夕刻の谷
「アルテミア様!?」
3人の言葉に虚をつかれて、一瞬だけ対応が遅れてしまった。
「おや?この坊や…アルテミア様を知ってるのかもしれないねえ」
いつのまにか、僕は3人に囲まれていた。
真後ろに立つ女が、僕の背中を見つめながら笑った。
「お、お前達こそ!アルテミアを知ってるのか!」
強がって見せたが、圧倒的に身体能力に差があることは、間違いなかった。
「アルテミア?」
僕の言葉を聞いて、美形の男が髪をかきあげた。
「口のきき方がなっていないね!」
「召喚!」
僕は、カードを発動させた。
「何!」
3人が手にしていた鎌が、僕がいた空間で交差した。
「上!」
一斉に、3人は上空を見た。
フライングアーマーを背中につけた僕が、赤いビルの側面を疾走する。
「よ、よかった…。フライングアーマーを音声認識にしていて」
普通は、カードにパスワードを打ち込んで召喚するんだけど、よく使う為に登録しておいたのだ。
「行くぞ!」
上昇しながら、フライングアーマーのバックパックが開いた。
「ファイヤ!」
数十発のミサイルが発射され、地上にいる3人に降り注いだ。
爆風と爆煙が、地上から僕の足下まで立ち上った。
「な!」
その時、煙を切り裂いて、鎌の先端が見えた。
咄嗟に足を上げて、僕は鎌を避けると、ビルから離れるように真後ろに飛んだ。
「チッ!」
ギョロ目の男は、爆風に乗りここまでジャンプしてきたのだ。
「化け物か!」
それだけで、驚いている場合ではなかった。
ビルの側面を、重力を無視して、残りの2人が駆け上がって来たからだ。
「な、なめるな!」
驚いている場合ではない。
僕は状況を理解すると、頭をフル回転させた。
「逃がさないよ!」
小柄な女が、僕と同じ高さに来ると、ビルの側面を蹴って、飛びかかってきた。
「坊や!」
女が楽しそうに笑った瞬間、そのまま凍りついた。
いつのまにか、僕の手に巨大なライフルが握られていたからだ。
「空中では、よけれないだろ!」
僕は、引き金を弾いた。
「何!?」
側面から続いて、ジャンプしょうとした美形の男は、慌てて下に飛び降りた。
僕が持つライフルから放たれた光は、ビルの半分を消滅させた。
「馬鹿な!」
飛びかかっていた女は、絶句しながら、下へ落ちていった。
「く、くそ!」
僕はバックで飛びながら、奥歯を噛み締めた。
女に当てるつもりが、ビルだけを破壊してしまった。
例え化け物と思っていても、人間の姿形をした相手に向かって撃つことができなかったのだ。
バックのまま、僕はゴーストタウンと化した町の上を疾走し、外へと出た。
そのまま数キロ飛んでから、フライングアーマーを外した。
「あいつらは一体?」
草原に、後ろ向きで土を抉りながら着地した僕は、遠くなった町を睨んだ。
「もしかして…今のが、バンパイアの眷族か」
結果的に逃げる形になってしまったことは、悔やんでいたが…やつらを殺せる自信がなかった。
「人と同じ姿をした相手を…僕は」
甘いと、自分でもわかっていた。
それでも、やつらをほっておく訳にはいかないこともわかっていた。
「町の人達は、やつらに殺されたのか」
右耳についたピアスを、軽く指で触れて、アルテミアにアピールしてみた。
やはり、反応がない。
僕は諦めると、町に向かって歩き出した。
(今度は、撃つ!)
口にはできなかったが、心の中で誓った。
歩く一歩一歩が、重たい。
(どうする?)
近付いて撃つことが、できないならば…町の外から、最大出力で撃ち、町ごと焼き尽くすことはできる。
僕のバスターモードの最大出力は、女神の一撃に匹敵する。
(だけど…)
ゴーストタウンではなく、生き残っている人間がいたら、どうするのだ。
そう考えると、迂闊に撃つことはできなかった。
「やっぱり…やつらと対峙して撃つか」
僕は、覚悟を決めた。
すると、どこからか回転する二つの物体が飛んできた。
それを掴むと、トンファーへと変わった。
「チェンジ・ザ・ハート…」
決意を決めて、足を速めようとした僕の耳に、女の声が飛び込んできた。
「アルテミア…専用の武器」
少女の言葉よりも、振り返った僕の目に飛び込んできた少女の瞳の色の方が、僕に衝撃を与えた。
(何て…悲しい色なんだろう)
思わず、じっと見つめてしまった。
「あなたが、赤星浩一さんね」
そんな僕に、少女は微笑むこともなく、少し淡々とした口調で、呟くように言った。
「あたしの名は、夕美。あの町で生まれた女…。そして、あの町で…アルテミアによって、すべてを失った女」
「あ、あなたは!」
僕ははっとした。
実世界で見た時と、印象が違っていた為に気付かなかった。
「そうよ」
夕美は、視線を町に向け、
「あなたを呼んだのは、あたし…」
数秒後、僕を睨んだ。
「だけど、あなたに来てほしかった訳じゃないの。あなたに取り憑いた悪魔…アルテミアに用があったの」
「!」
僕は、色が変わった夕美の瞳に気付いた。
無感情かと思っていたが、一つの感情だけが抜きん出ていた。
冷たい程の怒りだ。
あまりにも長い間、怒りと憎しみに支配させた為に、それが当たり前になってしまったのだ。
(アルテミアと呼ぶときだけ…更なる怒りがわくのか)
僕がそんなことを考えていると、夕美はゆっくりと歩き出した。
「来て」
目以外は能面のように、表情がない。話していても、あまり動かない口元。
だが、あまり気持ち悪いと感じないのは、どこか凛とした佇まいだった。
それに、普通に見れば…美人だ。
町に向かって歩き出した夕美の背中に、僕は手を伸ばした。
「待って!町には、やつらがいる危険だ」
その言葉に、少女は足を止めたが、振り返ることなくこたえた。
「町の下に、地下街があるの。そこの一部は、安全よ」
「え」
僕は、驚きの声を上げた。そして、内心で胸を撫で下ろした。
(先程撃っていたら…大変なことに)
早まったことをしなくてよかったと、ほっと胸を撫でおろすと、夕美は言葉を続けた。
「だけど、地下街の殆どはゾンビの巣になっている。あたしの案内なしで、入ったら危ないわよ」
結構、雄弁に話しているけども、口調はやはり淡々としている。
「ゾンビ!?」
僕は、ゾンビという言葉に反応してしまった。
そう言えば、この世界に来てからゾンビと遭遇したことがなかった。
後に、ロバートにきいたところ…僕が思うゾンビは、この世界ではあり得ないと言われた。
人が外で死んだ場合、確実に魔物に喰われると。
墓に埋めても、魔物に掘り起こされる場合が多いから、基本…火葬で葬るらしいのだ。
「ゾンビ…」
昔見た映画や、ゲームのキャラクターを思い出していた僕に、夕美は振り返ると、少し首を傾げて見せた。
「夕刻の谷では、珍しいことではないけど…」
「そ、そうなんですか?」
「バンパイアに血を吸われたものは死に…すぐに、魔物の餌になる。だけど、バンパイアの眷族に吸われたものは、ゾンビになる確率が多いの」
「ど、どうしてですか?」
「眷族は、バンパイアの為に血を蓄える。その為に、人の血を吸う。だけど、人一人分は吸えないわ。じわじわと吸われ、体から血がなくなっていく時に、眷族の細菌が入っていく。そして、死んだ後…その細菌により、体が腐っても、動くことができるようになる」
夕美の説明に、僕は顔をしかめた。
「でも、そんな腐ったやつの血を吸うことはないから、ほっておくのよ」
夕美はもう、説明する気もなくなったのか…口を摘むんだ。
「えっと〜」
僕は、彼女を後ろを歩きながら、鼻の頭をかき、質問した。
「夕刻の谷って…もしかして、あの町なんですか?」
「そうよ…」
夕美は頷いた。
「でも、普通の町ですよね」
恐る恐る…訊いてみた。
「バンパイアによって、絶滅した町も、そういうのよ。それに、彼らは…ビルを赤くしていたでしょ?余った血で、谷のようにしたかったのかもしれないわね」
「あはははは」
何故か…愛想笑いが出た。
「…」
夕美はまた、口を閉じた。
数分後、町の入口に着いた僕は、とあるビルに入り、夕美の案内で地下街へと降りて行った。
灯りは、うっすらとついていた。
それでも、足元が見にくい。
それなのに、軽快に下りていく夕美。
足音が、階段にこだました。
「あのお〜ゾンビはどこに?」
地下二階くらいは、下りた。
すると、右側に通路が広がっていた。
薄暗い為に、奥までは見えないが、階段から5メートル先に、カフェの看板が見えた。
夕美は、その奥を指差した。
「百メートル程いくと、左右に広がる通路に繋がる。そこに、たくさんいるはずよ」
「え!すぐ近くじゃないですか」
僕は、戦闘体勢に入ろうとした。
「大丈夫よ。ここ来るゾンビは、あまりいないから」
夕美は、階段を下りた左側の壁に手を当てた。
行き止まりのはずが、壁が回転した。
「隠し扉?」
僕が驚いている間に、夕美の姿が消えた。
「こんなところに!?」
慌てて、僕も壁に手を当てた。
壁の向こう側には、また階段があった。
足音が聞こえ、下に下りていく夕美の背中が見えた。
「待って!」
僕も、階段を下りた。
すると、下にあったのは、小さな事務所と…三台の機械だった。
「ここは、上にあった店の売り上げを、他社に送る為の場所」
夕美の説明に、僕は三台の機械のそばに行った。
カードの差し込み口があった。
どうやら、ATMのようなものらしい。
「どうぞ」
まじまじと機械を見ていた僕に、夕美は隣にある事務所のドアを開けた。
「あっ!すいません」
慌てて、僕はドアに向かった。
「ここは、地下街の管理事務所。売り上げを管理していたから、一般人は知らない」
僕を中に入れた後に、夕美は入ると、ドアを閉めた。
「ということは、夕美さんは!ここで、働いていたんですね」
僕の言葉に、夕美は目を伏せ、
「ここで、働いていたのは…あたしの彼氏」
手をぎゅっと握り締めた。
「!」
僕は、何も言えなくなった。
「アルテミアに殺された…彼氏よ」