声みたいな声を張り上げたけど、忙しいのでこっちはそれどころではない。


 そんなわけで、ボクは一瞬前に感じた疑問はさっさと放り投げて、再び厨房へと戻ったのだった。




 ◆◇◆◇




 あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!

「食事を終えて、代金を支払って店から出たと思ったら、いつのまにか厨房で料理をしていた」

 な…何を言っているのか、わからねーと思うが 

 私も何をされたのかわからなかった・・・

 頭がどうにかなりそうだった・・・

 バイトとかお手伝いだとか

 そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ

 もっと恐ろしい干物女子力の片鱗を味わったぜ・・・

  ・

  ・

 ということで、夜になり店じまいした店内で、ジョーイともども疲れきった身体を、テーブルと椅子に投げ出したまま、いまさらながら冷静になって、今日の出来事を振り返ってみた。


「……ヒユキ、生きてるかー?」

「いちおう……HPは残ってるねぇ」

「不思議なんだけどさ。なんで俺らが、仕事を手伝わないといけなかったんだ?」

「奇遇だね。私も疑問に思ってたところだよ……」

 お互いに、のっそりと身体を起こして向かい合う。


 それから、自然とその視線が、奥で今日の売り上げを、ホクホク顔で数えている女将さんに向かった。


「確か、飯を食い終えて出ようとしたところで、女将さんの金切り声がして、慌てて戻ったんだよな」

「うん。そうしたら、女将さんが旦那さんを背負って、奥から突進してきて」


 地鳴りのような音と、切羽詰った女将さんの形相と巨体に押されて、反射的に道を譲ったところへ、

「うちの旦那が腰を痛めたから、ちょいと罹り付けの薬師んとこ行って来るっ。あんたら少しの間、店を見てておくれ!」

 と一方的に言われて、返事をする間もなく、土煙を上げて去っていく女将さんを見送るしかなかった。


 で、しょうがない、どうせお客さんなんて来ないだろうと、密かに周囲を固めている隠密部隊や親衛隊に断りを入れて、ジョーイと二人でお店に戻ったんだけど、なぜか遠目に見ていた通行人が、ゾロゾロと付いて来て、そのままテーブルやカウンターに座って注文を始めた。


 まあ、厨房に材料はあったので、ボクが適当にありあわせの料理を作り、冒険者初心者の頃、この手のお店で手伝いをしていた経験があるジョーイが給仕役をやって、女将さんが帰って来るのを待っていた。

 だけどなかなか戻ってこない上に、さらにお客さんが増えててんてこ舞い。

 二人ともほとんど忘我の境地でお店を回していたところへ、やっと女将さんが戻ってきたので、やれやれこれで一安心……と思ったら。店の繁盛具合に目を丸くした女将さんの顔が、次の瞬間、にやりと悪どいものに変わり、「あんたら、まさか途中で投げ出すつもりじゃないだろうね?!」というドスの利いた声とともに、揃って襟首を掴まれて店に戻された。


 そして、現在に至る。


「……なんで夫婦喧嘩のとばっちりで、私達がお店の手伝いとかしなきゃいけないわけ」

「諦めろ。それが夫婦喧嘩ってもんだ。――てゆーかさ、いまふと思ったんだけど」

 同時にため息をついたところで、ジョーイが小首を傾げた。

「うん?」

「旦那さんの腰、その場でお前が治せば、問題なかったんじゃないのか?」

「………」

 後悔って言葉は「後から悔いる」から後悔って言うんだよ。


 思わず頭を抱えたところで、暖簾をしまった店の扉が、乱暴に表から開けられた。

「悪いけど、今日はもう店じまいだよ!」

 顔を上げた女将さんが断りを入れるが、

「おぅ、ここだここだ! なんでもえらい別嬪がいるらしいぞ」

 まるっきり無視して、4~5人の男達が店の中に入ってきた。


 まだ宵の口だというのに、すでにかなりの酒が入っているようで、全員顔が赤い。まだ若くて、身なりもそれなりに立派なものだけれど、どことなく着崩したような、荒んだ雰囲気があった。


「――こいつら堅気じゃないな」

 男達が入って来たのと同時に、ボクと一緒に椅子から立ち上がったジョーイが、軽く眉をしかめて呟いた。そのままボクを背中に隠すように前に出る。うん男の子だねぇ。


「おっ! こりゃ凄え、確かにこんな上玉見たことないぜ。おい、女、俺達の席について酌をしろ! ――いや、こんな小汚い店じゃなくて、もっと良いところ連れて行ってやる。ついて来い!」

 下種な笑いを浮かべながら、最初に入ってきた男がボクに手を伸ばしてくるのを見て、「うちの子になにするんだい!」と女将さんが声を荒げ、ジョーイは無言のまま無造作にその手を払い除けた。


「この餓鬼っ。その女を渡せ!」

 堂に入った恐喝の声に、女将さんが顔をこわばらせ、ジョーイは「嫌なこった」と答えた。


「餓鬼が粋がるな! つまんねえ恰好つけると、痛い目にあうぞ!」

 怒鳴り声と共に酒で赤い顔を更に赤黒くさせ、男は腰に下げていた護拳がついた片手長剣(ハンガー)(船乗りが使用する武器。短めのものを『カトラス』と呼ぶ)を抜いた。


「おい、店の中で剣なんて抜くなよ。危ないだろう」

 うんざりした顔で忠告するジョーイの態度に、馬鹿にされたと思ったのか、有無を言わせず男が斬りかかって来た。

「うるせえ!」


 これが堅気の相手なら男の形相と、向けられた真剣に気圧され、萎縮していたかも知れないけれど、ジョーイもこの道の玄人(プロ)である冒険者。軽く舌打ちして、男の無駄の多い動きを悠々と目で見て躱しながら、手刀で男の手首を叩き、剣を叩き落した。

 慌てて床に落ちた剣を拾おうと、反射的に屈み込んだ男の顔面に膝蹴りを入れる。


「ぎゃあっ!」

 戸口から外へ吹っ飛んだ男の進路上にいた、男の仲間らしき人相の悪い連中が慌てて避ける。


「あんたら仲間だろう。受け止めてやればいいのに」

 そう言いながら男が落とした片手長剣(ハンガー)を拾って、具合を確認するジョーイ。愛用の魔剣は給仕の邪魔になるので、厨房の奥に置いてあるので、代用で使うことにしたのだろう。


「こいつ。舐めた真似しやがって!」

 男の仲間が一斉に武器を抜いた。

「勝手に突っかかってきたのはそっちだろう。俺は煩いハエを追い払っただけだ」


 ジョーイも言うようになったねえ。


「ほざくな! 死ねっ!!」

 一人が切りかかってきたが、やはり剣を力任せに振り回すだけで、技と呼べるものはなかった。

「――ゴブリンの方がマシだな」

 空を切り裂く剣先を避けながら、ジョーイは端的に評すると、カウンターで片手長剣(ハンガー)を弾き返し、思わずよろめいた男の脇腹に蹴りを入れて、先ほどの男同様、店の外に叩き出した。


「この野郎っ!」

「ただじゃおかねえ!」

「ぶっ殺してやる!」

 店内の椅子やテーブルを蹴り倒しながら、いきり立った男達が一斉に襲い掛かってきた。


「手伝う?」

 背中越しに一応聞いてみたけれど、「こいつら隙だらけだ。つまんねぇ」とジョーイは面白くもなさそうに答えた。

 それじゃあ、しばらくか弱いお姫様役をすることにして、軽く肩をすくめ、邪魔にならないようジョーイから離れた。


 これだけの騒ぎになっているのだから、野次馬も相当いるかと思ったのだけれど、店の外はとっぷり暮れた闇の中に沈んで、人っ子一人覗き見している気配すらなかった。


 ――誰かが、なんかやってるね。


 おそらく過保護な保護者達がなにかして、この場から余計な人間を排除したのだろう。心当たりを探るうちに、また一人人相の悪い男がジョーイに叩きのされて、店の外へと転がって行った。

 同時に、叩き出された男の周囲に闇がまとわり付き、『コリコリコリコリ』と何かが何かを食べるような音が、微かに聞こえてきた。


「……ねえ、ジョーイ、悪いんだけど、一人は聞きたい事があるんで残しておいてくれるかな?」

 外に出た3人に関しては、この場で尋問するのはもう無理だろう。

 残った2人を相手にしていた、ジョーイは怪訝な顔をしながらも、「わかった」軽く請け負って、瞬く間に一人を蹴り倒し、外へ放り投げ、最後に残った男の剣を叩き落した。


「これでいいか?」

 すっかり酔いが醒めた顔で、だらだらと脂汗を流している男の首筋に剣先を当て、気負いのない調子でジョーイが聞いてきた。


「はい、お見事でした」

 軽く拍手をしてその健闘を讃える。


「――て、手前、俺達にこんなことをしてただで済むと思ってるのか? 俺たちゃ、泣く子も黙る海山猫団(シーリンクス)の団員だぞ!」

 この期に及んでふてぶてしく開き直る男。


 どうだと言わんばかりの態度に、ジョーイと二人、思わず顔を見合わせる。

「……『だぞ』って言われても、聞いたこともないしな」

「……というか、ウミネコなのかヤマネコなのかどっちなわけ?]

 なんか、海のものとも山のものともつかないんだけど。


 はかばかしくないボクたちの態度に焦れた様子で、男がさらに喚く。

「てめーらど素人だろう! 海山猫団(シーリンクス)って言えば、北方のコルヌあたりじゃ、知らない者はいない海賊様だ!」


「「「海賊!?」」」

 女将さんも合わせた全員の声が唱和する。


「じょ、冗談じゃない! ヒユちゃん、これ以上騒ぎを大きくさせないでおくれ!」

 血相を変えた女将さんが、ジョーイの魔剣を持って奥から出てきた。そのまま放り投げるようにジョーイに剣を返す。


「――海賊に目をつけられたら商売上がったりだ。悪いけどすぐに出て行っておくれ!」

 そのまま力づくでも追い出しそうな女将さんの懇願に、海賊の男はしてやったりの表情を浮かべる。


「……わかりました。私達はこちらのお店とは無関係の余所者ですから、なにかあればそれで通してください。また、それでも困ったことがあれば、当市の衛兵や役人にでもご相談ください。決して悪いようにはしないよう、確実に命令しておきますので」

「はあ……? 衛兵や役人に命令って……ヒユちゃん、あんたいったい……?」


 大きく目を見開く女将さんに一礼をして、

「先ほどは『うちの子になにをするんだい』と庇っていただきありがとうございました。嬉しかったです」

 外したエプロンをテーブルの上に置き、海賊の男を後ろ手に締め上げたジョーイともども、お店を後にした。


 ちらりと振り返ると、なにか言いたげな顔の女将さんが、入り口のところまで出てきて、こちらを見ているのが見えた。


「お、おい! 聞いてるのか。俺の背後には海山猫団(シーリンクス)一家が控えてるんだぞ。さっさと放せ!」

「うん。君にはそのあたり詳しく聞かせてもらうよ」

 ため息をついて、相変わらず喚いている男の顔を見上げる。


 少しだけイラついた気持ちが表に出ていたのか、その途端、男の顔が強張った。

「……まあ、心配することはないさ。他の仲間に比べれば、まだしも君は幸運だったと思うから」

 冷笑を浮かべたボクの言葉に、大きく唾を飲み込んだ男が見る見る青褪め、今度こそ大人しくなった。


「取りあえず別荘に連れて行けばいいだろう。行こうぜ、ヒユキ」

 さっさと先に立って進むジョーイ――ひょっとして気を使ってくれてるのかな――の後に続く形で、小走に追い駆ける。


 相変わらず周りでなにかしているのか、周囲には闇があるだけでまだまだ宵の口だっていうのに、細い通りには猫の子一匹いなかった。


「そうだね。チャッチャと済ませないとね」

 同意しながら、ふと、見上げた空には大きな満月が浮かんでいた。

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