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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第一話 海賊被害

第六章開始です。

 海――生命はかつて海から生まれたという、母なる大地にして、果てしなく広がる大海原。

 時に豊穣の恵みをもたらす生命の揺り篭であり、時に人間のちっぽけな命など、泡沫のように飲み込む大自然の猛威の象徴である海。

 人間は常に海に寄り添い、海に挑んできた。

 浪漫と野心が、冒険心と功名心とが渦巻くフロンティア、それが海なのである。


 ……ま、それはそれとして。


 真っ白い砂浜がどこまでも続く広大なビーチ。

 とんでもなく透明度の高いオーシャンブルーの水が、緩やかに足元を寄せては返している。

 遠浅の海はどこまでも透き通っていて、このまま歩いて水平線の彼方まで行けそうなくらい穏やかだった。


 くすぐったいような生暖かい南国の海はどこまでも穏やかで、不純物の一切ない生のままの自然の景観がそこにはあった。

 ま、一部汚点のようなモノが、我が物顔でクロールだのバタフライだのしながら、玩具を与えられた犬の子みたいに、入り江の中を行ったり来たりしているけど。


「いやー、やっぱ海はいいなー。まったく、海で泳ぐのは最高だぜー」

 どんだけ無駄に体力あるんだって感じで、ジョーイがもう1時間以上休みなしで全開で泳ぎまくっていた。


 と、いい加減海を堪能したところで、波打ち際で蟹と戯れているボクに気付いたみたいで、ぐいぐい泳いで近づいて来ると、「よっ…と」一気に立ち上がって目の前まで来た。


「なー、ヒユキ。泳がないのか?」

 ちなみに黒のトランクスタイプの水着を着用している。当然上半身は裸なので、普段の服の上から感じられる印象――貧弱な坊や――とは違って、細身でもしっかりと鍛えられた体つきがダイレクトに目に飛び込んできて、なんとなく落ち着かない気持ちで視線を逸らせた。


 う~~む、やっぱり、こういうのを見るとコンプレックスが刺激されるねぇ。生前のボクは(主に栄養状態のせいで)筋肉とは無縁で、女子より腕力なかったからねぇ……オフ会の時に参加していた女性陣(上は○○歳のおねーさまから、下は12歳の小学生まで)全員に腕相撲で負けたのは、いまだにちょっとしたトラウマだよ。


「ああ、私はこのあたりで充分に海を満喫しているので、君は気にしないで、泳ぎでも素潜りでも鰤の養殖でもなんでもいいから、海を存分に楽しんでれくればいいさ。なにせ、せっかくの元王家のプライベートビーチなんだからね」

 ちらりと浜辺を見ると、椰子の木陰の下、厳重にビーチパラソルとタンクトップ、パーカーを着込んだ元所有者の稀人(まろうど)が、サングラス越しにボクの視線を感じたのだろう、冷えたシャンパン片手にビーチソファに横になったまま、軽く手を振ってきた。

 見た感じアバンチュールを楽しんでる風だけど、日光に耐性があるとはいえ吸血鬼、さすがに南国特有の直射日光はキツイらしく、ああして木陰で涼をとるのが精一杯らしい。


 まあボクも日焼け止め塗っているとはとはいえ、この日差しはかなりキツイんだけどね(肌が白くて薄いので小麦色に日焼けした吸血姫なんぞという矛盾したシロモノにはならないけど、絶対に後で火脹れになる)。

 ちなみに競泳水着を着た天涯たちは、ボクが教えたビーチバレーに夢中になって、守備範囲が500メートルのアストロビーチバレーで、異次元の戦いを繰り広げていたりする。


「いや、けっこう泳いだしさ、一緒に泳ごうぜ。ヒユキも泳ぐつもりで来たんだろう?」

 怪訝な顔でボクの恰好――レースフリルのスカート付きビキニ(当然、ローズ柄)で、泳ぐのに邪魔にならないよう髪は三つ編にしている――を確認するジョーイ。ちなみに水着は『E・H・O』エターナル・ホライゾン・オンラインの装備品なので、こうみえても防御にかなりのプラス補正がつく。


「……えーと。別に泳ぐのが目的じゃなくて、仕事――そう、仕事できたんだよ! だから遊び呆けている場合では」

「ひょっとして泳げないのか?」

 喋ってる途中で、ジョーイがずばり核心を突いてきた。


「えーと……そうそう、吸血姫は流れ水は渡れないので、種族的に水に入れないんだよ」

「ウソつけ。単に泳げないだけのいい訳だろう」

 ジョーイが間髪入れずに、真っ向から否定する。


 ――なんで普段鈍いくせに、こういうことは鋭いんだろうねぇ。


「泳げなくても別に珍しくもないだろう。だいたい海辺の村でも泳げない男も結構居るし、女が泳げないのは普通だし……せっかくこんな遠浅の海岸を丸ごと使えるんだから、ちょっと練習してみたらどうだ?」


 そう言いながらジョーイが、水際から5メートルほど離れた場所まで移動したけど、なるほどそこでもまだ膝までの深さもない。

 で、ネコの子でも呼ぶように手招きするのが、なんかシャクに触ったので、なるべく平然とした顔でそこまで歩いて行った。


「すげえ、手足が同時に出てるし、全身から汗流してるし……そんな苦手、というか水が怖いのか?」

「へへん、なーにをいってるのかなきみは、わたいにこわいものなんてあるわきゃないってーの、べらんぼーめ」

「口調も変になってるなあ……」

「さ、これでいいでしょう。海は満喫したので、戻るからね!」

 さっさとこの場を離れようとしたところで、ジョーイに腕を掴まれた。

「いや、まだ1分も経ってないし。せめてバタ足くらい覚えたほうがいいんじゃないか? ――取りあえず、もうちょっと沖まで行こうか」


 バタ足……つまり全身を水に浸けて、うつ伏せになって、足で水を掻く、と。

「だ、大丈夫! いざとなれば私、脚力だけで水の上走ることできるし!」

 だから泳げなくても平気!

「だから泳げなくても平気なわけないだろう。いざと言う時の為に、最低限バタ足――できれば犬掻きくらいはできるようにしておかないと」


 そのまま沖の方まで引っ張って行こうとするジョーイと、綱引き状態になるけど本気を出したボクに、STR(腕力)値で勝てるわけがない。


「――むっ」

 強引に振り払おうとしたところで、ジョーイにひょいと両手で抱え上げられた。いわゆる、お姫様だっこである。


「こ、こら、ジョーイ! なにすんの!」

 慌てて離れようとした耳元に、「暴れると、頭から水に落ちるぞ」と囁かれて、反射的にピタリ固まった。


「じゃあ、もうちょっと深いところで練習しようか」

 そのままジャブジャブ波を掻き分けて、強引に沖合いまで連れて行かれる。

「う~~~っ」

 涙目で睨むけど、ジョーイは気にした風もなく、妙にうきうきと弾む足取りで止まる気配はなし。天涯たちの方へ救いを求めようとして見れば、白熱したビーチバレーはいよいよ肉弾戦に突入して、猛烈な砂煙が上がって気が付く様子もないし、最後の頼みの綱の稀人は、ついに日射病で倒れたらしく、担架に載せられメイドたちによって運ばれていくところだった。


「このあたりでいいかな――」

 気が付けば、ジョーイの胸元あたりの深さの沖合いまで連れて来られている。これ絶対ボクだと顔まで水に浸かるよね!

「じゃあ俺が掴んでるから、まずは水面に顔をつけて目を開けるところから始めようか」

「無理!」

「大丈夫だって。すぐに慣れるから」

「無理、無理、絶対、無理!」

「やってみれば、意外と簡単だって」

「男はみんなそう言うのよ!」

「……また、なんかおかしくなっているなァ。――ま、いいか。いくぞ」


 一方的に宣言するり、その場で中腰になるジョーイ。

「ふきゃあっ――!!」

 当然、ボクの顔は水の中へと沈み込んだ。



 さて、別にボクたちは海辺のリゾートを楽しみに来た訳ではない。

 そんな風に見えるのは気のせいというか、現在生死の境を彷徨っているので、軽く走馬灯で流してみれば、しまさんの騒動もひと段落付いたほんの数日前に遡る――。




 ◆◇◆◇




「海賊船ねえ」

 イマイチぴんとこない顔で、緋雪が首を捻った。


 一連の騒動も静まり、すっかり修復が済んだ空中庭園『虚空紅玉城』の貴賓室の一つにて、定期交歓会のために訪れたアミティア共和国のコラード国王と、クレス自由同盟国の盟主(仮)レヴァン、そして今回初めてお忍びで訪問したグラウィオール帝国次期皇位継承者オリアーナ皇女が、旧知の間柄のような態度で穏やかに雑談をしていた。


 オリアーナ皇女が今回訪問したのは完全なプライベートな緋雪からの誘いに乗った形であり、公式には郊外の別荘に静養に行っていることになっている(実際は、このたび帝都に開設された、大使館に該当する『真紅帝国インペリアル・クリムゾン駐在代表館』に設置された、転移門(テレポーター)を使って移動してきた)。

 そのため、お付の人数も気心の知れた最小限であり、この場に同行したのは侍従と近衛兵の2名のみだったが、その彼らにしても虚空紅玉城の規模と壮麗さに絶句して、半分魂が抜けた状態で皇女の背後に控えているだけであった。


 最初はさすがの鈴蘭皇女も気後れした様子だったが、緋雪はもとから身分出自に斟酌することなく、一貫してマイペースを崩さない人柄であり、コラード国王にしてもそのあたりを充分弁えた上で、如才なくこなす才覚の持ち主であり、またレヴァンももともと貴族制度とは無縁の獣人族出身で、今回は周りにいる全員が顔なじみということもあって自然体――そんなわけで、普段は窮屈な宮殿暮らしを余儀なくされ、四六時中『皇女』という偶像の仮面を被っているオリアーナも、周囲のざっくばらんな雰囲気にすっかり寛いだ様子で、年相応の可愛らしい素顔を覗かせていた。


 で、話題に出てきたのが先の『海賊船』である。

「ええ、ここのところ活動が活発になって、輸送船や海岸部の村々にかなりの被害がでています」

 憂慮してます、と書いた紙を貼り付けた顔で、コラード国王がため息をついた。

「いまのところ海上での被害は、中型から小型の商船、運搬船が主で、さすがに大型船や魔導帆船などは被害を免れていますが、遠からず標的になるのは確かでしょうし、そうなった場合の人的・物的被害はこれまでの比ではないでしょうね」


「ほほぅ、大変だねぇ。同情を禁じえないよ」


 紅茶を飲みながらの緋雪の合いの手に、コラード国王がなにか言いたげな顔をしたが、そのまま話を続ける。

「対策としまして、海上の要所に要塞を設置、また海上貿易の要衝であるキトーの駐留軍の増援、そして、我が国には現在、海軍と呼べる規模の海上戦力がありませんので、これの整備を推し進める所存です」


 なるほど、コラード国王らしい手堅い布石だね、と思いながらも、ふと疑問に思って緋雪が尋ねる。

「けど、どれも予算が大変そうだねぇ」


「そうなんですよ~~~っ」

 途端、情けない顔でがっくりと肩を落とすコラード国王。

「麦や米の収穫前、夏場のこの時期に増税とかできませんし、前王朝の後始末の為、国庫もほとんど空の状態ですし、このままでは結婚式も挙げられません」


「それは残念だったね。取りあえずモゲろとは思うけど、で、なに、本国(うち)の方に貸付でも申し込みにきたわけ?」

「……金銭的な負担をお願いすると、後々大変そうなので、現在思案中です」


「そうですわね。いかに属国とはいえ……いえ、ならばこそ、無償援助を施せば、自助努力を阻害する悪癖にもなり兼ねませんから。それに見合う担保か、返済期間を設けての貸付という形にするのが妥当でしょうね」


 瞬時に問題点と対策を編み出すオリアーナ皇女の才覚に、驚嘆と警戒を強めながらも、うんうん頷くコラード国王。

「なので、現在、対案を検討してるんですけど、なかなか海賊相手に後手に回るばかりでして」


 レヴァンが挙手をする。

「あの姫陛下。クレス(うち)の時の転移装置みたいに、金銭ではなくてなんか、問題点を一掃するような代案はないんでしょうか? こういってはなんですけど本国の皆さんなら、海賊ごとき物の数ではないと思うんですけど」

 

「難しいかなあー。港や海、領空に四六時中モンスターを跋扈させたら、周辺住人や生態系にも影響がありそうだし、結局は後手に回るしかないしねぇ」

 第一、ウチの住人に海賊とその他の船と区別付くのかな? 下手したら手当たり次第沈めまくるんじゃないだろうか? と思って難しい顔をする緋雪。


「もっと抜本的な対策を講じねばなりませんね」

 コラード国王も同意し、レヴァンは悄然とため息をついた。


「それにしても海賊ですか。グラウィオール帝国(わが国)でも、最近その手の被害が増加傾向にありますわね」

 オリアーナ皇女の言葉に、全員の注目が集まる。

「特にここ数年は顕著ですけれど、天候不順や戦争被害を差し引いても、頻度、規模とも確実に増えています。ですが各個の連帯や統制の様子は窺えませんでしたので、あくまで偶然の産物かと思っていたのですが」


「ふむ。興味深いですね。大陸の西と東とで、同じように海賊の行動が活発化しているとは。ひょっとすると裏で手引きしている者がいるかも知れませんね」

 まあ、あくまで可能性ですが、と続けるコラード国王。

 とは言え、実際にこうして角付き合わせて話し合わなければ、あくまで国内問題として処理していたところなので、大局に立った見地から可能性を模索するのは悪いことではないだろう。――そう思った後で、考えてみればこの場に居るお姫様二人が示し合わせれば、ほぼ世界を手玉に取ることが可能なことに気が付いて、密かに冷や汗を流す。


 ――やばい、世界やばい! こんな女の子二人が行く末を握っているとか。


 そんなコラード国王の戦慄を余所に、息もピッタリに、和気藹々と談笑をする二人。

「まあ取りあえずは海賊は見つけ次第、鏖殺(みなごろし)と言うことで」

「そうですわね、一族郎党見せしめの為にもそうしないといけませんわね」


 二人の美姫が微笑みながら歓談している様子は、一幅の名画のようだが、話している内容はかなり血生臭いものであった。


「それにしても懸念があたり、海賊被害が今後ますます増えるとなると、こちらとしても本格的に海軍の増強を考えねばなりませんわ。先のユース大公国への出兵でも国庫の4分の1が空になったというのに」

「その代わり復興はクレス(うち)で負担してますけどね」

 皇女の慨嘆に対して、なんとなく不満そうな顔で口を挟むレヴァン。


 結局、領土交渉において、荒廃したユース大公国を押し付けられた形で、妥協せざるを得なかった彼としては、文句の一つも言いたいところなのだろう。

 ちなみにより旨みの多いケンスルーナ国は、帝国に割譲された。


「あら、条約に調印なされたいまになってご不満ですか? 旧ケンスルーナ領をほぼ等分する形での妥結ですので、帝国としてもかなりの譲歩だと思いますけど」

 悪戯っぽく微笑むオリアーナ。


 実際は領土の拡張路線に限界が見えたので、インフラの整ったケンスルーナ国を配下に治めて、手間と金の掛かりそうなその他の僻地を、クレス自由同盟国に押し付けただけなのは見え見えなのだが、交渉の席上さんざんやりあって、最終的にやり込められた立場のレヴァンとしては、そこを引き合いに出されては黙り込むしかない。


 気分を変えるためか、緋雪が話を戻した。

「それにしても海賊ねえ。対策をとるにしても、いまいちイメージが掴めないなぁ。どんなもんなのかな?」

「さて、私も報告書を読んだだけですので。後で詳しい資料はお渡ししますが?」

「う~~ん」

 それでもピンとこない顔をしている緋雪。


 ふと、壁際に立っていた仮面の剣士――稀人が口を開いた。

「なんなら一度、港にでも行って直接船主や被害者に話を聞いてみればいかがですか? 確か貿易港キトーの傍に、王家…いえ、前王家の別荘地があったはずですが?」


 視線で水を向けられたコラード国王は、頷いて補足する。

「ええ、現在は閉鎖中ですが管理はされていますし、将来的にはプライベートビーチともどもリゾートホテルとして売却予定ですね」

「――ふむ。なら我が国で直接購入するというのはいかがでしょうか、姫?」

 脇に控えていた天涯が、ちらりと緋雪に了解を求める。

 どうやら以前言っていた、全世界別荘計画は着々と進行中らしい。


 訊かれた緋雪は、なぜか難しい顔で頬に指をやった。

「海賊……海…ビーチ付きの別荘ねぇ……」


「まあ、購入されるかどうかはさておき、使用されるのであれば明日にも使えるはずですので、準備させます。それと現地に詳しい冒険者等もガイドとして用意させますので」


 至れり尽くせりのコラード国王の言葉に、再度、「う~~ん」と考え込み、周囲を不審がらせる緋雪なのであった。

ちなみに緋雪が泳げないのは、小中学校時代の家庭環境と、いじめで水に恐怖心を抱くようになったためです。


あと緋雪とオリアーナ二人で私掠船経営の話題を出そうかとも思いましたけど、黒くなり過ぎるので断念しました(笑)。

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