第十二話 黎明決戦
記念すべき第100話になります。
長々とお付き合いありがとうございます。
ユース大公国と隣国グラウィオール帝国との国境――峻厳な峰峰が立ち並ぶ天然の要害を、まるで子供が砂山を崩すように意に介さず、巨大なモンスターが直進していた。
漆黒で両刃の細身の刀身が半ば透き通った愛剣『薔薇の罪人』を地面に突き立て、両手をその薔薇の意匠が施された柄頭に置いた姿勢で、遠くほのかに白んできた地平線に浮かび上がる、巨大かつ魁偉なシルエットを見据えながら、真紅帝国の《姫》緋雪は、厳しい口調で呟いた。
「できれば機動力の生かせる平原で勝負を決めたかったけど、そうも言っていられないか」
戦闘ドレス『戦火の薔薇』。戦闘黒翼『薔薇色の幸運』。左手盾装備『薔薇なる鋼鉄』等々、すでに決戦装備を着用して、準備万全たる様子である。
それから、ちらりと山脈の手前にある、わずかに拓けた平原に張り付くようにして陣を張った、イーオン聖王国の聖騎士団1万余りが、待機している様子を見下ろした。
当初は10万規模の志願兵・義勇兵を徴集して、『聖戦』による凶戦士化で対抗しようとした聖王国側であったが、みすみす廃龍に餌を与えるだけ、という緋雪の主張を全面的に受け入れたグラウィオール帝国皇女オリアーナの説得――という名の脅迫により、今回の出兵は正規軍の、それも攻撃魔術や回復魔術(聖教でいう「神の奇跡」)が使える聖騎士・神官主体よる1万人規模のものへと変更された。
聖王国側の手はずはこうなる。
接近してくる廃龍に対して、攻撃役の聖騎士2,000名がこれを取り囲む。さらにこの後ろに交替役の聖騎士4,000名が陣取る。そのさらに後方に回復役の神官や、緊急時のバックアップ要員を配置する。
前線の聖騎士は有効射程ギリギリから聖光弾等を連射。どれだけ魔力を消費しても、全員が出し惜しみせずに使用して攻撃を叩き込む。回復役は回復と魔眼による精神防御に専念。
当然、前線の聖騎士は程なく魔力を使い果たすので、無理をせず後続の者と入れ替わる。この形で間断なく攻撃を浴びせることで、相手の再生力を上回る攻撃を蓄積させようというものである。
「――まあ、考え方は間違ってはいないかな。要するにMMORPGでは定石の『チェイン・ヒール』だし。ボス級モンスターを相手にする場合は、敵の攻撃力を上回る回復手段を用意するのは当然だからね」
いちおうの評価をしながらも、なぜか難しい顔をする緋雪。
「ご懸念がおありですか?」
背後に控える天涯の問い掛けを受けて、厳しい言葉で緋雪が言い継ぐ。
「問題はこの人数で支えきれるかどうかなんだよね。いちおう周参の分析では、聖光による攻撃はダメージを与えられるし、現状、飛び道具のない廃龍には有効な戦術だろうということだけど。全細胞を削ぎ落とすまでに、最短でも8時間は持ちこたえなければ無理とでている。
一応、バックアップ要員や交代制で聖騎士の負担を減らしていると言っても、生身の人間が極度の緊張感を感じる前線で長時間持ちこたえられるか疑問だし、それに現状飛び道具がないと言っても、今後どうなるかは不明……というか、多分、対応策を取ってくると思う。
そして、廃龍だけならまだしも、しまさんが総力をあげて相互連携攻撃を仕掛けてきた場合、聖騎士たちが持ちこたえられるかどうかだけど」
いったん言葉を切った緋雪は、はっきりと首を横に振った。
「まず無理だね」
「……やはり無理ですか」
後方に控えていたレヴァンが、呻くように言葉を挟む。
「どう考えても火力が足りなさ過ぎるよ。せめて1時間程度で斃せるなら、まだしも遣り様はあるだろうけど、正面から激突したら人間にどうこうできる相手じゃないよ、どちらも」
本来、超越者に対抗できるのは超越者のみ。
その事実を緋雪の間近に接して、骨身に沁みて理解しているつもりのレヴァンであったが、身も蓋もない調子で明瞭に自分達の力不足を指摘されれば、やはり戦士として忸怩たるものがある。
そんな彼の心中を知ってか知らずか、緋雪は淡々と続ける。
「なので、彼らはあくまでいざと言う場合の足止めくらいに考えて、日の出と共にこちらから先制攻撃をかける。できれば大規模火力で一掃したかったところなんだけど、前回の戦いで光・雷・重力は封じられたため、残念ながらあの質量を一撃で消滅させることは難しいだろう。
まあそれ以外の攻撃手段も山ほどあるけど、中途半端な攻撃だと学習される危険があるからねぇ。
なら、廃龍を攻撃するよりも、大本である吸血鬼のしまさんを斃した方が早い。そんなわけで、なんとかして、彼に的を絞りたいところなんだけど……」
ここでため息をつく緋雪。
「あちらもわかっているからねぇ。すっかり蝸牛の殻に隠れて出てこないし」
「なるほど。それで、どうやって殻から出させるんですか? ――なにか手が?」
首を捻ったレヴァンに向かって、自信満々な顔で頷く緋雪。
なぜか片手で長い黒髪をたくし上げ、白くて魅惑的なうなじをあらわにしながら、もう片方の手でスカートの裾を抓んで、太股のあたりまで軽く持ち上げる。
「うむ。とりあえず私が目立つところで、一枚ずつ脱いでいけば、しまさんのこと、マッハで確実にかぶり付きに来る」
「「却下です!!!」」
すかさず天涯と命都のNGが入った。
「……というのは冗談で」
いまの絶対、本気だったろうな…と思うレヴァンの前で、緋雪は白々しい笑みを浮かべて、側近達の列の先頭方向に立つ白髪で黒人の美青年――十三魔将軍の筆頭たる斑鳩(の化身)を振り返った。
「天涯と出雲の攻撃が通じない以上、現在使える最大の火力はヨグ=ソトースたる斑鳩の次元断層斬のみ。ならば廃龍に乗った本拠地に的を絞って、一発でこれを破壊――できれば、しまさんごと吹っ飛ばせればベストだけれど、たとえ直撃しても私ですら一発くらいは耐えられるので、プレーヤー相手にさすがにそれは虫がいいだろう。なので、取りあえず裸にして、速攻で攻撃を加え、隙を見て私が封印する予定」
「なるほど、最大の好機は。最初の一撃にあるというわけですな」
斑鳩が大きく頷いて、緋雪の意を汲み取った。
「そういうこと。しまさんがこちらの意図を見抜く前に、とにかく速攻で次元断層斬を叩きつける。これが、成功すればかなり早い段階で勝負をつけることができる。だから、斑鳩は手加減抜きで全魔力を注ぎ込むこと」
「承知いたしました。姫様のご期待に応えられますよう、微力ながら私の全力を尽くしてご覧に入れます。……無意味に手加減をして、またも敵に塩を送るなど滑稽ですからな」
殊勝に片膝をついて一礼する斑鳩だが、一瞬、ちらりと緋雪の傍らに従う天涯を見て冷笑を浮かべる。
「――っっ!!」
明らかな自分への皮肉に気色ばむ天涯だが、「天涯殿っ」命都にたしなめられ、踏み出しかけていた足を戻した。
代わりに一歩前に出た命都が、東の空に目を向けて緋雪に指摘する。
「姫様、太陽が地平線から昇り始めましたが、そろそろ予定時刻なのではありませんか?」
「いや、戦闘開始は完全に日が昇ってからだよ。耐性があるとはいえ、やはり太陽光は弱点足り得るというのが、周参の分析だからね。……とはいえ、そろそろ準備したほうがいいか」
頷いて、再び側近達の列に目を向ける。
「斑鳩は上空で待機。対魔眼用の目くらまし班――七夕、八朔、牙門は、所定の配置について!」
「「「「はっ」」」」
名を呼ばれたものは、即座に位相空間に移動したり、騎獣に乗って駆け出したり、その巨体で走り出したり、自らの翼で飛び立つなど、バラバラながら廃龍の進路上、所定の位置へと全力で向かった。
「天涯、こちらも全体の位置が見えるところに移動する。命都は私と従魔合身。周参は分身体をできるだけ、戦場一杯に配置。いざと言う時の全軍の指揮は任せる。
他の者はこの場に待機、当初の作戦が失敗した場合は、各自の波状攻撃により廃龍の殲滅を行う。ただし近づきすぎると喰われる危険があるので、遠距離攻撃に終始すること。途中で相手が自分の攻撃に耐性・捕食を開始したら即座に戦場から離脱、タイミングは周参の指示もしくは親衛隊の天使に従うこと!
獣人部隊は帝国軍と協力して、聖王国軍が崩れた場合の穴を塞ぐか、無理なようなら即座に退却して国境線で待機。そこを最終防衛線とする」
『はは――――っ!!!』
続けざまの指示に従い、全員が一礼したのを見届けてから、緋雪は命都と従魔合身を行い、龍形態になった天涯の背中に乗った。
「行って、天涯!」
「はっ!」
即座にその場から飛び立った黄金龍の煌く巨体を、この地に集結した三ヶ国の混成軍が見上げる。
姫陛下のお出ましに、(聖王国軍の聖騎士達は別として)期せずして、戦場に地鳴りのような鬨の声があがった。
この世界に来て初めてとも言える、勝敗のわからない戦い。
密かに不安と恐怖に駆られていた緋雪だが、人々の声に後押しされて、微かに笑みを浮かべた。
ちょっと時間がなくて、戦闘シーンまで書けませんでした、、、。
今回、名前が出てきた、八朔と牙門はそれぞれ七禍星獣と十三魔将軍です。詳しい能力や姿は次回となります。