殺戮機械が思い出に浸るとき 57
「梅……意外と終わってたりして」
不意に目を開けたアイシャのつぶやきに要が顔を顰める。
「そりゃ嫌だな。せっかく並んだのに見てみたら散った後……最悪」
「そんなことは無いと思いますよ。今年は梅は遅いって言ってましたから」
誠の言葉にも要の表情は冴えない。ただ動いていく景色を眺めながら大きくため息をつく。
「でもそれは咲くときの話だろ? このところかなり暖かいじゃねえか。すぐ散ったりしてるかもしれねえだろ? 」
「心配性ね……なんなら降りて確かめてくれば? 」
「ふざけるな! 」
要の怒声にアイシャはそのまま寝たふりを再開した。カウラはそれを眺めながらじりじり進む前のバンの後ろをゆっくりと車を進める。
「全部は散って無くても……紅梅だけ散ってるとか? 」
「それも嫌だな。紅白揃ってこその梅じゃねえか」
「意外だな。西園寺が花にこだわるとは……」
カウラの何気ない一言に要が黙り込む。一応は彼女も風雅を重んじる胡州随一の名門西園寺家の次期当主である。そう言うことに疎い誠ですら殿上貴族のたしなみとして彼女が幼い頃から梅見などに興じる日々を過ごしてきたことは容易に想像がついた。
「結局隊長が梅見でもして鋭気を養えと言ったが……そのまんまになりそうだな」
駐車場の入り口に立つ警備員の指示に従ってハンドルを切りながらのカウラのつぶやき。誠は目の前に臨時駐車場と書かれた看板を見てようやくこの行列がなぜ早く進んだのかを理解した。
「なんだよ……今頃臨時駐車場をオープンか? 今の季節なんだから朝から開けとけよ」
「まああれだ。普段の駐車場がいっぱいになるまで閉めておく取り決めにでもなっていたんじゃないのか? 」
「これだからお役所仕事は……」
「私達も公務員じゃないの」
要の悪態に薄目を開けたアイシャが突っ込みを入れる。カウラはそのまま車を砂利の敷き詰められた空き地に進めて誘導員の指示に従ってバンの隣に車を停めた。
「じゃあ行くから……でかいの二人! 降りろ」
「何よその言い方……」
悪態続きの要をちらりとにらんだ後、アイシャは渋々助手席のドアを開けると外に出た。誠も苦笑いを浮かべながら助手席を倒して外に出る。
「やっぱり寒いな……」
「なら上を着てくればいいのに……」
ジャンバーの下はタンクトップといういつもの姿の要にアイシャが嫌みを込めた調子で呟いた。
「ぐだぐだ言っていないで行くぞ」
いつまでも揉めていそうなアイシャと要を横目で見ながらカウラはそう言うとそのまま植物園の入り口に向けて歩き始めた。