第十八話 虚構真実
「いいのかな、廃龍の相手をしなくても? まだ健在で大暴れしていると思いますけど……ああ、それとも私に逢う為に大急ぎで駆けつけたため、それどころでなかったと? いやいや、男冥利に尽きますね~」
ふっと甘いため息をついて微笑むしまさん。
ゲーム(『E・H・O』)の画面越しに見るのと違って、生身の肉体として、こうして間近に相対すると、視覚以外の要素――魅惑的なテノールの声、爽やかな汗の混じった体臭、体温、なにより圧倒的な存在感――が渾然一体となって、こちらに押し寄せてくる。
正直、男を見てときめいたことなどなかったけれど、これは魅力的だと認めざるを得ないところだ。気を抜けばいままで意識していなかった、自分の未知の領域からの声に翻弄されそうになるのを、辛うじて残っていた男の矜持で密かに抑え付けながら、ボクは普段の調子でそれに答えた。
「そっちの対応は空穂たちに任せてあるからね。おっつけ自慢の廃物は消去される予定だよ」
そう言ってもしまさんは特に困った様子もなく、大仰なジェスチャーで肩をすくめる。
「そうそう上手く行きますかね。……まあ、万一アレが敗れても、いくらでも替えは利きますから、どーでもいいですけど」
「私からも一つ訊いていいかな?」
「ええ、3サイズ以外なら」
うん。とっても残念なイケメンだね。そう思ったらなんか急激に冷えたよ。
「わざわざここまで乗り込んできた理由を教えてもらえないかな?」
「はっはっはっ。そんなもの緋雪ちゃんの下着をいただきに参上したに決まってますよ」
「……それでこの場で回れ右するなら、パンツくらい脱いであげるけど?」
本気でスカートの下に手を入れて、片膝20センチくらい上のところまでずり下ろした。
まさかそう来るとは予想してなかったのだろう。一瞬キョドったしまさんは、「……う~~ん」と腕組みして煩悶した後、握った両手を前に突き出して親指を立てた。
でもって、やたらいい笑顔で、
「うそです」
と告白した。
「うん。わかってるよ。本当のところはなんなわけ?」
パンツを戻しながらのボクの質問に、妙に真面目な顔でしまさんが感想を述べた。
「――緋雪ちゃん、えらくスケスケで派手なパンツ穿いてるんだねぇ」
ほっとけ!というかこれはボクの趣味でなくて、命都たちに勝手に穿かされたものだよ!
「取りあえず喋る気がないなら、問答無用でぶった斬るけど……というか、なんか無駄な気がするんで、もう斬るわ」
この相手と会話するだけ無駄と判断して、ボクは『薔薇の罪人』を構えると同時にダッシュを敢行。一気にトップスピードに乗る。
「ダーク・シー……どわ?!」
んなものチンタラ唱えさせるわけがない。一撃で首を刈りにいったけれど、間一髪展開しかかっていた闇盾と、しまさん愛用の蛇腹剣で防がれる。
技の余勢で空中で回転しざま、剣閃――剣聖技『七天降刃』――を放つ。
これなら闇盾越しにでも、貫通ダメージを与えられる筈!
「どへえええええっ!!」
全身をズタズタに裂かれたしまさんの身体が空中に溶けた。
魔導師系スキル『影分身』――ならば、本体はテレポーテーションで……いた!
数百メートル離れた廊下の先を、こそこそと先に進もうとしている後姿を発見して、瞬時に追い駆ける。追いかけっこでこのボクに勝てると思うな。こっちはその気になれば時速1200キロ――音速を超える事ができるんだからね。
こちらに気が付いて、瞬間移動の連続で逃げようとするけれど、スキルのクールタイムが必要なのだから、余裕で追いつける。
ジェットエンジンめいた轟音とソニックブームを置き去りして、音速を遥かに突破した『刺突』を、そのまま撃ち抜く。
「ふははははは、つーかーまーえーた!!」
「怖っ! なんか緋雪ちゃん目が往ってる!」
再び薔薇の罪人と蛇腹剣が激突して、しまさんをそのまま押し込む。廊下を一気に走破して、突き当りの壁に激突。なおも勢いは止まらずに、分厚い壁を粉砕して、しまさんごともつれ合って飛び込んだ先は、見慣れた玉座の間だった。
「げほげほ……おっ。ラッキー、いきなり目的地に着いてるじゃないの。やっぱ日頃の行いかな~」
もうもうたる粉塵の中、瓦礫を跳ね飛ばしてうつ伏せに倒れた姿勢から、上半身を起こしたしまさんが喜色満面に前方の玉座を見た。
「……へええ。ここが目的地だったんだ。どんな魂胆があるわけ?」
その様子を下から見上げながら、いちおう尋ねる。
「ん――?」
自分の真下からの問い掛けに、しまさんの視線が90度下がった。
そこで自分がクッションにしている相手――つまりボク――と目が合い、ついでにその右手が掴んでいるもの――ボクの左胸――に気が付いたらしい。
「………」
「………」
妙な間を置いて、右手がふにふにと何か確認するように握られた。
「……64、75のA?」
「62、76のBだよ――この!」
獣王に習った剄と呼吸法を利用して、巴投げの要領で一気に蹴り上げた。
「――うおっと」
そのまま利き手を取って床に叩き付けようとしたんだけど、さすがの反射神経で残りの手足のバネで、叩き付けたところの威力を殺された。そのまま力任せに掴んでいた右手を放される。
「緋雪ちゃん、いまのって拳士系スキル? 『E・H・O』で使ってたっけ?」
立ち上がりながら首を捻る、しまさん。
「スキルじゃないよ。こっちの世界に来てから覚えた技術」
ボクも立ち上がりながら、右手に握ったままの『薔薇の罪人』の切っ先を向ける。
すると、なぜか、しませんが怪訝な顔で瞬きをしていた。
「『この世界の来てから』って……緋雪さんも、アイツに生み出されたんですよね?」
「違うよ」
多分、『アイツ』ってのはいままで現れたプレーヤー(多分、このしまさんもそうだと思うけど)を操っている黒幕のことだろうね。
ボクの否定の言葉に、ますます困惑した顔で重ねて訊いてきた。
「それ本当? ……緋雪ちゃんの本名ってなんていうんですか?」
「それってマナー違反じゃない」
思わず苦笑が漏れる。まあ、いまさらネチケットを云々言うのも変な話だとは思うけど、いまじゃこの『緋雪』が自分なんだし、正直、転生前の自分の名前なんてどうでもいい。
そうした内心が顔に出ていたのだろう。しまさんは困った顔で、自分自身を指した。
「ちなみに私の本名は『佐倉藍子』といいます」
「……藍子ねえ。女みたいな名前だねぇ」
まあ、ボクの本名も実は字面だけ見れば、ちょっと男には思えないんだけどね。
「ええ、女ですから」
「………」
「………」
「……本当?」
「……さあ?」
無言のまま斬りつけた。
「――いやいや! これは冗談じゃなくて、本当に真偽不明なんですよ」
ぎりぎり斜めに構えた蛇腹剣で受け止めたしまさんが、鍔迫り合いの姿勢から早口で捲くし立てる。
「私にはアイツに生み出された際の情報として、それだけしか与えられていないんですよ。残りは『E・H・O』での会話ログから作られた擬似記憶のみ。現実世界でのバックボーンは空っぽ。だから、自分が本当は男なのか女なのかも判断できない。けど、緋雪さんはそうじゃないんですか?」
訊かれてボクは改めて首を横に振った。
「違うよ。物心ついてからの記憶もある……まあ、碌なモノじゃないけどね。その上で、あの世界の自分は死んで、どーいうわけかここに『緋雪』として存在している。わけがわからないけど、あるものは、あると受け入れて、現在ここにいる、それだけだよ」
「だったらアイツとは無関係ってことですか?」
「無関係だよ。まあ、なんでか勝手に手出ししてくるけど――って、しまさんこそ黒幕の手下じゃないの?」
てっきり今回の件も黒幕絡みかと思ってたんだけど、違うのかな?
「まさか!」
思いっきり嫌そうな顔で否定された。
「あんな奴に従う義理はないですね。それを偉そうに命令しようとしたので、思いっきり暴れ回った結果、封印されたわけなんですけど……」
本当かなぁ?
「……どちらにせよ、お互いに証明する手段はありませんね」
「そうだね。具体的な証拠がない、自己申告だけでは信じられないねぇ」
俗に言う『悪魔の証明』ってやつかな?
「緋雪ちゃんがアイツの配下でないのなら、できればいまからでも協力してアイツを斃す手助けをして欲しいところですが……」
未練がましく誘いかけるしまさん。
「そーだね。しまさんがいままで殺した全員を生き返らせたら話し合ってもいいよ」
にっこり笑って譲歩案を提示する。
「……つまり協力は無理と言うことですか。私としては、アイツが作り上げたこの世界の住人など、ことごとく屠ってもなんら痛痒を感じませんので」
「うん。その考え方だと絶対に妥協できないねぇ。なので、結論として、やっぱ敵だね」
お互いの立ち位置を確認しあったところで、示し合わせたようにゼロ距離で、しまさんの闇魔法『ダーク・ヘキサグラム』と、ボクの光魔法『ホーリー・サークル』が激突した。
10/21修正しました。
えーと、サイズをもうちょっと詳しくしました(`-д-;)ゞ
×75のA・76のB→○64、75のA・62、76のB
こんなもん誰得なんざんしょ?