殺戮機械が思い出に浸るとき 86
「次の交差点を右だ」
流れていく景色を薄目を開けて眺めていたのか。要がぼそりと呟いた。
「便利ね……人間ナビ」
「殺すぞ」
冷やかすアイシャに殺気を向ける要。誠はただ代わり映えのしない冬枯れの森の景色を見ながらそれを瞬時に判断する要に感心していた。
「山道になるな……路面は大丈夫か? 」
「先週はこの辺も雪だったらしいからな。まあ速度は落としておいた方が良いな」
要のアドバイスにカウラはギアをさらに落としてそのまま対向車の居ない交差点を大きく右にハンドルを切る。後輪を空転させながら爆走するスポーツカー。誠はカウラのテクニックを信じて木々の根元に雪の残る山道の光景を眺めていた。
「でも……こんなに寒いところに来るなんて……」
「あの餓鬼の故郷はもっと寒いんだ。平気なんだろ」
それとないアイシャの心配もまるでどうでも良いことのように要は切って捨てると窓の外にそのタレ目を向ける。森の奥深くまで見通せるのは落葉樹の葉のない木々で覆われた森だからこそ。その森の奥深くは根雪となった雪が視界の果てまで続いていた。
「こんな景色……コロニー育ちだからわくわくするわ」
「そうか? 写真や映像で腐るほど見て飽き飽きしてたところだ」
「そうね、要ちゃんならそうかも。その重い義体じゃあ雪の中で動き回るのは難しそうだし……それにスキーとかもしないんでしょ? 」
「オメエもしねえじゃないか」
「出来ないのとやらないのはまるで意味が違うわよ」
どうでも良いことで言い争いをする二人を見ながら誠は少しばかり安心していた。シャムの動揺はそれとして他の面々までいつもの調子は失ってはいない。これならシャムを笑顔で迎えられる。そう思うとなんだか誠はうれしくなっていた。
「神前……何か良いことでもあったのか? 」
バックミラーに誠の笑顔が写っていたようでカウラが笑顔で呟く。
「うちはみんなで一つのチームなんだなって」
「みんなで一つ? よしてくれよ。こんな腐女子と一緒にされたら迷惑だ」
「私は腐女子じゃありません! 」
「いいんだよ! そんな細かいカテゴリー分けは! 」
アイシャと要のやりとりはあくまでいつも通りだった。上り坂が終わり、急に道が下り始める。
「まもなくだな」
自分に言い聞かせるようなカウラの静かな声に気づいて周りを見た誠の目にこれまでの明るい森とは違う暗い森、針葉樹の濃い緑色が飛び込んできた。




