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殺戮機械が思い出に浸るとき 61

 保安隊隊長室のソファーに座る管理部部長の高梨渉参事は彼の落ち着かないときの爪を噛む動作を続けながら腹違いの兄で部隊長である嵯峨惟基が高梨が同盟司法局本局から持ってきた演習内容の最終決定稿を見終わるのをじっと待っていた。


「これでまあなんとか演習の実施まではこぎ着けたわけか……」 


 決定稿を机の上に投げると嵯峨はのんびりと椅子の背もたれに身を投げた。長身痩躯な嵯峨に比べ小太りな高梨がじっと恨みがましい視線で兄を見上げる様は少しばかり滑稽にも見えた。高梨もそれを自覚しているようで、頭を掻きながらそのまま視線を隊長室狭しと並ぶ書画骨董のたぐいに目を向ける。


 どれも一級品の折り紙付きの品々ばかり。遼南王族の嫡男として生まれ、胡州第一の名家西園寺家で育った嵯峨に取ってみればどれも見慣れた品々だったが、父が政務を投げて後宮に籠もってから生まれ、追放された先の東和で育った高梨からしてみればどれも手の届かないとてつもない品物に見えた。


「じろじろ見るなよ……全部預かりものなんだから。傷でも付けたらことだ……」 


「なら仕事場に持ってくることは無いんじゃないですか? 」 


 棘のある弟の言葉に嵯峨は参ったというような苦笑いを浮かべる。


「それよりその顔だ。本局……どうだい? 」 


 嵯峨の質問に高梨は大きくため息をつく。兄は本局の様子など手に取るように予想しているのは間違いない。


「厭戦ムードですよ……遼北の胡州大使館に秘密裏に胡州の西園寺首相が入ったと言うことでとりあえず正面衝突は延期になったと安堵している奴もいますがねえ。結局は時間稼ぎにしかならないと言うのが大方の見方ですね」 


「はあ……兄貴も落ちたものだな。先の大戦で遼北と胡州の休戦協定を結んだ辺りがピークだったのか? 」 


 嵯峨の義理の兄、要の父である胡州宰相西園寺重基の動静に嵯峨も多少安堵したような表情を浮かべたものの、その目はまるで笑ってはいなかった。


「落ちられては困るんですよ……明日、ゲルパルトのシュトルベルグ大統領がイスラム聖職者会議の代表を伴って西モスレム入りする予定なんですから。ともかく両国を対話のテーブルに着かせることが……」 


「出来るの? 」 


 突然の嵯峨の突っ込みに高梨は黙り込んだ。両国への支援勢力からの圧力は今に始まったことではない。2月だというのにすでに遼北には中国からの特別使節が二度、西モスレムには三人のアラブ諸国の大臣クラスの人物の来訪が伝えられていた。ただ事態はここまで悪化していた。その事実が状況がどの段階まで進んでいるかと言うことを示していることは高梨にも十分理解できた。


「まあお偉いさん達の動向は俺達が何を言っても変わらないだろ? それより本局の厭戦気分とやらを聞こうじゃないか」 


 そのまま身を乗り出して嵯峨がソファーに座る高梨を見つめてくる。興味深々と言いたげに珍しく見開かれた目に見つめられるとどうにも高梨は緊張してしまっている自分を発見した。遼南王朝は初代ムジャンタ・カオラ帝が突如姿を消してから続く皇帝達の多くが夭折した為、皇帝になるべく生まれたという存在は数えるほどしかいない。その一人である嵯峨。時々見せる鷹揚に見えて恐怖を見るものに与える視線を見るとそんな兄の恐ろしい一面を見ているようで高梨はいつも息を飲むしかなかった。




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