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殺戮機械が思い出に浸るとき 41

「それにしても先輩……どういう風の吹き回しですか? 」 


 当たり前の質問に北川は苦笑いを浮かべた。逮捕から出所まで完全黙秘を貫いた闘士として知られる北川だが、出所から今までここを訪れたのは二回ほど。どちらも闘争への助力を曖昧な言葉で回避して逃げるようにいなくなった人物の訪問がそれほど歓迎されることではないことは分かっていた。


 インスタントコーヒーをぬるいお湯で溶いたものが目の前に差し出される。仕方がないと心を決めて北川はそれで口の周りを湿らせる。


「しばらく遼州を離れることになるからな。出発点を見てみたくなったんだ」 


 北川の言葉は周りの学生活動家達にはそれほど意外なものではなかったようでただ曖昧に頷きながらそれぞれにささやきあっている。


「法術師の権利獲得闘争。大変でしょうが……他の星系で同志を募るんですか? 」 


 男の無理に興味を持っているというような態度に少しばかり腹を立てながら北川は軽く頷く。


「遼州系住民が暮らすのはこの遼州ばかりじゃない。地球の東アジア地方はもとより他の地球の植民星系にもあまたの法術師がいるんだ。ところによってはすでに隔離政策をとっている星系も存在する」


「キンバルタ太陽系ですね……あそこは元々テラフォーミングが失敗して過酷な環境を良いことに国家権力が好き放題ですからね」 


 興奮した様子の下級生の勢いに少しばかり押されながら北川は再びコーヒーらしきものを口に運んだ。苦みと渋みばかりが口の中に広がり香りのようなものはまるで感じられない。賞味期限をかなり過ぎたものなのだろう。そう思いながらそんなことを些事として自分達の闘争を絶対化できる彼等の若さに羨望のようなものを感じながら静かにカップをテーブルに置いた。


「しかし……遼州系住民差別はすでにこの遼州の東和でも公然と行われているんですよ。それを……先輩が出て行く必要はあるんですか? 」 


 執行委員の腕章を付けた青いヘルメットの女学生の言葉に北川はにこやかな笑みで答えた。


「何も俺の今いる組織の法術師は俺一人じゃない。いや、もしかするとさらに上手の人間が山ほど……まあ期待はしてもらっても良いだろうな。まもなく宇宙は変わる。変えてみせる」 


 確信を持って放たれた北川の言葉に学生達は一様にどよめいた。すでに学生運動は斜陽だと言うことは北川もそしてここにいる活動家達自身も分かっていることだった。第二次遼州大戦後の財閥企業が遼州の復興で独占的な利潤を得たことへのアンチテーゼとして始まった東和学生運動は復興が一段落すると急速に力を失っていった。


 一部の大企業の関係者に集中していた利潤は世間一般を潤し、過激なデモや時には政府要人に対するテロで庶民の鬱憤を晴らしてみせる安全弁としての役割を担っていた学生活動家達の行動は次第に支持を失って社会から孤立していった。闘争路線を巡る確執、各大学の運営母体による切り崩し、そして警察による徹底的な壊滅作戦。これらが東都の主要大学のほとんどに存在した学生運動の母体を次々と壊滅させ、現在ではこの東都工業大学など一部の国立単科大学や地方の私立大学にその残滓を残すのみとなった活動拠点。


 それらに今更北川がノスタルジーを感じる義理は無かった。目の前の若者達はいつでも『元活動家』として社会に散っていくことが出来る。しかし、『ギルド』と言う特殊な秘密結社の一員となった北川にはその選択肢は存在しない。


「良い面を見れて東和の名残も尽きたな。じゃあ行くわ」 


 そう言うと北川は半分ほどコーヒーを残したまま立ち上がった。




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