策略
「アルテミアに殺された?」
夕美の衝撃的な言葉に、僕は耳を疑った。
「そうよ」
しかし、夕美の憎しみのこもった言葉に、僕は否定できなかった。
それに、一度…夢を見たことがあった。
2人の姉妹と共に、町を襲うアルテミアの夢を。
「彼女は、魔王の娘。そして、バンパイアよ。この町は、アルテミアによって眷族にされた従者達の町。人々はゾンビにされ、地下街をさ迷い。3人の従者は、町に迷い込んだ人々を狩る」
「く!」
僕は顔をしかめると、入った事務所から飛び出そうと、夕美に背を向けた。
「どこにいくの?」
そんな僕を、夕美は止めた。
「まずは、やつらを倒す!これ以上、被害者を増やさないように」
僕の言葉を聞いて、夕美は無表情でせせら笑った。
「被害者を増やさない為なら、最初にやることがあるわ」
机とソファーしかない質素の事務所。夕美は、机の引き出しを開けると、ナイフを取り出した。
「あなたを殺せば、アルテミアは肉体を失う!復活できない!」
そして、切っ先を向けると、僕に襲いかかってきた。
「な!」
慌てて、ドアから出ようとしたけど、鍵がかかっていて開かない。
「お願い!世界の為に死んで!」
「くそ!」
僕は、ドアノブを握り締めると、炎の魔法を発動させた。
燃えるドアをタックルで破壊すると、間一髪で事務所の外に出た。
「逃がさない!」
倒れたドアから、炎が燃え上がった。
その向こうで、ナイフを握り締める夕美の瞳が…炎よりも、赤く感じられた。
「まったく!」
僕は、地下街へと上がる階段を駆け上った。
壁を回転させ、隠し扉から地下街に出た。
「どうして、こんなことに!」
少しだけ深呼吸をしょうとした瞬間、僕の前から接近してくる影が見えた。
「!」
慌てて、右横に前転するかのように、その影を避けた。
「ソンビ?」
それは、一体の…若い男のゾンビだった。
「あ、あ、あ、あ」
何かをしゃべろうとしていたが、全身が腐っている為に、言葉にならなかった。
僕はゾンビから距離を取ると、カードを手にして、炎の鞭を指先から発生させた。
しかし、ゾンビは僕を見ることなく、隠し扉となっている壁を叩いていた。
どうやら、上手く開けられないらしい。
「ど、どうなっている?」
僕は、鞭を振るう体勢のまま…固まってしまった。
そうこうしている内に、壁が再び回転し、夕美が姿を見せた。
ゾンビは回転した壁によって、バランスを失い、尻餅をついた。
「あっ!」
夕美を見て、僕は階段を上ろうとしたが、夕美の持つカードから発動した光線が、階段を破壊した。
「わっ!」
爆風と破片を避ける為に、炎を鞭から盾に変えながら、後ろにジャンプした。
唯一の脱出路を断たれた僕は、躊躇いながらも、地下街の奥へ走り出した。
「ゾンビの巣なんだよな」
わかっていても、仕方がない。
自ら地獄に向かう僕に、夕美の追撃がなかったのは、理由があった。
「和馬」
尻餅をついたゾンビを見て、動けなくなっていたのだ。
「ったく!」
カフェの看板を越えた辺りから、死臭が鼻についた。
後ろに戻る訳にもいかなかった。
前に進むしかない。
しかし…。
「ゲッ」
突き当たりから、左右に伸びるメイン通りについた時、僕は足を止めた。
どちらにも、いけなかったからだ。
数え切れない程のゾンビが、うじゃうじゃいたからだ。
「突っ切るか?」
炎の出力を上げようと、両腕を突きだした僕は、左手の指輪が輝いていることに気付いた。
「あっ」
僕は目を見開くと、叫んだ。
「モード・チェンジ!」
指輪から放たれた光が、僕を包み…さらに地下街を照らした。
次の瞬間、光の玉が地下街の天井を突き破った。
そして、土に穴を開けると、一気に地上へと飛び出した。
「何だ?」
先ほど半壊したビルの上に立っていた3人の従者の目に、町の外れから土柱が立ち上るのが映った。
土柱の中から飛び出して来たものが一瞬で、3人のそばまで移動してきた。
「!」
「!」
「!?」
驚く3人は散開すると、着地したものを囲んだ。
「何者だ!」
3人は鎌を突きだした。
「何者?」
その問いに、着地したものはフッと笑いながら、真っ直ぐに立ち上がった。
「我々は、アルテミア様の眷族!」
「この地に来た限りは、アルテミア様の為に、その血を捧げろ!」
眷族達の言葉に、着地したものは鼻で笑った。
「アルテミア様ねえ〜。つまり、てめえ達は!あたしを知らないんだな!」
そして、3人を睨み付けた。
ブロンドの髪が、風に靡き…細身でありながらも、ふくよかな胸に、バランスのよいプロポーション。
誰もが、絶世の美女と認めるが…それ以上に、誰もが恐れる…女神。
別名、ブロンドの悪魔こと…。
「アルテミア!」
僕は、ピアスの中で叫んだ。
「アルテミアだと!」
美形の従者が、眉を寄せた。
「アルテミア様は、黒髪だ!」
小柄な女の従者は、アルテミアを睨み付けた。
「貴様のような小娘と、アルテミア様は違うわ!ははは!」
ギョロ目の従者が笑った瞬間、口から上がスライドするように、吹っ飛んだ。
「醜い顔で笑うな」
アルテミアの回し蹴りが、ギョロ目の従者の顔の半分を破壊したのだ。
さらに、そのまま…カカト落としにスイッチすると、ギョロ目の男の体を真っ二つに切り裂いた。
「な!」
たじろぐ美形の従者。
「よくも!」
女の従者が鎌を振り上げて、アルテミアの背中を狙う。
「アルテミア!」
僕の声に答えずに、アルテミアは少しだけ振り返ると、横目で女を睨んだ。
と同時に、アルテミアの全身から放たれた電流が、ギョロ目の体と、空中に飛び上がった女の従者に放たれた。
「ぎゃああ!」
断末魔の叫びを上げて、燃え尽きる女の従者。
一瞬で、灰になった仲間を見て、美形の従者は後ろに下がった。
「ま、まさか…本物」
唖然とした美形の従者の首に、いつのまにか接近したアルテミアの手が差し込まれていた。
「てめえらの親は、誰だ?ネーナか?」
片手で、美形の従者を持ち上げると、アルテミアは下から睨み付けた。
「いや〜違うな。こんな手の込んだ陰湿なことをするのは…」
アルテミアが、その名を口にしょうとした瞬間、
「チッ」
舌打ちをしながら、美形の従者を離した。
「陰湿とは、誰のことかしら?」
いつのまにか凍り付いた美形の従者の真上に、腕を組んだマリーがいた。
ストレートの長い髪に、氷のような微笑を口元にたたえながら、ゆっくりと降りてくると、氷付けになった美形の従者を踏み潰した。
破片となって、飛び散る氷と肉の塊。
「あなたも一応は、魔王の娘。自分の従者くらい持っていても、いいんじゃないの?だから、こうやって」
マリーの言葉の途中で、アルテミアの蹴りが放たれた。
しかし、マリーは人差し指一本で、アルテミアの蹴りを弾いた。
「くそ!」
アルテミアはすぐに、バランスを立て直すと、どこからか飛んできた回転する2つの物体を掴んだ。
そして、槍にすると、脇に挟み…アルテミアは腰を屈めた。
女神の一撃の構えである。
その姿を見て、マリーは目を細めた。
「忌々しい…武器」
マリーの目は、アルテミアを見てはいなかった。
その脇に、挟まれた槍を見ていた。
「く!」
顔をしかめたマリーの脳裏に、白い鎧を身につけたブロンドの女の姿がよみがえる。
「マリーイイイ!」
アルテミアの感情に呼応して、槍に電気が絡み付く。
「フン」
その様子を見て、マリーは鼻を鳴らすと…アルテミアに背を向けた。
「な!?」
驚くアルテミアの耳に、上空へと去っていくマリーの声が飛び込んできた。
「あんたは知らないようだから…もう用はすんだわ」
マリーは肩をすくめ、
「一応、今日は殺さずにいてあげる。今のあたしの気分に感謝することね」
そのまま、町から離れていった。
「助かった…」
安堵の息を吐いた僕に、アルテミアは舌打ちをすると、町の端を見た。
「チッ。何もかも気に入らない!」
と言うと、僕と夕美が入ったビルを目指し、ジャンプした。
その頃、町を離れ…一気に海まで出たマリーは、海中から飛び出して来た鯨に似た魔物の上に、着地した。
「おかえりなさいませ」
ざらついた魔物の表面で、跪くのは…水の騎士団長、カイオウであった。
その前に着地したマリーは、カイオウを見ずに口を開いた。
「確かに…あの町に、アルテミアの従者がいた。それは、感じられた。しかし!何かが違う」
マリーは、顎に手を当てた。
「さすれば…アルテミアが、幼少の時に、従者にした者がいたのでは?もしくは、我々を裏切る前…」
カイオウの考えを、マリーは遮った。
「もうよい!」
ギロッとカイオウを睨むと、
「もし従者がいても、我々の脅威にもならぬわ!それは、アルテミアも同じ!」
その横を通り過ぎた。
カイオウは深々と頭を下げると、ゆっくりと頭を上げた。
(今のアルテミア様では、マリー様やネーナ様の足下にも及ばない。しかし…)
カイオウは、海の向こうを見つめ、
(あの方の血を引き、あの方に似ているアルテミア様に…恐怖を感じておられるのは、確か。それが、無意識であろうと)
鯨に似た魔物の背中が、半分に割れると、階段が姿を見せた。
マリーが下りると、背中はもとに戻った。
カイオウは立ち上がると、陸地に向けて深々と頭を下げた。
そのまま…海中に沈んでいく魔物と一瞬に、カイオウは海の中に消えた。
巨大な影は、下から浮かんでくる泡が少なくなると、まったく空からも見えなくなった。