第二十四話 魔人封印
廃巨人の拳が轟音と共に振り下ろされ、弾力と硬度を併せ持つ、所有者のボクも知らない謎物質でできた廊下に穴を開ける。
拳の先は十字剣で強化しているけど、所詮は元が脆弱な人体の集合体。当然、こんな勢いで殴りつければ、負荷に耐え切れずに一撃で剣は折れ、廃巨人の拳も水風船のように破裂する。
「にょええええ! 血が!! 変な汁が!? 目玉が、脳味噌が、臓物がーっ!!」
「ぎゃああっ。汁が付いた! 臭ぇ~っ! 緋雪さん浄化して浄化!」
廊下一杯に飛び散る腐肉と汚物、血液体液謎液の飛沫に、タメゴローさんともども悲鳴を上げながら、あたふた回避する。はっきり言って直接的な攻撃よりも、こっちの被害を躱すほうが余程厄介だった。
「こんにゃろ! ……ヒトん家だと思って好き勝手やってくれるねぇ!」
命都と二人でドレスに付いた汚れを浄化したボクは、怒りを込めて全力疾走。撃ち下ろしのパンチを軽く躱し、そのままギアを上げて壁を駆け上がって、天井まで昇ったところで跳躍した。
「はあああ――――っ!!」
完全にこちらを見失った廃巨人の頭のど真ん中に、『薔薇の罪人』を叩き付ける。
剣聖技『七天降刃』。分裂した七連突きを、意図して一箇所に集中させ傷を押し広げる。
すれ違い様、その傷口へ聖女系上級スキル『ホーリー・ディスクラプション』――浄化の光で対象に物理・光ダメージを与える。残存MP/最大MPに比例して威力が変動。またダメージ量は、対象との距離に比例して減少するけど、ほぼ密着したこの距離なら100パーセント徹る――を当てる。
光の多重魔法陣が発生し、それが渦を巻いて廃巨人の傷口へと流れ込み、一気に爆発した。
巨体が衝撃でノックバックし、廃巨人は片膝をつく。頭部は完全に粉砕され、ごっそりと抉られ部分は、光系の浄化攻撃のお陰ですぐには再生する様子はない。
床に降り立つと同時に、その場で通常スキルの4連撃を放ち、さらに超高速で移動しながら『奥義』発動後のクールタイムを計りつつ、廃巨人の背後から唐竹割りに一撃を加え、こちらに意識を向けさせた一瞬の隙をついて、足の間を抜けて急制動を掛けた勢いそのままに再跳躍し、さらに追撃の刃を放った。
慌てて両手を身体の前で交差させて、防御の形をとる廃巨人。
それに対する下段からの斬り上げ。薔薇の罪人が赤いライトエフェクトを伴って、超高速で撃ち出される。
剣聖技『昇龍月天衝』――単発の純粋物理攻撃では、ボクの手持ちスキルでも最強クラスの技が、その左腕を半ばまで断ち切ると、空中にいるボク目掛けて廃巨人の全身から、聖光弾が連射された。
「こんなもの!」
当たらなければどーということもない。背中の翼――漆黒の羽、薔薇色の幸運を一振り(飛べはしないけど姿勢制御くらいはできる)、手近にあった物体――廃巨人に着地すると同時に、これを足場にして走り回りながら、聖光弾を躱し、なおかつ聖女系単体攻撃ホーリー・フレアで対抗、さらに上下左右のコンビネーションで縦横無尽に表面を斬り刻んで、足元を良い感じに均したところで、呼吸を整えいったん距離を取って、一気にトップギアに加速して、全てのMPを消費して敵に大ダメージを与える剣聖技『絶唱鳴翼刃』を放った。
「はああああ――――っ!!」
いい加減ダメージが蓄積されていた廃巨人の左腕が切断され、千切れ飛ぶ――「大寒摩訶鉢特摩!」それを追って、空穂の氷系最上位スキルが炸裂。一瞬で芯まで凍りついた腕を、らぽっくさんの7剣が回転しながら粉々に粉砕した――さらに、鍔のところまで鳩尾に突き刺さった薔薇の罪人から、震動波が放出される。
「ぐああああああああっ!?」
廃巨人のどこかに潜んでいる、しまさんにも攻撃が徹ったのだろう、ビクビクと全身を震わせた廃巨人が、コントロールを失った感じで、ふらふらと後方へ倒れた。
首尾よく行けば、震動でしまさんが炙り出されるかと思ったんだけど、さすがにそうは行かなかったらしい。引っくり返った亀みたいにもたつく廃巨人から、ボクはいったん離れて皆のいる後方まで戻り、収納スペースから最上級MPポーションを取り出して飲んだ。
現在の馬鹿みたいに高いMPに比べれば微々たる回復量だけど、スキルは使えるようになったので、その場でHP・MP自動回復スキルを唱えて万全の状態に戻す。
そんなボクと廃巨人とを見比べながら、らぽっくさんがヤレヤレという感じで首を振りつつ、入れ替わりに攻撃役を交代して走り出した。
「さすがは緋雪さん、機動力と俊敏性、それに合わせて回復能力ってのは完全なバランスブレイカーだよなあ~」
あれぇ?! なんかチートのヒトにチート扱いされてるような……気のせいだよね?
と、ぶるぶる震えていた廃巨人の表面から、融合していた元聖堂騎士(現吸血鬼)達が剥がれ落ち、剣と盾とを構えた。その数、約100騎余り。
同時に、剥がれ落ちた廃巨人の肌の上に、びっしりと鱗のように聖堂騎士達が装備しているのと同じ盾が並んだ。
「ほう。防御を固めて、面での制圧に切り替えたのか」
呟いたらぽっくさんが9剣を構えたけれど、その背中にタメゴローさんの気迫の籠もった叫びが追いすがる。
「雑魚は任せて、らぽー!」
その声を合図に、後ろも見ないで軸線上から、横にステップを踏んだらぽっくさんのギリギリ脇を、緋色の炎の球が飛んで行った。
「フレア・バスター!」
慌てて盾で防御する元聖堂騎士達。その集団の中心部に命中したところで、炎の球が一気に膨張して、すっぽりと全員を覆うドームとなり、渦巻く炎が一瞬にして元聖堂騎士達を消炭に変えた。
さすがはすべてのステータスを火炎系魔術の威力向上に費やしている【一気火勢】。高レベルの吸血鬼眷属を一撃で斃すなんて、まず他のプレーヤーにはできないだろう(ちなみに運営からこの二つ名を貰うまでは『放火魔女』『火力馬鹿』などさんざん言われていた)。
あっさりと味方の騎士を消し飛ばされた廃巨人が、あたふたとした様子で盾でガードされた左右の拳を振るってくるが、らぽっくさんはこれを躱し、剣でいなしてあっさりと敵の内懐――足元へと潜り込んだ。
「つくづくお前の考えは半端だな。守りを固めたのはいいが、そのせいで魔眼も聖光弾も使えなくなったわけだ」
吐き捨てるようなその言葉に、「うるさい! いい気になるな!」しまさんの怒号が返って来ると同時に、左足の辺りに暗黒色の魔法陣が生まれ、闇色の光がらぽっくさんを狙う。
「光盾」
「ホーリー・サイレント」
ボクの補助魔法が、らぽっくさんの全身を覆い、同時に放たれた命都の対抗魔術が、しまさんが放った『ダーク・ヘキサグラム』を打ち消す。
対抗魔術はレベル差に応じて成功率が変動するので、100パーセント成功するものではないが、どうやら今回は成功したらしい。
「そして考えなしだ。そこにいると教えてくれているようなものだろう?」
らぽっくさんの目が、廃巨人の左脛の辺りを捉える。
「――くっ」
おそらく慌てて内部の位置を変えようとしているのだろう、左足を上げた廃巨人の足の付け根辺りに、7剣が円を描くように突き刺さり、逃げ場を押さえた。
同時にボクも走り出した。重装備のらぽっくさんでは、あの位置まで手を伸ばすのは不可能。ならば、ここはボクがやるのが適任。
「はあああ――っ!!」
剣聖技『天覇凰臨剣』――剣を構えたまま横回転を繰り返し、竜巻状の風の刃とともに廃巨人の左足付け根を斬り裂く。
一撃で斬り落とすまではいかなかったけれど、即座に7剣がその場に殺到して、一気に左足を斬り離した。
切り離された左足が小型の廃龍と化して、その場から逃走しようとする。
「往生際が悪いぞっ」
追いすがるらぽっくさんの握る右手の大剣『絶』が白光を放つ。
『奥義・ジャガーノート』――自身のHP・MPの半分を犠牲にする代わりに、相手の防御・HPに関わらず3分の1の確率で致命傷を与える技。
だけど、らぽっくさんの場合はこれだけじゃない。スキルが放たれるコンマ0.5秒以内に、次の剣に持ち替える。さらに次の剣へ……常人なら1回成功させるだけでも至難の業ともいえるタイミングで、次々と剣を入れ替え、ついには9剣すべてが白光を放って空中へ飛び……そして、その両手に握られていた。
システムの抜け穴を使った、らぽっくさんだけのオリジナルスキル。数々の大規模戦闘モンスターを屠ってきた、その名も――
「メテオ・バニッシャー!」
白々とした光の尾を伴って、9本の刃が廃龍の全身に突き刺さる。
防御無効で致命傷の確率を数を増やすことで底上げして、なおかつ連続して攻撃を加える。まあ確率自体は変動しないけど、もともと超レアドロップアイテム装備『絶』(Lv120のBOSSが、0.05パーセントの確率でしかドロップしない)を、これまた天文学的確率で1発で8回強化に成功させた鬼運の持ち主、9発撃てば確実に1、2発の致命傷を放つ(ちなみにヨグ=ソトースを斃した時は、9発のうち7発が致命傷だった)。
確実に致命傷を何発か受けた廃龍の動きが、ぴたりと止まる。
そして全身を震わせ声にならない悲鳴を放った後、巨体を四方へと爆散させた。
「シマムラは?!」
マントで爆風から身を守りながら、後方へ下がったらぽっくさんの叫びに、慌てて周囲を見回すけど、それらしい姿はない。
まさかいまので一緒に吹っ飛ばしたわけじゃないよね?!
困惑した顔を見合わせるボクたちの頭上、廊下に下がっている巨大シャンデリアの辺りから、ガラスが割れるような音がした。
はっと見上げてみれば、シャンデリアの上に身を隠していた、しまさんが軽く呻きながら落下してきた。その足の甲には、なぜか短いナイフが刺さっている。
どうやら爆発の瞬間に、瞬間移動か影分身であそこへ避難したみたいだけど……誰が気付いて攻撃を当てたの??
「――いまだ! 緋雪さん、急いで封印を!」
疑問は疑問として、切羽詰ったらぽっくさんの指示に従って、半ば反射的にボクは収納スペースにしまい込んでいた『封印の十字架』を取り出しながら、しまさんへ向かって走った。
ある程度(具体的には最低でも3メートル)距離が近くないと、これは効果を発揮しない。
勿論、らぽっくさんが即座に9剣を飛ばせばこの場でしまさんを斃すことはできるだろう。だけどそれじゃあセーブ&ロードでなにも変わらない。
足に刺さったナイフを抜いて、瞬間移動で逃れようとするしまさん――けど、今回は一歩こちらが早かった。
「――封縛!」
先日の阿呆大教皇の仕草を思い出し、『封印の十字架』にボクのいまある全魔力を注ぎ込んだ。
「くっ――」
全身の魔力が強制的にごっそりと抜かれる。
刹那、しまさんの全身が光に包まれ、その中で苦笑いしている気配がした。
「……しょうがないにゃあ」
それと同時に、視界の端で廊下の柱の影に引っ込む人の姿が見えた気がした。
――影郎さん?
数秒後――。
「……ふう」
本日2回目となるMPすっからかんの状態で、がっくりと膝を折ったボクの目の前に、完全に意識を手放したしまさんが人形のように転がっていた。
「大丈夫ですか姫様?」
駆け寄ってきた命都に手を貸してもらいながら、またもやMPポーションをがぶ飲みしつつ立ち上がる。
「うん。なんとか済んだかな。あとは、しまさんを厳重に保管して……それと」
なんか全部終わった気でいたけど、妙に周囲が騒がしいので、見れば完全にコントロールを失った廃巨人の成れの果てと、らぽっくさんたちがまだ戦っているところだった。
「もう一仕事あるんで、雑事はそれが終わったら考えよう」
薔薇の罪人を肩に乗せて、ボクも最後の仕事を終わらせるべく参戦した。
ちょっと最後が駆け足になりましたr( ̄_ ̄;)
10/27 修正しました。
クリティカルの確率計算についてご指摘がありましたので、表現を変更しました。
同日、さらに詳細なご指摘がありましたので、再訂正させていただきました。すみません(><)
12/20 誤字の修正を行いました。
×しまさんの全身が光りに包まれ→○しまさんの全身が光に包まれ