殺戮機械が思い出に浸るとき 89
草むらに入って誠はそこが切り開かれた山林であることに気づいた。この東都の北西に広がる森は落葉樹の森。針葉樹が広がっているのは要するに林業の為に植えられたものなのだろう。
「急いで! 」
すでに斜面を百メートルほど先に登っているアイシャが振り返って叫ぶ。先を行くカウラは誠に苦笑いを浮かべるとそのまま確かな足取りで滑りそうな霜でぬかるむ獣道を進む。
「西園寺がいくら馬鹿でもそう簡単には撃たないだろうな」
自分に言い聞かせるように呟くカウラを見てただ誠もそのことを祈りながら正面の丘を見上げた。相変わらずぽつんと茶色い塊が視線の中央でうごめいている。
「これは確かになんだか確認したくもなりますよねえ……双眼鏡でもあれば熊だと分かって警察に通報されますよ」
「すでにされたから私達はここにいるんだろ? まあいい、とにかく穏便に済ませることが一番だ」
カウラが登る速度を速める。誠はそれに息を切らせながら続いた。
一瞬、丘の上に続く獣道の全貌があらわになる地点にたどり着いた。すでに斜面をほとんど登り切って丘にたどり着こうとしているところに黒い小さな塊が見える。
「西園寺さん……あんなところまで……」
「まあそれが生身とサイボーグの差だ。それくらいの違いがないと採算が取れないだろ? 」
一瞬だけ呆れたような表情で振り返ったカウラだが、すぐに表情を引き締めて斜面を登りはじめる。先ほどまで獣道の奥にちらちら見えていたアイシャの姿ももう消えている。
「早く行かないと……」
焦った誠の右足が霜で緩んだ斜面をつかみ損ねた。もんどり打って顔面から泥のような獣道の土にまみれる誠。
「何やってるんだ? 」
「はあ……転んじゃいました」
「見れば分かる」
それだけ言うとそのまま誠を置いて歩き出すカウラ。誠は額に付いた泥をたたき落としながら今度は慎重な足取りで斜面を登りはじめた。
「早く! 」
遠くで叫ぶアイシャの声がこだまする。先ほど要を見た地点くらいにはアイシャはすでに到着しているらしい。
「こりゃあ……急がないと」
自分自身に言い聞かせるようにして誠はぬかるむ山道をただひたすらに上へと登っていった。