殺戮機械が思い出に浸るとき 42
「ああ、そうですか」
見送るような酔狂な連中はいない。そのことが北川にはうれしかった。彼等が理想で動いている限り、自分と行動を共にすることは無いだろう。そのことは十分分かっていた。
法術師の解放と言う大義。だがそれが理想郷を建設すると言うような学生達の夢とは遠く離れたものだと言うことは北川自身がよく知っていた。弱肉強食の地獄絵図を宇宙全体に拡散すること。それが『ギルド』の理想達成の末路なのは十分北川も分かっている。
そのまま自分でドアを開いて学生会館の廊下に出る。通り過ぎる学生達はそれぞれに殺気立っているように見せてはいるが、北川の巡ってきた戦場や闘争の現場の殺意に満ちた視線は彼等には存在しなかった。
「平和だねえ……」
周りに聞こえないように小声でつぶやく。理想で動く人間の出来ることがいかに小さいかを身をもって知ってきた自分とまだ知らない若者達。どちらが偉いかと言えば後者に決まっている。自分はただの抜け殻に過ぎない。ただ生きると言うことはそう言うことだ。
北川はいつの間にかジャンバーのポケットから煙草を取り出していた。そのまま階段を駆け下りて、学生会館の入り口に門番のように立つ学生の隣に立った。
「火……くれるかな? 」
最初ヘルメットの下から北川を睨み付けている顔がごついだけの幼げな学生は北川の言葉が理解できないでいた。
「火だよ」
繰り返された言葉とその迫力に負けた学生は思わずポケットからライターを取り出していた。暖かみを感じるような初春の春の日差しの中。北川はゆっくりと煙草をふかした。
「上には顔は利くのかい? 」
またも突然につぶやかれた北川の言葉に意味が分からないというように学生は首をひねる。それを見てにんまりと笑いながら北川はジャンバーのポケットから小さな記憶媒体を取り出した。
「これは……すぐには上には渡さない方がいい。そうだな……二週間くらいしたらコンピュータに詳しい理論物理学を専攻している学生に渡してくれ。きっと面白いことが起きるだろうから」
北川の遠回しな言葉に学生はただ受け取った小さなチップを眺め回すだけだった。
「確かに渡したよ……早すぎると天地がひっくり返るがその程度の時間が経つとちょうど良いくらいに事件は起きる。世の中面白いものだろ? 」
意味ありげな、そして無意味にも聞こえる北川の言葉に大柄の学生はただ首をひねるだけだった。それを満足げに眺めた北川はそのまま煙草を灰皿でもみ消すとそのまま大学の中庭へと消えていった。