第十三話 魔城破壊
今回で七禍星獣全員がでました。
まずは最初に廃龍の前に立ち塞がったのは、七禍星獣の№7.《アプサラス》七夕であった。
自前の純白の翼――一見すると天使のような姿だが、これは白鳥の化身たる彼女の象徴でもある――で、廃龍の進行方向真正面に降り立つと、速やかに翼を消し、恐れ気もなくその柔和……というには妖艶すぎる顔に、蠱惑的な笑みを浮かべた。
直径だけでも数百mはありそうな廃龍に比べれば吹けば飛ぶようだが、現在の彼女の身長は普通の人間の3倍ほどもある。
その両脇に彼女を守る形で2匹の麒麟が待機していた。……いや、2匹というのは正確ではない、麒麟の『麒』は雄を指し、『麟』は雌を差すように雌雄2匹で1対の七禍星獣の№5.麒の『五運』と麟の『五雲』である。
「……このあたりでよかろう。なにかあれば我が盾となるゆえ。七夕、汝は存分に姫様の勅命を果たすが良い」
「万一の怪我などがあれば、わたくしが癒しましょう。ご武運をお祈りしていますわ」
交互に声を掛ける同輩に微笑を返して、七夕はゆっくりと前進しながら廃龍との距離を縮める。その足取りは軽くすでに恍惚たる忘我の域に入っていた。
短い腰衣をまとっただけで、豊満な胸を誇るように惜しげもなく、さらけ出した美女。その魅惑的な全身には、額飾り、髪飾り、耳飾り、首飾り、胸飾り、指輪、腕輪、足輪などがふんだんに飾り立てられ、それらすべて金細工の装飾が施され、歩くたびにシャラーン、シャラーンと振るえ、鈴のような涼しげな音がこだましていた。
やがて全身でリズムをとり、七夕はその場で舞を踊り始めた。装飾品を打ち鳴らし、ステップを踏みながら、手足の先、視線、髪の先までもすべて淀みない流れのような、柔らかでかつ力強い動きで、肢体すべてをゆるやかにくねらせる。
まさに神舞。霊妙かつ幻想的な音と動きは、見る者の魂まで引き込まずにはいられない、天上の踊りであった。
周囲を警戒するため、この辺りまで先行していた聖王国と帝国の歩哨たちも、いつしか状況を忘れて見入っていた。いや、ろくな知性がないはずの廃龍ですら、その場に留まり彼女の舞に目を奪われているようであった。
やがて、周囲の光景が少しずつ色褪せ…まるで蜃気楼のように、ゆらゆらと揺れ、自分が立っているのか座っているのかすらわからないような、感覚そのものが不明瞭となる不可思議な現象が、その場にいた全員へと襲い掛かってきた。
「……《幻力結界》。見事なものだ。こうして心構えをして、目を閉じていた我々さえも、しかと現実と虚構とが区別できん」
溶けた絵の具で構成されたような周囲の光景を眺めながら、五運が思わず……という風に感嘆のため息を漏らした。
「ですが完璧でもありません。さすがにあの巨体すべてを結界に閉じ込めるのは不可能でしょう。先頭部分を幻惑させても、それ以外の部分が正気であれば、ほどなく力ずくで突破されるのは必至。注意してください」
硬い声で窘める五雲。
「ふん。そのために他の者が配置されているのだろう。仮にも円卓の魔将、この程度の雑事がこなせぬようなら、さっさと引退するべきだな」
五運が嘲笑う。
◆◇◆◇
「ふん。図体ばかりでかいウスノロ相手というのは、いささか面白みがないが……まあ、他に能がない分、せめて大きさでなんとかしようという肚か」
目の前で蠢く廃龍の横腹を眺め、十三魔将軍・牙門は「ふん」と鼻を鳴らした。
とは言え、そういう彼自身も身長50mの巨人――巨神である。
彫りの深い端正といっても良い顔立ちに分厚い胸板、鍛え上げられた腹筋、巨岩のような両足。ただし下半身には蛇のような尻尾が生えとぐろを巻き、両腕はメインの逞しい2本を別にして、太さも長さもまちまちな副腕が計98本の合計100本ある――嵐の怪物テューポーン。それが彼の真の姿であった。
「――さて。どうやら七夕も始めたようだ。姫様もご覧になってらっしゃる、こちらも無様な真似はできんか」
そう一人ごちながら、おもむろにすべての腕を広げる牙門。
「――かああああああああああああああああっ!!」
咆哮とともにすべての掌の上に牙の生えた口が開いた。一見すると無数の蛇のようである。
それらが一斉に周囲の空気を吸い込み始めた。
凄まじい勢いで吸い込まれる風に、土砂が舞い上がり、岩が削れて粉々になり、廃龍の巨体ですら、吸い寄せられられ、ズルスルと引き伸ばされて来た。
程なく、充分な空気を溜め込んだ牙門の腕の口が、今度は先ほどの勢いの数倍の威力で、轟々と風を吹き出し始めた。
さらに両腕を振り回し、トドメとばかり、尻尾を基点に全身を回転させる。
いつしか彼を暴風の中心として、凄まじい勢いの砂嵐が廃龍の巨体すべてを、すっぽりと覆い尽くした。
困惑した様子で身をよじる廃龍。
しかし、牙門の回転は留まることを知らず、暴風は竜巻と化して、天に届かんばかりの砂色の柱と化した。
「行くぞっ」
牙門の巨体が自らの生み出した大竜巻に飲み込まれて浮き上がる。
凄まじい回転エネルギーで加速しながら、一気に竜巻の最上部まで達した牙門は、真下に見える廃龍の中心部に狙いを定めると、弾丸のような勢いで螺旋を描きながら、超弩級の蹴りを放った。
音速を突破する勢いで放たれた50mの弾丸が、廃龍の中心部をごっそりと抉り取る。
純粋な物理攻撃に、あらゆるエネルギーを吸収し得る、さしもの廃龍も成すすべなく、身悶えして苦痛の声をあげた。
「――ふむ。少し外したか? 一撃で両断するつもりだったのが」
着地の衝撃で作られたクレーターから、のっそりと這い出した牙門が、攻撃の成果を見て、若干不満そうに呟いた。
「おいおいおいおい! 面白いことやってるじゃないか、牙門! てか、お前の役目って、足止めだったんじゃないのかよ、おい?」
そこへ愉しげな口調で、上空で待機していた十三魔将軍 《ハヌマーン》 白夜がやって来た。
同じ風属性ということで、牙門が作る《暴風結界》を維持するサポート役のはずだったのだが、彼の行動を見て、押さえが利かなくなって降りてきたらしい。
「ふん、《暴風結界》で足止めしろとは命令されたが、別に斃して悪いとも言われておるまい。言われたことを言われたままに行うだけでは、忠臣とは言えまい。それに第一、面白みがない」
詭弁とも言える牙門の説明に、呵呵大笑する白夜。
「その通りだな! いや~~っ、お前、固い奴かと思ってたら、意外とおもしれーわ! そーだよな。さっさと斃しちまえばいいんだもんな! よしっ、やるか!!」
白夜も勇躍飛翔すると、風に乗って超高速で飛び回りながら、三面六臂のそれぞれの腕に、金剛杵、三叉戟、金剛鈴、金剛剣、輪宝、羯磨金剛を、どこからともなく取り出して構えた。
「ふん。肝心の《暴風結界》の維持を疎かにするなよ」
その背中に声を掛けつつ、再びその場に竜巻を作り出す牙門。
「ぃやっほおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
嬌声をあげながら廃龍の全身を、ズタズタに切り裂く白夜。
廃龍は怒りの唸りと共に、ついに全身に魔眼を開くが――、
「はははははっ! そんなトロトロするわけねーぜっ!!」
まさに目にも止まらない動きに加え、瞬間的な時間の跳躍・停止・逆行まで使用する白夜を捉えきれるわけもない。
さらにそこへ再び、超加速で撃ち出された牙門の蹴りが炸裂する――かと思われた瞬間、廃龍の全身から、紫色の熱線が全方向へランダムに発射された。
「――ぬう。これは熱量もさることながら、痺れが……!」
何本かの熱線の直撃を受けた牙門は、手足の先に痺れを感じて、背中にある《アルマミス》を狙った蹴りが、大きく狙いを外して背中の一部を削るに留まった。
轟音と共に大地へ不時着した牙門へ、追撃の熱線が襲い掛かる。
「ぐううううっ。接近し過ぎたか……」
麻痺効果で身動きが取れない牙門は、じりじりと削れて行くHPを感じて歯噛みした。
見れば白夜も、ほとんど無秩序な熱線の乱射に逃げるので精一杯の様子である。
これまでか。
そう思われた時、不意に牙門の前に現れた何枚もの鏡が、彼を直撃しようとした熱線をすべて反射した。
自らの攻撃を自ら受け、身悶えする廃龍。
見れば、まるで雪の欠片のように、廃龍の周囲を、きらめく鏡が覆って、ほとんどの攻撃を反射させていた。
「……《鏡面結界》。八朔の仕事か。助けられたな」
ほっと息を吐いた牙門は、安堵と自虐がない交ぜになった口調で呟いた。
◆◇◆◇
戦場の上空。
朝焼けを浴びて雲のように浮遊する白い獏――七禍星獣の№6の《白澤》陸奥に平行して飛行する、単眼にコウモリのような翼の生えた同七禍星獣の筆頭・周参の分身体が、げんなりした口調で現状を説明していた。
「廃龍が熱線攻撃――麻痺効果も付随しているな――を獲得。基本は以前に確認した細胞を自滅させての聖光弾と同一のものだが、アレンジを加えてきおったな。よほどエネルギーが有り余っているのか、はたまた牙門と白夜の二人が放った物理攻撃が功を奏したか……どちらとも取れんが、藪をつついて余計な攻撃手段を獲得させてしまったわい。まあ、この調子で無駄弾を撃って、エネルギーを使い果たしてくれれば御の字なのだが……いかんな、やはり学習し始めた。段々と牙門と白夜への集中が正確になってきた」
「まったく、好戦的な武闘派はこれだから困るねぇ。まぁ自業自得とは思うけど、流石に見殺しにするわけにはいかないからねぇ。助けないとまずいだろぅ……お願いできるかなぁ、八朔ちゃん?」
陸奥が眠たげな口調で、かなりどうでもよさげに、自分の背中に乗る同僚へと語りかけた。
「……ん」
陸奥の背中の上、吹けば飛ぶような赤い着物を着た黒髪の小さな――10歳くらいの女の子が、無表情な顔で小さく頷いた。
その手の中には、4×4マスの小さな鏡でできたキューブが存在する。
「1枚が2枚、2枚が4枚、4枚が16枚、16枚が256枚、256枚が65,536枚、65,536枚が……」
ぶつぶつと言葉を発しながら、手の中のキューブを組み合わせる。そのたびに少女の周囲に四角い鏡が現れ、次々と周囲の空間を埋め尽くしていった。
「鏡は魔を映し、真実を暴き、魔を退ける……《鏡面結界》」
ぽつりと最後に付け加える少女――七禍星獣の№8.《雲外鏡》八朔。
「さすがだねぇ」
「うむ。見事である」
陸奥と周参の賞賛の声にも特に感じた風もなく、八朔はさらにキューブを操作する。
「――展開っ」
鏡が一斉に空中を移動して、あるものは牙門を守る形で、あるものは白夜をフォローする位置へ、そして残りは廃龍の全身へと散らばり、麻痺光線を完璧に反射した。
凄まじい勢いでキューブを操作する八朔だが、その顔にはまだまだ余裕があり、涼しげですらあった。
「ふむ。牙門も離脱したか。まったく……言われたことをやっておれば良いものを、どうにもウチの連中は血の気が多すぎて連携には向かんな」
慨嘆する周参。
目標がなくなり、攻撃がすべて反射される痛みに遅まきながら気が付いたのか、廃龍の麻痺光線が、目に見えて少なくなってきた。
進行方向を欺く七夕の《幻力結界》。全体を砂嵐で囲んで惑乱させる牙門の《暴風結界》。そして反撃を無効化させる八朔の《鏡面結界》。
三重の結界を現状維持することで、足止めという当初の目標は達成できたか。と、そう判断する周参。
その目の前で、どことなく不満そうな表情で、八朔が素早くキューブを操作した。
「……照魔光発射」
その途端、すべての鏡から浄化の光が放たれ、廃龍の全身を焼き始めた。
「――っ! なにをしておる、八朔!? 攻撃しろなどという指示はだしておらんぞ!」
周参の怒号に、八朔はぷいと顔を逸らした。
「ずるい」
「なにがだ?」
「牙門と白夜だけ、好き勝手やって、ずるい」
だから自分も攻撃するというのか!?
唖然とする周参を取り成すように、陸奥が眠たげな口調で言い添えた。
「まぁ、僕らなんだかんだ言って、全員、負けず嫌いの武闘派だからねぇ……」
◆◇◆◇
「……まったく。どいつもこいつも“足止め”という意味を履き違えているな」
そこからさらに離れた上空を浮遊していた直径70mを越える光り輝く多面結晶体。十三魔将軍の筆頭《ヨグ=ソトース》斑鳩が、不満げな唸りを発した。
まあ、最初に調子に乗ったのは牙門と白夜の奴だからな、私の監督不行き届きと言われればそれまでだが。
取りあえずこの件が終わったら、あの二人には厳重注意を行うことにして、斑鳩はその巨大な単眼を《暴風結界》に覆われた廃龍に向けた。
いかなる分厚い雲や土砂に覆われていても、空間自体を感知できる彼にとっては、この程度の障害などないも同然である。
素早く全身を走査して、焦点を狙うべく急所――敵の居城たる《アルマミス》――へと向ける。
「高エネルギー反応あり。このエネルギー量は間違いなくプレーヤーだな。これ見よがしに城を乗せているので、或いは囮かと思ったがどうやらご在宅だったらしい。ふざけた相手と憤慨すべきか、肝が据わっていると賞賛すべきか、少々判断に迷うところだな」
おそらく昔は戦ったこともある筈だが、ソロで立ち向かってきたらぽっくや、自分の攻撃をことごとく避けて攻撃を加えてきた緋雪と違って、今回の相手は生憎と彼の記憶にはなかった。
「……つまりは記憶に残らぬほど小物だったというわけだな」
本来なら戦いに先駆けて名乗りを上げるのが彼の流儀で、今回のような不意打ち・闇討ちの類いは、好みから外れている。
――まあ、その程度の相手なら好みだなんだ言うほどもあるまい。
そう折り合いをつけて、斑鳩は全身の魔力を次元断層斬のため、集中し始めた。
「全力で《アルマミス》を破壊せよとのことであるが、次元断層斬をこの一点に集中した場合、確実にマントル層まで貫通するな。下手をすれば中心核と地軸にも深刻なダメージを与え、地上の住人が全滅する恐れもあるが……まあ、いい。所詮は塵・芥のようなもの、我の知ったことではない」
淡々と恐ろしい予測を立てて実行しようとする斑鳩。
「まてっ。斑鳩、姫からの指示が来た。そのまま少し待てとのことだ」
と、機先を制して、傍を併走していた周参の分身体から、待ったが掛かった。
「どういうことだ? すでにエネルギーは臨界なので、さほど時間は置けんぞ?」
周参が斑鳩の質問に答える前に、天涯に乗った緋雪が、大慌てで降下してきた。
「――ちょっ、ちょっと待ったーっ!!!」
「これは、姫様。このような場で陛下の玉顔を拝し奉り、この斑鳩、無上の慶び」
「いやいや、挨拶はいいから。とりあえず、マントル層破壊とかそれなし! なるべく他に被害がでないように、希望としては地味に、限りなく目立たないように、世間に知られず控えめに、ひっそりと何気なく殲滅してくれればいいから!」
緋雪のかなり無茶な要求に、「ふむ」と全身の触手をくねらせて考え込んだ斑鳩は、なんでもない事の様にあっさりととんでもない提案を口に出した。
「それでは、一点突破ではなく広域殲滅――多連複合次元断層斬にて、この廃龍とやらを消滅させてご覧にいれましょう」
「消滅……って、できるの?」
最大火力を誇る天涯と、それに及ばないながらも破壊力だけなら真紅帝国でも3本の指に入る出雲の2面攻撃でも、斃しきれなかった相手を、あっさりと殲滅すると言い切る斑鳩に、当然のことながら緋雪が疑問の声をあげる。
「勿論でございます。確かに私は天涯殿には破壊力で及びませんが、その分、敵の占有する空間を捉えて、無駄にエネルギーを垂れ流さず、最小限のロス――計算したところ0.3%というところでしょうか――で効果的に空間破砕を行う自信がございます。これであれば、確実に廃龍を消滅可能かと」
慇懃ながら、ところどころ皮肉る言葉尻に、天涯がギリギリと奥歯を噛み締めた。
「成功率97%。当方の計算でも斑鳩殿の攻撃で、廃龍を消滅させられると算定しております」
周参も太鼓判を押したことで、緋雪も腹をくくったらしい。
「わかった。全力で廃龍を消滅させて!」
「承知いたしました。――危険ですのでお下がりください」
「ふん! 私めが姫の玉体に傷ひとつつけるものか」
斑鳩の指示に、ぶ然と答えて天涯がその場を離脱する。
「さて。行くか」
改めて《暴風結界》越しに廃龍を確認すると、諦めたように動きを止めているのが見えた。
的にしてください、と言わんばかりの態度に、一瞬ながら不審を抱いた斑鳩だが、すでにエネルギーは臨界すれすれまで収束している。
なにか相手が手を打つ前に破壊すれば良いまでのこと。
そう判断した斑鳩は、全魔力を精密に測定した廃龍の全身へと叩き付けた。
「多連複合次元断層斬っ!」
虹色の光芒が、廃龍が占有していた空間ごと、ごっそりと消し飛ばした。
【七禍星獣メンバー】
№0・・・零璃:水の最上位精霊(番号外)
№1・・・壱岐:魔剣犬(欠番)
№2・・・双樹:緑葉人(欠番)
№3・・・周参:ゲイザー
№4・・・蔵肆:翼虎
№5・・・五運・五雲:麒麟の麒(雄)・麟(雌)
№6・・・陸奥:白澤
№7・・・七夕:アプサラス
№8・・・八朔:雲外鏡
№9・・・九重:鬼眼大僧正