殺戮機械が思い出に浸るとき 81
取り残された誠は仕方なく階段をのぼりはじめた。
三階の一番奥の部屋。古参の下士官ばかりが詰める三階は誠はあまり立ち入ることのないフロアーだった。二階まではいつも通りにのぼれるが、そこから先はどうにも気が進まない。しかし菰田に頼まれている以上、誠に躊躇うことは許されなかった。
出入りの激しい一二階と違って落ち着いた雰囲気の廊下を誠は静かに歩いた。
『緊急事態発生! 各員食堂に集合! 』
菰田の投げやりな叫びがフロアーに響くが三階のドアはどれも開く気配がない。多くは部隊では換えの効かない重要のポジションのこの階の住人が演習前に非番というのはあまり考えられないことだった。ただ法術関連のみの担当と言うことでほとんど誠達と出勤のローテーションが同じなヨハンは誠が謹慎中と言うこともあって今日も非番で一日寝ている予定だった。
「全く……よく寝ているんだろうな……」
「誰が寝ているだって? 」
背中から浴びた低い声に誠は驚いて振り返った。
「おいおい、そんなに驚くなよ……トイレに行ってたところなんだが……緊急事態って? 」
膨らんだ腹をさすりながら小さな眼鏡を直すヨハン。見ようによっては季節外れのサンタクロースのようにも見えるそのおおらかな表情に誠は息を整えるとそのまま言葉を吐き出した。
「ナンバルゲニア中尉が行方不明なんです。しかもあのグリンを連れて……」
慌てて喋る誠の顔を不思議そうな表情で見つめるヨハン。彼もグリンの危険性は分かっている。それでもどこかしら余裕を感じるのはヨハンのふくよかな顔の作りのせいかそれとも彼の持ち前の性格なのか誠には今ひとつ判断をすることが出来ない。
ただヨハンはしばらく天井を見上げた後、そのまま奥の自分の部屋へと歩き始めた。
「中尉! 緊急事態……」
「分かっているよ。慌てなさんな。とりあえず俺には当てがあるような気がしてね……」
そのまま奥の部屋の扉を開けて部屋に入っていくヨハンにくっついて誠はそのまま本棚が所狭しと並ぶヨハンの資質に入った。
「ちょっと待ってくれ」
机の引き出しを開けたヨハンはその中身を一つ一つ塵一つ無い机の上に並べていく。缶切り、爪切り、何に使うのか分からない計測機械。一つ一つゆっくりとヨハンは机の上に置いていく。
「中尉……」
「だからちょっと待って……ああ、あった」
そう言うとヨハンは手帳のようなものを手に誠に向かって笑顔で振り返った。