第十四話 天空襲来
斑鳩の奥の手――公式設定や攻略Wikiにそんなのなかったじゃない! チートじゃん!? ボクに黙ってどんだけ切り札隠しているわけ?! お母さん怒らないから言いなさい!! と問い詰めたくなる必殺技――通常の次元断層斬を遥かに上回る威力の多連複合次元断層斬によって、《暴風結界》ごとごっそりと抉り取られたためすっかり視界も確保され、日も昇った晴れ晴れとした青空の下、少し前まで廃龍がいた場所に欠片一つないのを確認して、ボクは大きく肩の力を抜いた。
終わった終わった。
帰って編み掛けのマフラーでも編んで、まったりしよう。
天気も良いので、お弁当作って公園のお花畑とかで食べるのも気分が良さそうだなぁ――そんなふうに考えていた時期がボクにもありました。
「――なんだとォ!?」
「――こんな馬鹿な!?」
斑鳩と周参の分身体(ちなみに本体は本陣で指揮の為に待機中)が、同時に驚愕の声をあげた。
あ、やばい。なんか失敗フラグの予感がひしひしと……。
できればなかったことにして欲しいし、聞きたくないんだけど……確認する前に、答えの方が目の前に落ちてきた。
轟音とともに巨大なタジン鍋――もとい、パーレンこと、しま○らさんの居城 《アルマミス》が突如、空中へ転移したかのように現れて、そのまま重力に引かれて地上へと落下した。
「なんで?!」
我知らず、ボクの喉から疑問の声があがっていた。
自力移動可能な兄丸さんの機動要塞《百足》や、ボクの空中庭園《虚空紅玉城》だって、通常航行しかできない。まして設置型のギルドホームが瞬間移動するなんて……いや、可能か!
ギルドホームも基本はアイテム扱いなんだから、プレーヤーが居ない状況なら、所有者がいくつかの部品に分けて収納スペースにしまいこむのはできる。ただし問題があって、これらの部品が1個あたりとんでもない重量値と容量値を持っていることで、筋力値が高い生産職でもなければ、まず運べるシロモノではない(それでも2~3個運ぶのがやっと)。
少なくともボクは空中庭園を作る際には、収納スペースを空っぽにして、一番軽い部品をどうにか運べた程である。
筋力値がおそらくはボクより高いしまさんでも、基本は魔法職なのだから持ち運びできる量は1個が限界。それ以上はオーバーウェイトで、その場から一歩も動けなくなるはず。だから咄嗟に《アルマミス》を分解して、収納スペースに突っ込んだとしても、その場から一歩も動けず、スキルも使えない状態で、斑鳩の放った多連複合次元断層斬の直撃を浴びしかない――というのはゲームでの常識。
だけど、この世界はゲームとは違う。たとえ本人が身動きとれなくても、一体化オブジェクトのように移動不能なわけはない。現に反則技で《アルマミス》はここまで移動してきた。なら、外部からの働きかけがあればオーバーウェイト状態のプレーヤーも動かせるということ。そして、それを成し得る存在は真下にいた。
つまり、攻撃が命中する寸前に《アルマミス》を分解して、収納スペースに突っ込んだしまさんを、廃龍が思いっきり上空へと放り投げ、自由落下しながらしまさんは再度、《アルマミス》を組み立て直したってこと。
呆然と注目していたところ、さらに着地した《アルマミス》から、ぞろぞろと吸血鬼たち――あれ? 恰好からして、ひょっとして昨日行列のサクラ役をやってた吸血鬼でないの?――が現れ、スクラムを組むとそのままドロドロと合体を繰り返して、気が付けば小型の……長さでいえば前の3分の1。質量では10分の1にも満たない廃龍が生まれていた。
「……ずいぶんと小さくなったねぇ。これなら事によれば、聖騎士でも斃せるんじゃないの?」
申し訳程度に《アルマミス》の下に張り付いている廃龍を見て、ボクは思わず首を捻った。これじゃあ蝸牛というより磯巾着だね。
「いいえ、姫様。見かけに騙されてはいけません。質量こそ減りましたが、エネルギー量は相当数保持しております。おそらくあの吸血鬼どもは第一世代か第二世代の直系眷属……聖堂十字軍とやらの成れの果ても相当数見受けられましたので、とりわけ保有エネルギーの多い個体を選別した、中枢部分かと思われます」
周参がすかさず解説してくれた。
「つまり、あんまり効果がなかったってこと?」
「残念ながら。例えるなら、いわば『トカゲの尻尾きり』……いえ、『脱皮』が現状では正確かと。不要な部分を自ら捨て去ることで、まんまとこちらの目を欺いたわけです」
「ああ、小型軽量化してスペックを上げたわけね」
まるでどこぞの有名漫画の主人公が宇宙へ行って以降の敵役みたいだねぇ。まだ、何段階か変身を残してないだろうねぇ……?
「おのれっ、ふざけた真似を――――っ!!!」
一方、まんまと欺かれた当人である斑鳩が、怒りの声と共に全身の触手の先端を《アルマミス》へ向ける。
「次元閉鎖空間壁展開!」
虹色に輝くオーロラのような壁が《アルマミス》を囲う形で展開された。
「上下左右すべてに逃げ場はないぞ! 今度こそ葬り去ってくれる! 次元断層斬!!」
ピンポイントで狙いを定めた次元断層斬が、今度こそ《アルマミス》を直撃した――瞬間、まるで舌のように薄く広がった廃龍が、ぐるりと《アルマミス》本体を守る形で覆い被さり、さらに次元閉鎖空間壁を打ち破って現れた。
「むっ。次元波の吸収を獲得したようです。このまま次元断層斬を当て続けるのは、養分を与える結果になります」
周参の分析を裏付けるように、廃龍の厚みが増してきた。
一見すると花の蕾みのような形になってきた。
「――っ!?」
慌てて次元断層斬の照射を中断しようとした斑鳩だが、それを天涯が止める。
「構わん! そのまま続けて敵の足止めをしろ! ――姫っ。第一作戦失敗と見なして、予備作戦へと移行します。よろしいでしょうか?」
「オッケー! タイミングは任せるよ」
「よし。周参、武蔵を降下させろ!」
「了解しました。……武蔵、空中庭園から降下開始しました。着弾まで残り15・14・13・12・11・10……」
上空を見上げると、膨大な衝撃波を伴って、数百mはありそうな円筒形の真っ白い筒……よく見れば人面のようにも見える巨大な物体が、ぐんぐんと高度を下げて降下してくるところであった。
十三魔将軍の一人《沈黙の天使》武蔵。
通常は置物のようにじっと空中庭園の一角に腰を落ち着けているが、ひとたび動き出せばその歩みを止める事はできない。ボクの従魔の中でも3本の指に入る巨大な質量でもって、どこまでも執拗に敵を追い詰め、最後には内蔵した全エネルギーを開放して膨大な自爆を行う(中心核になっている部分は直前に転移するので、時間を掛ければ元の大きさに戻れる)。まさに《神罰者》。
ただし機動力に問題があるので、今回は第一作戦が失敗した時の次善の策として、上空に待機した空中庭園から直接降下させる、文字通り爆撃に使うことにした。
はっきり言って威力から言えば原爆なんて問題にならない筈なんだけど。
「……6・5・4」
「総員、退避! 斑鳩っ、バリアーを張れ!」
周参のカウントダウンにあわせて、その場から一斉に退避する。
斑鳩も次元断層斬の照射を止め、即座に全員へ次元障壁を張った。
「3・2・1――」
瞬間、世界が終わったかのような凄まじい閃光が炸裂した。
もうもうと吹き上がるキノコ雲と、薙ぎ倒されてまっ平らになった国境の山岳地帯。
そして、爆発の中心に立つ巨大な花弁――廃龍と《アルマミス》の複合体――が、ほぼ無傷な状態で残っていた。
「化物め! これですら斃せんのか!?」
天涯の驚愕の声に、周参の淡々とした声が答える。
「いえ、直前で撃墜されました。重力波と次元波の複合技のようですが、さすがにエネルギーの消耗も激しく、復活してからいままで蓄えた分とプラスマイナスゼロというところで――いかん!!」
周参の声がいきなり焦りを帯びた。
「廃龍が……」
あとは聞かなくてもわかった。巨大な蛇はその体をほどくと同時に、《アルマミス》を乗せたまま、全身で大地を打ったかと思うと、その反動で一気に、まるでロケットの発射のように、真っ直ぐに上空――成層圏に浮かぶ空中庭園《虚空紅玉城》へと向かって飛んでいったのだ。
大地が波のように揺れ、とてつもない量の土砂が吹き上がって、ボクたちの視界を塞ぐ。
「空中庭園まで到達……13・12・11・10・9・8・7・6――」
カウントダウンを続ける周参に向かって、天涯が緊迫した声を張り上げる。
「空穂へ緊急連絡! 即座に奴を迎撃せよ!」
◆◇◆◇
難攻不落を誇っていた空中庭園に、この日、史上初めて激震が襲った。
あちこちから悲鳴と困惑の叫びがあがり、血の気の多い住人のほとんどが外に飛び出した。
彼らが見たのは空中庭園の北端――虚空紅玉城がある部分を南方と見立てて、一番外れを北方としている――民間施設からも程近い場所に突如現れた、肌色の巨大な蛇か蛭のような化物の姿であった。
『空中庭園北方に侵入者あり!! 魔将及び列強級魔物は排除に向かえ! それ以外のものは退避せよ!』
国全体を覆い尽くす緊急警報が鳴り響く。
声の主は今回、留守居として残っていた四凶天王の空穂である。
彼女は何度かそれを繰り返したのち、半ば本性を顕わにした獣面から青白い炎を吐きながら、背後に控える重臣たちを振り返った。
「なんたる失態であろうか! この妾がムザムザ敵の侵入を許し、あろうことか姫様の御座所を穢すとは!! おのれ許さじ! 許さじ! かくなる上は妾自ら下郎を誅殺してくれようぞ!!」
憤怒の形相も凄まじく、即座にその場から現場へ向かおうとするのを、慌てて周囲が止める。
「お待ちください。現在、円卓の魔将が現地へ向かっております。万が一にも本陣が狙われ、姫様の玉座に傷がつくことがあれば、それこそいかなる釈明もありますまい。お辛いでしょうが、空穂様はこの場にて玉座をお守りいただきとうございます」
切々と訴えられ、ようやく踏み止まった空穂は、手にした扇を二つにへし折った。
◆◇◆◇
「なんでぇ、こりゃ?」
鍋の火を止め、現場に駆けつけた《オーク・キング》凱陣は、目の前に聳え立つ巨大な肉の壁に眉をひそめた。
見たことも聞いたこともない魔物の姿に、修羅場で鍛えられた彼の勘が最大限の警戒を促す。
「《オーク兵召喚》」
まずは一当たり。
そう考えて、手に手に槍や手斧を持ったオーク兵を3ダースばかり召喚して、「行け!」突撃させる。
一斉に武器を振りかざしたオーク兵が肉の化物へと向かう。
ズブッと案外軽い手応えでその皮膚を破り、血を垂れ流す化物。
――なんでぇ、見掛け倒しか。
そう思った瞬間、肉壁のそこかしこから細長い腕が生えて、圧倒的な数でオーク兵たちを拘束して、そのままズブズブと肉壁の中へ引きずり込む。
最初、抵抗しようとしたオーク兵たちだが、なぜか途中からがっくりと力をなくし、無抵抗のまま捕食されてしまった。
「野郎っ!!」
怒りに燃えた凱陣の拳がそこへ放たれるが、ずぶっと硬い泥を叩いたような手応えで、二の腕まで化物の腹に収まってしまった。
「うおおおおっ!?」
慌てて距離を置こうとするが、這い出した腕が全身に絡みつく。
それでも全力で体を引き剥がそうとする凱陣だが、掴まれたところから凄まじい勢いで、生命力が吸収されるのを感じた。
「ぐおおおおおおっ!!」
思わず絶叫を放った瞬間、虚空に白刃が煌き、不意に体の拘束が解けた。
「大丈夫か、凱陣」
見れば全身の刃を極限まで伸ばした《魔剣犬》壱岐が、その場に立っていた。
「おお、壱岐の旦那か。助かったぜ。だが、マズイぞ。こいつ直接接触したところから生命力を吸いやがる。俺だからなんとか持ったが、列強クラスでなきゃひとたまりもねえ。蹴ったり殴ったりはヤバイ」
「……なるほど。捕まったらお陀仏か」
基本、接近戦メインの壱岐も、難しい顔で眼前の敵を睨み据えた。
と、見れば他にも血気と義憤に駆られた住人たちが、雪崩を打って化物に向かって行くのが目に付く。
「いかん! このままでは姫様の臣民が無駄死にすることになる。俺はなるべく前線で連中のフォローに回るので、お前は後続を止めてくれ!」
「おう! わかりやしたぜ」
そのまま前後に分かれて走り出そうとした二人だが、化物の全身に開いた目が赤く輝くと、その場から一歩も身動きができなくなってしまった。
「な……なんでぇ……こりゃ……」
「まさか……姫様の魔眼……?」
凝然と立ち尽くす二人に向かって、おぞましい触手が迫る。
「「ぐおおおおおおおっ!?!」」
絶望の唸りをあげた二人の前に、右手に金襴の袈裟をまとった三目の僧侶が舞い降りてきた。
「喝っ!!」
精神波を伴ったその一喝で、二人の金縛りが解ける。
「九重か! 助かったぞ」
壱岐の言葉に軽く頷いた七禍星獣№9《鬼眼大僧正》九重。
「この場はそれがしにお任せあれ。お二方は急ぎ避難と誘導をお願いいたします」
髑髏と背骨でできたような杖『飢魂杖』を地面に突き立て、アンデッドを召喚しながら、早口で指示を飛ばす九重。
「――だが、貴様一人でこの化物を押さえるのは不可能だぞ?」
生命力を吸われ、魔眼の拘束で精神も消耗した凱陣に肩を貸しながら、壱岐が硬い声と表情とで問い掛ける。
「ご安心くだされ。それがしのみならず、円卓の魔将も集結しつつあります」
言われて頭上を振り仰げば、巨大な影が次々とこの場に近づいてくるのが見えた。
「わかった。頼んだぞ」
「お任せくだされ」
一礼した九重は、二人がこの場を後にしたのを確認して、飢魂杖を大きく振りかざした。
「行けっ、不死なる軍団よ! 我が国土、我らが敬愛する姫の所有物を穢した罪の重さ、魂の奥まで教えてしんぜよう」
膨大な数のアンデッドたちが、一糸乱れぬ行軍で廃龍へと向かって行った。
予定では九重はここで戦死して、№9は別の彼にバトンタッチの予定でしたけど、前回もさんざんでしたので今回見せ場を作りました。
彼の評価が微妙なところもありましたし。