殺戮機械が思い出に浸るとき 45
「嵯峨さん! 」
ノックもせずに黒いセミロングの髪の美女が保安隊隊長室を開いて押し入ってきた。それを見て机の上の骨董の花入れの極め書きを書いていた保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐は困ったような表情で顔を上げた。
「秀美さん……ノックぐらいしてよ……僕は気が弱いんだから」
嵯峨は筆を置いて悠長に花入れに目をやる。その様子は明らかに押し入ってきた保安隊と対をなす同盟司法局の実働部隊で主に捜査活動を担当する部隊、通称『特務公安隊』の隊長安城秀美少佐を苛立たせるものだった。
「悠長に副業の骨董品の鑑定? それなら同盟解体後ならいくらでもできるんじゃ無いかしら? 」
つきあいはお互い司法局に配属後と言うことで三年程度だが、安城も嵯峨のこう言う明らかに空気を読まない行動には慣れてきたので余裕のある態度を装って皮肉を言ってみた。
「そうとも言えないねえ……回線を遮断しているから良いけど俺の端末にはひっきりなしに胡州陸軍から連絡が入ってる。同盟がつぶれて保安隊解散の暁には首輪を付けてでも本局に引っ張られることになりそうだ……それを思うとどうも……」
「いい話じゃないの。胡州陸軍大学校首席卒業ですものねえ、嵯峨さんは。陸軍省のふかふかの椅子がきっとお似合いよ」
安城の皮肉に嵯峨は今にも泣き出しそうな顔をする。それが嵯峨特有の駆け引きだと知ってからは安城もただ冷たい視線で立ち上がって花入れを背後の鑑定依頼の骨董品の棚に戻す嵯峨を眺めていた。
「嫌みを言いに来たにしてはずいぶん急いでいたみたいだけど……用があるんじゃないの? 」
嵯峨の悠長な態度を皮肉ることに夢中になっていた自分をその相手の言葉で思い出して安城は赤面した。それを悟って嵯峨がそれまでの迷惑そうな表情からしてやったりという笑みに表情を切り替える。それを見た安城はそのまま嵯峨の執務机の端末に自分の襟首にあるジャックからコードを延ばして差し込んだ。
「悪かったよ……そんなに急がなくても……」
「ここの吉田少佐の身柄を確保する命令が下りてきたのはどういうわけ? 」
端末の画面が変わるのを確認しながらそれとなく安城は呟く。嵯峨はその話題は予想していたと言うような表情で頭を掻いてどうこの場を切り抜けるか計算しているように視線を天井に泳がせた。
「吉田少佐の契約が特殊なのは了承済み、そして嵯峨さんも吉田少佐の行方を掴んでいないのもお見通し。その話題を長々連ねて時間を潰すのはご免よ」
先手を打った安城の言葉に嵯峨はいたずらを見透かされた子供のようにそのまま俯いてしまった。しかし、嵯峨の視線は安城が弄っているモニターから逸れることがない。
「命令の出所は内々に調べてみたけど……東和宇宙軍の上層部の意向みたい。それでちょうどその意志決定がなされた時刻にネットに流出したのがこの図面」
端末のモニターには複雑な設計図が写されていた。素人が、そしてネットユーザーのほとんどが見てもそれが何かを理解することは出来ないと言うような複雑な構造物の図面が映し出される。法務畑が専門で技術には疎いと自称している嵯峨もその図面自体の意味は理解しているようには安城にも見えなかった。
だがその図面のデータのファイル名には嵯峨の表情も一瞬の驚きを感じているように見えた。
「第一次インパルス・カノン試作計画……」