殺戮機械が思い出に浸るとき 54
「それじゃあ……」
誠は車内から睨み付けてくる要に恐れをなしてその隣に体を押し込んだ。
「狭いな……」
呼んでおいてこの扱い。いつものこととはいえただ苦笑いだけが浮かんでくる。
「なに……要ちゃんはとなりが私の方が良かった?」
「テメエに触れるくらいなら死んだ方がいいや」
アイシャの皮肉に大げさな言葉で返す要。その様子に苦笑いを浮かべながら運転席に体を沈めたカウラはエンジンをスタートさせた。
ガソリンエンジンの軽快な作動音。遼州系ならではの光景だが、この三ヶ月ばかり原油の値上がりは続いていた。
遼北は東和との原油のパイプラインに保安上の問題があると言うことで総点検を行っていた。それが西モスレムの挑発的行動により活動を活発化させていたイスラム過激派によるテロを警戒しての物だと言うことは誰の目にも明らかだった。
「誰か話せよ……」
ゆっくり車がラーメン屋の駐車場から出ようとする中、車内は沈黙に包まれていた。ガソリンエンジンの音を聞く度にこの数日は沈黙してしまうのが誠達の日常の一コマだった。誠が保安隊で過ごした9ヶ月ばかりの日々も彼等の意志とは無関係な国際的理屈の上で終わりを告げるかも知れない。そんなことを感じながら誠は黙って豊川の街を眺めていた。
「のんきなもんだな……次の瞬間には十億の人間がこの星の上から蒸発しているかも知れないって言うのにな……」
「人間なんてそんなものよ。先の大戦で外惑星や胡州軌道域で日に何億の人が死んでいるときにこの国の人達が何をしていたか……それを思い出せば人間の想像力の限界が見えてくるものよ」
いつにない悲観的なアイシャの言葉に彼女がその日に失われる何億の命の補給部品として作られた人造人間だという現実を誠は改めて理解した。
外周惑星諸国で4億、ゲルパルトで23億、胡州で12億。数を数えるのは簡単な話だが、先の大戦の死者はあまりに多かった。そしてその死と無関係どころかコロニーの破損で一千万人が窒息死した壁面の修復や核攻撃により三千万人の死者が出た衛星上都市の再建需要で急激な経済成長を遂げた東和の市民として自分が暮らしてきた事実。
「同情してくれれば生き返るのか? それこそ感情論で不毛だな。ここで議論をしたところで遼北と西モスレムの対立を止めることは出来ない。そして先の大戦の時も東和の市民がいくら地球と遼州の対立を止めようと叫ぼうともあの戦争は起きた……違うか? 」
目の前で急停車した小型車を軽いハンドルさばきで避けながらカウラが呟く。そして誠は二人の人造人間の出自を思い出した。
ゲルパルトが劣っていた人口を補うために計画した人造人間製造プロジェクト『ラスト・バタリオン』。もしゲルパルトや胡州の枢軸陣営が優勢に戦争を進めてその必要がなくなっていたのならば、こうしてアイシャやカウラと誠が出会うこともなかった。たぶん二人はゲルパルト技術陣のゲノムサンプルとして冷凍庫の中で眠り続け、使用不能になった段階で破棄されていたことだろう。
「事実は変えられないんですね……」
「ケッ! 今頃気づいたのか! 」
要が馬鹿にするように呟く。車はただいつも通りの大通りの昼下がりをいつも通りに走るだけだった。