殺戮機械が思い出に浸るとき 38
「ものを知らねえ奴は困るねえ……」
明らかに哀れみの目でアイシャを見つめる要。アイシャはその視線の色にただどぎまぎしながらもじっと札束を眺めていた。
「さっそく確かめますか! 」
景気よくそう言うとオンドラは要から札束をひったくる。指を一舐めすると的確に札束を確認し始めるオンドラ。それを横目に見ながらネネは静かにジュースをすする。
「三百万ドルの価値の情報屋か……それならその能力を少しは見せてもらってもいいんじゃ無いかな? 」
明らかに慎重で冷静だったのはカウラだった。そんなカウラの態度に落ち着いてストローから口を離してにこやかに隣を見るネネ。その表情は相変わらず老成していて誠の目にもネネがただ者ではないことだけはよく分かった。
「胡州陸軍の諜報機関は予算的な余裕が他国に比べて少ないんです。その部隊員だった西園寺要さんが三百万ドルを払う。それだけで私の能力は実証されているように思うのですが……」
「そう言うこと! 東都でやましい仕事をしている連中でネネを知らないなんて田舎者も良いところだ。たとえ東都の首相を暗殺した馬鹿野郎がいたとしてもネネの情報網を使えばそいつの金が続く限りは逃げ延びることが出来る。その程度の実力者にただの公務員がどうこう言うのはちゃんちゃらおかしいや! 」
オンドラの調子の良い言葉。頷く要。誠は自分の知らない世界の常識に戸惑いながら同じように話が理解できないでいるアイシャに目を向けた。
「そんな実力者なら組織の一つや二つ抱えていてもおかしくないんじゃないの? 口ばかり達者な用心棒を雇って仕事を始めようなんて言う酔狂な真似は……」
「アイシャ。こいつは確かに口が九割だがガンマンとしての腕は確かだ」
意地でも文句を付けたいアイシャを珍しく冷静に要が制した。それを見て鼻高々なオンドラ。誠も遠慮がちに彼女の豊かな胸の辺りを見れば、その左下の辺りに確かに銃がつり下がっていると言う膨らみが見つかる。
「私は組織には縛られたくないんです。部下を持てば彼等の命の責任を持たなければならなくなりますから。それと司法局との契約も受け付けません」
静かだがどこまでも毅然としたネネの言葉。おそらくは司法局との契約の話でも切り出すつもりだったと言う表情のカウラも黙って目の前のソーダに手を伸ばさざるをえなくなる。
「中立で金だけで動く。しがらみがないからそれだけ動ける範囲も広くなる。故に情報も正確になる」
要の補足で誠も何となく目の前の少女のことを少しだけ信用することにした。
「まあ良いわ。どうせ要ちゃんのお金だし」
「そうそう。こう言うお嬢様からはたんと巻き上げた方がいいぞ! 」
景気よくグラスを空にして笑うオンドラ。一人テンションの高い彼女の手からネネは素早く札束を取りあげた。
「なんだよネネ! 」
「ちょっと待って」
ネネはそう言うと札束の帯をほどく。そのまま三枚の一万ドル札を取るとそのままオンドラに手渡す。
「え? これくれるの? 」
「これは私の取り分。残りは経費とあなたの給料」
淡々とそれだけ言うとネネはまた静かにジュースのストローに口を伸ばした。