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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第五章 吸血の魔神
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第二十一話 超越者達

 やや広げた両足で床に立ち、両手を弓形にして胸を張る――いわゆる「リラックス」と呼ばれるボディビルポーズの基本的な姿勢から、廃巨人(ヨートゥン)は両拳を脇腹のところに当てるポーズに変えた。

「ラットスプレッド!」

 ムキムキ、ゾワゾワした筋肉っぽい塊が蠢く。

「………」


「サイドチェスト!」

 身体を捻って足を「く」の字に曲げて、側面を見せる姿勢で、ぐっと筋肉を膨らませた二の腕と胸と肩を強調させる。

「………」


「サイドトライセプス!」

 姿勢はそのままに、両手を後ろ手にして、上腕三頭筋をさらに大きくさせる。

「………」


「モストマスキュラー!!」

 正面を向いて、両拳を合わせてぐっと力を込め、僧帽筋やら腕やら肩やらの筋肉を強調し、力強さをアピールする。

「………」


「ダブルバイセップスっ!!」

 広げた両手を頭の高さに上げ力瘤を作り、逆三角形のシルエットを強調する。全身の筋肉を見せびらかす、一番有名なポーズだ。

「………」


「美しい!! この完成された肉体美! まさに美の巨人! 緋雪ちゃんも感動のあまり声も出ないようですね!」

 恍惚としたしまさんの声が、ワンワンと通路一杯に響き渡っているけど、確かに言葉にもならない。

「………」

 あまりの阿呆らしさとしょうもなさに。


 それは他の全員も同じだったようで、命都はこめかみの辺りを押さえて目を逸らせ、空穂は扇で口元を隠して「悪趣味じゃのぉ」と露骨に顔をしかめ、刻耀は無言のまま――なのはいつも通り、天涯は苦々しげに、『姫、御目が汚れますので、あのような汚物は直視なさらぬ方がよろしいかと』そう苦言を呈した。

 実体としてこの場に立ち会っていたら、おそらく有無を言わさず「汚物は消毒だ――っ!!」とばかりブレスを吐いていたところだろう。


 さらにその場で、「オリバーポーズ!」とか悦に入って取っているしまさんに、恐る恐る尋ねた。

「あの、しまさんってそーいう趣味なの……?」


 今度は後ろ向きになってポーズを決めている廃巨人(ヨートゥン)……というか、中の人のしまさんが首だけぐるりと半回転して、こっちを向いた。キモっ!

「そーいうとは、どーいう趣味ですか?」

「……だから、筋肉もりも「そのとーり!!」」

 力一杯肯定された。


「可愛いは正義! だが、筋肉はジャスティス!!」

 同じだ同じ。


「可愛くて筋肉満載はまさに桃源郷! マッチョ×マッチョ=アーッ! これぞ乙女のロマンどす!」

 ……腐ってやがる。イロイロな意味で。


「と言うことで、この姿になった私は無敵・最強! 覚悟はいいですか、緋雪ちゃん?」

 いや確かにボディは無敵とかかも知れないけどさ、剥き出しの頭を狙ったら一発なんじゃないの? 従魔合身解いたわけだし。HPは素の状態に戻ってるってことだよねぇ……しまさん阿呆じゃないかと思ってたけど、具体的に阿呆だったとは思わなかったわ。


「――じゃあこっちも行くよ。皆狙いはわかってるね?」

「勿論でございます姫様」

「まあ、外しようはないところですの」

「………」

 全員の視線が、胴体の上のしまさんの首に集まる。

 さすがにここで急所を見失う馬鹿はいないわな。……普通いないよねぇ。


「GO――!!」

 別に示し合わせていたわけじゃないけど、ボクの合図を受けて、全員が弾かれたように四方へと散る。


「はああああっ!!」

 まず露払いを買って出たのは空穂だった。

 大きく跳躍した彼女目掛けて廃巨人(ヨートゥン)が左右のパンチを放ったけれど、風に舞う落ち葉のようにヒラヒラと躱す空穂を捕まえられず、やすやすと内懐まで潜り込まれた。

「陰陽八葉大極波」

 空穂の九本の尻尾から、地・水・火・風・雷・木・震・影・無の全力攻撃が、廃巨人(ヨートゥン)の胸の上、引き攣った顔のしまさんの首目掛けて放たれた。


 ガガガガガガガガガガ――――ン!!!

 斥力・絶対零度・超高熱・風撃・雷撃・腐食毒・衝撃波・次元刃・物理攻撃――これでもか、という具合に必殺技を使いまくる。

 おそらく100レベルのダンジョンボスクラスなら、どれか一撃でもHPの半分は削り取るだろう。そんな攻撃が連続して9連撃。

 轟音とともに上半身が爆煙に包まれた廃巨人(ヨートゥン)の巨体が、ぐらりと背中向きに倒れ掛かった。

 ――だけど倒れない。ギリギリで体勢を立て直した。


『内部に逃げ込みましたな』

 ボク同様、インパクトの瞬間に、一瞬早く廃巨人(ヨートゥン)の身体の中に沈み込んだ、しまさんの本体を目にしたのだろう。天涯が面白くもなさそうに呟いた。


 ようやく爆発の煙が収まったそこには、胸から上の辺りが、ごっそりと抉られた廃巨人(ヨートゥン)の姿があった。

 かなりのダメージを与えたかに見えたけれど、ぐっと全身に力を込めるポーズをとると、欠けていた肉体がたちまち修復され、元通り……というか首から上は、ふざけた絵文字みたいな顔が、しまさんに替わって生えていた。


「ふむ。命をカードに込めて、身体のどこかに隠している魔女のように、どこかにいる本体を斃さないと無駄のようですの」

 自分の攻撃の結果を見て、眉をしかめる空穂。


「つまりバラバラに分解してもぐら叩きをするか、一気に全部消滅させないと無理ってことだね」

 基本は廃龍ニドヘックと同じだけど、あれよりも遥かにHPが高いこいつを一撃で仕留めるのは、まず無理だろう。だいたいアレに比べて的が小さいだけに、焦点を当てて広範囲魔法とか撃ち込んでも、楽々と逃げられるのがオチ。ならば、現状のままチマチマHPを削るしかないんだけど……。


「ならば――っ!」

 空中に舞い上がった命都の六翼が光り輝いた。

「ホーリー・フェザー・シャワー」

 羽根のようなエフェクトとともに、文字通り光撃の矢が、雨あられと廃巨人(ヨートゥン)の全身に注がれる。

 HPを削るよりもどこかに潜んでいる、しまさんの本体を燻り出すか、運が良ければマグレ当たりを期待したんだろうけれど、両腕を全面に立てて防御体勢を取った、相手の表面を僅かに削り取る結果にしかならなかった。


『あの姿勢を取るということは、心臓部か背面に本体が潜んでいるのか?』

 その天涯の分析が聞こえたわけでもないだろうけど、ほとんど同時に影移動で敵の背後に回った刻耀が、廃巨人(ヨートゥン)の背後から、一気にその心臓部分を突き破った。


 ――やったか?!


 と、期待したのとは裏腹に、関節を無視した――ま、元々骨なんてないんだろうけど――動きで、廃巨人(ヨートゥン)が、小うるさい蝿でも振り払うかのように、背面の刻耀を殴り飛ばした。


 手にした大盾(パヴィス)でそれを受け止め、軽々と跳躍して距離を置く刻耀。


「さすがはしまさん。そんなわかりやすいところに弱点を置いておくわけないか……」

 これは本気で時間が掛かるかも知れないな。

 そう懸念したところで、いままで、どちらかといえば防御に専念していた、しまさんが操るところの廃巨人(ヨートゥン)の雰囲気が不意に変わった。

「……そろそろ時間だ」

 ぽつりと呟いたしまさんの声が、飾り物の顔から聞こえてきた。




 ◆◇◆◇




 超銃身の対戦艦用ライフルから、無薬莢(ケースレス)方式の徹甲弾頭が、高速燃焼炸薬の爆圧でまるで機関銃のように弾き出される。

 休む暇もなく、上空で周囲に指示を出す傍ら、発砲を繰り返していた親衛隊長、銀翼の機甲天使【メタトロン】(さかき)は、廃龍(ニドヘック)の変化を感じ取り、微かに眉をひそめた。

「どういうことだ? いまさら何を考えている?」


 順調に相手の活力(HP)を削り、かなりの痛手を与えた手応えは感じている。

 だが、いままで乱雑な反撃と、外部からの反応に応じて昆虫のように、でたらめに動き回るだけだった廃龍(ニドヘック)に、ここに来て再び明確な行動の意思が芽生えたように感じたのだ。


「……どうにも嫌な予感がするな。全隊一斉攻げ」

 刹那、廃龍(ニドヘック)の魔眼が、上空にいた榊たち親衛隊と、その上空にいた十三魔将軍の副将【アザゼル】出雲(いずも)を捉えた。


「――くっ。いまさらか!」

 幸い味方の数が多かったことも幸いして、一度の魔眼の照射で影響を受けたのは、全体の4分の1程度だったが、第2、第3と『視られる』とどうなるかわからない。

 榊は慣れた手つきで弾倉(マガジン)を交換して、トリガーを絞る。


 廃龍(ニドヘック)の表面に命中すると、濛々たる煙幕を噴出し、その視線を遮った。

 続けざまに煙幕弾を連射し、その視線をすっぽり隠して、魔眼の効果を遮断する。


「ま。多少こちらの視界も不良になるが、この程度誤差の範囲内だろう」

 再び弾倉(マガジン)を交換しようとした榊の目の前で、身をたわめた廃龍(ニドヘック)が、爆発したかのように一気に弾けた。

「――なに?!」


 いや、弾けたのは廃龍(ニドヘック)ではない、十三魔将軍【デモゴルゴン】真珠(しず)によって侵食されていた部分を、自ら切り離したのだ。

 そして、切り離された部分は、狙い済ませていたかのように――実際、その通りなのだろう――追撃していた、同じ十三魔将軍【バロン】森螺(しんら)に命中し、これを薙ぎ倒した。


「ぐおおおっ?!」

 あらゆる光術を無効にする森螺もこれには堪らず、不定形をした真珠を全身に纏いつかせた形で、揃って数百メートルも弾き飛ばされた。


 とは言えお互いに深刻なダメージというわけでもない。

「……重いぞ、真珠! どれだけ喰った?!」

 自分に圧し掛かる真珠を、じろりと見上げて森螺は太い眉を寄せた。

「レディに失礼ねぇ!」

 どこから声を出しているのかは不明だが、そこからずるりと身を離す真珠。


 と、邪魔者を分離させることに成功した廃龍(ニドヘック)は、その場でぐるりととぐろを巻き始めたのだった。




 ◆◇◆◇




 しまさんの台詞にとてつもなく嫌な予感を覚えたボクだったけど、さりとて具体的にどうするという妙案もなく、再度命都たちに命じて攻撃態勢を取らせようとしたところで、廃巨人(ヨートゥン)が右手を前方に向けて垂直に立てた。


「一度に千人規模の聖堂騎士を犠牲にして放つ、超々々弩級聖光弾(ホーリー・ライト)。受けてみるかな、緋雪ちゃん」


 その右手が肩のところから光り始めた。

 マズイ、根本的に『光』系統の属性魔術に不利なのは吸血姫のボクも同じこと。また、通常なら盾役になる刻耀も同じ『闇』系統で苦手にしている。

 どれほど威力の攻撃なのかは不明だけど、直撃を受けたらボクはもとより、四凶天王クラスでも危ないかも知れない。


「全員、射線上から逃げて!」

 慌てて散開するボクら。

 幸い超々々弩級聖光弾(ホーリー・ライト)とやらは、どうやらチャージに時間が掛かるらしい、充分な距離を置く間があった――けど、廃巨人(ヨートゥン)はその姿勢のまま、逃げたボクの方を見ようともしないで、前方に右手を差し上げていた。


 ――おかしい。なんでこっちを狙わないの?!


 なぜか表情が変わらないはずの廃巨人(ヨートゥン)の顔が、にやりとほくそ笑んだ気がして、ボクは反射的に背後を振り返った。

 廃巨人(ヨートゥン)が狙う先、そこにあるのは玉座の間。

 もしかして、最初からこれを破壊するのが目的じゃ?!


 気が付いた時にはすでに遅く、廃巨人(ヨートゥン)の右手が蒸発するのと同時に、圧力すら感じられる極太の聖光弾(ホーリー・ライト)が、廊下の窓をぶち破りながら玉座の間目掛けて直進して行った。


 誰にも止められない威力・タイミングで放たれた攻撃魔法が、玉座の間を直撃する――寸前、膨大な光術に匹敵する巨大な炎の渦巻がこれを迎え撃った。

「ファイアー・ブレイク・インパクト!!」


『――なっ?!』

 その場にいた全員の驚愕の声が重なった。

 なすすべなく玉座の間を粉砕するかに見えた超々々弩級聖光弾(ホーリー・ライト)だったけれど、光術そのものが系統としては最弱に近い。おそらくエネルギー量としては、炎の渦巻ファイアー・ブレイク・インパクトを圧倒していたかとは思う。けれど属性として『火>光』という明確なルールに従って、二つの大規模魔術が激突した結果、その場で両方の魔術は対消滅をして消え去ったのだ。


 しーんと耳が痛くなるような静寂の中、いまの炎術を放った『魔法使い(ウィザード)』が、にこやかに手にした黄金の宝杖を振って、

「こんちゃ、緋雪さん久しぶり~!」

 年齢は15~16歳くらいだろう。身長155センチ、菫色のショートカットの髪をした女の子が、気楽な口調で挨拶してくる。

 その隣には、銀色の鎧に裏地が赤い白マントを下げた、金髪の20歳半ばと思われる剣士がつきしたがっている。


 この場にいる誰もがよく知っている。本来ならばこの場にいておかしくない。だけど、居る筈のない二人だった。

「ラポック様……」

 命都が喘ぐように呟いた。

「……タメゴロー様」

 空穂が唸るように後に続く。


 らぽっくさん、タメゴローさん。どちらもギルドメンバーであり、さらにサブマスターとして、ほとんど毎日顔を合わせていた気心の知れた仲間であり、そしてボク同様、運営から贈られた二つ名を持つ『爵位保持者』である(ちなみに、らぽっくさんが【独壇戦功(どくだんせんこう)】で、タメゴローさんが【一気火勢(いっきかせい)】)。


 ……そして、いまはおそらく黒幕の手下と化している『敵』であった。

10/24 訂正しました。

×「らぽっく様……」→○「ラポック様……」

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