幕間 勇者迷走
説明が後になっていた『転移装置』の本物が登場します。
クレス自由同盟国の暫定首都ウィリデ。
この町の乾いた空気は常に活気に溢れ、猥雑さと混沌とが同居する、いまや南方域有数の交易地と化していた。
その首都に程近い、元『砂塵の迷宮』と呼ばれた地下迷宮――現在は10層のボスであるスフィンクスが攻略され、その財宝が正体不明の冒険者(?)によって回収されたことで、ほぼ存在意義がなくなったことから、クレスの宗主国である真紅帝国の肝煎りで改修が施され、地上30階立てのタワー型迷宮【ファルサス】(別名『姫君の展望台』)が建造された――に程近い『転送魔法発送所』に、男1名に女3人というハーレム構成の冒険者らしい少年少女たちがやってきた。
長蛇の列を作る人の流れを眺め、唯一の男性である上半身に金属鎧を着た剣士らしい少年が、ぽかーんとした顔で呟いた。
「これに並ぶのか……?」
商隊が主な客層なために、延々と馬車や獣車、それに護衛らしい冒険者などが仏頂面で並んでいる――それも一列で収まりきれずに、円錐形塔で仕切って、ジグザグで何列も並んでいる――のを見て、早くもげんなりした様子である。
「まーね。なにしろ転送装置は1つ……いや、一匹しかいないからねぇ。どうしたって時間が掛かるんだよ。ま、それでも通常の移動時間に比べたら微々たるものだけどね」
軽く肩をすくめてそれに応じるのは、一番小柄で黒髪のとんでもない美貌の少女神官である。
見れば列の一番最後には、『さいごび:まちじかん3じかん』と書かれたプラカードを持った獣人の係員が、声を張り上げて注意を呼びかけていた。
それを見て、「コ○ケかネズミの国かい」と、意味不明の独り言を呟く彼女。
「……しょうがない、取りあえず並ぶか」
諦めた顔で少年が列の最後尾に向かおうとするのを、また黒髪の少女が止める。
「そっちじゃないよ。先に移動先のチケットを買って、番号順に並ばないとダメなので、チケットカウンターに並ぶんだよ」
そう説明しながら、少し離れたところにある石造り平屋建ての建物を指す。見れば、こちらほどではないが結構な人数が並んでいた。
「面倒臭いなぁ。つーか、こんだけ並んでて、また並ぶのかよ……」
肩を落とす少年を、一同の中で一番年長(と言っても見た目16~17歳だが)の、真珠色をした髪の軽剣士らしい装備の少女が、心底小馬鹿にしたような目で見つめる。
「と言うか、前もってこの『転送魔法発送所』を使うとわかっていて、なぜその程度の事前情報も調べていないのか理解に苦しみます。この施設の開設に先立って、貴方も深く関与しているとお聞きしましたが?」
「あ。いや、だって、目的地は北方域の国だって聞いていたし、まさかこんな大回りすると思わなかったから……」
しどろもどろの弁明に、問い掛けた少女の目がさらに冷たくなる。
「なるほど、理解しました。貴方は馬鹿なのですね。人間は基本的に歩くか、騎獣に乗るかしか移動手段がないはずですが、貴方は西部域のアミティアから、北方域まで何ヶ月かけて移動するつもりだったのですか? 普通に考えれば、ここに転移魔法陣で転移できる以上、ここからさらに転移魔法装置で目的地までショートカットするのが常識的でしょう。その程度の発想が導き出ないとは、脳に深刻な障害があると考えられます」
「なんだとーっ。あのな、普通の冒険者がホイホイ高い金の掛かる転移魔法とか使えるわけないだろう! ひたすら足で歩くのが常識なんだよ!」
「やはり馬鹿ですね。『時は金なり』と言いますが、数ヶ月かけて移動する労力と時間、危険、旅費と、転移魔法を使用するのに掛かる料金では、雲泥の差でしょうに」
ぎゃーぎゃー喚く少年と、完全にゴミを見る目で淡々と返す少女剣士。
この二人のやり取りを面倒臭げに眺める少女神官に向かって、一行の最後の一人、栗色の髪をした魔法使いらしい、少年と同年輩の少女が、こわごわと尋ねた。
「……あのぉ、ヒユキ様。シズさんって、師匠の事が嫌いなんでしょうか?」
聞かれた少女神官は、顎の下にフリルの付いた白のフィンガーレス手袋から覗く人差し指を当て、可愛らしく小首を捻った。
「いやぁ、別にジョーイを特定して嫌いってことはないと思うよ」
「そうですか?」
なおも感情的に言い返す少年と、すべてバッサリ切り返す少女剣士の態度に、疑わしげに眉根を寄せる魔法少女。ちなみに3人娘の中で一番地味な見た目に反して、胸の大きさは圧倒的である。
そんな彼女の心配を杞憂だというように、パタパタと手を振るヒユキと呼ばれた少女神官。
「真珠の場合、単純に“馬鹿が嫌い”ってだけで、馬鹿全般が嫌いなだけだから、他意はないよ。あと口が悪いのは、単に根が悪人なだけだから、あんまり気にしないで」
『いや、その説明は無茶苦茶不安しかないんですけど!』
そう口に出して叫びたい魔法使いな彼女であった。
「――それにしても、ジョーイもがんばるねー。普通あんだけ馬鹿馬鹿を連呼されたら、多少なりとも凹むと思うけど、全然堪えた様子もないし」
「……それは多分、当人に一切の自覚がないから、ではないでしょうか?」
思いついたことをポロッと口にした後で、その可能性の高さに思わず顔を見合わせる二人の少女。
「「あり得る(ます)ね」」
一切の自覚と反省のない馬鹿……!
お互いの瞳に、戦慄と驚愕に引き攣った自分の顔が映っていた。
◆◇◆◇
「お久しぶりでございます、我が主」
円形のドーム施設――『転送魔法発送所』を見下ろす形で、設えられた台座の上から飛び降りてきた、胸から上が女性でライオンの身体に鷲の翼を持つ怪物――スフィンクスの輝夜が、恭しく頭を下げた。
「久しぶり~っ、輝夜。元気だった?」
「はい、お陰様でつつがなく……して、此度はいかような御出座しでございますか?」
まあ、前もってアポも入れずに一般の客として入り口から入ってきたので、当然怪訝に思ってのことだろう。ちなみにあの後、4人分のチケットを買うのに2時間待ちをした挙句、当日券は販売済みとのことで、翌日まで1泊した。
なお時間も遅かったし、そもそもウィリデにはまともな(従魔合身中の天涯曰く)宿泊施設がないとのことだったので、真珠に案内された迷宮【ファルサス】の32階にあるボク専用秘密部屋――ちなみに31階は裏ルート『真のボス部屋』になるらしい――に泊まって出直しとなった。
あと聞いたところでは、獣人族の聖地にも似たような隠れ家があるらしい。いいんだろうか……?
「将来的には大陸中の50キロ圏内に1箇所は類似の施設を設けて、姫のご不便を解消する所存でございます」
とか天涯に言い切られたけど、どこの全国チェーン店だそれ?
何を目指してるのか、ますますわからないねウチの国は。
そんなわけで一晩ぐっすり休んで英気を養った翌日、チケットを持って出発のための行列に並んだ。
……まあ、その前にジョーイが「せっかくだから、ここの迷宮ちょっとやってみようぜ!」とか、考えなしの発言をして、半眼になった真珠に「はい、どうぞ堪能してください」と有無を言わさず31階の『真のボス部屋』に蹴り落とされ、裏ボスのジャバウォックに瞬殺されて、八つ裂きにされて転がっていたのをパーツごと回収して、プラモみたいに組み立て直したのも、旅の醍醐味と言えるだろう(蘇生させたら、真珠が露骨に舌打ちしてたけど)。言えないかも知れないけど、この際面倒なので言い切る。
で、なんだかんだで出発準備を終えて、この場に辿り着くまで4時間掛かった。
まあ、ここらへん横車を押せば即刻出発できないこともないけど、今回、一般客と一緒に並んだのは、あくまでお忍びだったのと、実際に利用してみて周囲の反応とか見てみたかったからなんだけどね。
「――ま、そんなわけで、今回は公務じゃなくて、個人的な旅行だから普通に転移を頼むよ」
「なるほどわかりました」
掻い摘んだボクの話に頷いた輝夜は、一緒にいる顔ぶれを眺めて軽く目を瞠った。
「そこにいらっしゃるのは、十三魔将軍の真珠様であらせられる。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
鷹揚に頷く真珠。
「よい。姫様を第一に奉ることは臣民の責務であるからな。――ま、いまごろ気が付くのは、少々状況判断能力に難があると言わざるを得ないが」
うわぁ、このお姉さんの容赦のなさは本気で相手を選ばないなぁ……という、フィオレの呟きが聞こえた。
再度、真珠に謝罪した輝夜の視線が、そのフィオレとジョーイを捉えた。
「おお、そこにるのは、いつぞやの魔術師の女子と……我の出した問い掛けに、唯一間違った答えを返した男子ではないか! 息災そうでなによりじゃ」
あー、やっぱりそういう覚え方してるのか。
懐かしげな輝夜とは違って、ぎこちなげな挨拶を返すフィオレと、気楽に「よっ、久しぶり」と返事をするジョーイ。
真珠の視線がほとんど絶対零度まで冷たくなっているんだけど、ストレスを感じない人間ってある意味無敵だねぇ。
「それで姫様、此度の目的地は何処を目指しておいでですか?」
取りあえず旧交を温めあった(?)輝夜が、肝心の質問をしてきた。
「目的地は大陸北方域、シレント国だよ」
「シレント? ですが、彼の国は転移目的地から除外と承っておりますが、よろしいのですか?」
「今回だけ特別に許可を貰っているから大丈夫だよ。あと運がよければ、今後も転移可能になるかも知れないので、一応覚えておいて」
「……ま。可能性は低いと思いますが」
じろりとジョーイの横顔を見て、言葉を続ける真珠。
「なんだよ!」
「はあ? ――取りあえず、姫様方をシレントへ転移すればいいのですね?」
要領を得ない顔で確認してくる輝夜。
「そういうこと。悪いけど詳細は後日説明するよ」
「いえ、これが我が使命ですので。――おおっ、申し訳ございません。我が子の挨拶が遅れておりました。……これ、震夜よ。姫様のお成りである。ご挨拶せよ」
その声に応えて、転移魔法装置――という名目になっている、5メートルほどの黒い石版の土台部が開いて、中から仔ライオンが出てきた。
愛おしげにその背中を舐めた輝夜が、そっと前脚でその子をボクらの方へ押しやる。
「ささ、姫様。我が子にぜひご祝福をお願いいたします」
促されてトコトコ歩いてきた仔ライオン――実際は輝夜の子の男スフィンクスで、ボクが『震夜』と名づけた――を抱き上げる。
「シンちゃん、久しぶり~。うわぁ、なんかまた一回り大きくなったんじゃないの?」
とは言えゴロゴロ鳴いている様子は、相変わらずネコみたいだけど。
「本当ですねー。シンヤちゃん、あたしのこと覚えていまちゅか?」
お腹の辺りを撫でるフィオレの声も、とろとろに蕩けていた。
「おっ、あん時のネコか。俺のことも覚えているか?」
懐かしげに頭のところに触ろうとしたジョーイの手を、いきなりガブリと噛み付く震夜。
「いでええええええっ!?」
噛まれた手を押さえて、ぴょんぴょんその場を跳び回るジョーイ。
「ほう。なかなか利発そうな子であるな」
感心感心と目を細める真珠に向かって、嬉しそうに「恐縮です」と謙遜する輝夜。
まあ、そういうことで……なんてことはない、『転移魔法装置』なんていうのは実際は存在しないんだよね。あの日、輝夜に案内されて行った『砂塵の迷宮』の宝物庫にあったのは、金銀財宝ではなくてこの子――『転移魔法を使える魔物』――震夜っていうのが実体で、『装置』っていうのは対外的なブラフと保険なわけなんだよね。
要するに宝物庫に隠してあったのは、金銀財宝より大切な子宝だった。……ありがちな話だけど、その後、親子ともどもボクに従うと言ってきたので、二人に名前を与えて、でもって震夜の特技を聞いて『転移魔法装置』の設定を考えて、一緒にいたクロエ、ジョーイ、フィオレには口止めをお願い(口止め料を払おうとしたけど3人とも受け取りを遠慮)した。
これが『転移魔法装置』の真相だったりする。
ひとしきり再会を喜び合ったところで、輝夜が震夜を呼び戻した。
「さて、それでは名残は惜しいですが、そろそろ転移を行います。準備の方はよろしいでしょうか?」
「大丈夫」
「は、はい」
「よろしく頼む」
「いてててっ」
全員問題ないのを確認して、輝夜が大きく頷いた。
「では、震夜よ。姫様方をシレント国へ転移させるよ。できるであろう?」
「――にゃ」
元気に一声鳴く震夜。
「問題ありません。それでは、よき旅を――」
その刹那、震夜が一声あげると虹色の光がボクたちの全身を覆った。
一瞬の浮遊感の後、ボクら4人は大陸の南の果てから北の果てへと移動していたのだった。
伏線は結構前に入れてたのですが、本編で回収する機会がありませんでしたので、今回、番外編での回収となりました。