殺戮機械が思い出に浸るとき 66
軍艦のキャビンと言うものが初めての北川公平はしばらく落ち着かずに席を立ったり座ったりを繰り返していた。ようやく落ち着いたのはキャビンに入ってから一時間が過ぎようとしたときだった。
大きくため息をついた後、どっかりとソファーに腰を下ろす。
「落ち着かないな……」
向かい合って半眼のままじっと固まったように見えるいつもの薄汚い黒いトレンチコートの桐野孫史郎を見ると北川は力ない笑みを浮かべた。
「反戦活動家が軍艦で移動……しかもそれも地球の船とあったらかなり矛盾するじゃないですか」
「反戦活動家? 活動家崩れのテロリストの間違いだろ? 」
ゆっくりと開かれた桐野の目には相変わらず生気が感じられない。北川はただこの相手にはその話題は無駄だと悟ってわざとらしい大きな動作で腕時計を確認して見せた。
「今頃は公僕の皆さんは俺の撒いたブラフに引っかかって小言を呟いているでしょうねえ……」
「ふん……」
北川の言葉に桐野は歯牙にもかけないというように手にしている日本刀に目をやる。思わず飛び退く北川。
「何を驚いている……」
「旦那のことだ……いきなりばっさりなんてご免ですよ」
「何を言うのやら……お前さんの法術展開の不規則さを知っている俺だ。そう簡単に斬れる相手じゃないことも十分知っている。ああ、なかなか斬れない相手だから面白いとも言えるな……」
「冗談ばかり……」
北川の言葉は振えていた。相手は二十三人も東都で平然と辻斬りをしてきた相手だった。しかもその数字には彼等の所属する組織であるギルドの利害関係者は含まれていない。いくつかの彼等の意図にそぐわない非正規活動家やその所属する組織への武力制圧で桐野が斬った人間の数はさらにその数倍に達する。
「それにしてもいくら今生の別れになるかも知れないとはいえ……今は何の義理もないかつての所属セクトに情報を流すとはずいぶんとお前も人情味があるじゃないか」
桐野の口から『人情味』などと言う言葉が出たので北川は吹き出していた。桐野の刀を握る手に力が入るのを見ると北川は手を振りながら釈明を始める。
「いえいえ……あの情報チップをくれた奴の気に沿うようにしてやるには俺には他には手が無くてね……旦那と違って女に縁がないんで……」
「まるで俺が女たらしのような口を聞くな。それとじゃあお前はあのチップを指定された場所で受け取った段階でそれが吉田俊平からのものだと分かっていたのか? 」
珍しくいやらしい笑みという感情らしいものを浮かべている桐野を見ながら北川は前屈みになってソファーの前の机に頬杖をついた。
「ギルドに情報を売りたい奴はこの世には何人いることやら……だけどあえて俺を指定して情報を流す人間はいないことは無いですけど……どれも役に立たないような代物ばかり。潰して欲しい敵対セクトや公安関係者の名簿。政府系機関と公には出来ないつながりのある民間企業の役員の一覧……かつての俺なら飛びついたでしょうが、今の俺には何の関心もない」
「じゃあ今回の情報チップの中身がそれと違うとなぜ分かった? 」
興味深そうにあごをなでながら北川を見下ろす桐野に北川はただ力ない笑みで応えた。