殺戮機械が思い出に浸るとき 51
「タイミングからするとインパルス砲の試験砲台か何かを作っているかもしれないけど……同盟結成時にインパルス砲の開発計画を放棄すると時の菱川首相が明言したじゃないの」
「そう、明言したのは菱川重三郎。菱川グループ総裁。そして菱川グループはインパルス砲のメイン機構の設計を行っていた菱川宇宙科学重工業を傘下に抱えているわけだ」
嵯峨の言葉にしばらく安城は沈黙した。
衛星やコロニー群など軽く消し飛ばす無敵の砲台。その開発の放棄はコロニー国家胡州帝国や外惑星ゲルパルト連邦、惑星遼州の衛星国家である大麗民国の同盟加盟の最低条件とされていた。これらと連携して地球諸国と渡り合うことを念頭に置いていた当時の東和共和国首脳部とすれば多少の軍事的妥協は政治的成功のための捨て石と考えれば受け入れられないものでは無かったのだろう。
しかし、同盟が直面した遼州の南方大陸ベルルカンの失敗国家群の救済という地球諸国から突きつけられた課題に直面している現在。経済的に優越している東和にとって同盟と言う枠組みが重荷になってきていることは誰の目にも明らかだった。
決して余裕があるわけではない東和の国家予算から相当額の支援金が湯水のようにベルルカンの国々に注がれながらこれらの貧しい国々は相変わらず貧しく、内戦と飢餓と独裁政治の中でのたうち回る現状に変化は見られなかった。
先の大戦の講和が未だ不調で対外資産が凍結されている胡州帝国、老朽化した植民コロニーの修復に腐心するゲルパルト、内政の失敗で経済的に不安定な状況が続いている大麗。自分達だけが遼州の負の部分を支えてることを同盟により強制されている。保守的な論調で知られる新聞が月に一度はそう言う特集を組むのを安城はうんざりした調子で見る日が続いていた。
「もし……それがインパルス砲の試験砲台だったとして……東和宇宙軍はどう使おうというわけ? 」
「俺に聞かないでよ。それにそこにある建造物がインパルス砲台って決まった訳じゃないんだ。万に一つ、もしインパルス砲台だったとして……俺達にそれを告発してくれって言うつもりなら願い下げだ。これ以上同盟内部にごたごたは必要ないよ」
「でも……物が物じゃないの! 」
安城の叫びに嵯峨はただ頭を掻く。
「なに? それじゃあ俺達がそれをぶっ壊せって? それこそ東和宇宙軍の思うつぼさ。東和は同盟から離脱したがっている。軍事施設……例えそれがインパルス砲で、今回の遼北と西モスレムの抗争を全面対決まで持って行こうってその砲身が両国の国境付近に向けられていたとしても破壊した時点で東和は同盟離脱を宣言するよ。同盟の機関に自国の軍事資産がぶっ壊されて黙っているほどお人好しじゃ無いだろうからね」
冷静な嵯峨の指摘には安城も黙るしかなかった。同盟の主要機関の拠点を提供し、資金的に最大の援助をし、そして人材面でも多くの貢献をしている東和が同盟から離脱すれば同盟は完全に崩壊する。
「それに関して……吉田少佐の情報は? 」
安城の絞り出すように吐き出された言葉に嵯峨は両手を広げて見せるだけだった。
「奴が姿を消したのは今回の演習場の情報が入り始めてからだからな……おそらくその施設を探っているんだろうな……ただインパルス砲の図面が先に流出するとは奴も読めていなかったみたいだな。これじゃあ完全にアイツは退路を断たれたよ」
そのまま嵯峨は椅子に身を投げた。安城には目の前で最悪の状況を楽しんでいるかのように見える同僚にかける言葉を探したが一つとして見つからなかった。