真由美の場合、エピローグ
さて、初恋の話だ。
だいぶ遅咲きだったんだよ。それも自分から好きなったわけではなくて、向こうから好きなってもらった形でな。
贅沢な話だと思うんだが、これがお互いにやりたくもない見合いの席が出会いだったから複雑でなあ。
二年近く前、両親が戻ってくるように言ってきた。
それも一時帰省ではなく、仕事を辞めて帰って来いというのだ。
理由を尋ねると「結婚してほしい」と言ってきた。冗談じゃない。
何が嬉しくて、親の言うままに嫁ぐ自立した社会人がいるというのだ。
断る! と電話を切り、何事もなく仕事に励む毎日に戻った。
しかし親も粘るもの。睡眠時間を削る勢いの電話攻撃が襲ってきた。
着信拒否をしたいぐらいだったが、そんなことをして実家から本人がやってきたら住み着く勢いで説得してくるに決まっている。
精根尽き果てたので、「見合いだけなら……」と白旗を上げた。
有給をとり、実家に戻る。この歳になって振袖を着ることは断固拒否して、スーツ姿で見合いに臨んだ。
現れた相手は、実に場違いだった。
見合いなどしなくても確実に相手が見つかるだろう顔の良さも、仮にも見合いの席で見せるにふさわしくない不機嫌そうな表情も。
つい、「本日は縁がなかったということで……」と言いつつ退席しそうになったが、親がテーブルの下で服を掴んできたので叶わなかった。残念。
普通なら、「あとは若い人同士で……」と早々に二人きりにさせるのだろうが、明らかに乗り気ではない当人たちの様子に結託されるのを恐れたのか、互いの両親は和やかな空気を演出するべく会話を続けていく。
ほとんど事情を聞かないままに見合いの日を迎えてしまったが、目の前で交わされる親たちの会話で真相を知ることができた。
要するに、深い意味はない、というむなしい事実だった。
いや、親同士の約束で子供を結婚させようなんてことは、意味がないだろう?
本人たちの意思を無視して何言ってるんだ、そういう目論見があるなら幼いころから接触させて親交を深めさせておくとかやりようはあるじゃないか。
初対面だぞ、初対面。
なんでも、男側の両親は海外にも事業を広げている会社を経営しているらしく、日本に戻ってきたのは最近の事らしいのだ。
なんだってそんな忙しい方々と友人関係を築いているのか。
子供が干渉しようのない過去の出来事を責めてみるが、それで今が変わるわけでもない。
そして、三十を迎えたいい大人に対して、「とても素敵な人じゃない。逃がすなんてもったいないわよ」とけしかけてくる母。
逃がすも何もお互いに捕食者として見ていない存在に食指は動かないことを悟ってくれ、母よ……。
とうとう話題のネタが尽きてしまったのか、これだけ親の気持ちが伝わったのだから親孝行してくれるだろうと信じたのか、二人で中庭に散歩に出された。
伝え損ねていたが、見合い場所はやたら格式の高いホテルだった。振袖を必死で勧める母の意図を察したが、よく考えたら着慣れない振袖で恥をさらすのはごめんだと思い直す。
リードをつけられないままに解き放たれたので、よっしゃ脱走するかと喜び勇んでロビーに向かおうとした。
腕を掴まれ、動きを止められる。
「……なんですか?」
言葉も交わさないうちにボディタッチとは、とんだセクハラ野郎である。海外育ちだからと許されることではない。
「すまない。話がしたいんだ……」
男は腕を放したが、今度は手を握ってきた。この野郎。
「あの、今日の見合いは親が言ってきたことで、俺は乗り気じゃなかったんだ」
「気が合いますね。私もまったく乗り気ではありません」
だから、もう帰ろうじゃないか。
「相手の顔とか知らなくて、釣り書きも見る気がなかったから、まさか君が相手だなんて知らなくて」
どこかで会いましたか? などと聞かない。なぜなら初対面だからだ。
妙なフラグなど立つ余地がないのだから、質問する必要も無い。無いったら無い。
だが男はめげない。手を振り払おうと力を込めるが押さえつけるように握りしめてくる。痛いな。
「俺が日本に戻ってすぐ、飲みに行った先で君を見かけたんだ。酔った客がケンカを始めた時、酒がまずくなるから騒ぐんじゃないと一喝した君にそいつらが絡んでいった。殴られそうになった君を助けようとして、その必要も無く酔っ払いをねじ伏せる君の姿が忘れられなくて……ずっと会いたいと思っていた」
覚えがありすぎて誤魔化せなかった。
警官である父と、警備会社に就職した兄に護身術を仕込まれているので、どうにも血の気が多い性格になってしまった。
口と同じくらい手も出してしまうので、常連通いをする居酒屋では「無償ガードマン」というあだ名が付けられている。
来たのか、あの店に。居たのか、あの場面に。
金持ちのボンボンが来るような店じゃないだろうという追求を特大の猫をかぶせてからしてみた。
「じつは、ここの店がお勧めだと君のお兄さんから言われてね」
なぜ接触しているのだ! それよりも何故私を売り払うような真似をしたのだ兄よー!
どうせ当人たちは反発するに決まっているから、まずは外堀から埋めるべしという双方の親の企みにより、日本に来たばかりで慣れていない息子への案内人として兄が付けられた。
意外にも気が合ったので、「こいつが妹に殴られる前に逃がしてやろう」と、真実を見せるべく居酒屋を紹介したらしい。
たしかに、あの店には週一ペースで飲みに行くし、慣れてる場所だからとテンションも半端ない。初対面の人間は確実に逃げるだろう。普通なら。
「俺、格闘技のファンなんです」
戦える女性にフォーリンラブしてしまったと。
それから小一時間、ひたすらに口説かれた。この日までに親の説得攻撃にすり減っていた私の耐久値は限界を迎え、「あーっ! わかりましたから黙ってください!」と口走ってしまい、あれよあれよと言質をとられた挙句に、結納の日取りまで決められてしまった。
海外での仕事に目処がついたら日本に戻ってくる彼と入籍することになっている。
時差をものともせずにやってくるメールや電話にほだされて、結婚するのも悪くないかも、と思うようになった。
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「その人が日本に戻ってくるのはいつなの?」
「ていうかすごーい。一目惚れなんだー」
きゃあきゃあと盛り上がる二人にぐいっとグラスを空けてから真由美は答える。
「半年後の予定だ。式はそれより後になる。人事異動のごたごたが片付かないと結婚式を挙げる余裕がないらしい」
予定が決まったら連絡するよ。と締めくくり、そろそろ出ようか? と促して店を出た。
「今日は楽しかったねー。またこうして集まりたいなー」
「真由美の結婚式には参加したいから、今から有給の確認しとかなきゃ」
「すまないな、こちらは参加できなかったのに」
やや冷たい風がほろ酔い加減の三人組に心地いい。
日常で顔を合わせる機会のない生活に戻っても、壊れない友情だと笑いあいながら別れていった。
これにて完結。ちなみに不機嫌そうな表情とは真由美の主観で、本当はにやけそうな顔を必死でこらえていたのです。
日本に残れるよう、彼は頑張って仕事をしてます。当初は真由美が海外に行く予定だったという。
仕事を辞めてほしいという親の言葉はここからきてます。




