幻
「A Blow Of Goddess!」
アルテミアが槍を振るうと、前にいたすべての魔物が、一撃で消滅した。
まさしく、女神の一撃。
アルテミアの誘惑に負けて、罠にかかり…異世界へと連れて来られてから、彼女の凄さをまじまじと見せつけられてきた。
だけど、そんな彼女でも敵わない相手がいる。
少なくても3人。
まず2人は、彼女の姉であるマリーとネーナ。
彼女達には、僕も遭遇したことがあった。
圧倒的な強さを誇るアルテミアが、逃げるのに精一杯だった2人だ。
そして、もう1人は…この世界の魔王。
彼は、アルテミアの父親であるが…アルテミアを殺した相手でもあった。
肉体を失ったアルテミアは、異世界から呼んだ僕の体を依り代にして、戦っているのだ。
最初…彼女がなぜ戦うのは、わからなかった。
圧倒的に強く、圧倒的にわがままで…その癖、どこか寂しげな目をする。
女神の一撃で敵を葬り、爆風に背を向ける…ほんの数秒…彼女の瞳に、影ができる。
それは、僕の見間違いかもしれない。
「!」
戦いが終わると同時に、僕は目が覚めた。
いつもの見慣れた天井に、固い枕。
そう…僕は、自分の世界に戻ってきたのだ。
夢が覚めると同時に…。
「ああ…」
なぜかため息がでた。
アルテミアと融合してから、寝ても疲れは取れない。
「お兄ちゃん!起きた!」
突然、部屋のドアが開き、妹の綾子が怒鳴り込んできた。
「さっさと起きてよね!まったく〜いつも、いつも!モード・チェンジだとか叫んで!」
「あははは…」
妹の怒りに、僕は笑うしかない。
「馬鹿兄貴!」
綾子は、音を立ててドアを閉めた。
「…やっぱ叫んでいるんだ」
僕は恥ずかしさから、また布団を頭に被った。
「ねぇ…」
すると、耳元で声がした。
「え」
驚いた僕が布団から顔を出すと、まったく知らない空間にいた。
「ここは、どこだ?」
いつもいく異世界ではないことに、全身の感覚が気付いていた。
「ねぇ」
また声が、耳元でした。
だけど、回りに人はいない。
いつのまにか、立ち上がっていた僕は、周囲を見回した。
薄暗い煙のような霧が、発生していた。
「お願いがあるの。あなたに…」
また声がした。
「誰だ!」
僕は、迷うのをやめた。
異世界での経験が、僕に告げていた。
例え現状を理解できなくても、迷うなと。
必要なのは、覚悟だけだと。
悩む前に、覚悟を決めて構えろ。
それこそが、生きる道だ。
「フン!」
僕は、気合いを込めた。
武器はないが、異世界で経験が、ある程度の護身術を身につけさせていた。
と言っても、自信はないけど。
「?」
僕が構えた瞬間、いきなり霧が晴れた。
「な!」
僕は、絶句した。
一面に転がる死体の山。
その殆どが、若い女性と子供である。
「ねえ…。あなたは、知っている?」
今度は、声が後ろからした。
はっとして振り向くと、死体の山々の間にできた道に、1人の黒髪の少女が立っていた。
「君は?」
やっと少女の存在を確認できた僕が、ゆっくりと近付こうとすると…少女は人差し指を、僕に向けた。
「あなたとともにいる女は…バンパイア」
か細い体を象徴するのかのように、痩せ細かった腕から伸びる指は、まっすぐに僕を指していた。まるで、その先は針のように鋭く、眉の間に突き刺さったような衝撃を受けた。
「う!」
痛みもないのに、僕は後ろに下がった。
少女は、そんな僕を憐れむように見ると、こう呟いた。
「あたしは…彼を失った」
そして、死体の山を見上げると、
「この死体の中で」
涙を流しながら、嗚咽した。
天空のエトランゼ〜蜃気楼の彼氏〜
開幕。