第二十話 経過観察
ゆったりと流れる雲の様に、浮遊大陸とも呼べる規模の巨大な人工の島が、地上の高々度上空を移動している。
その表面には紅玉を削り出したかのような、光り輝く眩くも壮大な城――おそらく惑星上にあったとしても宇宙から確認できる規模だろう――を中心として、背後には巨木が生い茂る森が、正面には数多の建造物が立ち並び、整然とした城下町を形成している(とはいえ、城の規模に比べると笑えるほどチャチなものだが)。
惑星の自転を無視して、ゆっくりと進むその巨大な島から、やや距離を置く形で、2人の人間を乗せた怪物――その姿は見えず、ただ緑色の眼だけが光る――『グリーンアイドモンスター』が姿を隠し、息を殺して無言のまま追尾していた。
手綱を握る形でその上に跨っているのは、煌びやかな銀の鎧を着込み、腰に一振りの大剣を下げた20台半ばと思える金髪の美青年。涼やかなその目元が、いまは厳しい表情で島の上を徘徊している寄生虫のような姿の巨大な化物を捉えていた。
そしてもう一人、紫色を主体にとろころどころリボンで飾り付けられた、アフターヌーン・ドレスとキャミソール・ドレスを組み合わせたようなワンピースを着た15~16歳と思える、金色の宝杖を持った菫色の髪をした少女が、その後ろに座っていた。
「……タメゴロー、緋雪さんの方はどんな様子だ?」
ちらりと背後を振り返っての青年の問い掛けに、少女は眉の辺りに皺を寄せて答える。
「ちょっと待ってて、なんか城の規模がバカみたいにでかくなってる上に、あっちこっちに蜘蛛の巣みたいな仕掛けがあって、あたしの使い魔がなかなか目的地に辿り着けなくてさ。――あと、あたしの名は『タメゴロー』じゃなくて『皐月・五郎八』 ! 何回言えば覚えるわけ!?」
どこかネコを思わせる少女の抗議を、軽く肩をすくめて受け流す青年。
「いまさらだな。だいたい『タメゴロー』の方が憶えやすいし、言いやすい。仲間全員を「○○さん」付けで呼んでいた緋雪さんでさえも、「メイイロハさん」なんて呼んでたのは、本当に最初の頃だけじゃなかったか?」
『メイさん』『ゴローさん』が組み合わさって『メイゴローさん』、そしていつの間にか『タメゴロー』にあだ名が定着した経緯を思い出して、青年の口元に笑いが浮かんだ。
「ぐうう……。せめて緋雪さんには、最後まで「タケシさん」を貫いたシズカちゃんポジションを守って欲しかったのに……あっ、いた! 見つけた」
恨みがましく、ここにいない緋雪に不満をこぼしていた少女の目が、不意に鋭くなった。
「おっ……! なんかいい感じでシマムラを圧倒してるじゃん。こりゃ、別にあたしらがフォローしなくても問題なくないかもね」
弾んだ声の少女とは反対に青年は硬い表情を崩さずに、再度島の上で暴れる化物と島全体を透かし見た。
「だったらいいんだが。――どうも気になるな。いま緋雪さんたち、城のどのあたりにいるんだ?」
「ん? ……ん~~と、『玉座の間』って言ってるね。ゲーム時代風に言うなら『コントロール・ルーム』だね」
「コントロール・ルームだと?!」
青年の表情が厳しさを増した。
その様子に少女の方は怪訝な表情で問い返す。
「なんか問題でもあるの? 緋雪さんがいる以上、空中庭園のコントロールを奪えるわけもないし、そもそも第三者に譲渡できるもんではないでしょ」
「……確かにな。考えたくもないが、緋雪さんに万が一のことがあったしても、所有権はサブマス……俺か、お前のところに来るだけだしな」
かつて兄丸――ギルド『兄貴と愉快な仲間たち』――のギルドホーム【移動要塞『百足』】の所有権が、ギルマスである兄丸の死後、サブマスである音丸の元へ自動で移ったのを思い出して、青年は軽く頷いた。
「――ま。あの蛇男が生み出したわけじゃない、イレギュラーな存在の緋雪さんとその所有物にまで、同じ法則が働くかどうかわからないけどね。第一、あたしらも……」
「タメゴロー!」
自嘲する彼女を窘める青年。
「本物だとか偽物だとか、アイツが言うことをいちいち真に受けるな。確かに俺たちはかつてのソノモノではないかも知れない。だが、こうして生きて、自由意志を持っているのは確かなんだ。だったら誰かの物真似ではない、いまの自分の意思で自分らしく生きるべきだろう」
青年の熱い気迫が篭った言葉に、唖然と目を見張ってから……かすかに笑みを浮かべる少女。
「変わったね、らぽー。前はなんか自暴自棄な様子だったのに」
「……そうか?」
「そうだよ。あんな蛇男に唯々諾々と従うなんて、どんだけ腑抜けたんだと思ってたけど、いまのらぽーは、【独壇戦功】らしいよ。――なんかあったの?」
ちなみに彼女自身は、普段『蛇男』と呼ぶところの彼の元にいるのを嫌って、積極的に大陸中を飛び回っている。
青年は苦笑いを浮かべて、どこか遠い目をした。
「影郎さんのことは聞いてるだろう?」
「あ……ああ、うん……」
「影郎さんがアイツに逆らって死ぬ時に言ってたんだ。『死に際は自分で選ばせてもらう』って。勝手に作られて、いいように利用されるだけの命だと思っていたけど、最後は自分の意思を貫いた。それに比べて、俺はなにをやってるんだ……そう思えて情けなかった」
この眼で見た友人の男気と、自分の不甲斐なさを想い、唇を噛み締める青年。
「影さんもなに考えてるのかわからない人だったけどさ、最後まで頑張ったのは、やっぱり緋雪さんの為だったんじゃないかな。影さん、なんとなく緋雪さんのこと本気で好きだったような気がするよ。あ、likeじゃなくてloveの方ね」
「……あのな。緋雪さん中身は男だぞ。――ま、いまじゃ限りなく女子だけど」
ふと以前出会った時――と言ってもほとんど問答無用の戦闘で、ろくに口も聞いていないが――の緋雪の物腰を思い出して、苦笑いしながら苦言を呈する。
「まあ、あくまであたしの勘だからねえ。……でも、緋雪さんが好きなのは、いまでも変わらないよ、あたしも」
あっけらかんと言い放った少女の言葉に、「そうだな」と青年も同意した。
「だから、アイツの命令とかではなく、絶対に守ってみせる。――見ていてくれ、影郎さん」
抜けるような青空の向こう。いまは亡き友を想って、青年は強く拳を握り締めた。
――親友よ、観ていてくれ。俺はやる。たとえこの命燃え尽きるとも!
◆◇◆◇
「おっちゃん、この弓ぜんぜん景品に当たらんけど、なんかおかしいんと違う?」
いかにも田舎臭い子供が、一向に当たらない玩具の弓矢と、的当ての景品を見比べて口を尖らせる。
「はっはっはっ、お坊ちゃん、弓のせいにしちゃいかんよ~。ちゃんとさっきは特賞を当てた子もいるんだから」
胡散臭い笑い声を上げながら、「わーい、当てたじょー」と若干棒読み臭い演技…もとい、喜びようで(どう考えても物理的に台の上から落とすのは無理だろう)自分の背丈ほどもあるヌイグルミを抱えて、周囲に見せびらかしている子供を指差す露天の主。
それを見て、もう一度挑戦すべく残ったお小遣いを、10本の矢に換える子供。
一方、隣の板の上で素焼きの粘土型に粘土を詰めて、出来た型の複製品に極彩色の粉色を塗っていた子供の一人が、出来上がった型を見せに来た。
「おっちゃん、この型はなんぼになるの?」
「どれどれ……う~~ん、ここんところにひび割れがあるから1,500点というところかな。ちょっとこの型は難しいかもしれんな~。どや、こっちの大きい型の方が、作り易いんと違うか? いままでの点数と交換で、オマケして70銅貨にまけとくで」
その頃、北部域にある小国シレントの田舎町で、どこの誰かは知らないけれど、黒髪細目でやたら影の薄い怪しげな商人が、子供相手にインチキ商売をやって、小銭を巻き上げていた。
◆◇◆◇
「ごめん、なんか話が横道に逸れたけど。それで、なんでシマムラの奴はコントロール・ルームなんて狙ってるんだろうね?」
「俺としてはなんらかの方法でコントロールを奪うつもりなのかと思ったんだが……」
「そんな様子はないかな。ずっと戦ってるだけだし」
使い魔を通して見た光景を実況しながら首を傾げる少女。
「ふむ。それも妙な話だな。目的地がコントロール・ルームなら、とっくになんらかのリアクションをするべきだろうに」
――時間稼ぎをしている?
ふと、青年の頭にその可能性が浮かんだ。
――だが、なんの為に? どこからか増援でも来るのか?
そう思って地上を見下ろして見るが、それらしい異常はない。そもそも移動している空中庭園は、とっくにユース大公国領を通過して、グラウィオール帝国奥深くまで侵入している。
「――っ。そういうことか!!」
この光景を見て、青年の中でバラバラに解けていたピースの欠片が組み合わさり、一つの絵が描かれた。
「ど、どうしたの、らぽー?」
「奴の狙いがわかった。急いで緋雪さんに知らせないとマズイ!」
「知らせるって……いや、なんか、いまあっちも取り込み中みたいなんだけど?」
なぜか半笑いの表情で、使い魔が見た光景を伝える少女。
◆◇◆◇
「ふっふっふ、ついに私をこの姿にしてしまいましたね」
巨大な廊下に仁王立ちの姿勢で、しまさんがドヤ顔でこちらを見下ろして、そんな風に嘯いてみせた。
「うわぁ……」
見上げるボクの顔は相当引き攣っていたと思う。
ここまでは、けっこう順調に相手のHPを削れていた。
こちらを狙いを定めて放たれた魔法はすべて回避(『E・H・O』は、ターゲットロック式ではなくて、FPSやTPSといったシューティングゲームに近い、当たり判定が採用されている)して、広域魔術に対しては刻耀に壁になってもらい、または空穂のカウンター・マジックで対応。
その合間に命都が、光魔法の遠距離攻撃を飛び回りながら連射。そちらにしまさんの気が逸れた瞬間に、ボクが得意の一撃離脱で斬り付けると同時に、反撃が来る前に退避――これを小一時間繰り返して、どうにか1割5分ほどHPを削ったかなぁ……どうかな? というところで、しまさんが周囲に魔法陣を生み出して、そこから召喚獣を召喚――ちなみに、しまさんは『魔導師』『召喚術師』『魔剣士』『仕立屋』の4つのジョブをカンストしている。
最後の一つはあんまり意味がないけど、そんなわけで、召喚魔法陣からバラバラと出てきたのは、かなり強力なデーモン系の魔物の群れだった。
まあ、現在のメンバーなら、ほとんどこんなものはスライム同然で、速攻で斃したんだけど、その僅かの隙に、距離を置いたしまさんの胸が一瞬爆発したかと思った――その勢いで飛び出してきたのは、言うまでもなく従魔合身中の廃龍2だった。
見る見る廊下に広がるかと思われた廃龍2だったけど、横方向にではなく縦方向に積み上がり、円柱状になったかと思うと、まるで粘土細工のように伸縮を繰り返し、手が出て足が生え、やがて全身がピクピクと蠢く気持ちの悪い、頭のない巨人の姿をとった。
いや、よく見れば頭はある。申し訳程度に胴体部分の上に乗った、晒し首みたいなしまさんの首が。
おそらく本体は廃龍2の胴体に埋もれているのだろう、それが高らかに嗤った。
「ははははははっ! どうですか、この廃巨人は! 素晴らしいでしょう!!」
言いつつ、その場で筋肉を誇示したポージングを行う。
はっきり言ってキモかった。
ちなみに、人間1人の体積は平均71Lですので、6000人分だと426,000Lですね。1m3=1,000Lなので、426m3。
25mプール(25 × 13 × 1.5 mとして)が487.5m3なので、だいたい同じくらいでしょうか。あれが立ち上がったと考えていただければ、大きさの想像がつくかと思われます。