幕間 武者修行
前後編になりました。前編です。
「伝説の勇者の剣? あるのそんなもの?」
何のヒネリもないその名前に緋雪が首を捻る。
「あるんですよ、どういうわけか」
コラード国王も困惑したような口調で、言葉を継いだ。
「なんでもかつてその国に恐るべき魔物が襲来し混乱に陥った時、国王と国の精鋭たちがその身を犠牲にして時間を稼ぎ、ときの巫女が自らの命と引き換えにする禁断の大魔術を行い、異世界から勇者を召喚したそうで。その勇者が魔物を斃す為に、ドワーフの名工が3人がかりで命と引き換えに鍛えたのが、その剣だそうです」
命と引き換え多いな~、あと、やたら手垢の付いた設定だなぁ、とか思いつつ取りあえず頷いておく緋雪。
「なんでもこの剣は凄まじい切れ味を誇り、それのみならず、持ち主に栄光と無限の力を与えたそうです。なんでも召喚された勇者『タロー・ヤマダ』はほとんど武芸の心得のない素人だったそうですが、この剣の力で魔獣と互角に戦い、最後は剣自体が勇者の手を離れて魔獣を翻弄し、宙を飛んでトドメを刺したとか」
「それ剣が主役で、勇者必要なくないんじゃなくない?」
「………」
「………」
気が付いちゃいけないことに気が付いた顔で、お互いに決まり悪げに視線を交わす二人。
こほんと咳払いして、変な方向へ流れかけた話を元に戻すコラード国王。
「……要約してるからそう感じるんですよ。吟遊詩人の語りとか、地元のお伽噺では英雄譚として、巷間に流布しているので、間違ってもそういうツッコミを入れてはいけません。なにしろ今回はアウェーですから」
それから、心配そうに目の前に座る緋雪――普段の派手なドレスから一転して純白の神官服を着た美貌の聖職者――冒険者名スカーレット・スノウという、そのまんまな謎の女性神官へと、再度確認する。
「しかし、本当に姫陛下まで同行するんですか? 別にそれほどの重大事とも思えませんし、正直、あちらの要求を聞かなくても、問題はない……というか、そもそも北方貿易はあまり盛んではありませんので、1箇所程度使用不能では、さほど不都合はないかと思うのですが……」
手にした三日月の長杖――聖女装備『薔薇の秘事』を支点に、ソファーから立ち上がった。
「だってその国がOKすれば、実質自由貿易圏が大陸中コンプリートなんでしょ? だったらゲーマーとしては完璧を目指さないとねぇ。それに第一面白そうじゃない、『我が国は魔国に与する者とは交易を結ばない。だが、伝説の剣に選ばれた者がそれを望むなら、謹んで受諾しよう』と言って、その候補者がこの国に居るなんてね。神剣とやらと勇者様とやらの顔を拝んでみたいじゃない」
まあさすがに普段の恰好だと目立つので、わざわざ昔(『E・H・O』時代)使っていた聖職者服まで引っ張り出してきたのだ。
ちなみに現在、緋雪はコラード国王と会談のために来訪中ということで、表向きは魔導人形№2『緋雪』が、命都の遠隔操作で影武者をこなしている。
「それにしても予言の勇者がまさかアレとはねぇ。どんだけ人材難なんだろう……」
首を捻る緋雪に、コラード国王も重々しい顔で同意した。
「まったくです、世界も発狂したとしか思えませんね」
◆◇◆◇
「師匠ですか? しばらく山籠りすると言って1週間前から仕事も休んでますけど?」
アミティア共和国の首都アーラにある、冒険者ギルド本部。
前もって呼び出しを受けていたDランク冒険者フィオレ(つい先ごろDランクへ昇格した)は、案内されたギルド長室で、2~3度顔を合わせたことのあるこのギルドの最高責任者ガルテと、1度だけ顔を合わせたことのある黒髪の美姫――アミティア共和国の宗主国国主であり、非人間種族の実質的神に等しい吸血姫――緋雪を前にして、部屋に案内された途端、気死寸前に追い詰められたが、お茶を飲みながらの雑談を挟んだ会話を通して、二人のざっくばらんな人柄に触れ、どうにか普通にやり取りが可能なほど、気持ちが回復したのだった。
そして、何気ない様子で訊かれたのが、
「今日はジョーイの奴も呼び出したんだが、どうにも捕まらねえ。お嬢ちゃん、なにか知らないかい?」
という質問であり、その答えが先ほどのものだった。
「「山篭り?」」
予想外の答えに揃って目を丸くする緋雪とガルテギルド長。
「は、はい。昔、ギルド長から聞いて、あの……なにかあったら使うように、言われた場所だとか……聞いてますけど?」
自身無げなフィオレの言葉に、ガルテがぽん!と手を打った。
「ああ、あそこか! 俺の自作の修行場だが、勝手に一人で行ったのか? それで1週間音沙汰なしか、ちとヤバイかも知れんな」
厳つい顔をさらに締めて、「う~~む」と唸るガルテの真剣な表情に、思わず顔を見合わせる緋雪とフィオレ。
「……そんな危ない場所なの?」
「そうですな。街からはさほど離れては居ないのですが、なかなか地形も険しい上に、あちこちに罠が仕掛けられ、その上肉食の獣や魔物も徘徊してますから」
ひょっとすると手遅れかも知れません。
そう重々しく言われて、再度、冷や汗を流しながら顔を見合わせる少女二人。
◆◇◆◇
その2時間後。
ギルドで用意してくれた走騎竜4頭立ての竜車で、緋雪たちはジョーイの籠もる山へとやってきた。
御者は別にして、この場に来たのは、護身の為に魔法使いのローブと杖を装備したフィオレと、聖職者装備の緋雪、そして細剣を両方の腰に差した、胸鎧にワンピース姿の15~16歳と思える乳白色をした髪の少女であった。
「彼女は私の護衛役でね。十三魔将軍でデモゴル――といってもわかんないか、取りあえず名前は真珠、能力バランスの良さではうちの国でもトップクラスなので、何があろうとも安心してね」
にこやかに緋雪に紹介されて、フィオレは反射的に頭を下げた。
「は、初めまして、冒険者のフィオレです。今日はよろしく…おねがいし…ます」
「初めまして、姫様の懐刀の真珠です。今回だけのご縁で、今後二度と会うことはないと思いますけど、よろしくお願いします」
微笑みながら――微妙に引っ掛かる部分もあるけれど――自然な様子で右手を出してきたので、これまた反射的にフィオレは握手した。
ひんやりと冷たい手で、ぎゅとフィオレの右手を握りながら、真珠はにこやかに続ける。
「ちなみにこの姿は便宜的なモノで、本来の姿は気の弱い方は発狂するほどおぞましいモノですが、よろしくお願いいたします」
う……っ。と思わず引き掛けたフィオレの手を握って放さない真珠。
「それと、私の役目はあくまで姫様の護衛ですので、もののついでがあれば貴女も助けますけれど、あくまで姫様の身を第一に考え、足手まといになるようでしたら、躊躇なく見捨てるかその場で喰いますので、ご留意ください」
朗らかとも言える笑顔のまま、ほとんど処刑宣告をする真珠から、フィオレは泣きそうな顔で緋雪の方へ視線を向けるが、彼女は竜車の中から大型のバスケットを取り出すため、背中を向けて、こちらの様子は見ていなかった。
「それとこの会話は姫様に聞こえないように遮断しておりますの、余計なことを喋ればどうなるか……貴女は聡明そうですのでおわかりですね?」
念を押され、コクコク頷くフィオレ。
そこへ緋雪がバスケットを両手で下げて戻ってきた。
「ごめんね~。お待たせ。――ん? まだ握手してるの?」
「はい、姫様。彼女とは気が合いそうで、ついつい長話をしてしまいました」
にっこり微笑む真珠に合わせて、凄い勢いで頷くフィオレ。
「? ふーん……それは良かった。取りあえず行ってみようか」
緋雪に促され、ようやく手を放してもらったフィオレが、大慌てでその後ろへと着いた。
◆◇◆◇
ガルテギルド長から大体の場所は聞いているが、そう簡単には辿り着けないでいた。
さほど険しい山ではないが、ところどころ崖のように険しい斜面や断崖、生い茂る潅木とが、前進の妨げとなっているのだ。素人が迷い込んだら遭難の危険もあるだろう。
玄人であるフィオレと、体力が無尽蔵の魔物二人のトリオだからこそ、どうにかなっているのだ。
ちなみに山道を行く先頭は緋雪で、それにしっかりしがみ付くような形でフィオレが続き、最後がにこにこ笑いながらの真珠で、フィオレの背中は鳥肌が立ちっ放しだった。
「確かこのあたりの……あれ?」
と、緋雪の足元で、ぱきっと何かが折れた音がした。
すると藪の中から、先端が尖った丸太――大人の胴体くらいある――が、振り子仕掛けで藪を切り裂きながら迫ってきた。
「……なんかどこぞの山を思い出すなぁ」
のんびりと過去の思い出に浸る緋雪の前に飛び出した真珠が、迫り来る丸太を面倒臭げに掌で受け止めた。
その彼女の足元で、また『ぱきっ』と音がして、反対側の茂みから矢が3本。
真っ直ぐフィオレに向かって来るのを、ちらっとみて見なかったフリをする真珠。
「ひえっ!」
なんとか躱したフィオレ。一瞬前まで彼女がいた地面に、矢が3本刺さっていた。
起き上がろうとしたところで、右手がなにか紐のようなものに引っ掛かって、『ぱんっ!』と何かが外れた音がした。
一瞬にして血の気が失せたフィオレ――と言うか3人の頭の上に、崖の上から大きな岩が落下してきた。
余計な手間を取らせやがって、という眼でじろりとフィオレを一瞥して、真珠は手にしていた丸太を縛る縄を力任せに引き千切って、そのまま迫り来る岩を殴り返した。
太い丸太が一撃で木っ端微塵になり、大岩はそのまま放物線を描いて、崖の上に打ち返された。
ズン!という震動が頭上から響いてきた――と、同時に崖の上から、謎の生物が飛び降りてきた。
上半身裸でボロボロのズボンを履き、ぼさぼさに伸びた髪の間から光る眼を覗かせた謎の生物が、右手に光る魔剣を持ったまま、一同に向け襲い掛かってくる。
「え……? あれ? もしかして」
「へっ……? あの」
「キシャアアアアッ!!」
雄叫びを発しながら剣を振り回す。それは変わり果ててはいたが、間違いなくジョーイであった。
「し、師匠っ!? どうしたんですか?」
「あの、ジョーイ?」
「ウホウホウホ――ッ!!」
必至に呼びかける二人を無視して、滅茶苦茶に剣を振るジョーイ。
「ちょっと、ジョーイ! 正気に戻って!」
「ガルルルルルッ!!」
セオリーもなにもない暴風みたいな攻撃を、自慢のスピードにモノをいわせて避けながら呼びかける緋雪だが、まったく効果がない。
しょうがないぶん殴って止めるか、と思った矢先に、
「鬱陶しい」
ぽつり呟いた真珠の手刀が、一撃でジョーイの首を跳ね飛ばした。
「「あっ」」
◆◇◆◇
「いやーっ、美味いなぁ! 久々に木の実や生の肉以外のもの食うぜ」
地べたに胡坐をかいて、バスケットの中身――緋雪が急遽用意したサンドイッチ――を、冬眠前の熊みたいにモリモリ食べるジョーイ。身体は一回り細くなったようだが、その分密度が増した感じである。
「それにしても師匠、どうしたんですか、さっきは?」
「さっき……ああ、そうか。悪い、ちょっと修行に熱が入りすぎた」
「どう修行するとああなるわけ?」
緋雪の疑問に、決まり悪げに破壊された罠を指差す。
「ほら、ここってあっちこっち罠だらけだろう。その上、油断すると魔物も襲ってくるし。だから、取りあえず動くものを見たら攻撃するようになっちまうんだ」
「……それって修行ではなくて、単に野生化しただけでは?」
フィオレの呟きに思わず、「うん」と同意する緋雪。
「人間の持つ潜在能力を開放する訓練だってガルテ先生は言ってたけど?」
さすがに自分でも、ちょっとおかしいんじゃないかという感じで、最後は疑問形で答えるジョーイ。
「いや、まあ、それはともかく、まずは無事でよかったよ」
最後、止めるのにちょっと真珠が殺して、慌てて蘇生させたわけだけど。
「ところで、なんでまた修行なんて始めたの?」
そう訊かれてサンドイッチを食べていた手をとめるジョーイ。
「……勝ちたい奴がいるんだ。ほんの1月くらい前まではほとんど互角だったんだけど、この間偶然会って剣を交わしたら、俺なんて全然勝てないくらい強くなってた。だから」
「なるほど、ライバルという奴だね。それで、修行の成果として、勝てそうなのかい?」
無言のまま、ジョーイは首を横に振った。
「こんなんじゃ全然追いつけない。いまのままじゃダメだ」
「師匠……」
心配そうに自分を見詰めるフィオレから、目を逸らすジョーイ。
「ふむ。強くなりたい、か。ジョーイ、君さえ良ければ、ちょっと面白い話があるんだけどね?」
怪訝そうな顔をするジョーイに向かって、緋雪は今回の訪問の目的を語りだし、それを聞いた少年の目が驚愕に見開かれたのだった。
本当は別な「幕間」を書いたのですが、内容がまったく緋雪ちゃんいらないところの新キャラ登場でしたので、思わず別作品でUPしました。
今回の話は、その後、急遽ネタをひっくり返したものです。
続きは本編が続いた後になります。