殺戮機械が思い出に浸るとき 93
そんな悲しすぎる過去。それでもシャムは笑顔を絶やすことなくいつも隊でグレゴリウスと一緒に元気に走り回っていた。忘れるのが人間の才能の一つならその才を遺憾なく生かしている人物。誠はシャムのことをそう思っていた。
しかし、目の前のシャムはそんな悲劇よりも何か大きな忘れ物を捜している。誠にはそんな風に思えた。たぶんそのことに気づくきっかけになったのが吉田の失踪なのだろう。
「今分からないのなら……こんなことしか私には言えないが、気にしない方が良い」
言葉を選びながらのカウラのつぶやきにシャムは静かに頷く。その視線の先には東都の北に広がる山脈地帯が見えている。シャムが望むような針葉樹の森はその山脈の僅かに上部に広がるのみ。それ以外は落葉樹の森が寒々しく広がっているのが見えるだけだった。
「ああ、シャム。帰りは……」
「うん、跳べるよ。レベッカも心配しなくて良いから」
面倒見の良い言葉に少し涙目のレベッカが頷く。グレゴリウスは相変わらず心配そうに主人の落ちたままの肩を眺めていた。
「でもね……もう少しで思い出せそうなんだ。なんであの森にあたしが一人で居たか……それ以前にあたしが何者なのか……」
「過去か。知っていい話なら知るのも悪くないな」
「何よ、まるで知らない方が良いってことを要ちゃんが知っているみたいじゃないの」
アイシャの冷やかすような言葉にタバコを咥えた要は下卑た笑みを浮かべた後、静かに煙を口から吐き出す。吐き出された煙はそのまま強い風に流され視界から消え去る。
「いい話じゃ無いと思うよ……でも一度は思い出したいんだ……なんて言えば良いのかな……喉に小骨がつかえたみたいな感じ……それともちょっと違うな」
「無理に思い出す必要は無いだろ。四日後には演習に出るために新港に行かなければならないんだ。まずは予定が優先だ」
カウラの冷淡な言葉にレベッカが少しばかりむっとしたようにエメラルドグリーンの瞳でシャムを見下ろすカウラを睨み付けた。カウラの表情はいつものように押し殺したというように感情の起伏の見えない顔をしている。
「そう言えば明日で謹慎も解けますよね。明日からは……」
「あのー、誠ちゃん。明日はあたしが出張の準備のためにお休みを取っているんだけど……」
シャムの一言に自分の間の悪さを実感する誠。冷ややかにそれを笑いながらタバコをもみ消す要。
「誠ちゃんらしいわね……じゃあ撤収しましょう」
一言アイシャが言ったのを聞くと素早くカウラは元の獣道に足を向けた。
「ちゃんと帰れよ! 」
革ジャンのポケットに手を突っ込んだままカウラに続いて走っていく要の言葉に、シャムは力ない笑みを浮かべた。そんなシャムの頬を悲しげな表情のグレゴリウスが優しく舐めているのが誠の目に映っていた。