殺戮機械が思い出に浸るとき 63
「まずは遼北の周麗華少将……従妹だからと言う身びいきじゃ無いが決まってもおかしくなかったんだけどねえ……」
高梨も父ムスガの弟であり遼北革命に参加したムジャンタ・シャザーンの娘で先の大戦では女性にして遼北でも上位の撃墜数を誇ったエース。何度か会議の席で顔を合わせたが勘のきつそうな視線はどうにも高梨の苦手とするところだった。
「遼北じゃあ……菱川さんが認めませんね」
「そう言うこと。それで次の候補が大麗のパク・ジュンス大佐。若手で温厚篤実……だが当然ながら人材不足の大麗が手放す訳もない……ってんで次の候補が胡州の誰かってことだ」
「誰かって……自分じゃないですか」
弟の軽口に嵯峨は苦笑いを浮かべる。高梨も兄に言われるまでもなくこじれにこじれた保安隊隊長人事については情報を独自に入手していた。嵯峨のくせ者ぶりは有名なだけに遼北と西モスレムが珍しく共同歩調でその人事に反対したが、結局は菱川重三郎が強引に押し切って決まった人事だった。両国はこの人事に露骨に不服だった結果、遼南内戦で面識があったため直接嵯峨が口説いた二人、遼北の技術部部長の許明華大佐と高梨の前任の管理部部長で現在は戦地である両国国境で任務遂行中のアブドゥール・シャー・シン大尉以外の出向を拒否したほどに難航した人事だった。
「要するに最初から俺はいつかは切られる運命だった訳だ……まあこのまま行くと同盟の方が先に命脈が尽きそうだがな」
「腹は立たないんですか? 一応は王族最後の仕事として提言した同盟の設立でしょ? 」
力なく笑う兄に思わず高梨の語気は荒くなる。
「腹ならもう煮えくりかえっているさ……でも怒ってどうなるよ? 世の流れ、人の心。どうにもならないものって言うものはこの世の中いくらでもあるもんだぜ。俺はこの星が地球列強に食いつぶされない為の方策として同盟を提言したわけだが……そんなことよりも世の人々は目先のプライドや気分が大事らしいや」
それだけ言うと嵯峨は再び椅子で身を反り返らせて伸びをする。
「それより渉よ……東和で食って行くんだから俺とは距離を置いた方がいいぜ……本庁からの帰り、付けられただろ? 」
「え? 」
嵯峨の言葉に高梨は驚きを隠せなかった。
「どこの連中が……」
「東和の公安。うちのゲートの前にもこの寒いのに三人も張り付いて……ご苦労なことだ」
頭を掻きながら外を指さす兄。憲兵上がりの兄が同類を見逃すはずがないのは十分に分かる。そして現在第一小隊所属の吉田俊平少佐を東和公安ばかりではなく同盟司法局の捜査部門も追っていることは高梨も知っていた。
その時嵯峨の机の通信端末に着信があった。
「秀美さんかな? だといいねえ……」
嵯峨はのんきにそのスイッチを入れた。