殺戮機械が思い出に浸るとき 65
「この部下にしてこの上司ありね……」
通信端末を閉じると安城は苦々しげに笑った。東都警察の待合室の午後。辺りは緊張が走っているというのに安城の部下で保安部時代からの部下である中年の優男から静かにコーヒーを受け取ると安城は静かに飲み始めた。
「しかし……吉田俊平とギルドがつながっていたとは……」
部下の一言に安城は大きくため息をついた。公安の詰め所からは苦虫をかみつぶした表情の捜査員が吐き出される。安城は彼等の視線を一つ一つ受け流しながらただ黙って自動販売機を見つめていた。
「あのねえ。元々情報が吉田少佐から出たとは今の時点では決められないわよ……いいえ、出ていたとしたらなおさら彼はギルドとはただの利害の一致でデータを渡しただけかも知れないわね」
「勘……ですか? 」
急に真剣な表情になった安城を見て部下の男がコーヒーを啜りながら笑う。
「ギルドにとってもなんで自分の手柄をちっちゃいセクトにくれてやる必要もよく分からないから……おそらくギルドにとってこのデータは何の関心もない代物だった。せめて世間を驚かせて喜ぶ連中にくれてやる程度の勝ちしか……だから吉田少佐は情報のリーク先にギルドを選んだ」
静かにコーヒーを含む安城。自動販売機のレギュラーコーヒーにしては割と高級な代物だが、味覚デバイスの仕込まれていない彼女にとってはただのアクセサリー以下の代物だがなぜか気分的にはおいしく感じられるのが不思議だった。
生身の時の記憶……ネットワークと直結した情報戦用軍用義体の持ち主が忘れてしまいがちな感覚。
「吉田少佐は一体何物なのかしら? 」
「あの上官の懐刀……ただの傭兵上がりとは思えませんが……」
そう言ってコーヒーを飲み干した部下を見た後、安城はそのままコーヒーを彼に手渡して歩き出した。
「隊長! 」
慌てて声をかける部下に安城は笑顔で振り向く。そこに迷いはない。
「宇宙港へは山村の班を回して。どうせ空振りだと思うけど。私はしばらく司法局のラボに籠もるから連絡しないでちょうだいね」
「いいんですか? これ以上同盟に恩を売ったところで遼北と西モスレムがぶつかれば……」
渋る部下に振り返って安城は静かに頷く。
「そうね……同盟崩壊となればこれから私のすることは東和軍復帰すら難しくなるかも……」
「隊長……」
部下の表情がきりりと引き締まった。男はそのまま静かに敬礼をする。
「では……私は私の捜査を始めるわね……そもそも吉田俊平という人物が何物なのかを……」
それだけ言うと安城はそのまま慌ただしい雰囲気の廊下をひたすらに出口へと歩き始めた。