殺戮機械が思い出に浸るとき 9
「そういうわけにも行かないだろ。同盟の有力加盟国だからなどちらも。それに確か……設立準備中の同盟軍事部隊が国境線沿いに展開しているはずだぞ」
「え? シン大尉の部隊ですか?」
誠が思い出した。元管理部部長の寡黙なイスラム教徒。アブドゥール・シャー・シン大尉。沈着冷静な保安隊の良心と呼ばれた人物。当然その名を聞けば元の部下である菰田もひねくれた性根を訂正して振り向いて画面を見なければならなくなった。
「あの人……確かパイロキネシスとですよね」
パイロキネシスと。この遼州の先住民族『リャオ』の一部が持つ法術と呼ばれる能力の一つにある発火能力。愛煙家のシンはライターの類を持ち歩かず、常にそれで火を付ける癖があった。そしてその力は彼のテリトリーに入った敵をすべて消し炭にすることができるという恐るべきもの。半年前、法術の存在が公にされてからは彼の力は同盟以外でも知られることになった。
「そりゃあ……大丈夫かね? あの人西モスレムの軍籍があるから……遼北が黙ってないだろ? 」
要の言葉にカウラはとぼけたように首を振るとそのまま部屋を出て行った。
「無視しやがって……」
「でもシン大尉は実直な人ですから。任務とあれば母国であっても容赦はしないようなところがありそうですよ? 」
「おい、神前。それは確かめたのか? 遼北はたぶん疑心暗鬼に陥るぞ。まずいな……」
それだけ言うと要もまた部屋を出て行く。誠は一人画面に目をやった。
飛び回る西モスレム空軍のフランス製の航空アサルト・モジュール「ルミネール」が大地に突っ立っている同盟軍事機構の05式を威圧している様が映っている。
「あれだな。西園寺さんがこの場にいたら何機か撃ち落としてるんじゃないか? 」
「確かに……」
菰田の言葉に同意してすぐに誠はドアの辺りを見回した。とりあえず要の姿は無い。振り向くとそこには同情の視線を送る菰田がいた。
「まあなんだ。とりあえずがんばれや」
なんとも慰めともつかない菰田の言葉に誠はただ苦笑いを浮かべて管理部の部室を出た。
「同盟……どうなるんだろうな? 」
不安は増す。危機は確実に広がってきている。そして保安隊はその目とも言える存在の吉田が行方不明。
「考えても仕方がないか……」
誠は入隊以来そう諦める癖が身についてきている自分が少し情けなく感じられた。