枯れた涙
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」
夕美を見て、数馬と呼ばれたゾンビは、声を荒げた。
「い、いやああっ!」
夕美は頭を抱え、髪を振り乱した。
そして、数馬と呼んだゾンビの前で、崩れ落ちた。
「アルテミア!」
僕の声を無視して、アルテミアは、空中で姿を変えた。
「モード・チェンジ!」
天使のような姿になると、二枚の白い翼で全身を包み、ドリルのように回転した。
そして、ビルの中に入ることなく、手前の道に穴をあけ、地下街に着地した。
カフェの跡地の前に立つと、アルテミアは隠し扉の方に目をやった。
「ううう…」
嗚咽するように、その場で泣き崩れる夕美に目をやった。
「…」
アルテミアは無言で、夕美に冷たい視線を向けながら、ゆっくりと近付いていく。
「ううう…」
夕美は、泣き止まない。
「アルテミア…」
「黙ってろ」
アルテミアは、僕に一喝すると、夕美のそばで足を止めた。
「てめえ…」
アルテミアは上から、両手を床につけて嗚咽している夕美の首筋を見下ろし、何か言おうとした瞬間、横から襲いかかる影を感じた。
「ああっ!」
その影は、数馬と呼ばれたゾンビだった。
「…」
アルテミアは驚くことなく、裏拳でゾンビを吹っ飛ばした。
そして、夕美に言った。
「てめえがやったんだな?」
「ううう…」
しかし、泣くだけで、夕美はこたえない。
「てめえが…」
アルテミアは、目を細めた。
すると、アルテミアの右手に電気が帯電し、スパークし始めた。
「え?」
その光に照らされて、地下街が少し明るくなった瞬間、アルテミアの後ろに無数のゾンビがぞろぞろと近付いて来ているのが、見えた。
驚いた僕と違い、アルテミアは後ろのゾンビは無視して、夕美だけを見ていた。
「てめえが、バンパイアの」
アルテミアがすべての言葉を口にする前に、夕美は顔を上げた。
真っ赤な瞳を、アルテミアに向けた。
それは、泣いたからではなかった。
血のように鮮やかな…赤。
「う」
その瞳を見た瞬間、僕は軽く嗚咽した。
「従者か!」
アルテミアはスパークした右手で手刀をつくると、夕美に向けた。
「ぎゃあああ!」
悲鳴を上げながら、牙が生えた夕美は床を蹴ると、飛びかかるように立ち上がった。
「失せろ!」
アルテミアの手刀が、夕美の胸に突き刺さったはずだった。
「!」
「!?」
アルテミアも僕も、絶句した。
アルテミアの手刀は、夕美ではなく…二人の間に飛び込んで来た数馬の胸を貫いていたのだ。
「あ、あ、あ…」
言葉はやはり発せられないが、数馬と呼ばれたゾンビの目から、最後の涙が流れた。
「か、数馬!」
アルテミアが手刀を抜くと、穴が開いた数馬の胸から、電気がスパークしていた。
そして、その場で倒れようとする数馬を、後ろから夕美が抱き止めた。
「フン」
軽く鼻を鳴らすと、アルテミアは2人に背を向けた。
牙が消え、瞳の色が元に戻った夕美は、数馬をぎゅっと抱き締めた。
その瞬間、電流は夕美の体も包み…数秒後、爆発した。
「ア、アルテミア…」
ゆっくりと、メインストリートからこちらに集まってくるゾンビの群れに、アルテミアは近付いていく。
「…殺す」
その言葉を呟いた後…アルテミアは鬼神の如く、群れに飛び込むとゾンビ達を抹殺し始めた。
「…」
次々に姿を変えて戦うアルテミアに、僕は言葉を失った。
「ぼおっとするな!」
地下街を走り回り、さらに下にある地下鉄の跡地にまで来た時、あまりのゾンビの多さに、アルテミアは舌打ちした。
「アルテミア…」
「しゃらくさい!モード・チェンジ!」
エンジェルモードになったアルテミアは、地下鉄の天井を突き破ると、地上に出た。
そして、さらに上空に飛び上がると、翼を広げた。
「アルテミア…」
「やるぞ!」
魔力を込めた両手を、地上に向けた。
「ポイントが足りないよ!」
アルテミアと僕が共通で使うカードが、魔力の残量が少ないことをアラームで告げた。
「うるさい!そんなのは気合いで何とかする!」
天空の女神であるアルテミアだが…肉体を失い、僕の体をベースにしている為に、魔力を使えない。
だから、カードシステムと言われるものから、魔力を供給しなければならないのだ。
そして、自らが魔物を倒すか…地道に働くかで得られるポイントの数によって、使える魔力が違ってくるのだ。
「くらえ!」
アルテミアの手のひらに、巨大な火の玉が発生し、地上に向けて放たれた。
その火の玉は、アルテミアがあけた穴から地下で着弾すると、数秒後…地下につながるあらゆる穴から、火柱が立ち上った。
その火柱により、地上の建物も燃え上がった。
さらに地盤沈下を起こし、町が崩れていった。
「やり過ぎた…」
その惨状を見て、僕は嘆いた。
ポイントの残量は、1となっていた。
0になれば、アルテミアでいることはできない。
しかし、エンジェルモードを維持することは流石に無理であった。
降下しながら、町を離れると、アルテミアは普通の姿に戻った。
白のワンピースを着たアルテミアは、炎に包まれていく町に背を向けて、歩き出した。
「アルテミア…」
僕が訊く前に、アルテミアは話し出した。
「さっきの女は、確かに…あたしの眷族だ」
「え」
「だけど…記憶がない!眷族を作った記憶がな」
アルテミアは自らの額に、手を当てた。
そして、唇を噛み締めた後、
「ずっと考えていた。自分がやったのか…。しかし、わからない。もしかしたら…子供の頃…」
アルテミアの頭に、姉2人に連れられて、町を襲った記憶がよみがえった。
「く!」
一度、顔をしかめた後、首を横に振った。
「わからない!だけど、あの女は、あたしの眷族!会った瞬間からわかった!」
「あの女の人は…」
僕は、恐る恐る口を開いた。
「眷族になり、町の人々をゾンビにしたのは、あの女だ。自分の彼氏もな」
「!?」
「さっきの3人は、マリーの従者だ。なぜ、ここにいたのはわからないが…」
そう…アルテミアの姉であるマリーの目的も、理解できなかった。
「だけど!彼女は、3人はアルテミアの従者で、その為に、町の人々を殺したと」
「そう…思いたかったんだろうな」
アルテミアは初めて足を止め、後ろを振り返った。
「従者にとって、血は麻薬と同じ。吸わなければ、禁断症状がでる。人間であったものが耐えれるものではない」
「だけど、彼女は!」
「どうすることもできない」
アルテミアはフッと笑った後、前を向いた。
そして、歩き出したアルテミアはなぜか…泣いているように、僕には思えた。
(彼氏を失った…)
そう僕に告げた夕美の言葉は、今なら違うように聞こえただろう。
(自分を失ったと…)
「うおおおっ!」
ポイントを失ったアルテミアは、草原を歩きながら見つけた魔物に襲いかかった。
ポイントがなければ、ごはんも食べれない。
ゾンビと従者を倒しても、魔力を得ることはできない。元々、人間だからだ。
いや、もしかしたら…従者にはあったのかもしれない。
最後に残った1ポイントは…夕美からのものかもしれなかった。
「くたばれ!」
どこから飛んできたチェンジ・ザ・ハートを掴み、トンファーにすると、アルテミアは魔物達と戦闘を始めた。
その姿は…鬼神には見えなかったが、少し哀れに感じた。
生きる為に…奪う世界。
それは、虚しいが…真実であった。