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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第五章 吸血の魔神
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第二十五話 神人黄昏

第5章のラスト。エピローグになります。

「――以上が空中庭園でのシマムラと緋雪さんとの事の顛末になります」


 直立不動のまま、生真面目な顔で一部始終を語り終えたらぽっくは、口を引き結んで眼前の男――緋雪からは『黒幕』と呼ばれ、イーオン聖教関係者からは『蒼神』と讃えられる、ある意味すべての元凶――の爬虫類の目を凝視した。

 一歩下がった後ろには、タメゴローが男と視線を合わせないよう、そっぽを向いて無言で控えている。


 古代ローマ人のように一枚布の上着であるトーガを身に纏ったその男は、豪奢な執務机と肘掛け椅子に座ったまま、青い鱗で覆われた半人半龍の異相を侮蔑の形に歪めた。


「ふん。あの出来損ないは無事に再封印されて緋雪のところか。大方予想通りだが……できれば手元に置いて、死なん程度に制裁を加えて置きたかったな」


「さすがにあの状況下で、そこまでの余裕はありませんでしたね。シマムラを封印した後の廃巨人(ヨートゥン)もどきは、完全にコントロールを失って……いや、あれは『狂化』ですね。なおさら手が付けられない状況で、俺達の他、緋雪さんとこの大規模戦闘(レイド)級従魔が10匹以上寄ってたかって、城を半壊させながら、どうにか斃せたってところで――気が付いたら空中庭園は極点付近まで進んでいるし、ドサクサ紛れにシマムラもどこかに運び込まれたし、周りは殺気だった大規模戦闘(レイド)級従魔が十重二十重に囲んでいるしで、命からがら脱出するので精一杯でしたよ」


 秀麗な眉をひそめて弁明するらぽっくを、値踏みするように見据える男。

「ふふん。まあ、流石にその状況では手に余ったか。――いや、逆によく生きて帰れたものだ。最低でも1人は犠牲になるかと思っていたが」


 自分達を完全に捨石にしか考えていない男の態度に、タメゴローが密かに奥歯を噛み締め、らぽっくも片眉を吊り上げた。

「いえ、なし崩しに同盟……いや、一時休戦をしたとは言え、共通の敵であるシマムラの脅威がなくなったわけですから、自然と休戦は破棄――緋雪さんも即座に剣を向けてきました」


「ふむ。それでよく逃げ出せたものだ。緋雪の情にでも訴えたか?」

 ちらりと男の目に疑いの色が浮いた。

誰も信じない(トラスト・ノー・ワン)』を地で行く男の性格を熟知しているらぽっくは、ことさら軽い仕草で肩をすくめた。 

「ええ、条件を出されまして。俺と緋雪さんが一発勝負のガチンコ対決をする。先に相手に1撃でも当てた方の勝ち。負けた方は相手の言い分に従う……という賭けですね」

「それでどうなった?」

 面白そうに先を促す男。


「勝ちましたよ。――でなきゃここに居ませんよ」

 当然と言う口調で答えるらぽっくの言葉に、納得した顔で頷く男。

「ふん。まあ、そうか……緋雪の奴も甘いことだ」


「そんなわけで有耶無耶のうちに事は終了って感じですね。勿論、ユース公国には、まだシマムラの眷属が残っているでしょうから、その辺りの後始末も必要でしょうけど」

「そんなもんはNPCどもが適当に始末をつけるだろう」

 自分の信徒を含めて、大陸に住む人間を『NPC』扱いする男の傲慢さに辟易しながらも、表面上は殊勝な態度で相槌を打つらぽっく。

「そうなると他国領にいつまでも正規軍が進駐しているわけにもいきませんね。そちらの後始末は帝国に任せることにして、聖騎士達には帰還命令を出したほうが良いでしょうね」


「その程度の些事は教会の年寄りどもに任せておけばいい……いや、大教皇の暴走を見逃した前例もあるからな、いちおう釘は刺しておけ」

 そう言って、もう用はないとばかりに、しっしっと犬を追い払うように手を振る。


 さっさと話を切り上げたかったらぽっくは、渡りに船とばかり、一礼してその場で男に背を向けた。

 と――。

 それまで無言で居たタメゴローが、感情を押し殺した声で男に問い掛けた。

「その前に、確認したいんだけど。亜茶さんの『命珠』の光が消えてるのは、どーいうことなの?」


 言われてはっと見てみれば、壁際に並んでいた命珠の一つ。亜茶子を示す緑の炎が消えて、全体が真っ白に濁っているのが目に入った。これが意味することは一つ。本人の命と存在が完全に消滅したことを指している。


「裏切ったので始末した」

 だからどうした、という口調の男の態度に、発作的になにか叫びかけたタメゴローを、咄嗟に右手を上げて黙らせ、らぽっくは彼女の肩を抱いて自分の背後に隠す形で一礼した。

「……それでは、俺達は事後処理に回ります」


 もはや関心はないとばかりに、無言のまま顔も上げない男の気が変わらないうちに、揃って退出する二人。

 完全にその気配が消えたところで、男は独りごちた。


「――ふむ。やはり緋雪との接触で悪影響が出ているな。おかしな動きをする前に、念のために潰しておくか」

 ちらりと壁に掛かった『白銀』と『紫』の炎を宿した命珠に視線をやる。




 ◆◇◆◇




 一方、最上階から転移魔法陣で『蒼き神の塔』から、隣接する大聖堂の隠し部屋に移動したらぽっくは、いまだ憤懣やるかたないという風情のタメゴローの頭を、ぽんぽんと叩いた。

「無茶するなよ。生きた心地もしなかったぞ」


「だって、あんまりじゃない! そりゃ亜茶さん打算と下心で、アイツに媚売ってたからあたしはあんまり好きじゃなかったけど、それでも仮にも自分の女でしょう! それをあっさり――」


「奴にとっては彼女も俺達も、所詮は道具でしかないってことだ。役に立たない道具や、自分が怪我をするような邪魔な道具は……」


 言葉を濁すらぽっくだが、言葉にしなくてもその先は容易に想像がつく。

 ひょっとするとこの瞬間にも、自分の命に関わる命珠が、あの男の気まぐれで壊されるかも知れないのだ。

「……緋雪さんから貰った例のものは、肌身離さないようにしておけよ。収納スペース(インベントリ)に入れておくのも危ない。いつでも使えるようにしておけ」


 周囲をはばかって小声で注意するらぽっくの言葉に従って、タメゴローは頷いて、収納スペース(インベントリ)から、掌に乗るくらいの化粧瓶のようなものを取り出し、中の赤黒い液体を確認してポケットにしまった。


「わかってる。万一の時には一か八かコレを使う。せっかく緋雪さんが骨を折ってくれたんだから」

 真剣な表情で頷いた後、ふと、悪戯っぽい笑みを浮かべるタメゴロー。

「それにしても『勝ちました』とか、どの口がいうのかな、9剣全部躱されておいて」

「……少なくとも負けちゃいない。最低でも引き分けってところだろう」


 ぶ然とした表情で、いい訳じみた答えを返すらぽっくを、タメゴローが生暖かい目で見る。

「まあ男の子だもんねー。女の子にケチョンケチョンにされたとか、言えないわねー」

「だから負けてないって、言ってるだろう!」

 小部屋の中、少女の含み笑いと、青年のムキになった声とが、しばしこだましていた。




 ◆◇◆◇




「いや~っ、ちょうどいいところへお嬢さんらが通りかかってくれて助かりましたわ~」

 影郎さんが我が家のように――まぁ、実際ギルド・ホームなんだから我が家には違いないけど――リラックスした様子で、虚空紅玉城の客室に居座り、出された食事やお茶をパカパカと、馬のように飲み食いしながら、気楽な調子で聞いてもいない諸事情を喋り捲っていた。


 周りを固める天涯たちも対処に困った風で、視線でボクに指示を求めてくるけど、こっちだってわけがわからないので判断に迷う。


「いや、最近はほとぼりを冷ますために北部域で商売してたんですけど、なんや自分の商売を詐欺だ騙りだ犯罪だと、偉い人(お役人)たちが寄ってたかって決め付けまして、危うく捕まるところでした。で、あっという間に顔が割れて、どーしたもんかと天を仰いだらそこに空中庭園が飛んでるじゃないですか! これぞ天の(たす)けだと思いまして、ここまで『糸』を飛ばして、えっちらおっちら登ってきたわけですわ」


 どこの『蜘蛛の糸』のカンダタだと思いながら、「商売ってなにやってたの?」と、お付き合いで相槌を打った。


「いわゆるサイドビジネスですわ。まず金貨2枚の浄水魔具を購入して会員になって、その商品を人に紹介すれば1人につき銀貨50枚のマージンが入るという」

「……それってネズミ講じゃないの?」

「違います、マルチ商法です。架空の商品を取り扱ったりするわけやない、まっとうな商売ですわ」


 心外だという風に右手を振る影郎さんの主張に、大いなる疑問を抱きながら、取りあえずしまさんの件で、最後の助太刀をしてもらったことを思い出して頭を下げた。

「――まあ、それはそれとして、どうせなんかのたくらみがあって良いように利用されただけだとは思うけど、いちおう形式上はお礼を言っておくよ。しまさんを封印できたのは影郎さんのお陰だと思うので、ありがとうと取りあえず言っておく」

「……ここまで心のこもらない感謝の気持ちも珍しいですなぁ」


 そのあたりは日頃の行いだと思うよ。


「そういえば、シマムラさんの遺体はどうされたんですか?」

「遺体というか、仮死状態かな? 万が一にも蘇生しないように、十三魔将軍数人がかりでも壊せない、マイナス500度の氷の棺を作ってそこに冷凍保存して、空中庭園にあるファーザー・フロストやジャック・フロストとかのいる氷系モンスターの生息エリア、『氷獄(コキュートス)』に封じ込めてあるよ」


 食後のお茶を飲みながら、影郎さんがボクの言葉に首を捻った。

「マイナス500度とか、物理法則無視してませんか?」

 なにをいまさら。


「まあ、そんなわけで、これでしまさんの件はどうにか終了かな。後はユース公国の残党整理と復興だけど、そこらへんはレヴァンと鈴蘭(オリアーナ)の手腕に期待だね」

「…ははあ。いやでも、実際に表立って事に当たったことになってるのは、帝国を主体とした聖王国との混成軍ってことになってますよね? そのあたり盾に取られてあの坊ちゃんじゃ、下手したら皇女様に丸め込まれて、ユースの領土を掠め取られるんじゃないですか?」

「それか、復興とかだとお荷物になるんで、体よく押し付けられそうだねぇ」

 まあ、それも良い勉強だろう。


「……ところで、影郎さんはこれからどうするわけ?」

「いや~、適当なところで降ろしてもらえれば、また商売を始めますけど」

 わかっているんだか、韜晦してるんだかわからない笑顔のまま、ぽりぽりと頭を掻く影郎さん。


「ふーん。……じゃあ、私に雇われるってのもアリ?」

 ボクの言葉に、天涯たちがギョッとした顔になる。

「まあ、条件と内容次第ですなぁ」

 おそらく予想して――というか、わざわざ売り込みのために顔を出し――たんだろう影郎さんは、飄々とした顔で思案するポーズをとった。


「取りあえずは情報かな。蒼神――いや、最大ギルド・メタボリック騎士団のギルマスだったデーブータさんが、なんでそんな風になったか。それを教えて欲しいんだ」

「……気が付きましたか」

「できれば否定して欲しかったけどねぇ」


 ヒントは随分前から出てはいたんだけど、タメゴローさんが黒幕を「蛇男」って呼んだのが決定的かな。

 知り合いのカンスト組の中でも「蛇」――レア種族たる龍人に該当して、なおかつ「青い鱗」なんて言ったら彼しか居ない。

 だけど、あれほど優しくて面倒見が良かった彼が、伝え聞く血も涙もない『蒼神』とはどうしても思えなくて、別の可能性を探っていたんだけど、やはり最悪の予想が当たってしまったみたいだ。


「なにがあったかは知りません。気が付いた時には、完全に頭のネジが吹き飛んでましたから」

「……ふむ。やっぱり直接逢って確かめるしかないか」


 ボクは遥か後方、大陸中央部にあるイーオン聖王国の聖都ファクシミレの方を向いて、決意を新たに呟いた。

影郎さんがなにげに居座ってますけど、あれぁ、予定になかった展開が……w


12/11 誤字修正しました

×別な可能性→○別の可能性

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