第二十二話 呉越同舟
「なんとまあ……懐かしい顔の揃い踏みですね」
芽が出て茎が伸びて蕾が出来て……という植物の微速度撮影のような感じで、消失した腕を生え変わらせながら、しまさんが突然現れた一組の男女――らぽっくさんとタメゴローさんを順番に見た。
それから、突然の闖入者に唖然としているボクらの表情を見て、得心した風に頷いた。
「このタイミング、意表を突かれた緋雪ちゃんたちの顔……どうやら、お二人は緋雪ちゃんと違って、私の同類らしいですね~。つまりアイツに作られた同類、同輩、後継作ということで、ある意味兄弟ですかね~。なんなら一気火勢ちゃんの方は「お兄様」と呼んでくれてもよろしくってよ。で、独壇戦功は――さっさと死ね!」
言うなり再生したばかりの右手の表面に棘のようなものが、びっしりと生えたかと思うと、らぽっくさんに向け、散弾のように射出された。
「剣?!」
良く見ればそれは十字架型をした剣――聖堂騎士が装備していた同一規格の長剣――だった。どうやら丸ごと取り込んだ聖堂騎士の武器を、一斉に投擲したらしい。
剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣……膨大な数の剣が雪崩打って、視界を埋め尽くす。
剣というよりも、もはや巨大な質量――鋼の塊とも言うべきものが、慌てて壁際に避難したタメゴローさんを無視して、一人廊下の中央に立つらぽっくさんを押し包む。
「――ふっ!」
腰の大剣――サーバ内最強剣『絶』――を抜いたらぽっくさん。それで迎え撃つつもりなのか知れないけれど、例え9剣を使用したとしても、数の差は圧倒的で対応できるものではない。
見る間にその全身に、剣の山が轟音と共に降り注ぎ、次々とらぽっくさんの全身を覆い隠し、なお積み重なり駄目押しに押し潰さんとばかりに降り注がれる。
「はははははっ! 見たか! そっちが九刀流なら、こっちはさしずめ万刀流だな! 『E・H・O』では、さんざん手を焼いたけど、こうなれば私の勝ちだ。なーにが№1だ。躱す暇もなく一撃じゃないか!」
剣の成れの果て――鋼の残骸を前に高笑いを浮かべるしまさん。躁状態なのはさっきまでと変わらないみたいだけど、これまでの余裕あっての笑いではなく、懸案が払拭された反動で、一時的にタガが外れたように見える。
思うにそれほど脅威に感じていたのだろう、らぽっくさんを。
ボクはPV戦に参加しなかったんであまり実感がないんだけど、ゲーム時代ははっきりいってPV戦においては、らぽっくさんの一人勝ちというか、絶対王者みたいな感じだったらしい。
要するに誰が彼に勝つかではなくて、どこまで粘れるか、それか良い勝負ができるか……って意味で。
そんな中でも、TOP3と呼ばれたのがしまさんと兄丸さんだった(№2というのは自称で、兄丸さんとどちらが上ともいえない。ランキングはちょくちょく変わってたので)から、おそらく(このシマムラさんにも)相当な苦手意識が刻まれていたのだろう。
で、その強敵を屠ったということで、現在は狂騒状態になっている……ってところなんだろうけど――。
「相変わらず派手なだけで、無駄の多い攻撃だな」
剣で出来たオブジェクトの中から、ため息混じりの感想が漏れたのと同時に、大剣の一薙ぎで剣の山が崩れ、傷ひとつないらぽっくさんが現れた。
しまさんが目を剥いて、声にならない悲鳴を漏らす。
「この数の剣は俺一人を狙うには明らかに多すぎる。直接俺の身体に触れそうだったのは、せいぜい200~300本だったぞ。他は全部無駄弾だ。無駄に数を多くしたせいで、個々のコントロールがまったくなっていない。躱すまでもない、ムラの多いだけの半端な攻撃だ」
言いつつ歩みを進めるらぽっくさんの左手には、大太刀『月』も握られていた。
「コントロールの甘い投擲武器などどうということはない。散漫な軌道の剣など簡単に迎撃できる。まだしも数を抑えての精密射撃やトリッキーな動き、或いは投擲と見せかけて魔術や直接暴力を織り交ぜても良い。だが、これは駄目だ。数が多すぎてお前自身攻撃を把握しきれて居ないんだろう? おまけに自分の視界まで遮るものだから、次のリアクションが取れない。無駄に数を増やしたのが仇になったな」
しまさんに向かって近づきながら、ちょっとした料理のコツでも解説するような口調で、種明かしをするらぽっくさんだけど、口で言うほど簡単な作業じゃないのは、曲がりなりにも剣聖であるボクと魔剣士であるしまさんには良くわかっている。
一斉に四方八方から高速で飛来する剣を瞬時に見定め、微動だにせず対応するなんて、少なくともボクにはできないし(ボクならとっとと距離を置いて躱す)、『E・H・O』の他のTOPランカーでも多分無理だろう。人間の認識力や空間把握力の限界を越えている。さすがは生きたチート。らぽっくさん、お前が№1だ。
と――。らぽっくさんの背後の空中に、『花』『鳥』『風』『夢』『幻』『泡』『影』と各々銘のある、形状も長さもバラバラな……だけどいずれ劣らぬ高レベルの刀剣が現れ、剣先をしまさんに向けた。
気押された様子で、無意識に一歩下がったしまさん(の廃巨人)。
いつの間にかその隣に駆け寄っていたタメゴローさんともども、ボクらの前まで歩いてきて止まった。
しまさんに向かっていた視線がこちらに流れる。
――来るか。
臨戦態勢になるボクらを目にして、苦笑いを浮かべるらぽっくさん。一方、タメゴローさんは、
「おおおおおっ! これはまた、予想以上の美少女!! こりゃまた反則だわっ」
無茶苦茶顔を綻ばせて、無防備に抱きついてきた。
らぽっくさんはともかく、タメゴローさんに関しては判断に迷ったのだろう。命都たちも困惑した顔で、顔を見合わせながら手を出しかねている……という風情で、いちおう武器を構えた。
けど、タメゴローさんは一切お構いなく、がっちりボクの肩を抱いて頬ずりを繰り返す。
「うおおおおっ、柔らけーっ! なんだこの肌触りは! すべすべしっとりで、けしからん! おまけにこの匂いが堪らん!」
くんかくんかと鼻息荒く人の匂いを嗅ぎ回る、少女の姿をしたおっさんがここにいた。
その上、気が付いたら両方の胸の膨らみにタメゴローさんの両手が覆い被さっていた。慣れた手つきで、やんわりとモミモミ。
「ちょ…ちょっと……! なにやって……!? んっ……!」
壊れ物を扱うようでいて、なおかつ楽器でも鳴らすように、繊細かつリズミカルな指のタッチに、腰が抜けそうになる。
「ふひーっ、ふひーっ、ここがええんか。ここかい。こちとらずっと少女やってるんだ、任せときなってば」
天涯、命都、空穂、刻耀――絶句。
はあっ……と、盛大なため息を漏らしたらぽっくさんが、持っていた大太刀『月』の峰で、ゴキン!と思いっきり暴走するタメゴローさんの頭を叩いた。
「うおっ! 頭が割れた――っ!!」
頭を抱えて床の上でじたばたするタメゴローさん。
「……なんなのいったい? 二人揃ってドツキ漫才やりにきたわけ?!」
着衣の乱れを直しながら、『薔薇の罪人』の切っ先をらぽっくさんに向けて問い質すと、なぜか『絶』と『月』を床に刺して、降参って感じに両手を上げた。
「今日は緋雪さんと戦いにきたわけじゃない。どっちかというと助っ人に来たつもりなんだけど――」
ボクの不信感丸出しの顔を見て苦笑いする。
「まあ、信じられないだろうな」
「いや、でも本当なんだって! アイツを野放しにできないから、蛇男の命令とかなしでも、できれば協力して封印して欲しいのよ、緋雪さん」
復帰したタメゴローさんも言葉を重ねる。
う~~ん。影郎さんと違って、この二人は裏表がなく、面倒見も良かったから副ギルド長をお願いしてたんだけど、ゲーム時代と違っていまは“黒幕”の手下になってるみたいだし――さっきのしまさんの言葉を訂正しなかったってことは、そういうことなんだろう――額面通り受け止められるかというと、微妙なところだねぇ。
本人たちに他意はなくても、良い様に使われている可能性は高そうだし。
躊躇するボクを横目に、再び二刀を握ったらぽっくさんが、しまさんに向かって歩みを進める。
「まあ、実際に行動で示したほうが早いか。ここは俺が抑えておくので、緋雪さんは急いでコントロール・ルームへ向かってくれ。空中庭園の進路を変えるんだ」
「進路……?」
言われた意味がわからず首を捻る。
「気が付いていないようだけど、空中庭園は現在、相当に大陸内陸部に接近している。おそらく、当初の廃龍の進路に応じて上空に待機させていたんだろう」
うん。確かに十三魔将軍【沈黙の天使】武蔵を降下させるために、廃龍にリンクさせるようにしていた。てっきり、目標がいなくなったので、あの場から動かないで静止しているのかと思ってたんだけど、予想進路に従っていまだ飛行ルートを飛んでいたらしい。
「シマムラの狙いは緋雪さんが“黒幕”って呼んでいるアイツだ。おそらくは当初、陸路で廃龍を成長させながら、イーオンの首都ファクシミレへ進撃するつもりだったんだろうけど、もっと手っ取り早くて巨大な乗物――空中庭園を目にして、こちらに乗り換えたんだろう」
何気なく喋ってるけど、これ“黒幕”がファクシミレにいるって、暴露しているんじゃないの?!
「とは言え、他人のギルド・ホームを乗っ取ることはできない。けれど、コントロール・ルームを破壊すれば、自動修復されるまでの間は完全に無防備になる。その瞬間に空中庭園の真上で、でかいロケット花火を爆発させれば、コントロール不能の空中庭園は真っ逆さまに降下して、ファクシミレを丸ごと粉砕ってわけだ」
「――姫様。上空の榊からの連絡で、廃龍が突如とぐろを巻いて、動きを止めたそうでございます」
らぽっくさんの推理を裏付けるかのように、慌てた様子の命都が報告してきた。
「まずい――!」
一刻を争うと瞬時に判断して、ボクは全速力で玉座の間に戻ろうとした――その瞬間、廃巨人内部のしまさんが哄笑をあげた。
「残念っ。ちょっと遅かったようですよ!」
ボコボコボコ!! と廊下の赤い絨毯の下から、血管が浮き出るように何かが盛り上がり、ボクが辿り着くよりも早く玉座の間に到達した。その根元は廃巨人の爪先に届いている。いつの間にかそこから絨毯の下を通って、先端部分を延ばしていたらしい。
「しまった!」
らぽっくさんの舌打ちの声。
同時に絨毯を割って姿を現した、肌色をした人間の胴体ほどもある大蛇のようなモノが20匹ほど、鎌首を持ち上げた。
「くっ!!」
取りあえず手近な大蛇を5~6匹まとめて切り刻んだけど、一歩遅れて残りの大蛇が、一斉に眩い聖光弾を、玉座の間目掛けて発射した。
刹那、玉座の間が轟音と爆発に包まれたのだった。
ガラスというガラスが砕け散り、火柱を吹き上げた。それでも収まらずに、連鎖的に壁そのものが爆散して、辺りへ破片を撒き散らしつつ、部屋全体が自らが吐き出した粉塵に飲み込まれていく。
咄嗟に身を伏せたボクの前に、らぽっくさんの7剣が壁を作り、そして刻耀が飛んできて覆い被さってくれた。
爆発が収まったのを見計らって、顔を上げてみると、濛々たる白煙と粉塵が周囲を覆いつくしていた。
咳き込みながら、大穴の開いた壁から玉座の間を見てみたけれど、完全に破壊され、しばらくは使用できない状態と化していた。
「……おのれぇ!! ようも玉座を穢してくれたなぁ!!!」
憤怒に震える空穂がその場で四足になると、九尾の狐としての本性を現し始めた。
「おやおや、いいんですか、私を相手にする暇があるとも思えませんけど?」
しまさんの嘲笑に、この場にいた全員に緊張が走る。
そう、ここまでは前段階。最後のトドメが――。
廃巨人が器用に、指をぱちんと鳴らした。
「――爆破」
ズドドドドドドドドドド―――――――――ン!!!!!!!!
後から聞いた話では、その瞬間、丸まっていた廃龍は、すべてのエネルギーを爆発に転用して、生物爆弾・武蔵に匹敵或いは凌駕する爆発を起こしたらしい。
空中庭園が引っくり返りそうな衝撃に、立っていたタメゴローさんが転がり、らぽっくさんは倒れこそしなかったものの、絶を杖代わりにして片膝をついた。
「勝った!!」
そして勝利を確信したしまさんが、廃巨人の左肩の辺りから顔を覗かせ、喜色満面で狂ったような笑い声をあげた。
『命都! 空中庭園の現状は?!』
性急な天涯の問い掛けに、爆発の瞬間、空中に逃れていた命都が、沈鬱な表情で答えた。
「かつてない大損害です。廃龍のいた表層から、最下降、及び基底部分まで貫通破壊。現在、空中庭園は進路そのままに、イーオン聖王国首都ファクシミレを通過し、あと30分ほどでイーオン領を抜け大陸北部域に到達する予定です。また、破損箇所の修復までおそらく24時間は掛かるかと思われます」
「「「へ?」」」
期せずして、ボクとらぽっくさんとしまさんの声が唱和した。
「――あの……爆発の衝撃で降下してないの?」
刻耀に手を貸してもらって立ち上がりながら、身体についた埃を払いつつ、命都に確認した。
「多少、高度が下がりましたが現在は安定しております」
「なんで?」
「爆発のエネルギーをすべて逃がしましたので」
「なんじゃ、そりゃ!?」
狼狽するしまさんを、ちらりと冷たい目で睨む命都。
「廃龍が爆発して空中庭園を落下させると、先に目的がわかれば対処のしようは幾らでもあります。できれば無傷でなんとかしたいところでしたが、今回は時間がなかったので少々強引な手を使わせていただきました」
「強引って……?」
「爆発に合わせて十三魔将軍が協力して、空中庭園を貫通する穴を開け、廃龍の爆発力を上下に逃がしました」
あっさり言われたトンデモナイ手段に、プレーヤー一同唖然とする。
「空中庭園そのものが損なわれることを考えれば、この程度の被害は止むを得ないかと」
何か問題が?と重ねて聞かれて、思わず「あー、いいんじゃない」と答えていた。
「緋雪さんの従魔ってイロイロと規格外だねぇ」
パンパンと身体についた埃を払いながら、立ち上がったタメゴローさんにしみじみ言われる。
そーでしょう。こんなのが万単位でいるんだから、どんだけ毎日心痛が絶えないことか……。
「兎にも角にも、これで当初の計画はご破算、ということだな。シマムラ」
らぽっくさんが再び9剣の切っ先を、剥き出しのしまさんの首に向けた。
「じゃあ、あとはしまさんをチャチャっと斃すだけだねぇ」
ボクもその隣に立って剣を向ける。
「久々に3人でPTプレイと行きますか!」
嬉しげにタメゴローさんも、らぽっくさんを挟んで反対側に並んだ。
恨めしげにボクたちを一瞥すると、しまさんの生首が再び廃巨人の中に潜り込んだ。
自分の両脇に立つボクとタメゴローさんをチラリ見て、口元に微笑みを浮かべたらぽっくさんだけど、少しだけ哀しげに呟いた。
「ここに影郎さんが生きていれば、一緒に並んだのにな……」
「………」
後ろめたさから、思わずそっと視線を横に外したのは言うまでもない。
この3人がPT組んで狩りを行う場合、ポジション的にメインはらぽっくさん、緋雪が遊撃兼回復、タメゴローさんが火力となります。
昔からヒーローではなく、ヒロインポジションだったのですね。
10/25 文章を訂正しました。
らぽっくさんの技・台詞等が他作品と類似とのご指摘があり、修正を行いました(´・ω・`)
ちなみにイメージ的には某金ぴかさんVS黒のパーカーサーさんがもし正気だったら、という感じですねぇ。