眷族
「…で、夕刻の谷って、知ってますか?」
夜、眠りについた僕は、異世界にいた。
なぜか、アルテミアが反応してくれない為に、ロバートへ通信していた。
カードを耳に当て、通話しながら、僕は近くの町を目指していた。
草原地帯は、魔物のテリトリーであるが、この辺りにはそんなに強い相手はいなかった。
と言って安心していても、魔物には関係なかった。
牙を向いて、普通に襲いかかってきた。
サーベルタイガーに似た魔物の群れが、いつのまにか僕の周りを囲んでいた。
「夕刻の谷?」
ロバートの悩む声が、聞こえてきた。
「ちょっとだけ待って下さい」
ロバートが考えている間に、サーベルタイガーの群れを倒さなければならない。
僕は通信を切らずに、カードを学生服の胸ポケットに差し込むと、右手を上げた。
すると、回転する2つの物体が飛んできた。それを掴むと、僕は一つにした。
「いくぞ!」
巨大な砲台のようなライフルができ、僕は両手を支えると、銃口を群れに向けた。
「ファイア!」
炎と雷鳴が混ざったような光が放たれ、群れの真ん中に直撃した。
次の瞬間、火柱が天に向かって立ち上ると、サーベルタイガー達は一瞬で、塵になった。
「ポイント還元!」
カードから音が鳴り、魔物を倒した分のポイントが還元された。勿論、防衛軍への税金を差し引かれて。
魔物が全滅すると、ライフルは2つの物体に戻り、どこかに飛んでいた。
すると、さっきまで周囲にあった魔物の気配が、なくなっていた。
僕の攻撃の威力を見て、逃げたのだ。
「少しやり過ぎたかな。威力を抑えよう」
僕は少し反省しながら、カードを胸ポケットから取り出すと、耳に当てた。
「赤星くん。思い出したよ!」
タイミングがよかった。
「夕刻の谷とは、夕暮れに映える谷ではなく、いつも夕暮れのような谷のことを指す。つまり…」
途中から、ロバートの口調が変わっていた。
「血塗れの谷のことを言う」
「血塗れの谷?」
その直接的なネーミングを耳にして、僕は顔をしかめた。
「バンパイアのゴミ処理場だ」
「バンパイアって!」
ロバートの言葉に、僕は思わず足を止めた。
脳裏に浮かぶ…マリーとネーナ。
そして…黒い蝙蝠の羽を広げた…アルテミア。
「バンパイアと言っても、眷族の方だけどな」
「え」
僕の頭に浮かんだ映像は、すぐに消えた。その代わり、新しい謎が生まれた。
「眷族って何ですか?」
「眷族とは、真のバンパイアに血を吸われて、彼らの下僕になった者達のことさ。普段なら、食料として血を吸われて死ぬだけの人間を、何らかの理由で生かしているんだ。有名なので、闘竜拳の…」
「え!その人達は、人間何ですか?」
思わず説明の途中を妨げ、声を荒げてしまった僕に、ロバートは軽くため息をつくと、
「もう人間ではないよ。人の血を求める魔物になってしまう。その禁断症状は、理性を凌駕する。それに、眷族は必要以上に血を吸う。その理由は、簡単だ。彼らは、親のバンパイアの倉庫でもあるさ。生きた血の倉庫」
「…」
僕は、唾を飲み込んだ。
僕の考えでは、バンパイアに吸われたものは、バンパイアの仲間になると思っていた。
単なる倉庫で、禁断症状が激しいなんて、嫌である。
「夕刻の谷とは、眷族が血を吸った死体を捨てる場所のこと。だけど…どこにあるのか…。それに、バンパイアの眷族は最近珍しいんだ。今の魔王は、人間を滅ぼすのがメインの為、眷族をほとんど作らない。知っているので、1人だけだ」
ロバートはそこで再び悩むと、
「だとすれば…娘の女神達か?」
また首を傾げた。
「だとすれば…夕刻の谷って、やつにいけば…女神に遭遇するかもしれないと…ひえ!」
自分で言って、身を震わせた。
「その女の子は、夕刻の谷で彼氏を失ったと言ったんだね?」
ロバートは確認するように、僕に訊いた。
「はい」
「だとすれば…彼氏は、眷族の被害者か。何らかの魔法で、君に頼んでいるんだろうな。彼氏を殺した眷族を倒してほしいとね」
「ええ!どうして、僕なんですか!」
驚く僕に、ロバートは言った。
「君は、アルテミアと融合している。眷族を倒すなら、君達が適任だろう」
「で、でも!2人の女神がいるかもしれないのですよ!アルテミアでも」
そこまで言いかけて、僕は言葉を止めた。
迂闊に言葉にしたら、アルテミアに殺されるかもしれなかった。
口を摘むんだ僕は、自然と無言になってしまった。
数秒後、ロバートは言った。
「防衛軍に問い合わせてみるよ。何かわかるかもしれない」
「お願いします」
「わかり次第、連絡するよ」
通信は、終わった。
僕はカードを内ポケットにしまうと、前を見た。
数キロ先に、町が見えた。
「遠いな」
カードを使って、乗り物を召喚できたけど、その気はなかった。
あまり、ポイントを使いたくなかったのだ。
できるだけ消費は、少なくしたい。
(まあ〜アルテミアに変われば、一瞬で使ってしまうんだけどな)
僕は歩きながら、アルテミアに話しかけた。
「アルテミア。あの女の人がいう夕刻の谷って、どこにあるんだろうね」
問いかけても、返事がなかった。
前にもこういうことが、あった。
(結構、繊細なんだな)
悪名高きブロンドの悪魔と呼ばれるアルテミアではあるが、人々の噂程ではないと、僕は思っていた。
こんな時は、しつこく言っては、駄目である。
僕は諦めると、少し歩く速度を速めた。
(あの町に、手掛かりがあるかもしれない)
そう思うと、気持ちが急かした。
早足から、走るに代わった頃、僕は妙な違和感を感じた。
普通、町に近づけば、少しは活気や、人の息吹を感じるはずだった。
それなのに、何も感じない。
「どうなっている?」
数分後、町に入った僕は、絶句した。
まるで、ゴーストタウンのように静まり返っているのだ。
「人々は?」
異世界の町では珍しく…中央に、巨大な高層ビルが立っていた。
そのことが物語るのは、この町は相当、治安がよく…さらに、強力や軍隊が駐留しているということになる。
「なのに!」
僕は、ビルまで伸びた一本道を走りながら、周囲を見回した。
魔物に襲撃された痕はないのに…人の気配がない。
「避難したのか?」
ビルのそばに来ても、人の気配はない。
町のモニュメントのようなビルは、玄関の扉が開いていた。
だけど、僕は中に入らずに、ビルを迂回して、反対側の地区を捜索しょうとした。
「うん?」
玄関先を、右に曲がった瞬間、僕の目線の端に、妙なものが飛び込んできた。
それは、鮮やかな色彩だった。
「な!」
慌てて、ビルの側面を見た僕は、絶句した。
そこだけが、真っ赤だったのだ。
30階を越すビルの側面が、真っ赤に塗られていたのだ。
そして、鼻をつく臭いに、僕は見上げながら、目を見開いた。
「血か?」
信じれないことに、ビルの側面を血で真っ赤に、塗りつぶしてあったのだ。
「誰が…こんな」
人間ができるはすがなかった。
「魔物…いや、魔神。それとも…」
僕は、周囲を見回した。
「女神!」
その時、頭上から誰が飛び降りてきた。
「な!」
反射的に、後ろに飛んだ僕の目の前に、3人の男女が降り立った。
「お客様か?」
前歯がまったくなく、ギョロ目の男は、僕を見た。
「それとも…」
一瞬、女に見間違う程の美形の男は、切れ長の目を向けた。
「単なる絵の具かしら?」
そして、150センチくらいしかない女が、首を傾げた。
(こ、こいつら!)
ビルの屋上から飛び降りても、まったく痛めていない足を見て、僕は悟った。
(眷族か!)
「まあ〜いいわ」
小柄な女はにやりと笑うと、どこからか巨大な鎌を取り出した。
「新鮮そうだから!絵の具にするんじゃなくて、血を頂いちゃおうかしらん!」
「そうだな」
美形の男はフッと笑うと、髪をかきあげ、僕を見つめた。
「我が女神の為に!」
「そうだ!貢ぎ物だあ!」
ギョロ目の男は、天を仰いだ。
そして、3人の次の言葉に、僕は言葉を失うことになる。
「我らが女神!アルテミア様の為に!」