幕間 勇者不現
第五章エピローグ前の幕間です。
大陸北部域にある小国シレント。
その首都リビティウム……に続く、踏み均されただけの土の道を、冒険者らしい4人の男女が歩いていた。
一行の先頭を歩くのは16~17歳と見える、革鎧の下にワンピースを着て、細剣を腰に下げ、乳白色の髪をした少し気の強そうな美少女。
その後ろに続くのは、背丈よりも長い三日月型の飾りの付いた長杖を突いた、小柄な黒髪の神官らしい法衣を纏った12~13歳ほどの輝くばかりの美少女。
若干遅れ気味で、重い足を引き摺っているのは、上半身に金属鎧を装備して、腰に長剣を下げた15~16歳ほどの特に特徴のない少年。
最後に、明らかに疲労困憊した様子で、荒い息を吐きながらどうにか付いて来ているのは、魔法使い風の帽子にローブを纏い、木製の杖を突いた少年と同年輩を思える栗髪をツインテールにした少女であった。
周囲に視線を巡らせて見れば、山々に囲まれた盆地に、申し訳程度に牧草が植えられ、もそもそと偽黒羊が草を食んでいる――フリをして実は肉食魔物なので、この4人組を血に飢えた目で虎視眈々と狙っていたりする――が、先頭を歩く乳白色の髪をした少女に、見透かされた目でじろりと射すくめられると、慌てて尻尾を向け『あっしはもとから草食動物ですぜ』という顔で、ワザとらしく草を食べるフリを続けていた。
「風光明媚な場所だねぇ」
岩山ばかりで禄に緑もない険しい峰峰と、痩せた土地、羊の皮を被った猛獣の群れを間近に眺めながら、神官らしい少女が呑気な感想を述べる。
モノは言いようだなぁ、と思いながら少年は、先を行く二人に声を掛けた。
「悪い、少しペースを落としてくれねーか。フィオレがバテてきてるみたいだし、そろそろ休憩とった方がいいだろうから」
「だ、大丈夫ですよ、師匠……このくらい平気です」
最後尾を歩いていた魔法使いらしい少女が、手にした布で汗を拭いながら答える。
そう強がりを言ってはいても、限界に近いのは誰の目にも明らかだった。
「――あらら。ごめんね、気が付かなかったよ。じゃあ、そこの木陰でいったん休もう。――あそこまで我慢できる?」
立ち止まった黒髪の少女が、50メートルほど先にあった落葉樹を指す。
「は、はい。すみません……」
「いいのいいの、気にしないで。フィオレは荷物も重くて大変だろうから」
「……? いえ、ヒユキ様に貸していただいた『収納バック』のお陰で、ずいぶんと楽ですけど……」
背中に背負った手提げかばんほどのリュックを、軽く揺すって大丈夫をアピールする魔法使いの少女。
その拍子にチュニックを下から押し上げる豊かな膨らみが、大きくたわみ上下する。
「――あー、うん。まあ……取りあえず、『収納バック』に入らない荷物のことなんだけどさ。あと、それは貸したんじゃなくて、二人にあげたつもりなので自由に持っててかまわないよ。『砂塵の迷宮』のお礼代わりだとでも思ってくれれば」
あっさり言われた言葉に、同じ色違いのバッグを背負っていた少年ともども、大慌てで辞退しようとする二人だったが、「まあいいじゃない、冒険者をやるんなら今後も必須だろうし」頑として受け入れない少女の態度に、しぶしぶ――嬉しさ半分――受け入れるのだった。
一方、一人先に立って安全を確保していた乳白色の髪の少女は、襲ってきた偽黒羊のボスらしい、背中から触手の生えた取り分け大きな個体を、手刀の一撃で屠り去り、一口食べて「不味い」と感想を漏らして、死体を通り道から蹴り飛ばしていた。
◆◇◆◇
さて、出現ポイントが若干僻地だったものの――首都から(ボクなら)5分の30kmほど離れた山中――途中、これと言って障害もなく(先頭を歩く真珠がオヤツ代わりに、時々何か食べてたけど)、休みを挟みながら辿り着いたここが、シレントの首都リビティウムだった。
首都と言ってもおおよそ500×500メートルくらいのサイズの都市で、人口も3000人程度。ランドマークになるものもない、寂れた田舎街という風情だった。ちなみに国内には他に1000人規模の小都市が2~3個点在するだけというので、たぶん総人口でも1万人行くかどうかくらいだろう。
半鎖国状態を取るイーオン聖王国に隣接するため交易もほとんどなく、半農半牧畜で成り立っている正直、現在の貿易目的の転移魔法の出現ポイントとしては、あまり意味はない……良く言えば長閑。身も蓋もない言い方をすれば僻地なんだけど、ボクとしてはこの地をぜひとも押さえておきたい理由があった。
なにしろ隣が謎多いイーオン聖王国。大陸最古とも言われる宗教国家なので、『喪失世紀』についての記録も相当数具体的な形で保存されているのではないか、というのがグラウィオール帝国の実質的指導者オリアーナ皇女(通称『鈴蘭の皇女』)の見解だったりする。
なのでこの世界と『E・H・O』との関連を調べるためには、なんとかしてイーオンの資料に当たらないといけないんだけど、なにしろ相手は人間至上主義の宗教国家。
まともな方法ではコンタクトを取ることもできないということで、多少なりとも草の根レベルで行き来のある、隣国のここと誼を結ぼうと考えたわけなんだよね。
で、そこへ振って湧いたのが今回の『勇者選定の儀式』。
なんでもこの国の宗教は表向きイーオン聖教になってはいるけれど、それとは別に土着の『勇者信仰』があるらしい。
「まったく別な宗派の行事を当たり前のように行っているそうです。おかしな話ですよ」
と言うのは、この話を持ってきたコラード国王の感想。
「そんなもんなの?」
「普通はないですねぇ。アミティアもかなり形骸化しているとはいえ、いちおうイーオン聖教の系譜ですし。……まあ、最近は姫陛下を神格化する向きもありますけど」
「うえーっ、そんなもんあるの? 不健康だねぇ。そーいうのは私が死んだ後にでもやってよ」
「……陛下が死ぬとかちょっと想像もつきませんけど。まあ、そんなわけで勇者を召喚した『巫女』という役職が代々継承されているそうで、現在でも政治的文化的発言力を持っているそうなんです」
どうにも理解しがたいという顔で説明をするコラード国王だけど、こちらは正月に神社にお参りして、バレンタインデーにチョコ渡して、クリスマスにケーキ食べて、大晦日にお寺に行く、宗教に関しては節操なしの元日本人。複数の宗教がチャンポンになってても、そーいうもんかと納得できるんだけどねぇ。
「――で、その巫女様が、御告げで初代勇者が使った『伝説の剣』、その後継者にとジョーイを指名した、と」
その部分がどーにも納得できないんだけど。
「正確にはジョーイ君が『初代勇者の生まれ変わり』と御告げがあったそうです」
「ほー……」としか言えないわ。
「……それが本当だとしたら、どんな勇者だったんでしょうねー」
「……そうだねー」
思わず二人揃って遠い目をしてしまった。
◆◇◆◇
アミティアならせいぜいが町……ぎりぎり都市という規模の表通り(と言っても砂利で舗装されているだけの粗雑なモノ)を歩く、明らかに他国人とわかる4人組を、通りを行く人々が胡散臭げに眺めるが、いずれも年端も行かない少年少女ということで、釈然としないながらも大目に見るか、という雰囲気で見過ごされていた。
「もう夕方だし、今日のところは宿をとって、明日、神殿だかに行ってみようと思うんだ」
ジョーイの提案に、フィオレは諸手を上げて賛成をして、緋雪も頷いた。
「そうだね。私もたまには一般の宿とか泊まってみたいし、うん、そんなホテルとか、いちいち城に戻るとか面倒だしね! 宿に泊まろう」
なぜか誰かに言い聞かせるように強く推す。
「私は姫様の護衛役ですので、姫様に従います」
真珠は当然と言う顔で頷く。
「んじゃ、宿屋を探そう。えーと……」
表通りを歩きながらキョロキョロ探すジョーイの目に、石造りの堅固で立派な建物がどっしり建っているのが映った。
庇の下から屋号にちなんだ宿屋独特の看板――この店は羊をモチーフにしたもの――が掛かっているのを確認して、ジョーイは扉を開けた。
入ってすぐのところが、暖炉と粗末なテーブルと椅子が置いてあるだけの酒場になる。
「こんちわーっ! 泊まりたいんだけど、誰かいないかーっ!」
閑散と人気のないカウンターに向かって、ジョーイがしばらく宿の人間を呼び続けていると、やっとカウンターの奥から因業そうな親爺が顔を覗かせた。
「4人なんだけど、泊まれるかな?」
この段階ですでにげんなりしている緋雪とフィオレのお嬢様コンビとは対照的に、ジョーイの方は別段気を悪くした風もなく、親爺相手に交渉を始めた。
「―――」
4人をじろじろ値踏みしていた親爺だが、いかにも育ちの良さそうな(金のありそうな)緋雪とフィオレを見て、ぶっきらぼうに頷いた。
「大き目の部屋がひとつ空いている。一人一泊銀貨5枚、4人なら20枚、晩飯付なら30枚だな」
ちなみに銀貨1枚がだいたい1,500円くらいなので、銀貨30枚で4万5千円ということだ。
「4人一部屋で銀貨30枚!? もうちょっとなんとかならないか? せめて男女別の部屋にするとか」
「気に入らなきゃ他の宿を探しな」
取り付く島もない物言いに、どうする?という顔で振り向くジョーイ。
「あ、あたしは師匠と一緒の部屋でも大丈夫ですよ。だいたい外で仕事をする時は交替で火の番をして、寝たりするから変わらないですし、し、師匠のことは信じてますから」
「私も気にしないよ。二人きりで同じ部屋で寝起きしても、手出ししないヘタレ……もとい、自制心の実績があるからねぇ」
「ま、何かしてきたら捥ぎるだけですが」
捥ぎるってなにを……? と戦々恐々としつつ、ジョーイは諦めて言い値で料金を支払った。
◆◇◆◇
下男に案内されて2階の4人部屋――と言ってもベットは2つしかない、どう見ても2人部屋で、後から下男が床の上に薄いマットレスを2枚敷いた――に案内された4人は、相談の上、荷物はこの場に置かないことにして、常時『収納バック』を持ち運ぶことにした。
「それにしても、あれだけ高いお金を払って、こんな木賃宿みたいな部屋ですか。アーラなら高級宿屋に1人1部屋お風呂付で泊まれる値段ですよ」
「へえ、そんなものなの?」
なにげに普通の宿屋(というか旅籠)に泊まるのが初めてな緋雪が、珍しくぷりぷり憤慨しているフィオレに尋ねた。
「ボッタクリも良いところですね。外国人だと思って足元見てるんでしょう」
一方、自分の分の寝床――薄いマットレス――を女性陣からなるべく離れた壁際に移動させながら、ジョーイは慣れた調子で肩をすくめた。
「まあ、田舎の方にいくとこういうことはよくあるからなぁ。大方、良い部屋は後からくる貴族とかの上客に割り当てるんだろう」
「ふうん。なら金貨や宝石であの親爺の横っ面を張り倒しておけば良かったのかな?」
「……それはそれで他の客との諍いの元になるので、あんまりやらない方がいい。それに俺達がそれをやると悪い前例になって、ボッタクリの良い口実になるしな」
頭を振って緋雪の意見に反対するジョーイ。
ふと、言った後で、周りが妙に静かになっているのに気が付いて、頭を上げた。
感心したような瞳が6個、ジョーイを見ていた。
「師匠、さすがです! そこまで考えてるなんて……勉強になります!」
「脳味噌の代わりにジャムでも詰まってるかと思いましたけど、意外と考えてるんですね。評価をマイナス600から500に変えておきましょう」
「あのジョーイが……初対面の時は、世間知らずで、アーパー扱いされたジョーイが、なんかまともになってる。“男子三日会わざれば割礼して見よ”って言うけど、本当なんだねぇ」
べた褒めだが、なぜか本人は不満顔である。
「お前ら俺のことなんか馬鹿にしてないか……あと、ヒユキ、それ『刮目』な刮目!」
◆◇◆◇
宿に到着したのが4時過ぎ頃、特に観光地もなく、日も暮れてきたということで、部屋の中で今後の予定を話し合うこと5時間余り。夜の9時過ぎに、やっと夕食となった。
混み合った1階の酒場の隅にあったテーブルの椅子に、腰を下ろした緋雪が頬杖をついてため息を漏らした。
「なんだって、こんなに時間が掛かるんだろうねぇ」
緋雪にとっては普通の食事は嗜好品扱いで、主食は別なのだが、それでも人間時代の慣習から三度の食事はとっているため、異国の食事と言うことで楽しみにしていたのだが、ここまで時間が遅くなると流石に愚痴も言いたくなる。
「多分だけど、一度の支度で全員の分を用意するために、客が全員揃うのを見計らってるんじゃないかな」
ジョーイに言われてみれば、狭い酒場の中には、兵隊や騎兵、商人、御者……このあたりは客とわかるのだが、他にも明らかに農民や職人、商売女など近隣の住人も混じっていた。
「なるほどねぇ。少ない労力で賄おうってわけだね」
感心したようにも、呆れたようにも取れる表情で相槌を打つ緋雪。
ちなみに基本テーブルは8人掛けなのだが、明らかに浮いた4人と同席する勇者は居ず、じろじろと珍獣を見るような目で眺めているだけだった。
フィオレは落ち着かない様子でいたが、ジョーイは慣れているので軽く受け流し、緋雪も他人から見られるのが仕事みたいなものなのでスルー、真珠はそもそも周りの人間をエサくらいにしか思ってないので無関心といったところだった。
やがて運ばれてきた食事――固いパンに、水っぽくて酸っぱい葡萄酒、得体の知れない肉のスープに、粥、最後に炙った肉という、いかにもな食事を、慣れ(ジョーイ)、無関心(真珠)、諦観 (フィオレ)、開き直り(緋雪)と四者四様で、無言で頬張るのだった。
2時間以上掛けて(食事が単品で出てくるので時間が掛かる)、罰ゲームのような食事が終わり、三々五々と部屋に戻った緋雪たちは、ベッドに腰を下ろし(ちなみに2つあるベッドは緋雪とフィオレが使用して、ジョーイと真珠は床に眠ることにした)、口直しに持参のお菓子とジュースを口に運びながら、ほっとため息をついた。
「……それにしても思っていたより、排他的だねぇ。ちゃんと正式な国からの招待状もあるのに」
「まあ、コレが勇者の生まれ変わりとか言われても、誰も信じないと思いますけど」
ふくれっ面でマシュマロを食べるジョーイを横目に、辛辣な感想を口に出す真珠。
「まあ、市井の意識はわかったけど、肝心の上の方はどうなのかな」
「下がこうでは、上も推して知るべきかと」
「そうだねぇ」
これはイロイロ駄目かも知れないと、半ば見限る緋雪であった。
「……まあ、別にイーオン聖王国の情報がなくても、現状困ることもないと思うし、今後も係わり合いにならなければいいんだけどさ」
失敗覚悟で、そう結論付ける緋雪。
◆◇◆◇
『邪神』としか表現のしようのない偽黒羊を、さらに奇怪にしたような姿の人の背丈の3倍ほどもある石像に、一振りの長剣が刺さっていた。
いまにも動き出しそうな石像の胸元に刺さった剣は、長い年月に晒され、ボロボロに風化してはいても、不思議と静謐な存在感と鋼の輝きを失ってはいなかった。
その剣の前に立つ15~16歳と思える乙女がひとり。
その白い腕で剣の柄を握って、誰かと話をするかのように囁いた。
「ええ、やっと来るのね、あなたが待ち望んだ勇者が。それが来た時こそ、あなたが再び自由を得る時……もうすぐよ、待っていて」
ちなみに宿屋の庇に屋号を吊るすのはドイツですけど、特にモデルにしたわけではございません。
当初のプロットでは、間違って『偽黒羊』の肉を食べて、ジョーイ以外全員が嘘つきになるという予定でしたが(食べるとウソしか言えなくなります。某ゲームが元ネタです)、緋雪と真珠に毒物が効くわけないので止めました。
10/28 加筆・修正を行いました。
12/20 修正を行いました。
×乳白色をした髪をした少し気の強そうな美少女→○乳白色の髪をした少し気の強そうな美少女