第二十一話 超越者達
やや広げた両足で床に立ち、両手を弓形にして胸を張る――いわゆる「リラックス」と呼ばれるボディビルポーズの基本的な姿勢から、廃巨人は両拳を脇腹のところに当てるポーズに変えた。
「ラットスプレッド!」
ムキムキ、ゾワゾワした筋肉っぽい塊が蠢く。
「………」
「サイドチェスト!」
身体を捻って足を「く」の字に曲げて、側面を見せる姿勢で、ぐっと筋肉を膨らませた二の腕と胸と肩を強調させる。
「………」
「サイドトライセプス!」
姿勢はそのままに、両手を後ろ手にして、上腕三頭筋をさらに大きくさせる。
「………」
「モストマスキュラー!!」
正面を向いて、両拳を合わせてぐっと力を込め、僧帽筋やら腕やら肩やらの筋肉を強調し、力強さをアピールする。
「………」
「ダブルバイセップスっ!!」
広げた両手を頭の高さに上げ力瘤を作り、逆三角形のシルエットを強調する。全身の筋肉を見せびらかす、一番有名なポーズだ。
「………」
「美しい!! この完成された肉体美! まさに美の巨人! 緋雪ちゃんも感動のあまり声も出ないようですね!」
恍惚としたしまさんの声が、ワンワンと通路一杯に響き渡っているけど、確かに言葉にもならない。
「………」
あまりの阿呆らしさとしょうもなさに。
それは他の全員も同じだったようで、命都はこめかみの辺りを押さえて目を逸らせ、空穂は扇で口元を隠して「悪趣味じゃのぉ」と露骨に顔をしかめ、刻耀は無言のまま――なのはいつも通り、天涯は苦々しげに、『姫、御目が汚れますので、あのような汚物は直視なさらぬ方がよろしいかと』そう苦言を呈した。
実体としてこの場に立ち会っていたら、おそらく有無を言わさず「汚物は消毒だ――っ!!」とばかりブレスを吐いていたところだろう。
さらにその場で、「オリバーポーズ!」とか悦に入って取っているしまさんに、恐る恐る尋ねた。
「あの、しまさんってそーいう趣味なの……?」
今度は後ろ向きになってポーズを決めている廃巨人……というか、中の人のしまさんが首だけぐるりと半回転して、こっちを向いた。キモっ!
「そーいうとは、どーいう趣味ですか?」
「……だから、筋肉もりも「そのとーり!!」」
力一杯肯定された。
「可愛いは正義! だが、筋肉はジャスティス!!」
同じだ同じ。
「可愛くて筋肉満載はまさに桃源郷! マッチョ×マッチョ=アーッ! これぞ乙女のロマンどす!」
……腐ってやがる。イロイロな意味で。
「と言うことで、この姿になった私は無敵・最強! 覚悟はいいですか、緋雪ちゃん?」
いや確かにボディは無敵とかかも知れないけどさ、剥き出しの頭を狙ったら一発なんじゃないの? 従魔合身解いたわけだし。HPは素の状態に戻ってるってことだよねぇ……しまさん阿呆じゃないかと思ってたけど、具体的に阿呆だったとは思わなかったわ。
「――じゃあこっちも行くよ。皆狙いはわかってるね?」
「勿論でございます姫様」
「まあ、外しようはないところですの」
「………」
全員の視線が、胴体の上のしまさんの首に集まる。
さすがにここで急所を見失う馬鹿はいないわな。……普通いないよねぇ。
「GO――!!」
別に示し合わせていたわけじゃないけど、ボクの合図を受けて、全員が弾かれたように四方へと散る。
「はああああっ!!」
まず露払いを買って出たのは空穂だった。
大きく跳躍した彼女目掛けて廃巨人が左右のパンチを放ったけれど、風に舞う落ち葉のようにヒラヒラと躱す空穂を捕まえられず、やすやすと内懐まで潜り込まれた。
「陰陽八葉大極波」
空穂の九本の尻尾から、地・水・火・風・雷・木・震・影・無の全力攻撃が、廃巨人の胸の上、引き攣った顔のしまさんの首目掛けて放たれた。
ガガガガガガガガガガ――――ン!!!
斥力・絶対零度・超高熱・風撃・雷撃・腐食毒・衝撃波・次元刃・物理攻撃――これでもか、という具合に必殺技を使いまくる。
おそらく100レベルのダンジョンボスクラスなら、どれか一撃でもHPの半分は削り取るだろう。そんな攻撃が連続して9連撃。
轟音とともに上半身が爆煙に包まれた廃巨人の巨体が、ぐらりと背中向きに倒れ掛かった。
――だけど倒れない。ギリギリで体勢を立て直した。
『内部に逃げ込みましたな』
ボク同様、インパクトの瞬間に、一瞬早く廃巨人の身体の中に沈み込んだ、しまさんの本体を目にしたのだろう。天涯が面白くもなさそうに呟いた。
ようやく爆発の煙が収まったそこには、胸から上の辺りが、ごっそりと抉られた廃巨人の姿があった。
かなりのダメージを与えたかに見えたけれど、ぐっと全身に力を込めるポーズをとると、欠けていた肉体がたちまち修復され、元通り……というか首から上は、ふざけた絵文字みたいな顔が、しまさんに替わって生えていた。
「ふむ。命をカードに込めて、身体のどこかに隠している魔女のように、どこかにいる本体を斃さないと無駄のようですの」
自分の攻撃の結果を見て、眉をしかめる空穂。
「つまりバラバラに分解してもぐら叩きをするか、一気に全部消滅させないと無理ってことだね」
基本は廃龍と同じだけど、あれよりも遥かにHPが高いこいつを一撃で仕留めるのは、まず無理だろう。だいたいアレに比べて的が小さいだけに、焦点を当てて広範囲魔法とか撃ち込んでも、楽々と逃げられるのがオチ。ならば、現状のままチマチマHPを削るしかないんだけど……。
「ならば――っ!」
空中に舞い上がった命都の六翼が光り輝いた。
「ホーリー・フェザー・シャワー」
羽根のようなエフェクトとともに、文字通り光撃の矢が、雨あられと廃巨人の全身に注がれる。
HPを削るよりもどこかに潜んでいる、しまさんの本体を燻り出すか、運が良ければマグレ当たりを期待したんだろうけれど、両腕を全面に立てて防御体勢を取った、相手の表面を僅かに削り取る結果にしかならなかった。
『あの姿勢を取るということは、心臓部か背面に本体が潜んでいるのか?』
その天涯の分析が聞こえたわけでもないだろうけど、ほとんど同時に影移動で敵の背後に回った刻耀が、廃巨人の背後から、一気にその心臓部分を突き破った。
――やったか?!
と、期待したのとは裏腹に、関節を無視した――ま、元々骨なんてないんだろうけど――動きで、廃巨人が、小うるさい蝿でも振り払うかのように、背面の刻耀を殴り飛ばした。
手にした大盾でそれを受け止め、軽々と跳躍して距離を置く刻耀。
「さすがはしまさん。そんなわかりやすいところに弱点を置いておくわけないか……」
これは本気で時間が掛かるかも知れないな。
そう懸念したところで、いままで、どちらかといえば防御に専念していた、しまさんが操るところの廃巨人の雰囲気が不意に変わった。
「……そろそろ時間だ」
ぽつりと呟いたしまさんの声が、飾り物の顔から聞こえてきた。
◆◇◆◇
超銃身の対戦艦用ライフルから、無薬莢方式の徹甲弾頭が、高速燃焼炸薬の爆圧でまるで機関銃のように弾き出される。
休む暇もなく、上空で周囲に指示を出す傍ら、発砲を繰り返していた親衛隊長、銀翼の機甲天使【メタトロン】榊は、廃龍の変化を感じ取り、微かに眉をひそめた。
「どういうことだ? いまさら何を考えている?」
順調に相手の活力を削り、かなりの痛手を与えた手応えは感じている。
だが、いままで乱雑な反撃と、外部からの反応に応じて昆虫のように、でたらめに動き回るだけだった廃龍に、ここに来て再び明確な行動の意思が芽生えたように感じたのだ。
「……どうにも嫌な予感がするな。全隊一斉攻げ」
刹那、廃龍の魔眼が、上空にいた榊たち親衛隊と、その上空にいた十三魔将軍の副将【アザゼル】出雲を捉えた。
「――くっ。いまさらか!」
幸い味方の数が多かったことも幸いして、一度の魔眼の照射で影響を受けたのは、全体の4分の1程度だったが、第2、第3と『視られる』とどうなるかわからない。
榊は慣れた手つきで弾倉を交換して、トリガーを絞る。
廃龍の表面に命中すると、濛々たる煙幕を噴出し、その視線を遮った。
続けざまに煙幕弾を連射し、その視線をすっぽり隠して、魔眼の効果を遮断する。
「ま。多少こちらの視界も不良になるが、この程度誤差の範囲内だろう」
再び弾倉を交換しようとした榊の目の前で、身をたわめた廃龍が、爆発したかのように一気に弾けた。
「――なに?!」
いや、弾けたのは廃龍ではない、十三魔将軍【デモゴルゴン】真珠によって侵食されていた部分を、自ら切り離したのだ。
そして、切り離された部分は、狙い済ませていたかのように――実際、その通りなのだろう――追撃していた、同じ十三魔将軍【バロン】森螺に命中し、これを薙ぎ倒した。
「ぐおおおっ?!」
あらゆる光術を無効にする森螺もこれには堪らず、不定形をした真珠を全身に纏いつかせた形で、揃って数百メートルも弾き飛ばされた。
とは言えお互いに深刻なダメージというわけでもない。
「……重いぞ、真珠! どれだけ喰った?!」
自分に圧し掛かる真珠を、じろりと見上げて森螺は太い眉を寄せた。
「レディに失礼ねぇ!」
どこから声を出しているのかは不明だが、そこからずるりと身を離す真珠。
と、邪魔者を分離させることに成功した廃龍は、その場でぐるりととぐろを巻き始めたのだった。
◆◇◆◇
しまさんの台詞にとてつもなく嫌な予感を覚えたボクだったけど、さりとて具体的にどうするという妙案もなく、再度命都たちに命じて攻撃態勢を取らせようとしたところで、廃巨人が右手を前方に向けて垂直に立てた。
「一度に千人規模の聖堂騎士を犠牲にして放つ、超々々弩級聖光弾。受けてみるかな、緋雪ちゃん」
その右手が肩のところから光り始めた。
マズイ、根本的に『光』系統の属性魔術に不利なのは吸血姫のボクも同じこと。また、通常なら盾役になる刻耀も同じ『闇』系統で苦手にしている。
どれほど威力の攻撃なのかは不明だけど、直撃を受けたらボクはもとより、四凶天王クラスでも危ないかも知れない。
「全員、射線上から逃げて!」
慌てて散開するボクら。
幸い超々々弩級聖光弾とやらは、どうやらチャージに時間が掛かるらしい、充分な距離を置く間があった――けど、廃巨人はその姿勢のまま、逃げたボクの方を見ようともしないで、前方に右手を差し上げていた。
――おかしい。なんでこっちを狙わないの?!
なぜか表情が変わらないはずの廃巨人の顔が、にやりとほくそ笑んだ気がして、ボクは反射的に背後を振り返った。
廃巨人が狙う先、そこにあるのは玉座の間。
もしかして、最初からこれを破壊するのが目的じゃ?!
気が付いた時にはすでに遅く、廃巨人の右手が蒸発するのと同時に、圧力すら感じられる極太の聖光弾が、廊下の窓をぶち破りながら玉座の間目掛けて直進して行った。
誰にも止められない威力・タイミングで放たれた攻撃魔法が、玉座の間を直撃する――寸前、膨大な光術に匹敵する巨大な炎の渦巻がこれを迎え撃った。
「ファイアー・ブレイク・インパクト!!」
『――なっ?!』
その場にいた全員の驚愕の声が重なった。
なすすべなく玉座の間を粉砕するかに見えた超々々弩級聖光弾だったけれど、光術そのものが系統としては最弱に近い。おそらくエネルギー量としては、炎の渦巻を圧倒していたかとは思う。けれど属性として『火>光』という明確なルールに従って、二つの大規模魔術が激突した結果、その場で両方の魔術は対消滅をして消え去ったのだ。
しーんと耳が痛くなるような静寂の中、いまの炎術を放った『魔法使い』が、にこやかに手にした黄金の宝杖を振って、
「こんちゃ、緋雪さん久しぶり~!」
年齢は15~16歳くらいだろう。身長155センチ、菫色のショートカットの髪をした女の子が、気楽な口調で挨拶してくる。
その隣には、銀色の鎧に裏地が赤い白マントを下げた、金髪の20歳半ばと思われる剣士がつきしたがっている。
この場にいる誰もがよく知っている。本来ならばこの場にいておかしくない。だけど、居る筈のない二人だった。
「ラポック様……」
命都が喘ぐように呟いた。
「……タメゴロー様」
空穂が唸るように後に続く。
らぽっくさん、タメゴローさん。どちらもギルドメンバーであり、さらにサブマスターとして、ほとんど毎日顔を合わせていた気心の知れた仲間であり、そしてボク同様、運営から贈られた二つ名を持つ『爵位保持者』である(ちなみに、らぽっくさんが【独壇戦功】で、タメゴローさんが【一気火勢】)。
……そして、いまはおそらく黒幕の手下と化している『敵』であった。
10/24 訂正しました。
×「らぽっく様……」→○「ラポック様……」




