第二話 港湾都市
「それは、チャンスですな」
影郎さんが訳知り顔で頷いた。
実り多い――かどうかはさておき、オリアーナは随分とウチの国を気に入ったみたいで、もっと頻繁に訪問したいとか、いっそ帝都にある王宮の別館にでも、転移門を設置したいとか、割と本気で言い出したりした一幕もあって、定期交歓会は始終和やかな内に幕を閉じた。
……もっとも転移門は、この世界の転移魔法陣と違って、いちいち個人登録しなくても目的地や石の中へ移動できる、完全なオーバーテクノロジーなので、流石に相手の希望に沿うわけにはいかなかったけれど。
で、3人が帰った後で、本人曰く「あの坊ちゃんや皇女様の前に顔を出すとイロイロ面倒な上に、知らなくてもいい事まで教えないとマズイ」ので、密かに『隠身』で話を盗み聞きしていた影郎さんが姿を現し、茶菓子の苺のタルトとカタラーナを頬張りながら(ちなみにどちらもボクの手作り。オリアーナにも好評だったので、お土産に両方ワンホール持たせた)、先の台詞を口に出したのだった。
「チャンスってなにが?」
「そりゃ勿論、デブのところに攻め込むチャンスですな。――いや、美味いですわ、これ!」
デブというのは“蒼神”龍騎士デーブータさんの『E・H・O』の通称だったりする。……ま、オフ会で逢った本人の実物も、実際にかなり肥満体だったのは確かだけどさ。
「なんで海賊とデーブータさんと関連するわけ? なんかあるの?」
名探偵に推理を聞く、トンマな助手になった気分で訊いてみた。
「おおありです。そもそもお嬢さんは、アイツのいる聖都ファクシミレへ、どうやって潜入するつもりなんですか? ――あと、お代わりいただけますか?」
「普通に変装して、一般人に化けて……」
「無理ですなあ」にべもなく却下された。「軍事統制下の独裁国家で、なおかつ国民全員が狂信者みたいなもんですから、どうしたって余所者は目立ちます。他国からの巡礼者もいないことはありませんけど、信者なら当然の聖典の暗唱や、祈り、挨拶だけでもとんでもない数ですから、付け焼刃ではとてもとても誤魔化せるもんじゃありません」
う~~む。隣国のシレントに行った時も、相当他国人には厳しかったけど、どうやらイーオン聖王国本国の排他性は、あれの比ではないらしい。
「ちなみに自分らは専ら転移門で、直接アイツんとこに行ってたんですけど、自分の転移門は既に破棄されてて使えません」
命都が持ってきたお代わりに手をつけながら、握っていたスプーンとフォークとで、ペケとバツ印を作る影郎さん。
「そうなると他の連中が使ってる転移門を、利用することになりますが、らぽっくとタメゴローの両番頭さん達は、基本転移門を使わずに、個人用の転送石を使ってたのでアテにはできません。
では、他に心当たりがないかというと……実はあるんですな。各ギルド・ホームに確実に固定転移門がある筈で、現在、残されたGHは亜茶さんの『花椿宮殿』と、ももんがいの旦那の『海底軍艦・白鯨號』のみ」
「あの二人までいたの……!」
初めて明かされた事実に唖然とするボクを、なぜか微妙な表情で見る影郎さん。
「――まあ、戦力としては、番頭さんや、兄丸さんほど脅威ではないので、あまり深刻に考えることはないと思いますけど、それはさて置きまして、先日確認したところ、亜茶さんの『花椿宮殿』はなぜか跡形もなく消失してました」
「位置を変えたってこと?」
「………。……なら、まだいいんですが」
歯切れ悪く言葉を濁しながら、デザートを口に運ぶ。
「まあ、こちらは現時点では棚上げして置きまして、そうなると残る心当たりは白鯨號内の転移門ですな。これを押さえれば、敵さんの喉元へ楽々喰らいつけるってわけですわ」
「なるほどねえ……。で、白鯨號の現在地がどこにあるのか、影郎さんはわかっているの?」
影郎さんは食後の紅茶を飲み干しながら、あっけらかんと答えた。
「わかりませんなあ」
「意味ないじゃない!」
「ですから、ここで先の海賊騒動です」
「……?」
「おや、ご存じない。ももんがいの兄さんの座右の銘は『七つの海は俺の海』『海賊○に俺はなる!』ですよ」
あの人、そんな難儀な病気を併発してたのか。あんまし喋ったことないから気が付かなかったけど。
「つまり、今回の海賊騒動はももんがいさんが裏で手引きしているってこと?」
「そのものズバリ関わってるか、一枚噛んでいる程度かは不明ですが、可能性は高いと思いますよ。迂遠なようですけど、確認する価値はあると思いますな」
う~~~ん……仮に関係なかったとしても、海賊騒動はなんとかしないといけないし、やっぱり海に行かないと駄目か。
正直、水に関わる場所には、あんまし行きたくないんだけど、そうも言ってられないか。
「わかったよ。天涯、コラード国王に連絡して、キトーの別荘の使用と、現地の案内人を手配するよう頼んでおいて」
「はっ。承知いたしました。現地へ同行する従者は、いつものように私めで選定いたしますが、よろしいでしょうか?」
天涯の問い掛けに少し考えて、注文をつけた。
なにしろ、今回は事によると、勢いで敵の本拠地まで乗り込むことになりそうなので、考えうる最強布陣を用意したほうがいいだろう。
そう言うと、空穂がうっそりと微笑んだ。
「では、円卓の魔将級全員での出陣ということでございますなあ」
その言葉に同調して、周囲に居た魔将たちがいきなり臨戦態勢になった。
武者震いだけで、城全体が振るえ、立ち込める闘気だけで窓が割れる。
「そういうことだ、神を詐称する愚か者に、姫が鉄槌を下す! 諸君、これは戦ではない、制裁である!!」
天涯が一同に言い渡すと、それに応じて魔将たちの鬨の声があがり、衝撃で椅子ごとボクは引っくり返った。
――早まったかもしれない。プレーヤー2~3人に対して、大規模戦闘級従魔が20以上とか、なんかもうオーバーキル臭いんだけど!
「なんかもう最初からクライマックスですなあ」
ガクブルしているボクの向かいでは、影郎さんが相変わらずのんびりと、手ずから紅茶のお代わりをカップに注いでいた。
◆◇◆◇
ということで、準備が整ったボク達は、港湾都市キトーの傍にある元王家の別荘へと、赴いたわけなんだけど……。
「なんで、君が案内人なわけなのかなぁ?」
午前中、死ぬほどガッツリ泳ぎの特訓を受けて、どうにか5メートルほどビート板に捕まれば泳げるようになったボクは、案内人のジョーイに連れられて午後は街の方へ出てみることにした。
さすがにいつもの黒のドレスは見た目も熱いし鬱陶しいので、衣装はパニエの上に胸元にフリルと、スカートにティアートがついた白のサマードレスを着て、白の鍔広の帽子に、同じくレースリボンのサマーシューズという、思いっきり夏仕様にしている。
ちなみに三つ編は解いて、いつものストレートにしている。解いても一切癖がつかずに、一瞬で元に戻る髪は、便利なんだか不便なんだか微妙なところだ。
「そりゃあ、俺がこの辺りの出身だからだろ」
当たり前の顔で、当たり前のようにボクの手を取って歩きながら、ジョーイが端的に答えた。
なんでも、ここからもう少し山の方へ行ったところの僻村が生まれ故郷で、村の中で賄えないものや祭り、大きな買い物なんかがあった時には、子供ながらにここまでほぼ半日がかりで足を延ばしたらしい。
「なるほどねぇ。――そういえば、今回はフィオレは一緒じゃないんだね」
「ああ、フィオレはなんか来週、国家4級の魔術師試験があるとかで、しばらく冒険者活動は休むそうだ。今回は結構、自信があるって言ってたな」
「へえ、頑張ってるんだね。うまく合格してくれればいいけど」
「そうだな」
あれ、でもフィオレが国家試験に合格したら、その後は冒険者続けるんだろうか? もともとそっちで挫折したから冒険者になったって言ってたし、本道に戻るのかなぁ……?
心配になったけど、パートナーのジョーイが特に何も考えてないようなので、あまり根掘り葉掘り聞くのもどうかと思って、話題を変えることにした。
「そうそう故郷が近くなら、せっかくだから、この案内が終わったら、そっちに顔を出したらいいんじゃないの?」
「……そうだな。考えておくよ」
数呼吸の間を置いて、ジョーイがどことなくほろ苦い笑みを浮かべて、そう答えた。
そういえば、以前、家が貧しくて食い扶持を減らすために家を出て、アーラで冒険者を始めた――そんな話をしていたのを思い出して、迂闊な話題を振ったことを、申し訳ない気持ちになった。
自然と俯いたボクの顔を、怪訝そうに覗き込んだジョーイは、首を傾げ……天頂付近で輝いている太陽を見て、何か得心いった顔で、ポンと手を叩いた。
「そっか、もう昼過ぎだもんな。その辺で飯にしようぜ」
なんか勝手に気を回して落ち込んでたのが、馬鹿らしくなった。
◆◇◆◇
適当に目に入った小さな食堂に入ったんだけど、お昼時を過ぎていたせいか、他に理由があるのか、ボクらの他にお客さんはいなかった。
で、座った途端になんか女将さんにやたら気に入られ、「どこのお姫様さ!?」「なんて綺麗なんだい!」「まるで月の女神アルテ様みたいだね~っ」「あたしの若い頃を思い出すよ!」と散々持ち上げられて、注文してない料理まで、どんどんテーブルに並べられたのだった。
ちなみに最後の台詞に被せて、奥から旦那さんの「出鱈目言うな、このオカチメンコが」という悪態が聞こえてきて、ニコニコ笑っていた女将さんが一瞬にして修羅と化した。
「言ったね、このロクデナシが!」
「それがどうした、くそババア!」
そして始まる夫婦喧嘩。
こういう局面に慣れていないボクが仲裁しようかどうか、オロオロしているのを尻目に、ジョーイは完全に無視して、テーブルの上の料理に手を伸ばし始めた。
「ほっとけよ、ヒユキ。夫婦喧嘩なんて、関わると禄なことにならないんだから」
達観したような口調は、こういう場面に慣れ切った大人の風格さえあった。
促されてボクも席に着く。
「新鮮だから、けっこういけるぞ」
と、言われるまま名物と言う魚料理を食べてみるけど、奥で掴み合いの喧嘩をしている食堂で、悠々と食事をしているジョーイとは反対に、ボクの方は何を食べても味なんて感じなかった。
「……なんか、慣れた様子だねぇ」
何のことを指しているのかすぐにわかったのだろう。またも、陰のある笑みを浮かべるジョーイ。
「まあ、うちも毎日似たような状況だったからな。俺は長男だったから弟妹を守って、仲裁に入って、ぶん殴られたり蹴られたり、家の外に放り出されたりだったから……」
う~~む。なんか、あまり嬉しい帰省ではないみたいだね。まあ、捨てられた故郷なんだし当然か。
「そういえばさ。さっき、女将さんに『月の女神アルテ様みたい』って言われて思い出したんだけど、君と初めて逢った時にも『月の女神様だ』って言われたよね」
途端、飲んでいた海鮮スープを喉に詰まらせ、目を白黒させながらジョーイは、げほげほむせる。
「ゲホゲホ…お……お前…ゲホ、そんなの、まだ覚えて……」
呼吸が苦しかったせいか、耳まで赤くなっているジョーイ。
「なかなか衝撃的だったからねぇ。ま、ぜんぜん女神でもなんでもないのがわかって、失望させたろうけど。――にしても、月の女神アルテってのは土着の信仰かなにかかい?」
明後日の方を向いて、いや、そんなことないぞ、俺にとってはお前はずっと……とか、なんか口の中でブツブツ言っているジョーイに代わって、ドスドスと足音荒く奥から女将さんが戻ってきた。
旦那さんの姿が見えないところを見ると、どうやらこちらが勝利を収めたらしい。
「月の女神アルテ様は船乗りが崇める女神様さ」
言いながら勝手に空いている椅子に腰を下ろす。
「海神様と夜女神様との娘さんで星々を統べる女神様ってことで、船乗りにとっちゃ、どれも同じくらい崇める対象さね」
なるほど。目印のない航海では、月や星が重要な目安だからね。神格化されているってところだろう。
「この街にも祠があるんだけど、最近は海賊の被害も多いので、船乗りがよくお参りに来ているよ」
何気なく世間話をしている女将さんだけど、『海賊』という単語に、少しだけ背筋が伸びる。
「へえ、海賊ってそんなに増えてるんですか?」
「増えてるねえ。まったくひどいもんさ」
厚い唇を歪める女将さん。
なんでも、海賊は最近活発になってきた、アミティアとクレスの貿易航路に出没するようになったらしい。いまのところ大型船や魔導帆船は船足が速く、武装も整っているので大きな被害はないが、時を経るごとに海賊の規模や増え、またこの海域にも慣れてきたようなので、遠からず被害にあうのではないか、というのが船乗り達の一致した見解だそうだ。
「それじゃあ、やっぱり国の方でしっかり守ってもらわないと駄目ですね」
なるべく世間知らずのお嬢様を装って、意見してみる。
「あんな連中アテにならないね。所詮は陸の軍隊だしねぇ。返り討ちにあうのが関の山さ」
女将さんの声には露骨な侮蔑と、諦観とが混じっていた。
「そう…ですか。それにしても、どうして急に海賊が増えたんでしょね」
「ふむ……」
女将さんは太い腕を組んで、口を曲げた。
「あくまで噂だけどね。ここらへんにいる海賊は、もともともっと北の方にいた連中で、あっちでの縄張り争いに負けて逃げ込んできた負け犬連中って話だよ」
この話は初耳なので、思わずまじまじと女将さんの顔を確認する。
「それって本当なんですか?」
「噂だよ噂。なんでも赤い帆を掛けた、見たこともない魔導船に乗った海賊が、北の方で縄張りを広げているとか。そいつが真っ白い化物魚を操っているとか……ま、与太話みたいなものさね」
「「へーっ」」
半信半疑ところか、ほとんど信じていない口調の女将さんの話に、ジョーイと二人揃って相槌を打ちながら、思いがけない収穫に、ボクは内心ほくそ笑んだ。
12/12 誤字修正しました。
×思うわずまじまじと→○思わずまじまじと
12/24
×らぽっくとラメゴローの両番頭さん達は→○らぽっくとタメゴローの両番頭さん達は