第十七話 美姫麗王
さて、ストーカー三馬鹿が醜い潰し合いをしている傍らでは、仕切り直しの一戦が行われていた。
「うら――――っ!!」
先手を打ったのは両手に持った巨大な斧槍を、風車のように振り回した轟鬼姫・琥珀である。
ベルナルドを強敵と見るや否や、即座にこれに狙いを絞り、一気呵成に攻めあげる。
同じ二刀でこれを捌くが、武器のリーチ、重さ、反応速度ともに、常軌を逸した凄まじさで、技量こそ先ほどの剣士に比べて荒削りで無駄が多いものの、逆にセオリーにない動きや本能に任せた勘の鋭さで、ベルナルドを翻弄していた。
超高速での双剣と双斧槍の応酬が繰り返される。互いの武器が弾かれ、阻まれ、二人の周囲に火花と閃光が花火のように飛び散り、衝撃音が床と壁を伝わって抜けて行く。
互いに一歩も譲らぬ攻防が繰り返され、時折お互いの攻撃が掠めて鮮血が飛ぶが、互いに人外同士、その程度の怪我など傷の内にも入らない。とは言え人間ベースの吸血鬼であるベルナルドと、元から魔物…それも体力と回復力には定評のある鬼の眷属である琥珀とでは、もともとのエンジンの馬力が違う。
いかに装備の違いと技、手数でベルナルドが圧倒していても、なによりも恐れを知らぬその攻勢は、細かな技量やダメージを抜きにして、互角以上の立会いを可能にしていた。
また、直前までの稀人との、しのぎを削る剣戟の応酬による疲労もあって、天井知らずにギアを上げていく琥珀とは対照的に、徐々にベルナルドのテンポが遅れてきた。
「緊縛結界!」
状況が不利と見た(元)聖堂騎士達が、素早くその周囲に散って、琥珀を中心とした五芒星を描く位置についた。
「緊縛結界発動! 強度SS級! 展開せ――ぐはっ」
仲間に指示を出していた男の身体が大きく弾き飛ばされる。
「――どれ、少しは師匠らしいところを見せるとするか」
無論、この一撃を放ったのは獣王である。
結界を張るのに必要な一角を崩されたことで、術が不発となった聖堂騎士達が、互いに目配せし合って邪魔者の排除を優先することとした。
一方、双掌打で数メートルも弾き飛ばされながらも、平然と立ち上がった男の様子に、「ふむ」と小さく首を捻る獣王。
「腰骨を砕いた感触はあったのだが、打撃技では効果が薄いか。とは言え生物である以上、不滅ということもあるまい」
そこへ、別な騎士の突きが飛んで来るのを躱し様、膝蹴りを入れるがこれは盾で防がれる。そのまま吸血鬼の怪力で押し込もうとするのを軽く捌いて、僅かに右に流れたのを見逃さず、右手の掌底が鎧越しに心臓の真上に置かれ、
「ふんっ!」
一瞬置いて、騎士の心臓が内側から揺すられ、「ぐはああ!?」悶絶したところ、背後を取って首を絞め落とす。
ガクッと白目を剥いて落ちた男を床に投げ落とすと同時に、その手から零れ落ちた十字剣を無造作に心臓に突き立てた。……絶命した男の顔は不思議と安堵の表情であった。
警戒して距離を置く残り4人に向け、拳を向ける獣王。
「心臓を揺らされれば身動きが取れなくなり、脳への血流が絶えれば意識がなくなる。人間だな」
獣王の忌憚のない感想に、なぜか取り囲む聖堂騎士達の間に、安堵のような空気が共有された。
◆◇◆◇
十三魔将軍の投入で優勢に傾くかと思われた対廃龍戦であったが、ここに来て混迷の度合いを深めようとしていた。
これまで多少なりとも方向性を持って進行してきた廃龍が、まったく無秩序に蠢き、身悶えし、跳ね回り始めたのだ。しかもその合間に、魔眼・各種熱線・擬似吸血鬼弾を乱雑に吐き出し始めた。
「戦略というよりも、苦し紛れの断末魔のようであるのう……」
空穂の感想に、周参の分身体も同意する。
「御意。これではエネルギーのロスが大き過ぎますな。どうも先ほどまであった、恣意的行動パターンから外れているように思えます。現在は廃龍の原始的生存本能のみで行動しているように見受けられます」
「ふむ? つまりコントローラーが不在ということかえ。榊らの攻撃で【アルマミス】ごと、敵の首魁が滅びたか。或いは……」
難しい顔で言葉を濁した空穂の背後で、超極細糸のネットを張り巡らせていた始織の顔色が変わった。
「!! なんということ!?」
「いかがいたした、始織?」
悠然と口元を扇で隠し振り返った空穂に向かって、忙しなく糸を操作しながら始織がひれ伏す。
「このわたし一生の不覚にございますっ。城外の情報収集にかまけるあまり、敵の城内への侵入を見過ごしておりました!」
「なんじゃと!?!」
「敵の人数は7……いえ、いま1名減りましたので6名。うち1名は敵吸血鬼神祖と思われます」
「敵の首魁が、このお膝元に入り込んでいるじゃと?! どこから進入した!?」
「進入経路は不明です。まるで空を飛んで――あっ!」
口元に手をやった始織と同時に、その可能性に至ったのだろう。周参が重々しく頷いた。
「左様。初回の擬似吸血鬼弾の乱射。あれは敵首魁がこの城へ乗り込むための陽動の意味があったのでしょうな」
「……まんまとしてやられたというわけかえ。――先ほど敵の数が減ったと申したな。誰ぞ交戦中であるか?」
歯噛みする空穂へ、始織が若干困惑した表情で答える。
「獣王老師と琥珀、それと稀人殿と……もう一名は妖鬼の雄のようですが、該当者不明です」
「ふむ、稀人か。連中を抑えているのだな?」
言いつつ席を立つ空穂。何も言わずとも自ら敵の首魁を首級を獲りにいくつもりなのが明白である。
周りもさすがにこの期に及んで止めるつもりはなく。素早くその後ろに魔獣・聖獣系の部下がつき従った。
「獣王老師と琥珀は戦闘中ですが……」
ここで一旦、言葉を切った始織はなぜか首を捻った。
「稀人殿たちは敵の首魁と口論中のようです。えーと…誰が姫様を嫁にするか……で」
「……なんじゃそれは?」
足を踏み出しかけた空穂が、思いっきり不可解な顔で振り返った。
一方、一人残っていた周参の分身体が、その目を床――さらにその遥か下を見透かすように――視線を落とした。
「……ふむ、どうやら間に合ったようだな」
◆◇◆◇
「があああっ!!」
咆哮と共に斧槍を振り回す、技も何もない生来の体力と反射神経に任せての連撃を、緻密な剣技の組み立てで防ぎきる。
だが、その鋼鉄のような防御にもほころびが生まれてきていた。
全身を覆う霊光が明らかに薄く弱まってきているのだ。これ以上時間をかけてはジリ貧になる。
「はっ!」
瞬時に判断したベルナルドは、すべての霊光を両腕の剣へと集中させた。
そのままダッシュとともに、身体を仰け反らせるほど引いた姿勢から、右の斜め切りを解き放つ。
「このっ!」
それをベルナルドばりに両手で交差させた斧槍の重ねた分厚い斧部分で受け止める琥珀。
それでも勢いに押されて、踏ん張った床に二条の溝が掘られる。
「双竜十字剣!!」
そこへさらに追加として左の剣が正確に右の剣の上に叩き込まれ、霊光を伴った剣閃が十文字を描いた。
倍増された剣圧が、一撃で琥珀の斧槍を砕き、ぞむっと鈍い音と共に柄だけになった斧槍を握ったまま、琥珀の右手が飛んだ。
「まだまだ――っ!!」
だが、苦痛の色も見せずに琥珀は左手に持った斧槍の柄を、槍投げの要領で投げ、同時に真下から蹴りを放った。
「くっ――!」
咄嗟に身体を捻って斧槍を躱したベルナルドだが、続く蹴りは躱しきれずに顎先に食らって、一瞬意識が刈られ棒立ちとなった。そこへ、空中を飛んでいた己自身の右腕を、斧槍の柄ごと口で噛んでキャッチした姿勢のまま、琥珀は顎の力のみで投擲――。
「がはあああっ!!」
見事に柄の先がベルナルドの心臓を貫いた。
同時に、力を使い果たし血を流しすぎた琥珀も、その場にがくりと倒れ込む。
「ベルナルド様――っ!?!」
2人目も獣王に倒され、3人に減っていた聖堂騎士たちが悲痛な叫びをあげる。
「――ありゃ。意外と脆いんでやんの」
お互いの隙を狙う三つ巴の戦いの最中、ベルナルドが斃されたのを見て白仮面がため息をついた。
「ずいぶんと余裕だな」
左右上下突き――フェイントを織り交ぜた稀人の大剣の剣技を、ふざけているとしか思えない、へらへらした動きと魔法、そして蛇腹剣でもって、躱しまくる白仮面。
そこへ、二人まとめて死ねとばかりに、炎弾と雷光を纏った螺旋剣が突き入れられる。
「うおっ、と」
揃って距離を置く二人の中間で、ドリル状の刀身がほどけて渦を描いて戻った。
露骨に舌打ちをして、再度魔法を放とうとする九印へ向け、お返しとばかり蛇腹剣がその名の通り、鎌首をもたげた蛇のような動きで突進していった。
「このっ」
これを大きく跳んで躱す九印。
状況は千日手の様相を呈してきた。
「……どーにも状況が進展しないですねー。ここは私がそろそろ一石を投じるといたしましょう」
『(´・ω・`)』な顔の白仮面の言葉に、稀人と九印はきな臭いものを感じて、一気にその場から飛び退く。
次に彼――自称パーレン・アクサン・アポストロフィ・オーム。緋雪が「しまさん」と呼ぶ男――が取った行動は、特に目立ったものではなかった。
自らの手で被っていた仮面を脱いだだけのことである。
ざあ、と純白の長い髪が流れ、白い手袋をした指が、それをかきあげるように払うと、その下から素顔があらわになった。
――美しい。
その場に居合わせた全員が、息を呑んだ。
瞳は明るい空色であり、顔立ちは男の勇ましさと女の優しさを兼ね備えた、性差を越えた完璧な美貌に輝いているようであった。
まさに美神とも言うべきその容姿を前に、他の者同様目を奪われる稀人であったが、同時に既知感を感じていた。
――似ている。まるで姫陛下を裏返しにしたようだ。
男と女、黒髪と白髪、青年と少女、緋色の瞳と空色の瞳……まるで、同じコインの裏表を見ているような錯覚に陥る稀人に向かって、怖いほど魅惑的な笑みを浮かべるパーレン。
その気がまったくなくても、胸がざわめく笑みだ。
「さて、それでは、先を急ぎますので、お遊びはこのくらいにさせていただきますよ」
まるで騎士のように胸に手を当てて会釈をし、再び顔を上げたところで、白い歯を見せて微笑んだ。
その瞬間、九印がばたりと倒れ、稀人もいつの間にか両膝と片手を床に付いていた。
「――精神系の攻撃か」
忌々しげに舌打ちする獣王も、足元が覚束ない様子であった。
「ええ、私は種族スキルの『魔眼』の他に『魅了』もカンストしていますからね。ボス級モンスター以外には100パーセント効果を及ぼします。この状態でまだ意識があるとは、あなた方はたいしたものですが……まだレベル3ですからね。どうもあなた方は純粋な戦闘力以上に厄介な気がしますので、一気にレベル10まで上げさせていただきます。では、良い夢を」
その声を最後に、稀人はうつ伏せに倒れ、数秒堪えた獣王も、がっくりと膝を折った。
「さて、行きますよ」
その声に生き残りの聖堂騎士たちが、魂を抜かれたような表情で、フラフラとパーレンの後に続く。
「ふむ。いちおう安全の為に、彼らにトドメを差しておいてください」
倒れた稀人ら――瀕死の琥珀も含めて――を指差して、後も見ずに飄々とした足取りで一人先に行く。その背後で、聖堂騎士たちが一斉に剣を構え、倒れ伏した稀人たちへ剣先を向けた。
一瞬の躊躇なく、ある者は心臓を、ある者はその首を刎ねようと剣を振りかざす。
その時、虚空紅玉城の森閑とした廊下に、一陣の疾風が吹き抜けた。
それは黒と薔薇色に飾られた風だった。
聖堂騎士たちが認識するよりも早く、彼らの剣はことごとく跳ね飛ばされ、驚愕に目を見開いた首が、揃って宙を舞った。
夥しい血飛沫とともに倒れた敵の胴体には目もくれず、即座にもっとも怪我の程度の重い、琥珀の右手を切断された箇所にくっ付けて治癒を行う。
行き過ぎようとしたパーレンが、無言のまま嬉しげに口角を上げ、ゆっくりと振り返った。
そこには漆黒の翼を持った天使が跪いていた。
「大丈夫、助かるよ」
そう優しく囁いて全員の治癒を終えた天使が、すっくと立ち上がって、歩き出した。
その向かう先で微笑を浮かべて、大きく両手を広げるパーレン。
「ようこそ、緋雪ちゃん! お早いお着きだったね」
そんな彼に向けて、緋雪は無言のまま右手に握った透き通った刀身の両手剣――『薔薇の罪人』を構えた。
(´・ω・`)さんも、緋雪同様にキャラクターメイキングにお金を掛けてます。似たようになったのはそのせいですね。特に示し合わせたわけではございません。